龍神様のお食事処。 

月の涙白き花弁。

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十六 神様と交わした約束。

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神様と交わした約束。


これは、とある街にある小さな神社に祀られている龍神様とお友達のお話。ここには龍之介と太郎という神様が住んでいる。二人は仙人や精霊や人間の子供、もちろん神様たちが気軽に遊びに来られるようにお食事処を始めてみた。そんな小さな神社のたくさんの、おはなし。



それは、誰も知らないほど深い森の中、泉の湧き出ている崖にぽっかりと空いた洞窟の奥だった。彼はいつも一人でこの薄暗い洞窟の中で机の前に座りこの森の始まりからの話を大きな書物にしたてていた。自分がいつ生まれたかも忘れてしまうほど長く生きているが、この森はどんどん変わってしまって、そろそろこの洞窟さえも誰かに気づかれはしないかと怯えににた気持ちでいっぱいになりながら。

このじい様のなまえは大山椒魚の椒太郎といった。
椒太郎は昔からこの辺りの事を書き留めては書物にするのを生業にしていた。

今年の春は寒かったり暑かったりおかしな事ばかりだ。

この辺りはまだましだが、最近はよく地震も起きている。
「ふむ。そろそろわしら仙人の長老会など開催せねばならんかのう。ナマズのじい様や猪のじい様、鶯や岩魚の奥方にもお出ましいただかねばならぬやもしれぬ。これは龍之介さんに書状をしたためるのが一番じゃな。」

椒太郎は筆を取るとさらさらと手紙を書き始めた。そして書き上がると崖っぷちまで出て行きカラスの六助を呼ぶと
「すまぬがこれを安田神社の龍之介さんまで届けてはくれぬか?駄賃にとっておきの川海老のしんじょうを作って待っておるゆえ帰りには必ず寄っておくれ。」と手紙を渡した。カラスは
「じい様のしんじょうのためなら急いで行かねばなるまいな。」と笑うと手紙を持って飛び立った。


龍之介はこの春の品書きになやんでいた。たんぽぽとつくしの天ぷらとセリとおじゃこの混ぜ御飯に小鉢で蕎麦を出すのはどうだろう。それともたんぽぽは胡麻よごしがいいだろうか、などと考えているところに一羽のカラスがやって来た。椒太郎さんのところのお使いガラスだ。
「おやおや、六さんどうしたんじゃ?椒太郎さんに何かあったのではあるまいな?」
そういいながらも緊迫感を感じられないのに少し安心した。
「龍之介さん、なぁにまた心配性の椒太郎さんが何か思いついたんじゃろうて。今日は龍之介さんのところは旨いもんは何があるんだね?」
六助は手紙を渡すと台所を覗き見てにやりと笑った。
「そうだ、六さん、たんぽぽとつくしの天ぷらと、たんぽぽの胡麻よごし、どっちがいいか味見してくれんか。セリとおじゃこの混ぜ御飯にはどっちが合うか決められん。食べてくれてる間に読んでしまうから。」
龍之介は天ぷらと胡麻よごしを皿に盛って出してから腰をおろし手紙を読み始めた。

「うーむ。この長老会を開くとなるとちと大事だな。椒太郎さんのところでは狭すぎる。なるほど、それでわしのところに手紙を書いたな。ここなら誰もがくつろいで話もできるしなぁ。六さん、椒太郎さんには事情はあい分かったと伝えておくれ。色々と決める事があるのならば会いに伺うと言っておったとな。」
そう言うと、
「龍之介さん。こりゃあ甲乙つけ難いな。どちらもつけて小さな胡麻豆腐なんぞをあしらったら定食になっていいんじゃないかい?」
六助はそう言うと、それではと飛び立って行ってしまった。胡麻豆腐か、手間はかかるが一口の器に盛って柚子味噌をあしらえば旨そうだなぁ。

龍之介はこの長老会がまさかこんなにも揉めるとは、その時には思ってもみなかった。

六助は椒太郎の所に帰るとエビしんじょうをほうばりながら龍之介の伝言を伝えた。そして長老会なんぞ開いてどんな話をするのかと尋ねた。
「六助や、お前も気付いておるだろうが最近のこの天気の荒れ具合、地の荒れ具合は目に余る。我ら仙人で話をまとめ天の神様や地の神様のご意向をうかがわねばなるまい。あまりに荒れると動物や木々草花だけでなく、我ら仙人や精霊、神々にも住みにくい時がやってくるやもしれぬのでな。」
そう言うと椒太郎はまた机に向かいそれきり一言も話さず何かをしたためていた。六助はお腹もいっぱいになり、むつかしい話にはこれ以上付き合いたくもなかったのでいとまの言葉もそこそこに洞窟を後にした。確かに最近の空は、春霞とは言え飛びにくい。それに風も荒れ始めると手をつける者などいないのかと思うほどに何もかもをなぎ倒す。でも、そんなのを話し合いだけでどうにかするなんて無理なんじゃないかなぁ、そう考えながら寝ぐらへと急いだ。


椒太郎は、大池のナマズの孫兵衛と北山の猪の権蔵、霞が森の鶯の鈴と、菫ガ淵(すみれがぶち)の山女魚の磨魚(まな)に手紙を書いて一週間後のお昼間に龍之介の茶屋にて会合を開催する旨を知らせた。皆一様に心配をしていたらしく返事はすぐに届き、龍之介にもその旨伝え一席頼むと言添えた。






その日は朝から穏やかに晴れ、そろそろ花々が山に野に彩りを添えるほどの暖かさだった。龍之介はとりあえずはお茶だろうと朝から桜餅を幾つも作り、饅頭と共に菓子器に盛り付けた。お茶に桜が咲いていたら美しかろうと桜の塩漬けも用意した。太郎は背もたれ椅子の具合を確かめ、足湯を沸かし手拭いも多めに出してカゴに入れた。梅の精霊の梅花姫が届けてくれた梅と水仙を活け寒く無いようにとちろりちろりと囲炉裏に炭をくべた。

5人の仙人は入ってくる前から少し喧嘩腰の剣幕で、鈴と磨魚は終始三人のじい様をなだめすかしてどうにか席に着かせた。
桜餅や饅頭も用意した桜茶ももう誰も見てもいなかった。
「そんな事を言うがなぁ、孫兵衛さんはこのところの地震が心配に及ばんと言いなさるか。あのようにあちらこちらで大変な事になっておるではないか。それに権蔵さん。山は大丈夫とはどういう事だ。万が一地滑りでも起こせば北山などひとたまりもないではないか。何をのんびり構えておるのじゃ。神々にお伺いを立て方策を練らねば事が起きてからでは遅かろう。」
椒太郎はあの日から夜も眠れぬほどに頭を痛め心を傷めていた。
「しかしなぁ、椒太郎さん山神は今起きている事は一時的にすぎぬと申しておられる。確かにわしらの時間は動物たちのそれとは違い長きものではあるが、一度山が崩れても山は立ち直る術を知っておる。池が干上がろうともまた雨が降ればいいだけの事。そのように目くじらを立てるのには他に理由があるのであろう。」権蔵と孫兵衛はそう言うと桜茶を一口飲み
「おぉ、春のかおりよのぉ。桜餅もいただくかな。」と餅を食べ始めた。
椒太郎はこの分からず屋の爺いどもは何を餅など食っておるのかと腹立ち紛れに持っていた杖で地面をドスドスたたき出した。
そこで鈴が声を鎮めながら、
「椒太郎様は何故そのように急いでおられるのか説明してはいただけないでしょうか。ご説明が無ければ私たちも動く事もできませぬ。気に病む事がお有りなのでしょう?お話くださいませ。」
磨魚も口を揃えて言い募るので、仕方なく椒太郎はこの心配の種がどこから来たのかを話し始めた。

「春を前にして一騒動起きたあとじゃ。ほれ、小沢の坊が春風の神の袋や雪割の杖を盗んで一悶着あったろう。あの後小沢滝の坊の所には人間の子供が二人遊びにくるようになった。あの小沢はわしの泉の支流のようなもので、3年前の大雨の後うちの泉から溢れ出た水が沢になり流れ出したものじゃ。あの時はまさか坊が生まれるほどの沢になるとは思いもせなんだ。坊が生まれしばらくは六助に様子を見るように頼み鹿やら狸やらをいかせたのじゃが、わしも忙しゅうてついおろそかになっておったんじゃ。そうしたらあの騒ぎじゃ。わしも泡をくろうたよ。しかし今では坊も友達ができ、また杉のじい様もまだもう少しは生きておられそうじゃし、もうじき小杉の坊もうまれてくるじゃろう。子どもらが遊んでおる時に地滑りや大水が出たらどうなる。わしでは守ってやれんのじゃよ。わしは足が遅い。そんな時にあちらこちらで地震が頻発していると聞いてな。あの子はら可愛いぞ。わしら仙人や精霊、神さえも受け入れ仲良くなろうとする。本当は皆がそうであって欲しいと願うが、今の世ではそうはいかんじゃろう。ならばあの子達だけは護りたいのじゃ。わしらの手で護る事は叶わぬ事なのか?」
黙りこくって聞いていた権蔵が暫く考えた末にこう切り出した。
「あの子供らは、確か龍之介さんの結界を難なく超えてやってきたんじゃったなぁ。しかしなんでまた龍之介さんほどの神の結界をやすやすと越えられたんじゃな?」
龍之介は少し恥ずかしそうに
「太郎さんと二人でうまい物を食って暮らしておったが、ある日つまらなくなってしもうたんじゃ。それで食事処をしてはどうかと話が盛り上がり店を開けて見たのじゃがすぐに客などくる訳もなく、考えあぐねておったら太郎さんが素麺をその小川に流し始めた。これを見て誰ぞくるやもしれぬとな。その時に多分わしらの気が緩み結界がゆるんだのじゃよ。あの二人は心の真っ直ぐな子達じゃ。緩んだ結界などスルリと飛び越え入ってきたのじゃ。嬉しかったなぁ。あんなに可愛いお客さんが第一号じゃぞ。追い返すなど出来るはずもない。そこで、他の人には決して言わぬと約束をしてここへくる事を許し、記憶を消すのをやめたのじゃ。あの子達は本当に素直ないい子達じゃ。物見のカラスも言うておったが、もしかするとこれからのわしらの世界とあの子達の世界の渡し役になってくれるかも知らんと思うておるんじゃよ。」
「ほれ、龍之介さんもそう言うておられる。やはりあの子供達を護る手立てを考えねばなるまい?わしらとていつかは消えてゆくのじゃ、次にこの森を、この山々を護る者を見殺しには出来んではないか。山神様にこの事を話してなんとかせねばなるまいよ。」
椒太郎はたたみかけるようにみんなに訴えた。

暫くは誰も何も言わずお茶や餅を食べながら何やら考えていたが、権蔵が口火を切った。
「椒太郎さんの言う事も一理ある。そんな子供達はそうそう居るまい。山を学び森を学ぶ、水や空や地を学ぶ事の出来るものは少ない。われらが護るのも最もなはなしじゃ。じゃがな。その子供達が真に我らと人を繋ぎ導くのかを確かめねばなるまい?どうじゃろう。この際その子供達にお使いを頼むと言うのは。荒ぶる神々の前でさえもいつも通りに正直に居れるかどうかを見届けると言う事にしてみようではないか。危険の無いように精霊を二人ほど一緒に行かせればよかろう?それとも3人で行かせるのは不安かな?椒太郎さん。」
椒太郎はまだ年端も行かない子供らにそんな事をさせて何かあった時にはどうするのかと思うには思ったが、それほどの危険なお使いをさせなければいいのだしと思い直し首を縦に振って承諾した。
それからは仙人と龍神でどんなお使いにするか、計画を立てどのタイミングで話し行かせるかを綿密に話しあった。







それから数日したある日、たくみとこうきはいつものように元気に洞穴にやって来た。
「こんにちは。龍之介さん、太郎さん。遊びに来ましたー。今日は小沢の坊もここに来る約束なんです。」
二人は嬉しそうにそう言うといつものように台所に一番近い席に腰をおろした。龍之介は二人に甘酒と塩昆布を出すと「熱いぞ。」と言って笑った。
しばらくすると小沢の坊がやって来た。席に座り甘酒をふーふー吹いていると龍之介が大きな地図を持ってやって来た。そして三人の顔を順にじっと見てから
「たくみもこうきも春休みじゃろ?これからしばらくの間わしのお使いを頼まれてくれまいか。この山には五人の仙人が住んでおる。それと山神が居られる。四日ほどかけて山の仙人と水辺の仙人、そして山神様の所に行って、彼らの話を聴いてきて欲しいんじゃ。小沢の坊も一緒に三人でな。道は険しいかも知らんが一日に一か所なら行けると思のじゃが、どう思う?お前たちがそれは出来ぬと言うなら無理にとは言わんよ。甘酒を飲みながら三人で相談しなさい。」

たくみとこうきと小沢の坊はしばらく甘酒と三人の顔を見比べていた。たくみは甘酒をちびりと舐めるとこうきと坊を長々と見つめて、口を開いた。
「お使いか。それって山道をたくさんあるかなあかんやんな。たくさんの神様や仙人様のお話聞かなあかんのやったらノートと鉛筆は絶対いるやん?お弁当と水筒も忘れたらあかんし。おやつは、要らんかなぁ。」
「おやつ!いるいる!人間のおやつ美味しいからなぁ。あのパリパリのやつ持ってきてよ~。」
小沢坊はもう遠足気分でウキウキしている。するとこうきが、
「毎日お弁当作ってもらってたらどこに行くか絶対聞かれるやんか。それは困ると思うねん。龍之介さん、お弁当作ってくれる?そうしたら行ける気がする。たくみくんとこも毎日お弁当持ってどこ行くの?って聞かれるのが一番困るやろ?」
なるほど、それはそうかもしれない。毎日のように朝から夕方まで出かけて何をしているのかと聞かれるのが一番まずい。さて、どうしよう?とまた三人は頭を寄せ合い考えた。
「なぁ、こうき。やっぱりお弁当はお母さんに作ってもらおう。それで、図書館に調べものがあるって言うたらいいやん。そのほうが心配かけへんと思う。こうきは僕の手伝いって言うて、僕はこうきの手伝いって言うたらいいんちゃう?」
「図書館か!そうしよう。それなら探しに来たりしいひんし、お弁当持っててもへんと違うもんね!」
2人が笑って顔を見合わせると坊が不思議そうに2人に聞いてみた。
「お母さんって、なんで心配するの?おいらなんかだれも心配なんかしないよ。でも、おいらのお弁当は誰も作ってくれないなぁ。」
たくみとこうきが困って顔を見合わせていると
「坊の弁当はわしが作ってやろうの。心配するでないぞ。」
と龍之介が笑った。

たくみとこうきは長袖長ズボンに歩きやすい靴、リュックにはお弁当、水筒、おやつ(坊の好きなポテトチップスとチョコとアメ)筆記用具そして地図を持ち帽子をかぶると洞穴にやってきた。坊はいつものように薄い着物にわらぞうり、でも肩掛けカバンにお弁当と竹筒にお茶が入っていた。
3人は今日行く仙人のところまでの道を地図に書き込むと龍之介に手を振って山道を歩き出した。
まだ芽吹いていない木々が道に明かりを落とし、鳥たちがそれでも春を待ちわびてさえずっている。道には小さな草たちが花を咲かせる準備を始め、小川の水が心なしか温んできている。春を迎える準備はもう出来ていた。
3人はしばらくは地図を見たり鳥の名前を教えあったりしながら歩いていたが、不意に坊が尋ねてきた。
「ねぇ、お母さんって、なんだ?」
「え?お母さんは僕やたくみくんを生んでくれた人やで。そういえば坊はどこから生まれてきたん?」
こうきがそう尋ね返すと
「おいらは小沢滝が出来て、この沢が消えずに残りそうだから生まれてきたんだ。気づいたら小沢滝のところに座ってた。杉のじい様やカラスの六助さんや鹿のおばさんたちからいろんなことを教わって、でも、杉のじい様が一番可愛がってくれたんだ。お母さんって、じい様みたいなものか?」
「んー。可愛がってくれたり、叱られたり。いろいろやな。テストの点数下がったら1週間ゲーム禁止!とか、でもこうきと友達になってから成績悪くないからあんまりそれは言われへんかな。」
たくみが笑いながら言うと
「せいせき?なんだそれ。下がると怒られるのか。それならお母さんはいらないな。おいら、龍之介さんや大山椒魚の椒太郎さんにはいたずらしすぎて怒られる時もあるけど、何かを禁止されたりはしないぞ?」
と坊は驚いてそう言った。
「坊はいつもは1人なんやんね。寂しくないん?僕は家に1人でいるときは寂しいし怖いからたくみくんの家に行くねん。うちはお父さんもお母さんも仕事してて帰るの遅いから。」
「お父さん?お父さんも生んでくれた人?」
「あ、違うちがう。お父さんはお母さんと2人で僕を育ててくれてる人。たくみくんや僕はお父さんもお母さんもいるけど、いない人もいるねん。お母さんだけのひとも、お父さんだけのひとも。なんでかな?大人はいろいろあるねんて、お母さんが言うてはった。」
「ふーん。お父さんとお母さんか。なんか楽しそうだな。お弁当やご飯やおやつも作ってくれるんだろ?ちょっと羨ましいな。」
坊はそう言うと、持っていた棒っきれを振り回してちょっと寂しそうに笑った。
たくみとこうきは坊がかわいそうになって
「坊、僕らがずーっと友達でいるから絶対絶対友達でいるから、寂しくなんかないねんで。僕らの友情は世界の終わりまでずーっと続くんやからな!」
と大きな声で言うと坊を抱きしめた。そして肩を組むとまた元気に歩き始めた。

しばらくするとさっきまでの明るさが嘘のように薄暗い杉や檜の森に入った。地図にはこの奥に仙人がいると書いてある。ちょっと怖くなって三人はくっつくようにして進んでいった。すると森の真ん中にこんもりとした丘があり、丘の真ん中にぽっかりと口を開けたような洞窟が見えてきた。ここが初めの仙人の家であるらしい。3人は恐る恐る中に進んでいった。  
中にはほんわりと灯りがともっていて温かな空気に包まれていた。そして大きな猪が焚き火の前に座っていた。その横には美しい着物に身を包んだ女の人が腰掛けに座ってこちらを見ていた。

三人はおずおずと猪の前にやってくるとぺこりと頭を下げ
「こんにちは。僕はたくみ、こっちはこうきと小沢の坊です。龍之介さんのおつかいできました。」
と声をかけた。
こうきと小沢の坊も「こんにちは。」と言い、カバンからノートと鉛筆を取り出した。

「ふむ。帳面を持ってくるとは感心じゃ。わしは猪の権蔵。こちらのご婦人は鶯の鈴さんじゃよ。わしらは山の話をしようと思っておる。難しいかも知らぬがよく聞いておくれ。質問は後から聞くでの。」
権蔵はそういうと草もちとお茶を三人に出してやり話し始めた。


「山というのは生き物と樹々草花が生まれそして死ぬことで息づいておる。
山の木々はな、生まれた時には小さな種じゃ。それが芽を出し木に育つのはたくさん落ちた種の中のほんの一握りじゃ。しかし、落ちた種を鳥や動物たちが食べる。出てきた芽や若木も食料になる。そして動物たちはその木々や草花を食べる。動物が動物を食べる時もある。それも流れの一つじゃ。お前たちも肉や魚を食べるじゃろ?野菜も食べる。そしてそれが体を作るじゃろ。動物もそうじゃ。そしていつか命が終わると死骸は虫や動物たちが食べ、腐り、そして土に還る。その土の養分を木々や草花が吸い上げ体を作り花をつけ実を結ぶ。これが連鎖じゃ。
木々は根を伸ばし山の土を抱える。雨が降り水が染み込む時に土が流れ落ちんようにとな。染み込んだ水は土の深いところで溜まりやがて湧き出す。小沢のようにな。最初は雫である水が小さな流れとなり山を下る。たくさんの水が集まり河となり、大地を下り海に出る。海はあらゆる命の源じゃ。その海の水が蒸発し雲となる。雲は世界をめぐり恵みの雨をもたらす。命の環じゃ。お前たちは、人間であろうと精霊であろうとこの環の中で生まれ育ち死に行くのじゃ。これはさだめじゃ。

近頃人間は増えすぎた。それで山を削り川を整備し海を埋め立てて住む場所を増やしてきている。
それは大地の均衡を崩し始めている。山を削れば山肌が土を受け止めることができなくなる。木々を倒せばなおさらじゃ。こうなると大雨が降ると大地は水に押されて滑り落ちる。土砂は家を街を人々を押し流す。
なくならなくてもよい命が終わって行く。

お前たちに何ほどのことができるのかはわしにはわからぬが、そうならぬすべを考えてはどうじゃろうか。まだ子供じゃが、子供じゃからこそ柔らかな考えが生まれると思うのじゃ。
どうじゃろう。わかったかの?」


たくみとこうきはノートに色々書いたけれど、難しい言葉は後で調べようと線を引いておいた。
それでも、聞きたいことがたくさんあって頭がぐるぐるしていた。すると坊が口を開いた。
「権蔵さん。おいらはもしかしたら消えてしまうかもしれないの?山がもしも崩れたら、おいらの沢がなくなったらやっぱり消えてしまうの?」
「うむ。そうじゃの。精霊というものは宿主を失うと消えてしまう。お前の場合は小沢じゃな。じゃが、お前が生まれたということはそう簡単に消えることがないということでもある。あの山肌にはたくさんの樹々が生えておろう。さっきも言ったように樹々は根を下ろし張りめぐらせることで大地を抱く。大地がしっかりしていれば少しのことで崩れることはない。無駄に恐れずともよいのじゃよ。」
権蔵さんは三人にお菓子を勧めてくれた。三人は黙って草もちを食べ色々考えてみた。自分たちがこうやって食べているものが力になるのは分かる気がする。ご飯を食べなかったらお腹が減るし力も出ない。お腹が減りすぎたら死んでしまうんだろう。死ぬってどういうことか、それはさっぱりわからなかった。でも、権蔵さんは無駄に怖がらなくていいと言った。たくみとこうきもそうなのかしら?僕たちも怖がらなくていいのかな?
「権蔵さん、僕たちもいつかは死ぬんでしょう?それは怖いこととは違うの?僕はまだ死にたくないです。」
たくみはちょっと怖くなって聞いてみた。
「そうじゃのう。生きているものはみないつかは死んでしまう。じゃがよっぽどの事故や事件に巻き込まれん限りは、健康な人の寿命というものは大方百年程じゃろう。まぁ、大きな病気さえしなければそれぐらいは生きられると思うがの。お前たちは幾つになったんじゃ?」
「えっと、今年10歳になります。」
「それならば何も心配はいらんの。あと90年は生きられる。動物は大方体の大きさによって寿命が決まっておる。ネズミは1~2年、猫は長くて15年程じゃろう。イノシシもほとんどは10年程じゃな。でもたまにこうして長々と生きておるわしらのようなものがおる。わしらはなぜこんなに長く生きておるのかはわからぬが、どうやら生きておる間は見たり聞いたり体験した事柄を伝える役目があるようじゃ。語り部じゃな。昔は人ともこうして語り合ったものじゃが、今の世にわしらの話を聞くものは少ない。お前たちのような心の澄んだ子供たちに会えたことを嬉しく思っとるよ。」
権蔵さんはニコリと笑いお茶を一口飲んだ。
「さて、菓子もいいが腹が減らぬか?わしは料理はできぬがうまいお茶ならたくさんある。たしか弁当を持ってきたのじゃろう?鈴さんこの子たちにあのお茶を出してはくださらぬか。わしらの食事は奥から取ってくるゆえ。」
そういうと権蔵さんは奥に入って行ってしまった。鈴さんは熱い香ばしい香りのお茶を三人に出してくれた。
「お豆をね、炒って作ったのよ。私の好きなお茶なの。権蔵さんもお気に召したのかたまに私のところに茶筒を持ってやってくるのよ。山芋や栗や山菜なんかをお土産にね。権蔵さんはああ見えて優しい方なのよ。山の動物たちのお世話をしていらっしゃるの。私はこの山の小鳥たちを見守っているのよ。みんなそれぞれの場所でそれぞれの生き物を守っているの。そうやってこの山で暮らしているのよ。」
鈴さんが笑うと優しい気持ちになる。きっとこの和らかい声のせいだなとたくみは思った。
権蔵さんは大きなどんぶりに山芋や木の根みたいなのを焼いたものを持ってきた。鈴さんにはたくさんの木の実が入った器を渡すとみなでいただきますと食べ始めた。権蔵さんの食べている木の根みたいなものは甘いいい香りがする。それに鈴さんの食べている木の実も美味しそうだ
。たくみとこうきと坊はお弁当を広げてみた。たくみのお弁当はコロッケと卵焼きとプチトマトとブロッコリーが入っていた。こうきのは肉団子とたけのこの炊いたやつとうずらのゆで卵とプチトマト。坊のはおにぎりとサワガニの唐揚げと小魚の佃煮だった。三人はおかずの取り替えっこやおにぎりの味見をしながら食べてまるで遠足みたいな気分だった。
でも、おやつは出さなかった。大人が食べていいって言わないと食べてはいけない気がした。

こうきが
「権蔵さん、人間が山を削ったり海を埋め立てたり川を整備するのはなんでそんなに悪いことなんですか?山は崩れるのはわかったけど、海や川はなんでダメなんですか?」
と聞いてみた。
「うむ。川はな、堤防や川底の整備で一見氾濫しにくくなってきておる。しかし、川の流れる道を変えてしまうことで、流れの速さが変わる。流れが速くなると水底の土や川岸を削ってしまう。それに土の中に水が染み込むことも大切なんじゃよ。そして川底の水草や石ころや砂は川の水を綺麗にするための小さな小さな生き物たちが住んでおる。その生き物たちの棲家を奪ってしまうことで川が荒れてしまうこともあるんじゃよ。海もそうじゃ。山の土を海に持って行き埋立てしまうと、その海の中にいた生き物たちの棲家が奪われてしまう。海は波が寄せて返すことで水を綺麗にしたり生き物の住みやすいように空気を水に溶かしたりする。ところが入江の真ん中に人工の島ができてしまうと、潮の流れが変わり澱みが生まれる。澱みは泥や汚れを浄化するのが下手くそなんじゃよ。波が来ないからな。すると底の泥が腐って匂いを放つ。それは困るとそこも埋め立てたりするじゃろ。悪循環じゃな。こんなことを繰り返しているとそのうち海の水がダメになってしまうかもしれぬぞ。まあ、水の話は明日水辺の仙人たちに聞きなされ。しかしの。山を削り土を止めることができなくなるとその土が川を走り抜け海に流れ込む。海に土が大量に流れれば、海はにごって海藻や底に住む生き物たちに陽の光が当たらぬようになる。すると空気を作っていた海藻が枯れてしまう。空気がなくなると魚や生き物も死んでしまうのじゃよ。じゃから、まずは山を護らねばならんのじゃ。」

「難しかったかの?おやつを食べると頭に栄養がいくぞ。そして、おやつを食べたらそろそろ帰る時間じゃよ。」

権蔵さんと鈴さんはお茶と山菜の佃煮を出してくれた。みんなでおやつを分けっこして、もっともっと山の話を聞きたいとお願いしたけれど、もう帰る時間になってしまった。たくみはまた来てもいいか聞いてみた。
「もちろんじゃよ。今回のたくさんの話はいっぺんでわかることではないからの。何度でもおいで。うまいお菓子を用意して待っておるよ。」
権蔵さんは嬉しそうに笑ってそう言ってくれた。
3人は何度も振り返り手を振りながら山を降りた。

3人だけでできることじゃない。でも、たくみとこうきは二人の力がいろんな人と繋がるようにたくさん勉強しなくちゃと思ったのだった。







2日目は菫ヶ淵に行くことになった。ここまでは道も険しくはなく、坊がよく知った道だったのでそんなにビクビクせずに淵へとたどり着けた。
菫ヶ淵には小さなテーブルと椅子が6脚置いてあり、大山椒魚の椒太郎と大鯰の孫兵衞、山女魚の磨魚が座っていた。
「こんにちは。ぼくはたくみ、こっちはこうきと小沢の坊です。龍之介さんのおつかいできました。」
たくみがあいさつをするとこうきと坊も
「こんにちは。」
と椅子に座りノートと鉛筆を鞄から出した。
テーブルの真ん中にはスミレの砂糖菓子や金平糖、綺麗な色のあられが置いてあった。磨魚さんがお茶を入れてくれたので3人は熱いお茶をふーふーしながら一口飲んだ。
「今日はお番茶にしてみたの。そのスミレの砂糖菓子はここの淵の向こう側に住んでいるスミレの精霊菫太(けいた)さんが毎年作っているのよ。召し上がれ。」

「ふむ、食べながら聞いてもらうかの。権蔵爺さんのやつめいろいろ水辺の話までしおってわしらが話しづらくなるというものよ。それでは始めるかの。」
椒太郎は3人を見回しごほんと咳払いをすると話し始めた。

「水というのはな、生きとし生けるものすべてにとって大切なものなんじゃよ。水がなければ生きてゆくことはできぬのじゃ。
お前たちも喉が乾いたら飲むじゃろ?それは、たまにはお茶や違うものも飲むじゃろう。しかしの、人の体はほとんど水でできているんじゃよ。人だけではない。魚も動物も植物もそうじゃ。水が汚れてしまうと飲むこともできなくなる。
じゃから川や海の水は自分で綺麗にする力を持っておる。たくさんの目に見えない生き物たちや木や草の根、藻や海藻が汚れを取り込み元の綺麗な水に戻してくれる。川の流れや打ち寄せる波もみなそうした作用を持ち合わせておるんじゃ。
この世界の水がみんな汚れてしまったら、わしらも、動物や植物も、精霊や、神さえも、消えてしまうかもしれんの。」
椒太郎は一息つくとお茶を飲んだ。
「最近の人の身勝手な振る舞いに、もういっそ滅ぼしてしまってはどうかなどと言う過激な精霊がいるのは、わしの耳にも入ってきておる。この大切な星をダメにしてしまう前に人をみんな滅ぼして動物と精霊で暮らせば平和になるのではないかと言う輩がな。じゃが、人がこれほど進化してきたのじゃから、人がいなくなれば次の動物が進化を始めるやもしれぬ。その進化が人と違うかどうかなどわしらには計り知れぬ。それにわしとしては、今こうしてお前たちと出会ったことで、人と言うのも悪いばかりではないのではないかと思うのじゃよ。もちろんこれ以上この星を、この大地を汚さぬようにして欲しいとは願っておるのじゃがの。」
椒太郎はまたお茶を一口飲むと金平糖を口に放り込んだ。
「僕たちは、滅ばなあかんほど悪いことをしているんですか?」
こうきが不安を隠しきれずに大きな声で聞いてしまって、自分でも驚いたように肩を落とした。
「そうじゃのう。全てが悪いわけではないよ。しかし、他の動物は食べるために動物を殺すのに対して、人は毛皮のためや楽しみのために殺すじゃろ。殺しすぎてしまうのじゃ。それなのに食べるためにとっているものまで獲るなということもある。人はやっていることが支離滅裂なんじゃな。わしらから見れば滑稽でしかないが、なんとも身勝手な物言いじゃよ。木や草、大地に対してもそうじゃろ?畑を作る、街を作る、工場を建てるなどと言っては森を切り拓き、焼いてしまう時まである。そんなことをしながらも花や葉っぱが美しいから、動物の姿が可愛いからとよその土地で育てるために移動して、その土地の草木の生きる場所を脅かす。そして根付いた頃に全滅しなければと声高に騒ぐ。おかしなことよの。植物も動物も太古の昔から生態系からはみ出して移動することはある。それは人の力を借りているばかりではない。風や鳥に運ばれたり、流木に乗って何千キロもの距離を移動することもある。じゃが、そこにある生態系に徐々に馴染んだり、適応できずに命を終えたりしてきたのじゃよ。今はあまりにも多くの生き物が簡単に移動して生態系を壊してゆく。それが流れなのかもしれん。定めなのかもな。しかしながら時の流れを超えるほどに早い崩壊は危険というものじゃ。それゆえ過激な意見が出てくるのじゃよ。わしはそんな意見は聞きたくもないがの。」
「椒太郎さん。おいらにはどんな役割があるのかな?おいらはまだ子供の精霊で、そんな怖いことを言う精霊たちに会ったこともないし対抗もできないのに。」
坊はたくみとこうきがいなくなったらと思うととても怖くなった。
「坊よ、お前はたくさんのことを聞き、たくさんのことを見て、たくみとこうきに話すのが役目じゃよ。精霊の世界のことはたくみとこうきには聞こえては来ぬからの。たくみとこうきは人の世界を、そして坊はこちら側の世界をお互いに繋ぐのが役割なんじゃろうと思うのじゃ。人の世界からこちら側にくるのはおおよそ百年ぶりのことじゃ。その上頭の柔らかい子供がこちら側にくるというのはなんとも長い長いあいだなかったことなんじゃよ。じゃからわしらもこれからお前たちにたくさんのことを教えて人が滅びることのない道を探したいんじゃ。さて、難しい話はこれくらいにしてお弁当を食べんか?わしが作った小魚の佃煮がたくさんあるんじゃよ。それに山菜の炊いたのがあるからの。弁当と一緒に食べなされ。」
椒太郎さんはニコリと笑うと机にお皿を並べ始めた。
磨魚さんがお茶を淹れなおしてくれると孫兵衛さんが焼き魚をお皿に並べてくれた。
「ふむ。ご馳走じゃの。わしの話す番は回りそうになかったゆえそこの焚き火で塩焼きでもと思っての。山椒味噌があるゆえ、つけて食べなされ。」
孫兵衛さんはのんびりと笑うと山椒味噌をお皿の端に乗せてくれた。
「辛いやも知れぬゆえ、ちょびっとずつつけるんじゃよ。」
三人はお弁当と佃煮や焼き魚をほうばりながら、それでもなんだか上の空でいた。人とこの星の運命を背負うって、大変なことだ。何をしたらみんなが幸せになるんだろう。僕たちの役目は一体なんなのだろう。これから大人になるまでに見つかることなのかしら。
お弁当を食べ終わった時、たくみが口を開いた。
「椒太郎さん。精霊の人たちと仲良くして、滅ぼされへんようにお願いするのはどうすればいいの?僕たち三人だけでできるとは思えへん。こちら側に来られるんはぼくとこうきだけなんでしょ?どんなにたくさん勉強しても足りんのと違うんかなぁ。こうきはとても頭がいいけど、僕はそんなに勉強得意やないしなぁ。」
「ふむ。わしらにもまだ先のことはわからぬのじゃよ。じゃがの、お前たちがこちらへ来たことには何か意味があるはずじゃ。勉強ができんというが、たくみには人を笑顔にする力がある。そしてものを作る力がある。秘密基地、よくできておるよ。この山の者はお前たちの味方なんじゃよ。たくさん学べば道が見えてくるじゃろう。まだまだ時間はたくさんあるのじゃ、無駄に恐れることはない。とはいえ怖いような事ばかり話しすぎたかのぉ。」
椒太郎はお茶をすすりながら少し考えてこう付け加えた。
「わしらはもう友達じゃ。これから幾度となくわしらで会うて話をしよう。そうすれば道が見えるかもしらんじゃろう?もしも滅びなければならぬなら、せめてお前たちの子孫が消えてしもうたその先でも良いと思うのじゃ。わしらの時間はとても長い。わしが消える頃まで人間と共に在りたいと、わしは思うておるのじゃよ。どうじゃろうの。」
「椒太郎さんもいつかは消えてしまうの?おいらを置いて?そんなの、嫌だ。」
坊は力なく呟いた。すると椒太郎や孫兵衛が笑いながら
「坊よ、お前と共に生き続けるのは少し無理かもしらぬの。しかしお前は沢の精霊として大人になり、きっと山を護る存在となるじゃろう。その頃にはわしらの次の世代の仙人が出てくるじゃろうて。わしらがこの先どれほど生きるのかはわしらにさえわからんことじゃが、お前のそばでこの先も共に学びこの山を護りたいと思っておるよ。」

しばらく皆はお茶とお菓子を口に運びながらも口を開こうとはしなかった。
そろそろ陽が傾こうかと腰を上げ始めた頃、こうきがポツリとこう言った。
「僕らと仙人様たちは友達なん?先生とか師匠とかじゃなくて、一緒に考えてくれはるんですか?先生って怒ってばっかりで怖いけど、師匠も漫画とかアニメでは棒でたたいたりしはるけど、友達やったらそんなんせえへんやんね?僕らは、友達なんや。」
そう言ってしまうとなんだか今までのどの奥で苦しいぐらいに固まっていた空気が通り始めたみたいに気持ちが軽くなった。

「さあ、そろそろ山を下りんとな。陽が暮れてはご両親が心配しなさるよ。」
孫兵衛さんがそう言って、磨魚さんがお菓子を綺麗な透かしの入った紙にそれぞれ包んでくれた。
三人は何度もなんども振り返り手を振って、山を下りて行った。
椒太郎さんたちの姿が見えなくなるとたくみが
「友達やて!大人の友達かて少ないのに、神様と仙人様の友達!嬉しいなぁ。」
そう言うと三人は肩を組んでデタラメに歌を歌いながら淵を後にした。







3日目の朝、
「おはようございます。」
たくみとこうきは元気よく洞穴の入り口を入ってきた。すると、そこには坊と一緒に見知らぬ精霊らしき大人が立っていた。
「おはよう、たくみとこうきに紹介しようの。こちらは楠の精霊で、真楠(まさくす)じゃ、そして、こちらは藤の精霊の藤姫じゃ。今日の道は本当は人の通れぬ道ゆえこの2人が同行する。心配せずとも2人とも神通力の強い精霊じゃ。怪我などすることはない。じゃが、ふざけすぎんようにの。」
龍之介さんは坊にお弁当を渡すと2人の精霊にもそれぞれお弁当を持たせ三人をくれぐれも頼むと何度も言い、姿が見えなくなるで手を振ってくれていた。

「真楠さん、龍之介さんがあんなに見送ってくれたのってこの三日間で初めてなんやけど。めちゃめちゃ怖いとこなん?今日はどこに行くんですか?地図ももらってへんしなぁ。」
たくみは心配になって聞いてみた。
「私たち二人がついていれば危険なことは一つもありませんよ。ただ地にもぐるので坊の力ではさすがに無理がありますゆえ私たちも同行させていただくことになりました。これから行くところはきっとたくみ君とこうき君の見たことのない景色ですよ。」真楠はそう言うと優しく微笑んだ。
藤姫はにこにこしながらも注意深く山肌を探るように観察していた。たくみとこうきと坊はなんだか怖いので3人手をつないで歩いていた。
しばらくは明るい林の中の道だったがだんだん険しく暗くなってきた。3人は少し身を寄せて歩いた。そしてまたデタラメな歌を大きな声で歌った。こうしているとなんだか少し勇気が出てくる気がしたからだ。
そうしていると藤姫が大きな崖のところで立ち止まり崖に手のひらをかざすと何やらわからない呪文を唱え始めた。まるで昔の歌のような不思議な抑揚と節回しのその呪文は心に熱い力がみなぎってくるようなそんな気がした。すると今まで目の前に立ちはだかっていた崖が大きな地響きとともに左右に開き、岩の奥に下に向かって道がのびていた。

「あのー。ここに入るん?ちゃんと戻ってこられるやんね?戻ってきたらおじいちゃんになってるとか、そんな仕掛けとかないやんね?」
こうきは怯えながら二人の精霊を見つめた。するとそれを聞いたたくみと坊は慌ててこうきに抱きつくと少しづつ後ずさりを始めた。
「お二人とも大丈夫ですよ。こら、坊よ。今朝龍之介さんから説明を受けたであろう?これから山神様に会いに行きます。山神様は地の奥深くに住んでおられるゆえ道を開きましたまでのことでございます。夕方には龍之介さんのお社にお連れしますゆえご心配には及びませぬ。」
真楠は笑顔でそう言うと窟の中に足を進めた。藤姫は少し疲れたようだったがにこりと微笑み3人の背中を押して中に進んだ。
5人が中に入ると窟の入り口は、今度は音もなく閉じてしまった。たくみは本当に帰れるのかちょっと心配ではあったが、こうなったら進むしかないし、神様のお話を聞くまでは帰らないと腹をくくった。こうきも坊も隣で同じ決意をしたらしく互いに頷きあうとまた手をつないで歩き出した。
急な坂を下り、幾つもの角を曲がり、深い深い地の底に落ちそうな崖の横の細い道を歩きながらたくみは(こんなとこゲームで歩いてたら宝箱とかあるんやんな。あそこのくぼみとか。ほんで開けたらモンスターでてきたりするねん。)などと考えて1人でクスリと笑った。こうきが、たくみの顔を覗き込み
「今、宝箱ないかなぁって思ったやろ。」と、ニヤリとした。
すると今度は坊が
「え?なんで宝箱なんかあるのさ。あったら蓋開けて宝物持って帰んのか?
でも、その宝箱山神様のものだと思うから持って帰ったら怒られるぞ。」と怖い顔をした。
たくみとこうきはプッと吹き出すと顔を見合わせて
「ゲームの話。ゲームではこんなダンジョンにはモンスターがたくさん出てきて、勇者が倒すねんで。ほんで、宝物持って帰るねん。」
「え!そんな!それ、誰かの宝物だぞ。泥棒じゃないか。」
坊はびっくりして2人の顔を交互に見て、
「たくみとこうきもそんなことするのか?」と恐る恐る聞いた。
「違うちがう。空想のお話やねん。ゲームの中やったらあるなぁって。そんなこと考えたら怖さが減るやん。それだけ。」
たくみが笑うと。坊も
「なんだ。」
と笑い三人でまた手をつないで歩き出した。足元がだんだん歩きづらくなって、道も細くなってきた気がする。
しばらく細い道を歩いているとぼわんと赤い炎のような灯りが見えてきて視界が開け、床も柱もつるんと磨かれた大広間にやってきた。ここまできたらどんなに怖がっても仕方がない。3人はおじいちゃんになっても構わないからこのお使いを終わらせなければと思い前へ進み出た。

「こんにちは、ぼくはたくみ、こっちはこうきと小沢の坊です。龍之介さんのお使いで来ました。誰かいませんか。」
たくみはありったけの声で挨拶をした。すると今までただの大広間だったところに、大きな椅子に銅を織り上げたような鈍い光の着物を着ていぶし銀のような色の帯を締めた大きな男の人が座ったまま現れた。
こうきと坊はおどろいてしまって声にならない声で「こんにちは。」と挨拶をした。

「おお。ようきたのぉ。このような地の底までやって来るのはさぞ怖かったろう?お前たちがおじいちゃんになるまでに帰さねば龍之介に恨まれるゆえ早いところ話を終えるかのお。わしは山神の漠山じゃ。よろしゅうの。」
山神様は笑顔で手をゆらゆらと揺らすと何もなかった広間に椅子と大きな卓が現れ、お茶とお菓子と果物が盛られたカゴが出てきた。3人はためらいながらも椅子に座るとノートと鉛筆を取り出した。
「ほほう。聞いてはおったが感心じゃの。わしからはこの星についての話をしようと思っての。」
漠山はお茶を一口飲むと話を始めた。
「最近地震が多いじゃろ?人はわしらが怒って地震を起こすなどと思っておるが、実は地震というのはこの星の呼吸のようなもんじゃ。息を吸ったり吐いたりすると胸が動くじゃろ?ところが星の呼吸というのは厄介で、地中の奥深くでマントルという、そうじゃな、人で言うと血のような熱い熱い物がぐるぐる回っておるんじゃ。それが回る時に地面が中に引き込まれる。その地面はずっと引き込まれ続けると元に戻ろうとして跳ね上がる。竹を引っ張るとしなって手を離すと跳ね上がるじゃろ。あんな感じじゃよ。そうすると地面がものすごい勢いで揺れるんじゃ。これが地震じゃよ。陸地で起きれば地震だけじゃが、海底で起きるとこれが津波も引き起こす。そうやって地面が少しずつ動いておるんじゃ。太古の昔にはこの星の大陸は1つじゃった。それが何万年もかけ今の姿になったんじゃ。止まっているように見える現在も毎年少しずつ動いておるんじゃよ。それで、何年か何百年の間で地震が頻発する年がある。地面がたくさん進むのか、それとも地下のマントルが多めに回るのか。そして、火山の噴火じゃな。これも地下でマグマが燃えたぎって膨れ上がり出口を探して、そして山の火口や海の中の火口から噴き出す。これまた地面が大きく揺れるんじゃ。その上に溶岩や噴石と言って大きな岩や熱く燃えた土や砂が降り注ぐ。その上噴石とともにガスが発生するときもある。毒がなければそのまま空気に溶けて問題なく終わるのじゃがな。毒のあるガスが出る場合が割とよくある。こうなるとその一帯にはしばらく人は住むこともできぬし、動物や木々草花すらも枯れてしまうのじゃ。
それに加えて地上の気温が上昇を始めた。人が増え、建物や工場が増え、木々が切られ海が汚れる。すると酸素を作ってくれていた緑の草木や海藻が減ってしまって二酸化炭素というものが増えるんじゃよ。簡単に言うと吐いた息じゃな。草木や海藻は呼吸の時にこの二酸化炭素を取り込んで酸素を吐いてくれるんじゃ。ただ、お日様が昇っておる間だけじゃがの。夜の間は草木もわしらと同じ呼吸法じゃが、それでもこの草木のおかげでこの星の酸素はいつも満たされておるんじゃよ。ところが草木や海藻が減ってしまうと二酸化炭素は上空にたまり地球を冷やす効果が減るんじゃな。それで温かくなってしまう。あまりにも温かくなると海水温も上がってしまう。すると北極や南極の氷が溶ける。そして海水面が上昇する。まあ、海の水が増えてしまうってことじゃ。これは笑ってはおれんよ。島が沈んでしまうこともあるんじゃからな。そして、海水温が上がると海の上にある空気が温かくなる。あまりにも温かくなると台風や大雨、または干ばつが起きるんじゃな。雨が降る地域が一箇所にかたまってしまって、違うところで干ばつがおきると作物や草木が枯れたり動物が飢えと水不足で死んでしまう。今まで台風やハリケーンはそんなに大きくなかったが最近大きくなって、しかも今まで来なかった地域にまで及ぶようになった。こんなことが次々に起こっておるんじゃよ、今のこの星ではの。
ところが我ら神の力でもこればかりは止めることはできんのじゃ。人は我ら神を全知全能、つまり何でも知っていてものすごい力で何でもできると思っておるが、わしらとてこの星の一部じゃ。つまりこの星の力を上回ることなどできんのじゃよ。じゃがの、再生の助けはできる。それゆえ命を育み、草木を活気付け、息を吹き返させるようにと力を発揮する。ここまではわかったかの?まずは菓子でも食べて頭に栄養をわたらせようの。これはうぐいす餅じゃよ。熱い茶も入っておる。やけどせんようにの。」
漠山は餅をつまみ上げてポイッと口に放り込んだ。たくみはあんなふうにできるかな?と思ったけれど、口が小さくてふた口でも入りきれなかった。熱いお茶をふーふー吹きながら飲んでいると、坊が口を開いた。
「漠山さん。地震が防げないならそのマントルとかいうのを止めちゃえばいいんじゃないですか?そうしたら地震は起きなくなるし、たくみやこうきも危なくないもの。」
漠山はお茶をもう一口飲み、しばらく坊を見つめると
「ふむ。例えばの話じゃがな。もしもマントルの動きを止められたとしよう。お前さんたちは息をどれぐらい止められるかの?せいぜい30秒ほどじゃろ?それでも止め続けたらどうなるじゃろうの?多分死んでしまうじゃろう?星も同じじゃよ。マントルの動きを止めてしまうと、星は息ができなくなって、やがて死んでしまうじゃろう。星が死んでしまえばわしら神々がどんなに力を使おうと遅かれ早かれ地上の生きとし生けるものは全て死んでしまうじゃろう。人も動物も木々も草花も。そして川も海も。精霊も神々もじゃ。じゃから星に呼吸をしてもらわねばならんのじゃよ。」
「そんな怖いことには、なって欲しくないです。」
神妙な面持ちでたくみが呟いた。この三日間怖い話ばかり聞いている。自分は子供なのになにができるんだろう。この街だけじゃない。この星を救うなんて僕にできるのかな。そう思うと暗い気持ちになってきた。たくみはこうきの顔をじっと見つめると大きく深呼吸してから話し始めた。
「僕な、思うんやけどこんな大きなこと2人ではできひんやんか。坊や仙人様や精霊さんたちや龍之介さんや莫山さんがついていてくれてても人の心が変わらんかったらあかんと思うねん。だからもっとたくさん勉強して、沢山の人と話して、それで神様のことがわからへんでも精霊さんや仙人様のことがわからへんでも僕らの気持ちをわかってくれる人を探していかなあかんと思う。どうしたらいいかわからへん。でも、ゴミ拾うとか、海岸の掃除とかできることからやっていこうと思うねん。僕らは子供やしすごいこととかできひんけどちょっとずつやっていったらもしかしたら一緒にしようって思う人が出てくるかもしれへんやんか。どう思う?」
こうきはたくみの話を頭の中で嚙み砕くように考え考えノートに何かを書き始めた。そしてまとまったのか話し始めた。
「僕もな、そう思う。考えてるだけではあかんねん。何かを始めよう。どんなことかまだわからへんけど、きっと何かがこの星を救う手伝いになるかも知らんやんか。」
すると坊が口を挟んだ。
「でも地震はどうするのさ。掃除したって地震は止められないと思うよ?その時はどうしたらいいのかも考えなくちゃ。おいらも地震は経験ないからわからないけど、大変なんだろ?地面が揺れるんだし、山が崩れたり街が崩れたりするんだろ?」
「うん。でも地震は政府の人が対策してて沢山の人が助かってるってテレビで言うてはった。僕らもテレビで見るしかできひんけどお母さんが『義援金』ていうやつを送ってはった。街を直したり地震にあった人の住むとこを作ったりするんやって。」
たくみとこうきはテレビで地震が起きてるお店の映像を見たことがあった。お店の棚が物凄い勢いで左右に何度も揺れて沢山のものが飛んで行くところだ。自分の街にあんな大きな地震が来たら僕らは潰されてしまうかもしれへん。それでも、絶対地震が来ない所なんかないみたいやし準備をちゃんとしなくてはと心に書き留めた。

「ふむ、恐ろしい話ばかりしてしもうたかの。しかしの、この星とて自身を壊してしまうほどの事をしでかしたりたりはせんのじゃよ。小さな地震が起きるじゃろ?よく起きる時もある。それは、いっぺんに跳ねると大地を呑み込むほどの津波や山崩れが起きかねんから揺れを小出しにして最小限にするためなんじゃ。もちろんこの星にどんな意思があるのか、わし等神とても全ては解りかねるがの。さて、昼ごはんにしようの。お弁当を持って来たのじゃろ?わしもな、お弁当にして見たのじゃよ。みんなでおかずの取り替えっこをしようの。」
莫山はにこにこ笑うとまた手をゆらゆらしてお弁当を出した。
莫山のお弁当は大きなおにぎりが三つと山芋や大根の煮付け、そしてなんだかわからないお肉の唐揚げだった。
たくみはお母さんの卵焼きと唐揚げを取り替えっこしてもらった。こうきはポテトコロッケを替えっこしてもらい、坊は小エビとタンポポの天ぷらを替えてもらった。みんなで食べるご飯はとても美味しくて、たくみは莫山の唐揚げが何でできてるか聞いて食べられなくなると困るから(土でできてたらお腹壊すかも知らんしな。)何も聞かずに口に放り込んだ。鶏肉みたいでお母さんの作った唐揚げの次ぐらいに美味しいと思った。
ご飯が済むと、
「質問はあるかの?この坂道は来る時よりも登る時の方が大変かも知らんよ。モンスターや宝箱に出くわすかも知らんじゃろ?」
莫山は笑いながらそう言うと残りのお菓子を包んで渡してくれた。そして出口まで一緒に送ってくれた。
「モンスターが出た方が面白かったかのー。わしも勇者になれたかも知らんのに惜しい事をしたわい。おじいさんにもならんかったじゃろ?元気で帰るのじゃよ。また遊びにおいで。」
と笑顔で手を振ってくれた。
地面の上に出ると、そろそろ夕方の気配が山を包んでいた。
「やっぱりモンスターとかわかんないや。おいら達は精霊だろ?妖怪はモンスターとは違うだろ?変な事みんな言うから混乱するじゃん。」
坊はほんわりと明るい森を歩きながらそんな事をぼやいた。たくみとこうきは顔を見合わせてクスクス笑ってから、
「今度、このお使いが済んだらゲーム見せたげるやん。でも、精霊がゲームにハマったらきっと怒られるで。僕らもお母さんによく怒られるもん。」と約束し、また三人で歩き出した。


四日目の朝、たくみとこうきが龍之介さんのところにやってくると坊がいつになく神妙な面持ちでいつもの席に座って居た。
「おはようございまーす。龍之介さん今日はどこへいくの?」
たくみが聞くと龍之介さんが椅子を引きながら
「今日はここで勉強じゃよ。この三日間に教わった事のおさらいじゃな。」
そういうと、熱いお茶とよもぎ餅を出してくれて太郎さんも加わり五人で席に着いた。
長い沈黙が続いた。たくみもこうきもこの三日間がすごく長い旅のように感じた。
「あのね龍之介さん、僕思うんやけど、まだ僕らは子供やしいろんな勉強をしなあかんと思うねん。それに僕らは友達やたくさんの偉い大人の人と知り合って、そういう人たちとも友達になって行かなあかんと思う。外国の人ともそうやし。だから僕たちに時間をください。もっと山のことやこの星のことを知りたいし、神様や仙人様のお話をもっともっと聴きたい。あかんかなあ?」
こうきが自分の言葉を選びながら話し出した。するとたくみも
「そうやんね。僕は勉強は得意じゃないけど、こうきがたくさんのことを教えてくれて勉強も楽しいかも知れへんと思うようになったねん。そして神様や仙人様のお話聞いて自分にできることをたくさん考えた。僕らにできることってすごく小さいけど、いろいろやってみな僕らの力なんて解らんと思う。もっともっとたくさんのことを知りたいし、龍之介さんや太郎さんと話すの大好きや。だから僕にも時間をください。」
龍之介は二人の顔を長い間見つめてから口を開いた。
「たくみとこうきは次は四年生じゃな。小学校を卒業するまでここに通いわしらの話をたくさん聞くのが良かろう。その後二人の中からここの記憶を一時的に消してみよう。そこから大人になるまでの時間を勉強や友達作りに当ててごらん。わしらにもう一度会わねばならぬとわしが判断したその時何かの合図を送ろう。そして、わしらにどんな変化が起こるかを見てみよう。どうじゃな?この意見は。」
たくみとこうきは顔を見合わせ驚いて、今度は龍之介と太郎を交互に見た。びっくりしすぎて声が出なかった。ここで過ごした時間が消えてしまう。そんなことがあるだろうか。龍之介さんや太郎さん、坊や仙人様やたくさんの精霊さんたち、たくさんの神様にも出会った。この大切な出会いや思い出がなくなってしまう。二人の頭の中が真っ白になりかけた時に大きな声で坊が叫んだ。
「そんなの嫌だ!龍之介さん、おいらこの二人に忘れられちゃうの絶対嫌だ!また一人ぼっちになっちまうじゃないか!おいらの友達を盗らないで!お願い。。。」
坊は大きな目から涙をボロボロとこぼしていた。そして三人して大粒の涙を流して口々に「記憶を消さないで!」と叫びのような泣き声でお願いした。
しかし龍之介の意思は固かった。
「のう、三人がいつまでもこの山で遊んでこの山以外の世界を見んかったら、この星どころかこの山やわしらを救うことなど到底できんよ。皆がそれぞれの役割に気付いてこそ人間が動き、わしら神々や仙人、精霊と力を合わせることができるのじゃよ。子供の時には子供としてこの山やわしらの事をたくさん知ることができるじゃろう。じゃが、人というのは成長する過程で自分でも制御できんほどの気持ちの葛藤が生まれるのじゃ。その時にこの山を嫌いになったり、わしらの存在を疑い忘れてしもうたらもう二度と会うことは叶わぬ。じゃから柔らかい間に記憶を封印してわしらを否定しない刻を待つのじゃよ。わしらの時間はお前たちの持っている時間よりもはるかに長い。わしがいつもいつもお前たちを見ているから心配はいらぬよ。そしていつもいつもお前たちを信じておる。じゃから心配はいらぬのじゃよ。そして坊よ、お前にはわしらがおるじゃろう?これからたくさんの精霊にも出会うじゃろう。お前の沢が大きくなるにつれいろいろな体験をするじゃろう。お前も成長していかねばならぬ。いつか正式な名を頂くまで精進せねばならぬのじゃよ。それに坊の記憶は消さぬゆえ大丈夫じゃ。わしらとともにたくみとこうきを見守ろう。どうじゃろうな?」
三人はまだ抱き合ったままそれでも泣き止むとひたいを寄せて考えた。
長い時が流れ三人はただ考えに考えた。不思議なことに声に出していないのに三人の思いが通じ合っている気がした。
すると龍之介さんが卓にお茶やおにぎりや天ぷらを並べてくれていた。
「腹ごしらえをしようの。頭に栄養がいくじゃろ?その後お前たちそれぞれの意見を聞こう。」

三人はお弁当やおにぎりを黙々と食べた。龍之介さんの天ぷらやお味噌汁は身にしみて美味しかった。お母さんのお弁当も自分たちの力になってゆくのを感じた。食事が終わりお茶を一口飲んでからたくみがこう話し始めた。
「龍之介さん、僕らの記憶は預けるだけでまた戻してくれるんやんね?僕らがたくさん勉強してたくさんの人と知り合って、大人になった時に。それなら僕頑張る。何ができるのかたくさん考えて、とにかくやってみる。だからいつも見守っていてください。」
こうきはただ、うんうんと頷いていた。そして、
「僕ら絶対龍之介さんや太郎さんや坊やたくさんの神様や仙人様や精霊さんのこと忘れへんから見守ってください。」
と言った。
坊は涙をためてはいたが
「おいらもたくさん勉強するよ。だからいつかたくみとこうきに会いたくなって、龍之介さんが許してくれたら、会いに行ってもいい?」
と尋ねてみた。龍之介は少し考えてからただ頷いて坊の頭を優しく撫でてやった。
太郎さんが引っ込めていたおかしと熱いお茶を淹れなおして持ってきてくれた。
まだ涙で頬が光っていたが三人は
よもぎ餅をほうばった。

春の暖かな陽射しが薄いすみれ色を含んで、お日様がそろそろ山に吸い込まれるころたくみとこうきは龍之介さんに手を振って神社の鳥居を抜けると自転車にまたがり家路についた。坊は、この景色を後何回見られるのかと思うと胸が押しつぶされそうだったが龍之介と太郎の手をきつく握るとまた溢れそうになった涙をこらえた。

春休みはまだいく日も残っていた。三人の冒険は始まったばかりだった。
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