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二十 雷様と雨降りの柄杓。

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これは、とある街にある小さな神社に祀られている龍神様とお友達のお話。ここには龍之介と太郎という神様が住んでいる。二人は仙人や精霊や人間の子供、もちろん神様たちが気軽に遊びに来られるようにお食事処を始めてみた。そんな小さな神社のたくさんの、おはなし。





ひまわりの大きな花が夏の青空に映える午後、にぎやかなセミの声に背中を押されるようにトボトボと一人の雷様が龍之介の所にやってきた。
ひたいには玉の汗、やけにぐったりとした雷様は龍之介の顔を見るとため息まじりに、
「龍之介さん、すまんが冷たいお茶を頂けますかな。後、何か甘いものを。」
そう言うと座敷に座りまた大きなため息をつきました。
龍之介はお茶とお菓子を雷様の前に置くき、
「ほれ、水出しの緑茶と葛饅頭じゃよ。それでどうしたんじゃ。」
と向かいに座りながら聞いてみた。
「龍之介さん。わしは長いこと雷をやっておるのじゃが、もう歳なのかのぉ。梅雨の半ばに若い雷に雨の降らせ方と雷の練習をさせている時に、わしの大事な柄杓を落としてしもうた。それからずっと探しておるのじゃが、どこに落ちてしもうたのかどこをどう探しても見つからん。もうそろそろ引退なのかの。」
雷様はお茶を一口飲むとまたほぅーっとひとつ大きなため息をついた。 この雷様、名を雷蔵といい長いことこの辺りの雨を降らせているのだが、若い雷たちに色々教えては各地に送り届けてもいるそこそこ偉い雷様なのだ。
「ふむ。あの柄杓はなかなか人の目には触れんもんじゃろう?今年の梅雨が空梅雨じゃったのは柄杓を無くしたせいなんじゃな?難儀よのう。それにこのところの突然の土砂降りは若い雷に任せておったからじゃな。それは手分けして探しに行かねばなるまいな。」
龍之介が誰に頼もうかと思案を巡らせていると、入り口から元気な声が聞こえてきた。
「龍之介さんこんにちはー。ちょっと涼ませてくださーい。」
たくみとこうきと坊はさっきまで秘密基地でカエル隊員ごっこをしていたのだが、こうも暑いと小川の水浴びだけではクラクラするので一休みをしにやってきたのだ。
「おやおや、人の子じゃな。龍之介さんのところに来とるとは聞いておったがなんと可愛い。わしは雷蔵じゃ。よろしくの。」
雷蔵は目を細めて笑顔を浮かべそう言うとまたお茶を飲んだ。子供達の声を聞きなんとなく落ち着いたようだ。龍之介は三人にも冷たいお茶と葛饅頭を出してやった。
「こんにちは。ぼくはたくみ、こっちはこうきと坊です。雷蔵さんは雷様?それとも鬼なん?」
たくみは興味津々で尋ねてみた。
「うむ。いかにもわしは雷じゃ。太鼓は重いので置いて来たのじゃ。空にいる時には羽根のように軽いのじゃが、昔悪い雷が人間のへそを食べたものじゃから天の神様が地上に降りると太鼓を重くなるようにしたのじゃよ。長年良いことを続けた雷だけが太鼓を下ろして地上に降りることができるんじゃよ。」
「じゃあ、雷蔵さんは僕らのおへそは取らへんのやね?良かったー。おへそはありませんって言わなあかんかと思った。」
たくみは安心したように笑顔でそう言うと葛饅頭にかぶりついた。よく冷えた葛饅頭はぷにゅんと口の中でちぎれてあんこが甘く広がった。龍之介さんのお菓子は日本一だな。そう思いながらしばらく三人はお菓子を堪能した。
雷蔵と三人は葛饅頭を堪能し、子供達が今日秘密基地で起きた冒険談を楽しんでいると龍之介がニヤニヤしながらこう切り出した。
「雷蔵さん、どうじゃろう、この三人と柄杓を探しに行くというのは。わしは外に出る時には黒い作務衣に黒い帽子で、この良い天気には不似合いじゃ。その点雷蔵さんは人に化けるのはたやすかろう?それに坊に人の世界を見せるのもいいかと思うのじゃ。まあ、坊がはしゃぎすぎなんだらの話じゃがの。」
すると子供達が口々に
「なになに?柄杓ってなんなん?坊が僕らのとこに遊びに来れるん?」
「おいら、たくみとこうきのところに遊びに行ってもいいの?」
と騒ぎ出した。
雷蔵はしばらく三人を代わる代わる見つめてから考えていたが、ようやく口を開くと
「ふぅむ。そうじゃな。わしもかなり怪しい格好になるが、麦わら帽に浴衣姿で探してみるか。坊はそのままでもいいが、服に着替えるかね?」
と聞いてみた。
「おいら、このままでいいや。動きやすいし。」
坊はそういうと椅子から降りてくるりと回った。
「ならば明日の朝から探しに行ってもらうかの。昼はここで食べればいい。雷蔵さんこの辺りに落ちたのは確かなんじゃろう?」
龍之介がそういうと、雷蔵ら頷き
「他のところは探したのじゃが見つからんかった。ここを探してもダメじゃったら、そろそろ隠居の時期なのかもしれんしのう。」
と、また大きくため息をついた。

次の朝、十時をすぎた頃雷蔵は洒落た稲妻模様の浴衣に麦わら帽をかぶり、手には子供用の下駄を持ってやってきた。
「坊よ、藁草履ではいかにもおかしかろう?下駄なら今時の子供でも履いておるからこれに履き替えてはどうじゃな?」
雷蔵から下駄を受け取って履いてみた坊は嬉しそうに声をあげた。
「うわあ!これ歩くと音がなるー。これからずっと下駄履いていようかな!なんだか楽しい!」
龍之介が笑いながら
「これはしばらくこの辺りがやかましくなるのう。杉のじい様に怒られんようにの。」
と言い、みんなを送り出した。

坊はこの鎮守の杜を出るのはこれが初めてだった。森を出ると道の端に順序よく並んでいる電信柱を指差して
「この木変な奴だな。石でできてんのか?でも、精霊も何もいないね。」
と驚いた。その後も郵便ポストを見て
「この赤いのなんだ?」
とか、立ち並ぶ家を見て
「これなんだ?」
マンションを見ると、もうあまりの大きさに
「うわあ!これ倒れて来ないのか!?何でこんなにでっかいんだ?」
といちいち大声を出すのでたくみとこうきが、最初は笑いながら説明していたのがだんだん声が小さくなって、しまいには囁くように
「坊、騒ぎすぎや。みんな変な目で見てはるで。山の上から見た時に説明してあげたやんか。これはマンション。たくさんの人が一度に住めるように高く作ってあるねんてば。なんで倒れへんかは僕らにもようわからへんけど、お父さんが言うには中に鉄でできた棒が入ってて、その棒のおかげで倒れへんねんて。」
などと説明した。しばらくは物見遊山な感じで歩いていたけれど雷蔵さんに目をやるとあちこちをキョロキョロしている。そこでたくみが
「ねえ、雷蔵さん。どうやったら柄杓見つかるの?僕らでも見えるん?普通の柄杓やと僕らでは見分けがつかへんのかなぁ?」
と聞いて見た。
「うむ。本当は人には見えんものなんじゃよ。だがたくみとこうきはわしらや龍之介さんが見えるのじゃからきっと見えると思うんじゃ。青竹で出来ていて周りに金色の小さな稲光が見えるんじゃよ。夜はピカピカと光ってなかなか美しいんじゃ。昼間でもキラキラ水のきらめきのように見えるはずじゃよ。」
そう言いまたあたりを見回して歩き出した。
そこからはみんななんとなくあたりをキョロキョロ見渡し、水のそばや川のきらめきが目の端に入るたびに走って行ってはため息をついた。
龍之介のところに帰りお昼ご飯を食べる頃には雷蔵さんはがっくりと肩を落としていた。
「もうふた月は探しているんじゃが、なかなか見つからんのう。」
するとこうきが
「雷蔵さん。雷蔵さんは大人やんか。僕らでは校区外には出られへんけど、大人が一緒やったら出てもいいねん。あそこの大きな川より向こうは校区外やねんけどまだ探してないならお昼からそっちの方に行ってみようよ。」
と言い出した。確かに川向こうはまだ探していない。

そんなわけでお昼からは川向こうに行くことになった。

大きな橋を渡り、あてもなく歩いているとお日様は容赦なく四人に照りつけてきた。疲れて喉が渇いたなぁと思ったその時、坊が指をさしながら
「あっちからうまそうな水の匂いがする!行ってみよう!」
と言うなりかけ出した。みんなもつられて走り出すと、小道の奥に古びた門があり、入り口にはお地蔵様が祀ってあった。奥に進むと左手には小さなお稲荷様があり真ん中にこれまた小さなお堂があって、小さいけれどなんとも優しそうなお釈迦様が座っておられた。お堂の手前には手水鉢があり、さらさらと綺麗な水が流れていた。
「これ、飲めるやつだぞ。たくみやこうきもお腹壊さないやつ。湧きたての湧き水だ。いただきまーす。」
坊はそう言うなり柄杓を手にゴクゴクと飲み始めた。たくみとこうきも柄杓を持つとまずは手を洗いそれから一口飲んでみた。甘くて冷たい水が喉の奥の渇きをゆっくりと潤してくれる。思わずゴクゴクと飲んでから、たくみはくるりと振り返り
「うわ!雷蔵さん先に飲んでしもた!ごめんなさい。雷蔵さんも飲んでみて!めちゃめちゃおいしいで!」
と柄杓を渡しお堂の向こう側を何とは無しに見てみた。
お堂の奥の陰になったところで女の子が二人でおままごとをしていた。二人は姉妹らしく「ゆめちゃん」「おねえちゃん」と呼び合っていて、可愛らしい会話が聞こえてきた。
「おねえちゃんごはんできたよー。」
「ゆめちゃん違うやん、おねえちゃんお父さんやで。そやからお父さんご飯よーって言わな。ゆめちゃんは今はお母さんやからな。」
おねえちゃんはにこにこしながらそう言うと、
「おお。ご飯できたかな?ゆめちゃんお母さん。今日のご飯は何かな?さやちゃーんゆめちゃーんご飯やでー。」
と声を低くして答えた。
「きょうのごはんははんばーぐですよ。おとうさん、おやさいもちゃんとたべてくださいね。きゃべちゅはのこしたらだめですよ。」
とおねえちゃんお父さんの前に葉っぱのお皿の上に丸い石ころと手でちぎった草の乗ったものを置いた。

四人でそーっと見ているとおねえちゃんがカバンを置いて座ったその時に、カバンの端っこから飛び出してきらきらひかる柄杓が見えて、思わず雷蔵さんが声をかけてしまった。
「お嬢ちゃん、その柄杓はこの辺りで拾ったのかね?」
姉妹はギョッとしたようにこちらを見ると、おねえちゃんがゆめちゃんの前に立ち上がり通せんぼのような格好をしてこちらを睨み据えた。
たくみが慌てて雷蔵さんの袖を引っ張ると
「雷蔵さんそんな急に声かけたら変な人と思われるやんか。」
そう言って姉妹の方を向いて
「こんにちは。おままごとしてるん?僕らも仲間に入ってええかな?美味しそうなハンバーグご馳走になりたいねん。それに、このおじさんは怖い人と違うからゆめちゃんのこと護らんでも大丈夫やで。おねえちゃん妹守って偉いなぁ。」
と笑ってそばに行っていいか聞いてみた。
二人はしばらく顔を見合わせ思案していたがおねえちゃんがこちらを向いてコクリと頷き
「ゆめちゃんお母さん今日はお客さんが来るのを忘れてた。あと4つハンバーグを作れるかな?」
とゆめちゃんに尋ねた。
ゆめちゃんは急いで葉っぱのお皿を用意すると、お堂の脇に敷いてある丸い石からちょうどいい大きさのを4つ拾ってきて、草をちぎり小枝のお箸を4膳敷物のテーブルの上に並べて
「どうじょどうじょ。おあがりくだしゃい。やきたてのはんばーぐがありますよ。」
と身振りで席に案内してくれた。
四人は敷物の上に上がると、よいしょと座り自己紹介をしてから料理を褒めた。すると坊が
「おいら、ハンバーグって食べたことないから想像ができないや。困ったなぁ。魚の焼いたのとかサワガニの唐揚げとかならわかるのになぁ。」
と困り果てた顔をしてたくみとこうきを交互に見るので二人は代わる代わる説明したのだが、どうにも伝わらない。これには姉妹も困り顔で五人で雷蔵の顔をじっと見つめるしかなかった。
雷蔵はにこりと笑うと大きな手を五人の頭の上でふわふわと振りながら何やら唱えパチンと手を叩いた。
すると目の前にちゃんとした椅子とテーブルが現れ六人は椅子に座っていた。そしてテーブルにはホカホカと湯気をあげる焼きたてのハンバーグが置いてあった。デミグラスソースがたっぷりかかり丸々の大きなハンバーグの横には刻んだキャベツとキュウリそしてジャガイモがほかほかにふかされていた。お茶碗には真っ白なご飯。お味噌汁とお茶も並んでいた。
「うわぁー!いい匂い!これって前にたくみのお弁当に入ってた肉団子に似てるけど、こっちの方が美味しそうだ!いっただきまーす。」
坊はお箸を掴むとパクリと一口。お箸で切ると中から肉汁が溢れてホワホワと湯気が上がる。思わずたくみとこうきもお箸を手にハンバーグを食べ始めた。
おねえちゃんはこの光景をしばらく黙って見ていたが雷蔵に向かってこう尋ねてきた。
「おっちゃんは魔法使いなん?こんなことできるんは絵本かテレビの中の人だけと思ってた。おっちゃん、魔法が使えるならうちがお寺じゃない家にしてください。お寺やとおうちが可愛くないし、クリスマスもサンタさんはきはらへんし、お正月はいつもお父さんは忙しいし全然面白くないねん。さやちゃんは普通のお家がいいねん。どうかお父さんがおぼんさんじゃなくしてください。」
さやちゃんの目は真剣だった。サンタが来ないのは切実だとたくみとこうきも真剣な目で雷蔵の方を向いて一緒にお願いしてみた。

「ふーむ。お嬢ちゃん、さやちゃんじゃったかの。まず、わしは魔法使いではないゆえお家をお寺でなくすることはできんのじゃよ。今ここにあるご馳走も幻じゃ。すまんのう。じゃがの、お坊さんも大切なお仕事なんじゃよ。お坊さんがお経を読んでくださらんかったら亡くなった方が極楽に行く道を見失ってしまうからの。しかしサンタクロースが来んのは困ったことじゃのう。わしからこっそりサンタクロースにここにも可愛いお嬢ちゃんが二人おるからプレゼントをよろしく頼むと言っておこうの。そこでじゃ、お嬢ちゃんその柄杓返してもらえんかの。それはわしの大事な大事な宝物なんじゃ。その柄杓無くしてはわしの仕事が立ち行かん。わしが仕事をしないととてもとても困る人が大勢できるんじゃ。どうじゃろうの?」
雷蔵が柄杓を指差すとさやちゃんは
「これ、夜になるとキラキラ光ってめちゃめちゃ綺麗やねん。魔法の杖みたい。どうしても返さなあかん?さやちゃん、こんな魔法の杖が欲しかったんやけどなぁ。」
と寂しそうに雷蔵の顔を見つめた。雷蔵は困ってしまった。魔法の杖など出すことはできないし、かと言って無理やり奪い取るなどかわいそうでできない。
するとたくみがカバンを開けてピカピカ光るバッジを出した。この間お祭りのくじ引きで当てたもので本当はものすごく気に入っていた。昨日もこうきと坊に散々自慢していたものだった。
「なあ、さやちゃん。その柄杓とこのバッジと取り替えっこしいひん?これはちっちゃいけど夜もピカピカ光るねんで。お父さんかお母さんに言うたら光らんようになっても電池変えてくれるからずっと光るで。お兄ちゃんの宝物やけど、さやちゃんにやったらあげてもええよ。ハンバーグめちゃめちゃ美味しかったし、それのお礼。そやし柄杓返してくれる?」
こうきと坊はびっくりした。今度お祭りに行った時に三人分のバッジ揃えてカエル隊員ごっこで使おうって言っていたからだ。
さやちゃんはちょっと残念そうにカバンから柄杓を取り出した。
「魔法、違うんや。でもこれが光ってるんは魔法やんね?このピカピカ時々ビリリってなるから返すね。お兄ちゃんのバッジと交換な。」
そう言うと雷蔵に柄杓を渡した。たくみはさやちゃんにバッジを渡し
「ゆめちゃんにはこの消しゴムあげるな。バナナみたいないい匂いがするねんで。それにピンクやからお兄ちゃん使わへんねん。」
と消しゴムを渡した。
ゆめちゃんは嬉しそうに消しゴムをもらうと
「ほんまやーいいにおいー。」
と鼻にくっつけて匂いを嗅ぎおねえちゃんやたくみやこうきや坊の鼻にも押し当てた。そして雷蔵のところにやってくると鼻に押し当てて、
「おじちゃん、おにいちゃんあーとうしゃん。おねえちゃんよかったねー。」
といいはははと笑った。
ひとしきりおままごとを楽しんでふと空を見上げるとまだ明るいけれど陽がだいぶ傾いてきたのがわかった。今から帰ると龍之介さんのところに寄るのは無理そうだとたくみとこうきが思っていると、雷蔵さんが坊は連れて帰るから安心しなさいと言ってくれた。
そこでさやちゃんゆめちゃん姉妹に別れを告げるとちょっと早足で家路に着いた。橋を渡り見慣れた景色に戻ってくると雷蔵と坊に別れを告げたくみとこうきは走って帰って行った。
雷蔵は柄杓を帯にさして坊と手を繋ぐと
「いい友達を持ったのう。お前さんはいい精霊になることじゃろう。たくさんの話をするんじゃよ。しかし、外の世界に出るのは今日が限りじゃよ。力がたくさんいるからの。おぶってやろうか?もう眠いじゃろ?」
と優しく言ってくれた。さっきまで元気一杯に見えた坊はコクリと頷くとおとなしくおぶわれて、そして深い眠りに落ちた。

龍之介はいつになく気を揉んで入り口を出たり入ったりしていた。もう日が暮れる。たくみとこうきはちゃんと家に戻ったろうか?坊はまだちゃんと歩いているだろうか。迎えに行きたいがどこにいるやらわからぬゆえ闇雲に出歩くこともできない。
もう何往復したのか数えることも忘れるほどになった頃、雷蔵は坊をおぶって帰ってきた。太郎は坊を座敷に寝かせてから足湯と手ぬぐいを持ってきて龍之介は熱いお茶と水羊羹を卓に並べ雷蔵の冒険談を黙って聞いた。


夕映えが帳を落とし一番星が輝き出す頃、雷蔵は外に出るとピューっと小さな口笛を吹いた。するとふわりと黒雲が現れ一歩足を乗せるとゆっくりゆっくり空に浮き上がった。
「雷蔵さん。柄杓を無くさんでもいつでも来なされ。坊もたくみやこうきもきっと会いたがるじゃろうからの。」
龍之介はそう言うと空の黒雲が闇に紛れるまで手を振り続けた。


その夜。さやちゃんとゆめちゃんのお父さんは不思議な夢を見た。雷様と差し向かいで酒を酌み交わしている。そしてお釈迦様について話していたのだが、不意に、
「子供たちの楽しみを親の宗教観で潰してはかわいそうじゃよ。年に一度のクリスマスぐらいサンタが来るようにお願いしてはどうかの。」
目を覚まし天井を見上げながらそうだな。サンタクロースが来る寺があってもいいかもしれん。
お父さんはそう思うとまた眠りに落ちた。

空には無数の星が輝いていた。雷たちの住む御殿にもたくさんの柄杓たちがキラキラと、たまに暴れるような危なさを孕んだ光を放っていた。これから一雨ごとに太陽は洗われ、ギラギラと照らすだろう。夕立が地面を冷まして、ツクツクボウシがなく頃まで。

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