ある散歩道で。

月の涙白き花弁。

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ある散歩道で。

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僕はこの河原を散歩するのが好きだった。たくさんの人が行き交う通りよりも静かで、小さな花や虫たちが飛び交いサギやカモがエサをついばむ姿は、いつも仕事でパソコンとにらめっこしている現実をしばしの間忘れさせてくれる。
タバコに火をつけて、ベンチに腰を下ろすとそこには流れる水の音と水面に輝く陽の光と風にそよぎはしゃぐような桜の葉の囁きしかなかった。僕はしばらくこの眺めを堪能していたのだが、誰かに見られているような気がして振り返った。

そこには目の覚めるような黄色のワンピースを着て長い髪を風に吹かれて笑顔をたたえた一人の少女が立っていた。花飾りのついた麦わら帽子を片手に、もう片方の手で髪を押さえて笑顔のまま近づいてくるなと
「こんにちは。いいお天気ですね。日曜日はいつもここに座ってるでしょ?それで気になって。声かけたら迷惑ですか?お隣、座ってもいいですか?」
そう言うとベンチを指差した。髪から手を離したので風で顔に髪がかかる。それはまるでお日様の光を紡いだ糸のように輝く茶色で、美しいと思った。
「どうぞ。僕の隣でいいんですか?タバコ、吸っても構いませんか?ここから見る川面の輝きが好きなんです。どんなに疲れてもここで川を眺めていると、明日からまた仕事頑張るぞって気持ちになれるんですよ。」
そう言うと、僕はまたタバコをくわえた。しかし火は点けずに彼女を見つめていた。彼女はどうぞ、と口を動かして笑った。なんて可愛いんだろう。僕はタバコが落ちたのにも気付かずただ彼女を見ていた。
「私も川の流れる音とか煌めく光りの反射が大好きなの。春は、桜が咲いて菜の花が揺れて、お魚もピカピカ光ってたのしいでしょ?だからあの桜の根かたでいつも見ているのよ。そうしたらあなたがやって来る。私日曜日が大好きになったの。あなたはいつもここでタバコを二本吸って、なんだか歌を口ずさんだり、考え事をしたり、たまにはただ流れを見つめてる。そんなあなたが好きになったの。あ、言っちゃった!」
彼女は頬を赤らめるとぴょこんと立ち上がり名前も告げず走り去ってしまった。なんで名前ぐらい聞かなかったのか、自分のマヌケさに腹が立った。ふと見ると彼女の足元辺りに麦わら帽子が落ちていた。ぐるりとタンポポの花を飾ってある。
「しめた、来週も会えるかもしれない。」そう思うと胸の奥がほんわり温かくなった。

次の日曜はいつもよりお洒落をしてあのベンチに腰を下ろした。自然に歌が口をつく。ギターを持って来ればよかった。彼女に歌ってあげられたのに、そう思いながら川面を眺めていた。

すると、また後ろから彼女の声がした。振り向くと、なんだか少し大人びた気もするが確かに彼女は立っていた。今日は風に吹かれたら飛んでいってしまいそうな白い柔らかな、光を織り込んだような儚げなワンピースを着ていた。

「帽子を、忘れちゃったの。この間はごめんなさいね。急にあんなこと言って。バカな子と思ったでしょ?ごめんなさい。」
神妙でしかもなぜかさみしそうに彼女はそう言うと少し笑った。
「君の名前を聞き忘れたんだ。連絡先とか携帯とか教えてくれない?無理だったら名前だけでも。」
僕が言うと彼女は少し困った顔をした。そして、
「私はタンポポの精霊なの。名前はサラ。でも、今年はもう綿毛が旅立つから、綿毛が居なくなったらまた来年まで会えないの。あなたの、名前が知りたいわ。また、逢えるように。」
そう言うとぽろりと涙をこぼした。僕は一瞬騙されてるのか?と思ったが、涙を浮かべたサラはいっそう美しく、騙されてもいいかなと思えたので名前を告げた。すると
「帽子を、持っていて。また必ず逢えるように。あなたが大好き。だから、忘れないで。さよなら。。。」
そう言い立ち上がると、傾きかけた陽の光の中にほどけるように、綿毛となって飛んでいってしまった。川風に無数の綿毛が風下へと揺られていく様が、まるでサラが優しく手を振っているようにみえた。

僕は、ベンチにただ座ったままタバコに火をつけて薄紫の煙を漂わせていた。
あれは夢だったのだろうか。自分の妄想だったのかな。そう思いふと手を見るとタンポポの麦わら帽子だけが、彼女の香りを漂わせこそに在った。
また、来年逢えるだろうか。逢えたら何を話そう。今度はもっとたくさん話がしたいな。そんなことを考えていたら、夕陽は向こうの山に沈んでいって辺りはだんだん暗くなっていた。





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