僕たちは陽氷を染める

渚乃雫

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第6話 6月6日

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「……ねむ」

 本日、6月6日、土曜日。
 今日は授業がない。部活も帰宅部の俺にとっては何もしない曜日で、いつもなら午前中いっぱいをかけて二度寝、三度寝をすることもしょっちゅうだ。
 けれど、今日は照屋てるやに誘われたアルバイトがあり、そんな休みの日にもかかわらず朝9時に外を歩いている。

 駅の北口側に住む俺の家から高校まではそれなりの距離があるため、通学に自転車を使っているが、駅までなら自転車を使うほどの距離でもない。
 ましてや、駄菓子屋は駅の南口改札を出て徒歩数分の場所にあるため、自転車で行く必要もないだろう、とのんびりと歩いて音をたてずにあがっていく遮断器の下を通り過ぎる。
 駄菓子屋に行くだけなら、駅改札口には向かわずに、家から真っ直ぐ歩いてきたほうが、断然早く着くのだが、朝ごはんに食べられるものが家に何もなかった俺は、ほんの少しだけ遠回りをして、駅改札方向へと向かった。

 土曜だというのに、両親同様に仕事に行く人たちは多く、スーツを来た大人達はせわしなく歩いて行く。
 その様子を横目に見ながら、ファストフード店を覗けば、そこそこに混雑している。

「あー……混んでる…飯…どうするかな…」

 多少の混み具合なら気にしないけれども、流石に満席、かつレジも並んでいる。そんな状況だと店に入る気分にもならず。
 1人小さくボヤいた俺は、ほんの少し悩んだあと、店のドアをくぐることなく、駄菓子屋へと足を進める。
 駅を出て、左手に曲がり、3階建てのビルを2つ通り過ぎる。
 そこそこ大きい駐輪場の隣に、駄菓子屋は建っており、駅前にあるにも関わらず、ここにだけ、のんびりとした雰囲気が流れる。この店には、小さい頃は兄貴に手をひかれ、家から二人で歩いて通っていたなぁ、とぼんやりと思い返していれば、どうやらもう到着したらしい。
 自販機で飲み物を買い、一口飲もうとペットボトルの蓋を開けた時、小さな子たちが、ビニール袋を持って店の中から、楽しそうに駆け出していく。
 近くにある公園に行くのだろう、とその背を見送っていれば、「あ、千家せんげだ」と最近は聞き慣れた声に名前を呼ばれた。

「おはよう、寺岡さん」
「はよ。千家が一番最後」
「…おー」

 短くそう言って、店の中へくるり、と踵を返した彼女の背を追い、自分もまた店の中へと足を踏み入れる。

「千家来たよー」
「お! なる! おはよう!」

 寺岡さんの声に、ひょい、と奥から顔を覗かせたのは照屋てるやで、何故か手にはおにぎりが握られている。

「…なんでおにぎり…?」

 見たままの感想を呟いた俺に、「千家せんげ、朝ごはんは?」と寺岡さんがこちらを見ながら問いかける。

「買ってこようかと思ったけど、混んでたからやめた」
「じゃぁ、千家も食べたらいいよ」
「…?」

 寺岡さんの言葉に首を傾げた俺を見て、彼女は、「おにぎり」と両手の人差し指と親指で三角形を作り、短く答えながら笑う。

「あ、おはよう、千家せんげくん」
「ああ、おは、よう?」

 寺岡さんの言葉に疑問符を持ちながら、誘われるがままに店の奥まで進めば、ばあちゃんの生活する奥の部屋から、羽白はじろさんがお盆を持って歩いてくる。

 何なんだ?とさらに首を傾げた俺を見て、羽白さんもまた、首を傾げた。


「はい、成浩なるひろちゃんもどうぞ」
「…すみません…ありがとうございます」
「一緒に食べてくれる人がいると、ご飯も美味しくなるからねぇ」

 にこにこ、と嬉しそうに笑うばあちゃんから受け取ったおにぎりと、さっき羽白さんが運んでいた味噌汁、お漬物に手をつける。
 おにぎりはまだ温かい塩むすびで、味噌汁は豆腐とわかめ、それに漬物はきゅうりのぬか漬け。どれも味加減もちょうどよく、お腹も空いていた自分には十分すぎる朝ごはんだ。

 もぐもぐ、と食べ進めていれば、ふと、誰かに見られている気がして視線をあげれば、ばあちゃんの横に座った羽白はじろさんと目が合う。

「ん?」

 何かあったのか?と、食べていたおにぎりを飲み込めば、「そのお味噌汁、帆夏ほのかちゃんが作ったんだよ」とばあちゃんがのんびりとした口調で口を開く。

「お、おばあちゃんっ」
「おや、なんだい? 美味しくできたんだろう?」
「お、美味しくって…っ」
「さっき味をみた時はきちんと美味しかったんだから大丈夫さ」

 ばあちゃんの言葉に、何やら慌てている羽白さんを見て、ばあちゃんは楽しそうににこにこと笑っている。

「美味しいよねぇ? 成浩なるひろちゃん」
「あ、はい。美味しいです」

 お味噌汁を一口飲み、俺に問いかけた頷きながら答えれば、羽白はじろさんが瞬きを繰り替えしたあと、頬を少しだけ赤くしながら笑った。


千家せんげ、だいぶ変わったね」
「そうか?」
「うん。全然違うね」

 昨日の話通り、羽白さんと俺が持ってきた卒業アルバムと俺を交互に見ながら「俺の見た目が変わった」と言う羽白さんと寺岡さんの視線が何となくこそばゆい。その視線から逃れるように、羽白さんの持ってきた照屋てるやたちのアルバムに手を伸ばした。

「これ、照屋?」
「あ、そうそう。この頃のオレ、可愛いでしょ」

 写真の中にいる前髪が長く、女の子のような可愛さを持つ男の子の写真の下に照屋てるや善人よしと、と見知った名前が書かれている。
 ちら、とその名を持つクラスメイトを見やれば、「てへっ」と頬に人差し指を当てながら今の照屋が笑い、何となく、本当になんとなくだが、イラッとしたので、とりあえず叩いておく。

「わかるわ、千家の今の気持ち」
「……いや、なんか……なんとなく」
「え、なんとなくでオレ叩かれたの?!ねえ?!」
「照屋くん可愛いよね」
「……この頃だけは」

 眉間にほんの少しの皺を刻みながら俺の言葉に繰り返し頷く寺岡さんと違い、羽白さんはふふ、と楽しそうに笑う。ただ、羽白さんの意見に、俺はほんの少ししか同意できず、そんな俺を見て照屋は軽いショックを受けたような表情を浮かべる。

「……この頃だけは」
「ちょ、なる!何で二回目言ったし?!」
「図体だけがデカくなっただけよ、ね、帆夏ほのか
「え、あ、えと、照屋くん、背は伸びたよね!」
「ちょ、身長だけ?! 何気にひどいよ?! はじろん?!」
「え、あ、ごめん?」

 何やら、わちゃわちゃとし始めたのを横目に、残っていたおにぎりに手を伸ばした俺は、そのまま、照屋と寺岡さんを眺めることに決めた。

「あんたは本当、こどもよね」
「あ!?イケメンに成長しただろうが!」
「はっ、あんたのどこがイケメンよ。イケメンっていうのは、田辺先輩みたいな人をいうのよ?」
「田辺先輩? 誰それ?」
「あれ? 善人よしと知らなかったっけ?ほら、バレー部主将の」
「………田辺…?」
「確か……女子バレー部の主将と付き合ってたよね?」

 うん? と首を傾げる照屋に、寺岡さんは、羽白はじろさんに問いかけながら答え、羽白さんは首を横に振りながら口を開く。

「あの二人はお付き合いしてるんじゃなくて、イトコなんだって」
「え、そうなの?!」
「よく誤解されるから嫌だ、って委員会中にも川崎先輩がよく言ってるよ」
「川崎先輩は知ってる」
「照屋くん、その川崎先輩によく本の返却期限について怒られてる背の高い人が田辺先輩だよ」
「あの人か!」

 ポン! と手を叩き頷く照屋に、羽白さんは「そう、その人」とクスクスと笑いながら答える。
 田辺、川崎。どちらも俺には関わりの無い人物だ。
 三人の会話を聞きながら、そんな風に考えていれば突然、寺岡さんに「千家せんげは先輩二人とも知ってるでしょ?」と問いかけられる。

「……俺が?」
「他に誰がいるのよ?」
「…あー…うん。ただ残念ながら俺は二人ともわからん」
「あれ? 確か千家は同じ中学だったはずだけど」
「へえ…」

 寺岡さんの幅広い情報網に関心しながら答えれば、何故か照屋てるやが「分かんないあたりが、なるっぽい!」と言いながら笑い、それを受けた寺岡さんが「あの二人なら目立ってたはずなんだけどなぁ」としばらくの間、首を傾げていた。


「明日から雨、なんだって」

 店番が終わり、店の前で照屋と寺岡さんを待っていれば、羽白はじろさんが空を見上げ、俺を見て言う。

「そうみたいだな」
千家せんげくん、雨の日はどうやって学校来るの?」
「駅からバスが出てる。確か……」
「学校に7時55分に着くやつ?」
「そう、それ」
「じゃあ、私と一緒だ」

 ふふ、と笑いながら言う羽白さんに「寝坊しなければ」と答えれば、羽白さんがパチリ、と瞬きをする。

「俺が」
「……ふふ」

 俺の返事が面白かったのか、羽白さんはくすくすと小さな笑い声を零す。

 なんとなく。
 なんとなくだけど、その笑い声が心地良くて、もう少し笑っていてくれれば良いのに、なんて、柄にもないことを、照屋たちが戻ってくるまでの間、俺は彼女を見ながら、ぼんやりと考えていた。






【6月6日 終】
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