僕たちは陽氷を染める

渚乃雫

文字の大きさ
6 / 37

第5話 6月5日

しおりを挟む
「あ、千家せんげくんだ」
「?」

 ガチャン、と停めておいた自転車を動かしていると、背後から名前を呼ばれた気がして振り向く。

「……?」

 そこに居たのは、少し驚いた顔をしている俺の隣の席の羽白はじろさんで、「呼んだ?」と首を傾げながら声をかける。

「あ、ううん。あの……」
「?」

 首をふるふると軽く横に振りながら答える羽白はじろさんが少しだけ困ったような表情を浮かべる。

「呼んだ……というか……」
「?」
「つい、千家せんげくんを見つけたから、名前、呟いちゃった、というか……」
「…ああ、なるほど」

 その無意識は俺もたまにやる、と頷けば、羽白さんが「ごめんね」と小さく謝る。

「別に謝ることでもないし」
「そっか」
「うん」

 そう返した俺に、羽白さんはふふ、と小さく笑う。

「そういえば、千家せんげくん、今日はお店番お休みなんでしょう?」
「あー、うん。今日は休んでいいらしい」

 昨日の夜、照屋てるやは、学校で伝えればいいものを、今日の俺の店番は休みだとわざわざ電話をしてきた。
 すぐに終わる電話かと思いきや、何だかんだで一時間くらい照屋と話をしていて、それでもまだ続きそうで、最終的には「もう切っていいか」と俺が切り出したくらいだ。

「照屋は……話好きだよな」
「ふふ、そうだね」

 何の脈略も無い俺の発言に、羽白さんは思い当たる節があるのか、くすくすと笑いながら頷く。

「千家くんは、なんていうか、物静かだよね」
「……そうか?」
「うん」

 カタン、と自転車を動かしながら答えた俺の横に羽白さんが並ぶ。

「途中まで、一緒に帰ってもいい?」
「俺は構わないけど…じゃあ、乗せていけば? カバン。重いだろ」
「え、いいよ、重くないし」
「俺のよりは重たいだろ。いつも教科書持って帰ってるんだし」

 ほら、と自転車の前カゴのスペースを空ければ、「じゃあ」と羽白さんが遠慮がちにカバンを乗せる。

「千家くんのお家って、駅向こうだったよね?」
「ああ」

 高校の裏門を出て、1つ目の角を右に曲がる。
 すると、秋には樹々も地面も、鮮やかな黄色で一面を埋め尽くされる銀杏並木が、今は緑色を纏い、真っ直ぐに続いている。
 途中、小さな川にかかる橋を越えて、もう少し真っ直ぐに進めば、この高校の最寄り駅で、俺は駅を越えた地域に住んでいる。

「私も、小学校の時は、そっちだったんだよ」
「へえ? あれ……でも確か、照屋たちと」
「小学校の低学年で、駅のこっち側に引っ越ししたの。だから中学は、怜那れいなちゃんと照屋くんと一緒なの」
「……なるほど」

 同じ中学なのだ、と4月の自己紹介で言っていたことを思いだしたが、なるほど。引っ越しをしたのか。

「それと、私、小学校の時、千家くんと、同じクラスだったんだよ」
「……マジで?」

 羽白さんの言葉に、驚いて言葉をもらせば、ふふ、と小さく笑って彼女が頷く。

「三年生の時に引っ越しして、こっちに来たんだけど、三年生の時までずっと同じクラスで、写真も残ってるよ」
「…ごめん、俺、全然覚えてない」
「だと思った」

 くすくす、と笑う彼女に、記憶を引っ張りだそうと最大限の努力をしても、出てくる気配は一向に見えない。

「っていうか羽白さん、よく覚えてるね」

 ゆっくりと歩き出した俺の横に並んだ彼女が、うん、と楽しそうに頷く。

「初めて引っ越しした、っていうこともあったのかも知れないけど」

 そう言って、ちら、と俺を見た羽白さんがふふと笑い声を零す。

「千家くん、覚えてないかも知れないけど。図書室でね。助けてくれたんだよ」
「……助ける?」
「そう。その頃、いっつも、虐めてくる男の子が居てね。その子、図書室には来ないから、お昼休みはいつも図書室に行ってて」
「…その頃から本好きだったんだ?」
「そうだったのかも」

 男子特有の好きな子はいじめたくなる、に該当していたのだろう、と考えつつも、逃げ込む場所が図書室、というあたりに、なんとなく羽白さんらしい。
 そう考えた俺とは別に、羽白さんは、くすくす、と楽しそうに少し目を細めて笑う。

「それでね。その時は何故か、その子もお昼休みに図書室に来ててね。市の図書館と違って小学校の図書室だから、すぐに見つかっちゃうでしょう?」
「まぁ、確かに」

 たしか、自分の通っていた小学校の図書室はさほど大きなものではなく、一つの教室の壁一面に本を並べていた、ような気がする。
 部屋にあったのは、低学年の子たちが座る小さな椅子と、図書室の入り口に机があって、そこで貸し出しの手続きをしていた気がする。

「そうしたら、図書室の中で、その子、急にからかってきて。絵本なんて借りてるー! って。三年生になっても絵本読むなんて恥ずかしいんだぁ、って騒ぎ出して」
「…ああ…、居るよな、そういう奴」

 クラスに一人は必ず居るよな、そういう奴、と思いながら答えれば「千家くんとも同じクラスだったけどね」と羽白さんが笑う。

「え、誰」
「小島くん。えっと…確か、B組だったと思うけど」
「あの小島?」
「そう。その小島くん」

 同学年で小島という名字の男子は一人しかおらず、そいつもまた、同じ高校に進学していて、小島はB組、俺たちはD組だった。
 あの小島がねぇ、と謎の感慨深さに浸っていれば、「その時にね」と羽白さんが、俺を見て、笑う。

「静かにしろよ、って。誰がどんな本読んでも別にいいだろ、って。言葉は少し違うかもしれないけど、千家くんが、私の前に立って、そう言ってくれたんだよ」
「……俺?」
「うん、オレです」

 羽白さんの話を聞いても、全然、記憶が戻ってこない。
 自分を指差しながら問いかけても、しっかりと彼女が頷くあたり、本当に俺なのかもしれない。
 だが。

「マジで覚えてない」
「写真を見たら、思い出すかもしれないね?」
「あー、そうかも。卒業アルバムどこやったっけなぁ」
「私、載ってるかなぁ?卒業アルバム」
「どうだろ」

 んー、と首を傾げる俺に、羽白さんもまた、んー、と言いながら首を傾げる。

「あ、そうだ!良いこと思いついた!」
「ん?」

 ポン、と手を軽く叩いて羽白さんが立ち止まる。
 気がつけば、もう橋の手前で、今、俺たちが立っている橋を通り過ぎれば、自転車なら3分もしないうちに駅につく。

「明日、午前中に、みんなでお店番するでしょう?」
「照屋はそう言ってたな」
「皆で、卒業アルバム見るのはどうかな」
「…え」

 何やら、眩しいくらいに、にこにこと笑う羽白さんの笑顔に、イヤ、と言う気になれなかった俺は、「…探してみる」とどうにかこうにか言葉を返し、その言葉を聞いた羽白さんは、「うんっ」とものすごく楽しそうに頷く。
 まぁ、羽白さんが楽しそうだから、いいか、と考えたりしたものの、自分らしくない、と小さく息をはく。
 そして、そのまま二人で小さな川にかかる橋を越えてすぐに、羽白さんが大通りから見えるマンションが自分の家だから、とそこで別れる。
 マンションへと入っていった彼女の背を見送った俺は、どうしたものか、と眉を潜めながら、ほんの少し重たくなったように感じる自転車のペダルを漕ぎ出し、家路に着いたのだった。






【6月5日 終】
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―

佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。 19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。 しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。 突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。 「焦らず、お前のペースで進もう」 そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。 けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。 学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。 外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。 「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」 余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。 理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。 「ゆっくり」なんて、ただの建前。 一度火がついた熱は、誰にも止められない。 兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

【完結】小さなマリーは僕の物

miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。 彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。 しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。 ※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)

【完結】後宮の片隅にいた王女を拾いましたが、才女すぎて妃にしたくなりました

藤原遊
恋愛
【溺愛・成長・政略・糖度高め】 ※ヒーロー目線で進んでいきます。 王位継承権を放棄し、外交を司る第六王子ユーリ・サファイア・アレスト。 ある日、後宮の片隅でひっそりと暮らす少女――カティア・アゲート・アレストに出会う。 不遇の生まれながらも聡明で健気な少女を、ユーリは自らの正妃候補として引き取る決断を下す。 才能を開花させ成長していくカティア。 そして、次第に彼女を「妹」としてではなく「たった一人の妃」として深く愛していくユーリ。 立場も政略も超えた二人の絆が、やがて王宮の静かな波紋を生んでいく──。 「私はもう一人ではありませんわ、ユーリ」 「これからも、私の隣には君がいる」 甘く静かな後宮成長溺愛物語、ここに開幕。

処理中です...