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第8話 6月8日
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「千家くん、今日も速いね」
「…普通じゃないか?」
「そうかなぁ。私は速い、って思ったよ?」
「…まあ…一回読んだことあるし」
「これも読んだことあるの?」
「え、うん」
パタン、と読み終えた本を閉じながら答えれば、羽白さんが驚いた表情を浮かべる。
「小学校の時も、図書カードにいっつも千家くんの名前があるなぁって思ってたけど、本当に色んな本、たくさん読んでるんだね」
「それを言ったら羽白さんだって結構いろいろ読んでるだろ」
「私はたいぶ読む傾向が偏ってるよ?」
そう言って、さきほど、本棚から取り出した中の一冊の絵本を俺に見せながら羽白さんが笑うが、つい、手元の本に視線が止まる。
「俺もそれ、読んだことある」
「え、本当?」
「あれだろ、確か……」
見たことのある表紙に思わず声をかければ、羽白さんが驚いた顔をしている。
ざっくりと覚えている内容を話せば、羽白さんが「合ってる」と嬉しそうに笑う。
「この絵本、知ってる人が少なくて」
絵本のページを捲りながら言う羽白さんに、「へえ……」と呟きながら、絵本を見やれば、やはり記憶にある内容と同じだった。
「…楽しそうだね」
俺は覚えていないが、小学校の時の話もそうだが、絵本を読んでいる時の羽白さんの表情はいつもよりも楽しそうに見える。
「へ?」
「……あ」
声に、出ていたらしい。
驚いた顔をして俺を見た羽白さんの様子に、自分の失態に気づき、「あ、ごめ」と慌てて言葉を続けるものの、羽白さんは俺を見て、瞬きを繰り返したあと、「大丈夫」と小さく笑った。
「小学校の時は絵本が好きって言うと、何だか色々と言われたりもしたけど」
「ああ…小島か」
「ふふ、そうだね」
俺自身はよく覚えてはいないものの、羽白さんはよく覚えているらしい。
「やっぱり、絵本が好きなんだ」
「…だろうね」
絵本の話をする時の羽白さんは、本当に楽しそうに見える。
何となく、腹の底のほうが温かくなるような、そんな笑顔に、思わず頷けば、へへ、と羽白さんがほんの少し照れくさそうに笑う。
「それでも、転校したあとぐらいからかな。絵本以外にも、色んな本を読み始めたの」
「へぇ…」
「千家くんの読書範囲には負けちゃうけど」
「俺は…人と話さないで本ばっかり読んでるから」
自分で言っておきながら、中々に偏屈なセリフだな、と思いつつも、実際、クラスメイトと話す時間よりも本を読む時間に充てている自覚がある。
「でも、ここ数日はちゃんと話してくれるよね」
「…ある意味で諦めてる」
「でも」
ため息混じりで呟いた俺を見て、羽白さんが、ふふ、と笑いながら言葉を続ける。
「千家くんが、ちょっと諦めたおかげで、照屋くんも千家くんと仲良くなれて、私と怜那ちゃんもこうして千家くんと話せたし。実は千家くんって表情豊かなんだって気がつけて、私は嬉しい、かな」
「………そう」
面と向かって、そんな風に言われ、どう返していいか分からず、思わず手の甲で口もとを隠しながら顔をそらした俺に、羽白さんは「千家くんの照れてるところ、初めて見た」と絵本の話をするときと同じような楽しそうな表情で、笑う。
「ー…のがいいの!」
「なんだよー。こんなのがいいのかよ」
「こんなのって、おにーちゃんだって、あれすきじゃない!」
そんな賑やかな声とともに元気に姿を現したのは、近所の幼稚園の制服を着た女の子と、小学1年生の男の子で、仲良く手を繋いで店内へと入ってくる。
「あ、おねえちゃん!」
「なるにーちゃん!」
「こんにちわ」
「…おう」
たたっ、と駆け寄ってきた女の子は、羽白さんのところへ、お兄ちゃんと呼ばれていた男の子は、妹のあとを追うように俺のところへと少しだけ小走りで走ってくる。
「今日はよしと兄ちゃんじゃないの?」
「よしと兄ちゃんはまだ学校」
「なんだ、よしと兄ちゃん、イノコリしてんのか!」
店と繋がっている居間の手間にある渡り廊下に腰掛けていた俺の前で、えへん、と言わんばかりに胸を張る男の子の物言いに、ククッ、と思わず笑いが漏れる。
「そうだな。居残りしてるな」
「ちょ、千家くん、照屋くんは委員会で」
ぐりぐり、と胸を張っている男の子の頭を撫でながら言った俺に、羽白さんは慌てた様子で訂正をしようと口を開く。けれど、「しー」と立てた人差し指を自分の唇に当てながら言えば、羽白さんが、ぽかん、とした表情のまま固まる。
「来週はよしと兄ちゃんいるから、来週、もう一回来てみたらいいんじゃないか?」
「来週か!わかった!」
こくん!と大きくしっかりと頷いた男の子の頭をもう一度撫でていれば、「おねえちゃん?」と妹が不思議そうな声で、羽白さんに声をかける。
「え? あ、なあに?」
「おねえちゃん、お顔まっかだよ? お熱あるの?」
きゅ、と羽白さんの手を握りながら言う女の子の言葉に、羽白さんを見やれば、確かに頬が赤い。
「大丈夫?」
「だ、タイジョウ、ブです!」
「…なんで片言」
問いかけた俺の言葉に、急に片言になって答えた羽白さんに思わず笑えば、彼女の頬がまた一段と赤くなった、ような気がする。
「羽白さん、本当に大丈夫?」
「ねぇちゃん、顔真っ赤」
渡り廊下にあぐらをかいている俺の膝に掴まりながら、俺と同様に羽白さんを見た男の子も、心配そうな表情で彼女を見やる。
「ほんとに、大丈夫」
そう言って、妹の頭を撫でながら笑った羽白さんの笑顔は、いつもよりぎこちないように見えるけれども、心配をするのは、この子達が帰ったあとにしよう。そう切り替えて、幼い兄妹に「買い物はいいのか?」と幼い兄妹に声をかければ、羽白さんが小さく息をはいたように見えた。
「…大丈夫そうだな」
「大丈夫だよ」
小さな来客を見送ったあと、くるり、と振り返り、自分よりも少し背の小さい彼女を見やれば、羽白さんがいつもと同じ笑顔を浮かべる。
「ん、大丈夫そうだ」
その表情に、小さく頷きながら言えば、羽白さんが、ぱちり、と瞬きをしながら、ふふ、と笑う。
「千家くんは、案外、心配性なんだね」
嬉しそうに、楽しそうに笑いながら言った羽白さんに、「俺は意地悪いと思ってるけど」と、ニッ、と笑いながら言えば、彼女がふふっ、とまた楽しそうに笑った。
キコ、キコと自転車の音が聞こえる。
「ごめんね、お家、逆方向なのに」
「羽白さんをこんな時間に一人で帰らせた、って知られたらボコボコにされる。寺岡さんに」
「怜那ちゃんはそんなことしないよ?」
「いーや、すると思う」
寺岡さんが羽白さんを大事にしているのは、第三者である俺ですら気がつくほどだ。ボコボコにされずに済んだとしても怒鳴られるのは確実だろう。そういうことは、出来れば回避したい。
「でも」
「ん?」
俺の言葉にくすくす、と笑っていた羽白さんに、「でも」と言葉を続ければ、彼女が不思議そうな表情をして、首を傾げる。
「…なんて言うか、初めから送っていくつもりだったし」
「…そう、なんだ」
夕暮れ時の通学路で、自転車を押しながら、同級生に言う。
そんなシチュエーションに慣れていない俺に、羽白さんが一瞬、動きを止めたあと、嬉しそうな表情をして、笑う。
彼女の家のある方向へ、相変わらず他愛もない話をしながら、のんびりと歩く最中も、彼女は終始楽しそうに笑っている。
「そういえば、千家くん、前回の図書室の特集コーナー、照屋くんが担当したって気がついてたんでしょう? 照屋くん、すっごい嬉しそうだったよ」
「あいつ…」
「照屋くん、千家くんと仲良くなれて本当に嬉しかったみたい」
くすくすと自分のことのように楽しそうに笑いながら「あのね」と羽白さんが言葉を続ける。
「私も、千家くんと本の話、したいな、って」
「……本?」
「あ、いや、本だけじゃなくって」
「……ん?」
「もっと、色んなお話、したいな、って」
「…えっと…俺で良ければ」
「もちろん!」
何となく、むず痒い気持ちになり、思わず口もとに手の甲を押し付けながら顔を反らせば、「あ」と羽白さんの小さな声が聞こえる。
「着いちゃった」
「…あ、ここだっけ?」
「うん」
大通りから見える二つのマンションのうちの片方が、羽白さんの家だ。薄暗くなり始めてはいるもののマンションまでの道は街灯が明るく照らしている。
心配は無いだろうけれど、彼女がマンションに入るまでは見守るか、と一人考えていれば、「カバン、ありがとう」と羽白さんがカゴからカバンを取り出す。
「千家くん、また、明日ね」
「ああ、また明日」
そう言って、自宅へと歩いて行く直前に見た羽白さんの笑顔が、今日の見た中で、一番柔らかかったような、気がした。
【6月8日 終】
「…普通じゃないか?」
「そうかなぁ。私は速い、って思ったよ?」
「…まあ…一回読んだことあるし」
「これも読んだことあるの?」
「え、うん」
パタン、と読み終えた本を閉じながら答えれば、羽白さんが驚いた表情を浮かべる。
「小学校の時も、図書カードにいっつも千家くんの名前があるなぁって思ってたけど、本当に色んな本、たくさん読んでるんだね」
「それを言ったら羽白さんだって結構いろいろ読んでるだろ」
「私はたいぶ読む傾向が偏ってるよ?」
そう言って、さきほど、本棚から取り出した中の一冊の絵本を俺に見せながら羽白さんが笑うが、つい、手元の本に視線が止まる。
「俺もそれ、読んだことある」
「え、本当?」
「あれだろ、確か……」
見たことのある表紙に思わず声をかければ、羽白さんが驚いた顔をしている。
ざっくりと覚えている内容を話せば、羽白さんが「合ってる」と嬉しそうに笑う。
「この絵本、知ってる人が少なくて」
絵本のページを捲りながら言う羽白さんに、「へえ……」と呟きながら、絵本を見やれば、やはり記憶にある内容と同じだった。
「…楽しそうだね」
俺は覚えていないが、小学校の時の話もそうだが、絵本を読んでいる時の羽白さんの表情はいつもよりも楽しそうに見える。
「へ?」
「……あ」
声に、出ていたらしい。
驚いた顔をして俺を見た羽白さんの様子に、自分の失態に気づき、「あ、ごめ」と慌てて言葉を続けるものの、羽白さんは俺を見て、瞬きを繰り返したあと、「大丈夫」と小さく笑った。
「小学校の時は絵本が好きって言うと、何だか色々と言われたりもしたけど」
「ああ…小島か」
「ふふ、そうだね」
俺自身はよく覚えてはいないものの、羽白さんはよく覚えているらしい。
「やっぱり、絵本が好きなんだ」
「…だろうね」
絵本の話をする時の羽白さんは、本当に楽しそうに見える。
何となく、腹の底のほうが温かくなるような、そんな笑顔に、思わず頷けば、へへ、と羽白さんがほんの少し照れくさそうに笑う。
「それでも、転校したあとぐらいからかな。絵本以外にも、色んな本を読み始めたの」
「へぇ…」
「千家くんの読書範囲には負けちゃうけど」
「俺は…人と話さないで本ばっかり読んでるから」
自分で言っておきながら、中々に偏屈なセリフだな、と思いつつも、実際、クラスメイトと話す時間よりも本を読む時間に充てている自覚がある。
「でも、ここ数日はちゃんと話してくれるよね」
「…ある意味で諦めてる」
「でも」
ため息混じりで呟いた俺を見て、羽白さんが、ふふ、と笑いながら言葉を続ける。
「千家くんが、ちょっと諦めたおかげで、照屋くんも千家くんと仲良くなれて、私と怜那ちゃんもこうして千家くんと話せたし。実は千家くんって表情豊かなんだって気がつけて、私は嬉しい、かな」
「………そう」
面と向かって、そんな風に言われ、どう返していいか分からず、思わず手の甲で口もとを隠しながら顔をそらした俺に、羽白さんは「千家くんの照れてるところ、初めて見た」と絵本の話をするときと同じような楽しそうな表情で、笑う。
「ー…のがいいの!」
「なんだよー。こんなのがいいのかよ」
「こんなのって、おにーちゃんだって、あれすきじゃない!」
そんな賑やかな声とともに元気に姿を現したのは、近所の幼稚園の制服を着た女の子と、小学1年生の男の子で、仲良く手を繋いで店内へと入ってくる。
「あ、おねえちゃん!」
「なるにーちゃん!」
「こんにちわ」
「…おう」
たたっ、と駆け寄ってきた女の子は、羽白さんのところへ、お兄ちゃんと呼ばれていた男の子は、妹のあとを追うように俺のところへと少しだけ小走りで走ってくる。
「今日はよしと兄ちゃんじゃないの?」
「よしと兄ちゃんはまだ学校」
「なんだ、よしと兄ちゃん、イノコリしてんのか!」
店と繋がっている居間の手間にある渡り廊下に腰掛けていた俺の前で、えへん、と言わんばかりに胸を張る男の子の物言いに、ククッ、と思わず笑いが漏れる。
「そうだな。居残りしてるな」
「ちょ、千家くん、照屋くんは委員会で」
ぐりぐり、と胸を張っている男の子の頭を撫でながら言った俺に、羽白さんは慌てた様子で訂正をしようと口を開く。けれど、「しー」と立てた人差し指を自分の唇に当てながら言えば、羽白さんが、ぽかん、とした表情のまま固まる。
「来週はよしと兄ちゃんいるから、来週、もう一回来てみたらいいんじゃないか?」
「来週か!わかった!」
こくん!と大きくしっかりと頷いた男の子の頭をもう一度撫でていれば、「おねえちゃん?」と妹が不思議そうな声で、羽白さんに声をかける。
「え? あ、なあに?」
「おねえちゃん、お顔まっかだよ? お熱あるの?」
きゅ、と羽白さんの手を握りながら言う女の子の言葉に、羽白さんを見やれば、確かに頬が赤い。
「大丈夫?」
「だ、タイジョウ、ブです!」
「…なんで片言」
問いかけた俺の言葉に、急に片言になって答えた羽白さんに思わず笑えば、彼女の頬がまた一段と赤くなった、ような気がする。
「羽白さん、本当に大丈夫?」
「ねぇちゃん、顔真っ赤」
渡り廊下にあぐらをかいている俺の膝に掴まりながら、俺と同様に羽白さんを見た男の子も、心配そうな表情で彼女を見やる。
「ほんとに、大丈夫」
そう言って、妹の頭を撫でながら笑った羽白さんの笑顔は、いつもよりぎこちないように見えるけれども、心配をするのは、この子達が帰ったあとにしよう。そう切り替えて、幼い兄妹に「買い物はいいのか?」と幼い兄妹に声をかければ、羽白さんが小さく息をはいたように見えた。
「…大丈夫そうだな」
「大丈夫だよ」
小さな来客を見送ったあと、くるり、と振り返り、自分よりも少し背の小さい彼女を見やれば、羽白さんがいつもと同じ笑顔を浮かべる。
「ん、大丈夫そうだ」
その表情に、小さく頷きながら言えば、羽白さんが、ぱちり、と瞬きをしながら、ふふ、と笑う。
「千家くんは、案外、心配性なんだね」
嬉しそうに、楽しそうに笑いながら言った羽白さんに、「俺は意地悪いと思ってるけど」と、ニッ、と笑いながら言えば、彼女がふふっ、とまた楽しそうに笑った。
キコ、キコと自転車の音が聞こえる。
「ごめんね、お家、逆方向なのに」
「羽白さんをこんな時間に一人で帰らせた、って知られたらボコボコにされる。寺岡さんに」
「怜那ちゃんはそんなことしないよ?」
「いーや、すると思う」
寺岡さんが羽白さんを大事にしているのは、第三者である俺ですら気がつくほどだ。ボコボコにされずに済んだとしても怒鳴られるのは確実だろう。そういうことは、出来れば回避したい。
「でも」
「ん?」
俺の言葉にくすくす、と笑っていた羽白さんに、「でも」と言葉を続ければ、彼女が不思議そうな表情をして、首を傾げる。
「…なんて言うか、初めから送っていくつもりだったし」
「…そう、なんだ」
夕暮れ時の通学路で、自転車を押しながら、同級生に言う。
そんなシチュエーションに慣れていない俺に、羽白さんが一瞬、動きを止めたあと、嬉しそうな表情をして、笑う。
彼女の家のある方向へ、相変わらず他愛もない話をしながら、のんびりと歩く最中も、彼女は終始楽しそうに笑っている。
「そういえば、千家くん、前回の図書室の特集コーナー、照屋くんが担当したって気がついてたんでしょう? 照屋くん、すっごい嬉しそうだったよ」
「あいつ…」
「照屋くん、千家くんと仲良くなれて本当に嬉しかったみたい」
くすくすと自分のことのように楽しそうに笑いながら「あのね」と羽白さんが言葉を続ける。
「私も、千家くんと本の話、したいな、って」
「……本?」
「あ、いや、本だけじゃなくって」
「……ん?」
「もっと、色んなお話、したいな、って」
「…えっと…俺で良ければ」
「もちろん!」
何となく、むず痒い気持ちになり、思わず口もとに手の甲を押し付けながら顔を反らせば、「あ」と羽白さんの小さな声が聞こえる。
「着いちゃった」
「…あ、ここだっけ?」
「うん」
大通りから見える二つのマンションのうちの片方が、羽白さんの家だ。薄暗くなり始めてはいるもののマンションまでの道は街灯が明るく照らしている。
心配は無いだろうけれど、彼女がマンションに入るまでは見守るか、と一人考えていれば、「カバン、ありがとう」と羽白さんがカゴからカバンを取り出す。
「千家くん、また、明日ね」
「ああ、また明日」
そう言って、自宅へと歩いて行く直前に見た羽白さんの笑顔が、今日の見た中で、一番柔らかかったような、気がした。
【6月8日 終】
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