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第一部
第7話 白い狐
しおりを挟む「真備ってば!!」
怒ったような少し高い声と同時に、バシッ、と先端を赤色に染めた真っ白なボリュームのある尻尾が俺の足を叩く。
声のした方向を見れば、そこに居るのは、ついさっき、彼処で、初めて名を呼んだ白狐の『初月』が、少し目を釣り上げ「もう!全然気が付かないし!」と文句を言いながら、自分の尻尾をまたベシベシと俺に当てる。
「なんだよ、ちゃんと…って初月?!」
「何さ!」
「うお?!言葉分かるし?!」
山に入る前も、山に居た間も阿吽などと違い、喋っている言葉が分からなかった狐、初月の話す言葉が、いつの間にか理解出来ていて、思わず驚きの声をあげれば、初月の頬がぷくー!と大きく膨れる。
「もう!白澤さま!酷いと思わない?!」
「まぁまぁ。アナタも落ち着いて。真備様、契約をしたのですから、初月の言葉が理解できて当たり前でしょうに、何をそんなに驚いているのですか?」
初月の頭を撫でながら、当然だと言う白澤に「え」と小さく首を傾げる。
「あれって、そういうものなの?」
「……真備様?白澤は、以前に、きちんとお伝え、していませんか?」
にっこり、と笑う白澤の背後に、何やら黒いものを見た気がするのは、気のせいでは、ない。
「して…るかも、しれない」
「…かも?」
「…ごめんっ、白澤!」
バッ、と頭を下げながら謝る俺に、白澤は、はあぁ、と大きな溜め息をつく。
「真備様、わたしが真備様にお伝えしていることは、貴方を守るためのもの。大切な事を、必要な時に使えないのであれば、わたしがお伝えしている意味がありません」
「…ごめん」
悲しそうな声に、ちら、と顔をあげれば、白澤が、ほんの少し泣きそうな顔をしながら、俺を見ている。
「わたしは、貴方をお守りすると、貴方が生まれたあの日、心に決めました。けれど、貴方は守られるだけでは無く」
「まずは俺は、自分自身で、知識を得て、力を制御し、自身を守る必要がある、だろ?」
小さな頃から、事あるごとに白澤に言われている言葉が、今になって、胸に響く。
いくつから言われてるんだよ、俺、と自分に呆れかけた時、「真備様」と白澤が俺の名を呼ぶ。
「覚えていなかった罰として、夕飯のあと、お部屋に伺いますね」
「え、ちょっ、それは」
にっこり、と良い笑顔を浮かべる白澤の言葉に、慌てて声をあげるものの「何か問題でも?」と完璧な笑顔をした白澤に、びくっ、と思わず肩がはねる。
「おや、白澤。その楽しそうな会に、私も混ざりたいものですねぇ」
「絶対楽しくないって分かってて言ってるだろ、鵺」
クツクツと笑いながら姿を現した鵺に、じとりとした目を向けながら言えば、鵺がフフ、と楽しそうに笑う。
「鵺、貴方は今晩は出かっ、んぐっ」
そんな鵺の様子に、何かを言いかけた白澤の口を、鵺が問答無用に自分の手で塞ぎ、白澤がバシバシ、と、自身の後ろから回されている鵺の手を叩いて抗議の声をあげるものの、鵺は全く気にしていない。
それどころか、若干、鵺は愉快そうな表情を浮かべて「ああ、そうそう」と口を開く。
「坊っちゃん、その白いの」
「鵺様!白いのじゃないよ!初月だよ!」
「とりあえず白いの、でいいんです。で、坊っちゃん」
白いの、と呼ばれた初月が抗議の声をあげるものの、鵺は慣れた様子で初月の言葉を受け流す。
「いや、その前に白澤が……」
「大丈夫ですよ、死なないですから」
にっこり、と良い笑顔を浮かべながら言う鵺を見て、鵺って、白澤をからかうの好きだよなぁ、とぼんやりと考えながら眺めていれば「はあ」と言わんばかりに白澤が抗議の手を止めた。
「で、坊っちゃん、その白いのですけど」
「初月がどうかしたのか?」
鵺の言葉に首を傾げれば、鵺が俺の足元を指さしながら口を開く。
「その白いの」
「うん?」
「ちょっと、借りていきますね」
「へ?」
白澤から手を離した鵺が、ひょい、と初月を持ち上げる。
「鵺様?!何ですか?!!」
「おや、イヤですか?阿吽は持ち上げられると喜びますが」
「阿吽様とボクとでは種族が違いますー!!」
「まあまあ」
鵺の脇に抱えられた初月がジタバタと暴れるものの、鵺は白澤の時と同様に気にすることなく、スタスタと歩いていく。
「……どうしたんだ、鵺のやつ」
「アレは他者をからかうのが好きですから……ああ、そうです。坊っちゃん」
「何?」
「あと少しだけ、お手伝い願えますか?流石に、このサイズの山菜を夕飯までに支度するのは、時間がかかりますし」
はあ、とため息をつき、ひょい、と足元に置いてあった山菜を持ち上げた白澤が、俺を見てニコリと笑いなからそう言った。
カタン、と音が聞こえた気がして、廊下へ出れば、月が高い位置へ昇っている。
あのあと、予想通り、大天狗さまが大量に夕飯を食べ、お風呂を済ませ、予告通りに復習をしにきた白澤に捕まり、つい先程、やっと解放された。
何だか色々疲れたし、さっさと寝ようと布団に入って数分後、さっきの物音に気づいた。
「何だ?」
部屋の戸を開け、廊下を見てみるものの、特に何も起きていない。
気のせいか、と部屋の中に戻ろうとした時、何かの音が聞こえた。
「やっぱり気のせいじゃない。けど、何処から」
きょろ、と廊下に出てあたりを見回しても、人影は見当たらない。
ー リィーーン
「……鈴の音?」
少し高く、けれど耳に残るような嫌な音でもない。
俺の家で思い浮かぶ鈴といえば、神楽鈴か鈴緒についた参拝者が鳴らす鈴だけど、神楽鈴はシャン、だし、参拝の時のは、ガラン、だ。あの音とは違う。
神楽鈴は普段、きちんと戸棚に仕舞われているし、鵺曰く「弱小妖怪は触ったら消滅、もしくは大怪我するくらい、清らかなもの」らしいから、滅多なことで触るものもいないだろうし。
「こんな時間に参拝者?いや、でも、そもそもこっちまで聞こえないよな」
そもそも俺たちがいる住居部分は、神社からは少し離れている。
こっちに入って来ない限りは聞こえてこないのでは、と思った時、「リィン」ともう一度、同じ鈴の音が聞こえ、音のする方へと走り出した。
「確か、こっちだった気が」
きょろ、と周囲を見渡しても人影は見えない。
何処から、立ち止まり音を確認しようとした時、「…誰か居るの?」と小さな声が少し前のほうから聞こえる。
「あっちは、神社の境内…」
こんな時間に、こんな山奥に?と疑問も生まれるものの、不安そうにも聞こえた声が放っておけなくて、声のする方へ走る。
境内は、点している灯りは無い。あるのは月明かりのみだが、街から離れている此処は、月明かりだけでも十分に明るく見える。
開けている境内に見える人影は、着物を来た女の子のようだった。
ふわ、と吹いてきた風に、彼女の髪がさらりと動く。
月明かりを浴びる彼女の身体から光が溢れているように見え、「人‥じゃ…ない、のか?」と思わず小さく呟けば、俺の声に気がついたらしい彼女が驚いた表情を浮かべながら口を開く。
「貴方は…?」
俺のほうを向き、ぱちり、と瞬きを繰り返す彼女を真正面から見た俺自身が驚きのあまり思わず固まる。
もの凄く、本当にもの凄く可愛い。
髪に何故か鈴がついているが、きっとこの女の子のファッションなのだろう。ぶっちゃけ似合っているから別に良い。
「あの…?」
「あっ、ああああ、えっとすみません。何でしたっけ?あ、俺が誰か、って話、でしたよね?」
「ええ。ふふ、ふふふ」
くすくす、と彼女が笑う度に、髪についた鈴の音が「リィン」と鳴る。
この子の鈴の音か…、と妙に納得をする反面、何で部屋まで聞こえたんだ?と小さく首をかしげれば、にっこり、と笑った彼女と目が合う。
(この子、やっぱり人じゃ無い)
髪に鈴をつけている以外、何処からどう見ても、人にしか見えないけれども、何か違う、と俺の中で何かが訴えてくる。
「君は」
何者なんだ
そう問いかけようとした時、「リィン」と境内に、鈴の音が一際大きく鳴り響き、彼女は忽然と姿を消した。
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