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第一部
第6話 うちの白澤は心配性
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「ああぁ、もう。本当に大丈夫でしょうか……!」
「さっきから煩いですよ、白澤」
「そうは言いますが、真備様はまだご自分の札も書けないんですよ?またなにか変なのにでも出くわしたりしたら………!!幼子を野に放り出すようなものではありませんか!」
「流石にこの結界のある山で変なのなんて、あの人が赦さないでしょうよ」
「鵺…あなたが一番、体感しているでしょうに…忘れたのですか?」
「そりゃあ、坊っちゃんの血筋を忘れたわけでは無いですけど、さすがに……」
平気だろう、と言おうとした鵺は、先ほどの帰宅途中の出来事を思い出し、言葉を飲みこむ。
自分の一部を渡してはある。
ある程度のことであれば、アレで多少は防げるし、真備が手放さなければ、何かあった時には、知らせてくれるものにもなる。
「とりあえず、絆創膏と消毒液は用意しておきます」
「……あとお風呂も、ですね」
「大丈夫でしょうか……あぁ、もう本当に……鵺!」
「コレはっ」
言い終わるか終わらないかのところで鵺と白澤が庭の方へと駆け出していく。
閉じていた窓が誰も触らぬままに開き、二人が外へと飛び出した瞬間「ちょ、嘘だろーー?!」と真備の叫ぶ声が頭上から響いた。
「坊っちゃん!」
「真備様っ!!」
落下してくる真備を認識し、鵺の身体が浮かび上がると同時に、真備の身体を白色が囲い、ぼんっ、と大きな音を立てた。
「アレは…」
とん、飛ぶのをやめた鵺のつま先が庭に着いた時、ふよふよ、と白いものが空から庭へと降りてくる。
ちらりと見えるのは、朱色の足先と、もふもふと獣の毛と、よく知る人間の足だ。
「坊っちゃん!」
「あ、鵺」
真備の姿を見た鵺が、名を呼べばその声に気がついた真備が「ただいまー」とのんびりした声で答える。
「坊っちゃん、この子」
「鵺も驚いただろ?さっき途中で急に色が変わってさ!すげぇビックリした」
「…多分、驚くところ、間違えてますよ、坊っちゃん」
「え、何が?」
鵺の言葉に、真備がきょとんとした顔をしながら首を傾げる。
本人にしてみれば山に入る前は、茶色だった狐が、突然、真っ白になり、目の周りや足、尻尾などが赤くなったことに、とても驚いたのだが、目の前の鵺は、ふむ、と小さな声を出し、見た目の劇的な変化があった狐に「あなた」と呼びかけながら目を細める。
「あの人とまだ結んではいなかったのですね」
「鵺、結ぶって、何を?」
「契約、ですよ。真備様」
「あ、白澤」
おかえりなさい、と続けた白澤に「ただいま」と答え、白澤へと向き直る。
「なぁ、契約って」
「その者に仕え、その者の力となり、その者と共に生きる。そのモノ本当の名、真名を聞き、真名で契約を結ぶ。私と真備様、鵺と真備様がそれですね」
「横文字で言えば、ギブアンドテイク。winwinな関係、ってやつですよ、坊っちゃん」
「それは、昔から聞いてるから知ってる。そうじゃなくて」
ぽす、と俺の頭に手を置きながら言う鵺を見上げながら言えば、ばさっと大きな音が響き、空を見上げる。
「なんじゃ、童。まだそいつと契約してないのか」
音の正体は俺をこのゴタゴタに巻き込んできた大天狗さまの大きな翼で、背の翼は大きな音を立てるものの、風を引き起こすことなく、ふわりと大天狗さまは俺たちの前へと降りてくる。
「私はてっきり貴方の遣いかと思っていましたが」
「無理強いをする趣味など持ち合わせておらん」
鵺の言葉にけらけらと笑う大天狗さまに、過去散々に無理難題を押し付けられてきた俺は「いやいやいや!してきてるから!」と思わずツッコミを入れる。
「童」
「げっ」
思わず言葉を零した俺に、大天狗さまが意地悪い笑顔を俺に向けながら、ニヤリと口角をあげる。
「本当の無理難題というものを見せてやろうか?」
クツクツと笑いながら言う大天狗さまの言葉に「全力で遠慮します!」と即答すれば「なんじゃ、つまらん奴じゃのう」と本気でつまらなそうな声が聴こえる。
クックッ、と愉快そうな笑い声が続いているあたり、機嫌は損ねてはいないらしい。はぁ、と小さく息を吐いた俺の身体に、する、と白色になった狐の尻尾が巻き付く。
「ほれ、待ちくたびれているではないか」
「待ちくたびれてって…?」
何に?と首を傾げた俺の視界が、まばゆい白色で染まった。
『真備』
「……誰だ?」
白色の中で聴こえるのは、聞き覚えのある声。
つい最近聞いたと思うのだが、どこだったか、と首を傾げる。
『どこって、さっきもボクの声聞いてたじゃないか!』
「だと思うんだけど…ってちょっと待て?!何で俺の考え」
『わかるよ、そのために此処に来たんだから』
「そのためにって…?』
少し高い少年のような声に、首を傾げるものの、此処がどこなのか、何故、この声が自分の考えていることに返事をしてくるのかも、さっぱり検討がつかない。
『真備、知らないの?』
「いや…知らないも何も、気づいたら急に此処に居たし。いつもの、アノ人の記憶とは、違うような…」
手のひらを見れば、まるで自分が光っているかのように見える。
目の前にある霧に触ろうとするも、手を動かす度に、霧が逃げていくように思える。
アノ人の記憶の中に居る時は、霧は触っても触っても、一向に消えていく気配が無いのだが、この場所は、手を動かせば動かすだけ、霧は消えていくようだった。
『そりゃあ、居る場所が違うもの』
「違うって…、じゃぁここ、何処なんだ?」
声は近くで聴こえる気がするのに、声の主が何処にいるのかが、分からない。
けれど、アノ人の記憶の中と違って、不思議と、胸が痛くなるような感情が襲ってくるわけでも、理由の分からない不安が訪れるわけでもない。
ただ、この場所は、知っている気がする。
『此処は、あの世とこの世を結ぶトコロ。魂と魂の行き交う場所。真備は来たことがあるし、真備はこの先、何度も此処を訪れる』
「え、何度もって?」
『真備は、そういう定めの星だから』
ふわりと光を帯びた白い雪のようなものが幾つか降ってくると同時に、チリと小さな痛みが首元に走る。
「っなん」
『長くは居られないよ、真備』
何の痛みだ、と首元を抑えながら言った俺の言葉に被せるように、声が響く。
「良くない場所ってことか」
『良くないものも、居るっていうだけ。場所が悪いわけじゃないよ』
良くないものが、居て、魂と魂の行き交う場所。
あの世と、この世を結ぶトコロ。
白澤に昔、聞いたことがある。
「ここ、彼処、か?」
『そう。人の身で、此処に長く留まるのは、危険な場所。いくら、真備の力であっても、身体は現世のもの』
ーー 真備様、覚えておいてくださいね。
ーー 人の身体で、この世以外の場所に行くには、負荷が大きすぎるのです。
ーー ですから、呪で、その負荷を分散する。
ーー けれど、万が一にでも、彼処に居る間に怪我をした場合は……
「確か…無茶をすれば現世の自分まるごと消失する、んだったな」
まだ俺が小さい頃、白澤が、言っていた気が、する。
『そう。だから、早く、ボクの名前を呼んで』
「名前…?」
『真備、君はもう、知っているはず』
光の粒が、段々と集まって、形を作っていく。
あぁ、そうか。
コイツの名前、知ってる。
この狐の名前は、
「初月」
そう呟いた瞬間。
目の前の光の粒が弾けて、消えた。
「あぁ、おかえりなさい。坊っちゃん」
「へ?」
「おや、彼処に行っていたんでしょう?」
「え、あぁ、うん」
ボンヤリしたまま頷いた俺の首筋に、鵺の口元が近づく。
「なに?」
「気に喰わないものが、居たもので」
「だからって、舐めなくてもいいだろ」
ペロ、と舐められた首元を手でおさえるものの、鵺はクツクツと笑うだけで何も言わない。
「真備様、傷口、見せてください」
「傷?」
どこに、と首を傾げた俺の首元を抑えていた手をどかした白澤が「全く、鵺ときたら、自己主張が激しいですね……」とまったく、と溜め息をついた時「真備!」と少し高めの声が足元から聞こえた。
「さっきから煩いですよ、白澤」
「そうは言いますが、真備様はまだご自分の札も書けないんですよ?またなにか変なのにでも出くわしたりしたら………!!幼子を野に放り出すようなものではありませんか!」
「流石にこの結界のある山で変なのなんて、あの人が赦さないでしょうよ」
「鵺…あなたが一番、体感しているでしょうに…忘れたのですか?」
「そりゃあ、坊っちゃんの血筋を忘れたわけでは無いですけど、さすがに……」
平気だろう、と言おうとした鵺は、先ほどの帰宅途中の出来事を思い出し、言葉を飲みこむ。
自分の一部を渡してはある。
ある程度のことであれば、アレで多少は防げるし、真備が手放さなければ、何かあった時には、知らせてくれるものにもなる。
「とりあえず、絆創膏と消毒液は用意しておきます」
「……あとお風呂も、ですね」
「大丈夫でしょうか……あぁ、もう本当に……鵺!」
「コレはっ」
言い終わるか終わらないかのところで鵺と白澤が庭の方へと駆け出していく。
閉じていた窓が誰も触らぬままに開き、二人が外へと飛び出した瞬間「ちょ、嘘だろーー?!」と真備の叫ぶ声が頭上から響いた。
「坊っちゃん!」
「真備様っ!!」
落下してくる真備を認識し、鵺の身体が浮かび上がると同時に、真備の身体を白色が囲い、ぼんっ、と大きな音を立てた。
「アレは…」
とん、飛ぶのをやめた鵺のつま先が庭に着いた時、ふよふよ、と白いものが空から庭へと降りてくる。
ちらりと見えるのは、朱色の足先と、もふもふと獣の毛と、よく知る人間の足だ。
「坊っちゃん!」
「あ、鵺」
真備の姿を見た鵺が、名を呼べばその声に気がついた真備が「ただいまー」とのんびりした声で答える。
「坊っちゃん、この子」
「鵺も驚いただろ?さっき途中で急に色が変わってさ!すげぇビックリした」
「…多分、驚くところ、間違えてますよ、坊っちゃん」
「え、何が?」
鵺の言葉に、真備がきょとんとした顔をしながら首を傾げる。
本人にしてみれば山に入る前は、茶色だった狐が、突然、真っ白になり、目の周りや足、尻尾などが赤くなったことに、とても驚いたのだが、目の前の鵺は、ふむ、と小さな声を出し、見た目の劇的な変化があった狐に「あなた」と呼びかけながら目を細める。
「あの人とまだ結んではいなかったのですね」
「鵺、結ぶって、何を?」
「契約、ですよ。真備様」
「あ、白澤」
おかえりなさい、と続けた白澤に「ただいま」と答え、白澤へと向き直る。
「なぁ、契約って」
「その者に仕え、その者の力となり、その者と共に生きる。そのモノ本当の名、真名を聞き、真名で契約を結ぶ。私と真備様、鵺と真備様がそれですね」
「横文字で言えば、ギブアンドテイク。winwinな関係、ってやつですよ、坊っちゃん」
「それは、昔から聞いてるから知ってる。そうじゃなくて」
ぽす、と俺の頭に手を置きながら言う鵺を見上げながら言えば、ばさっと大きな音が響き、空を見上げる。
「なんじゃ、童。まだそいつと契約してないのか」
音の正体は俺をこのゴタゴタに巻き込んできた大天狗さまの大きな翼で、背の翼は大きな音を立てるものの、風を引き起こすことなく、ふわりと大天狗さまは俺たちの前へと降りてくる。
「私はてっきり貴方の遣いかと思っていましたが」
「無理強いをする趣味など持ち合わせておらん」
鵺の言葉にけらけらと笑う大天狗さまに、過去散々に無理難題を押し付けられてきた俺は「いやいやいや!してきてるから!」と思わずツッコミを入れる。
「童」
「げっ」
思わず言葉を零した俺に、大天狗さまが意地悪い笑顔を俺に向けながら、ニヤリと口角をあげる。
「本当の無理難題というものを見せてやろうか?」
クツクツと笑いながら言う大天狗さまの言葉に「全力で遠慮します!」と即答すれば「なんじゃ、つまらん奴じゃのう」と本気でつまらなそうな声が聴こえる。
クックッ、と愉快そうな笑い声が続いているあたり、機嫌は損ねてはいないらしい。はぁ、と小さく息を吐いた俺の身体に、する、と白色になった狐の尻尾が巻き付く。
「ほれ、待ちくたびれているではないか」
「待ちくたびれてって…?」
何に?と首を傾げた俺の視界が、まばゆい白色で染まった。
『真備』
「……誰だ?」
白色の中で聴こえるのは、聞き覚えのある声。
つい最近聞いたと思うのだが、どこだったか、と首を傾げる。
『どこって、さっきもボクの声聞いてたじゃないか!』
「だと思うんだけど…ってちょっと待て?!何で俺の考え」
『わかるよ、そのために此処に来たんだから』
「そのためにって…?』
少し高い少年のような声に、首を傾げるものの、此処がどこなのか、何故、この声が自分の考えていることに返事をしてくるのかも、さっぱり検討がつかない。
『真備、知らないの?』
「いや…知らないも何も、気づいたら急に此処に居たし。いつもの、アノ人の記憶とは、違うような…」
手のひらを見れば、まるで自分が光っているかのように見える。
目の前にある霧に触ろうとするも、手を動かす度に、霧が逃げていくように思える。
アノ人の記憶の中に居る時は、霧は触っても触っても、一向に消えていく気配が無いのだが、この場所は、手を動かせば動かすだけ、霧は消えていくようだった。
『そりゃあ、居る場所が違うもの』
「違うって…、じゃぁここ、何処なんだ?」
声は近くで聴こえる気がするのに、声の主が何処にいるのかが、分からない。
けれど、アノ人の記憶の中と違って、不思議と、胸が痛くなるような感情が襲ってくるわけでも、理由の分からない不安が訪れるわけでもない。
ただ、この場所は、知っている気がする。
『此処は、あの世とこの世を結ぶトコロ。魂と魂の行き交う場所。真備は来たことがあるし、真備はこの先、何度も此処を訪れる』
「え、何度もって?」
『真備は、そういう定めの星だから』
ふわりと光を帯びた白い雪のようなものが幾つか降ってくると同時に、チリと小さな痛みが首元に走る。
「っなん」
『長くは居られないよ、真備』
何の痛みだ、と首元を抑えながら言った俺の言葉に被せるように、声が響く。
「良くない場所ってことか」
『良くないものも、居るっていうだけ。場所が悪いわけじゃないよ』
良くないものが、居て、魂と魂の行き交う場所。
あの世と、この世を結ぶトコロ。
白澤に昔、聞いたことがある。
「ここ、彼処、か?」
『そう。人の身で、此処に長く留まるのは、危険な場所。いくら、真備の力であっても、身体は現世のもの』
ーー 真備様、覚えておいてくださいね。
ーー 人の身体で、この世以外の場所に行くには、負荷が大きすぎるのです。
ーー ですから、呪で、その負荷を分散する。
ーー けれど、万が一にでも、彼処に居る間に怪我をした場合は……
「確か…無茶をすれば現世の自分まるごと消失する、んだったな」
まだ俺が小さい頃、白澤が、言っていた気が、する。
『そう。だから、早く、ボクの名前を呼んで』
「名前…?」
『真備、君はもう、知っているはず』
光の粒が、段々と集まって、形を作っていく。
あぁ、そうか。
コイツの名前、知ってる。
この狐の名前は、
「初月」
そう呟いた瞬間。
目の前の光の粒が弾けて、消えた。
「あぁ、おかえりなさい。坊っちゃん」
「へ?」
「おや、彼処に行っていたんでしょう?」
「え、あぁ、うん」
ボンヤリしたまま頷いた俺の首筋に、鵺の口元が近づく。
「なに?」
「気に喰わないものが、居たもので」
「だからって、舐めなくてもいいだろ」
ペロ、と舐められた首元を手でおさえるものの、鵺はクツクツと笑うだけで何も言わない。
「真備様、傷口、見せてください」
「傷?」
どこに、と首を傾げた俺の首元を抑えていた手をどかした白澤が「全く、鵺ときたら、自己主張が激しいですね……」とまったく、と溜め息をついた時「真備!」と少し高めの声が足元から聞こえた。
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