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第一部
第19話 伸びしろがあることはいいことだ。
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「ラス、トっ!!!」
残りいくらかになった階段の上を目指してひたすら走る。
時刻は午前5時すぎ。
身体は暑いし、足は重たい。
人通りなんてないし、起きているケモノだって少ない、そんな朝。
クラスメートの桂岐に保健室に運び込まれた翌日から一週間。
すでに日課になりはじめた体力作りの階段登りをこなしてはいるも、のの。
「も、無理っ」
ぜえはあ、ひゅう、と喉から変な音を出しながら、登りきった階段の上で両手をひろげて寝転がる。
冷たくて気持ちーー……
整わない呼吸のまま、空を見上げても、まだ少し暗い。
はぁぁぁぁ、と肺の中にたまった息を吐き出せば、トテトテ、よろよろ、と見慣れた自分の水筒が、前後左右へと揺れながら顔の横へと近づいてくる。
地面すれすれを、ゆらゆらよろよろと歩く水筒は、黄色と水色の配色が気に入って買ったものだ。
そして、そんな水筒の両脇には小さな白い色が見える。
「ありがとな」
水筒に触り、白色へと声をかければ、白色が水筒から離れる。
ピシッ、とその場で止まったのは、人型へと切り抜いた式神のひとつ。
一つの仕事を終えた式神が片手をあげ、くるり、と身体の向きをかえ、母屋に向かって歩き出す。
その後ろ姿を眺めながら、式神に運んでもらった水筒に口をつけた。
「ある程度、使えるようにはなってきましたね、坊っちゃん」
朝のランニングを終え、風呂に浸かっていれば、顔を覗かせた鵺が、満足そうに言う。
「なんとなく、こんな感じっていうのが見えた気がする」
「それは何よりです」
広い浴室の入口に寄りかかって立ちながら話す鵺の言葉に、「お、褒められた?」と聞けば、ただただ鼻で笑われる。
桂岐に保健室に運びこまれたあの日。
自分の中にいた遠い遠いご先祖様、吉備真備さんと話したあの日。
自分の中の、なにか、に「早くしろ」と急かされている、ような。
突き動かされている、みたいな感覚になった。
全くもって慣れてもいない式を使った術を駆使して、俺はその日に二回目の立ち眩みを起こして、じいちゃんにも、鵺にも白澤にも怒られたんだけど。
「急いでやらなきゃいけない気がするんだよ」
そう告げた俺を、誰も笑うこともなく。
じいちゃんに至っては「焦ってもいいことは全くないからのう。これは儂の経験談じゃよ、真備」とけらけら笑っていた。
「焦ってもいいことはない、ねぇ……」
じいちゃんの言葉を反復した俺に、鵺が「そうでしょうね」と頷く。
「十二代目といい、坊っちゃんといい、何故だか貴方たちは焦ると失敗することが多いですからね。十三代目を見習って欲しいところですよ」
「父さん?」
「ええ。まあ肝が座っているのは先祖代々とも、いえますが」
「へえぇ。あんまり想像つかないけど。怒ってるとこすら見たことないし」
「十三代目もちゃんと怒りますよ? 普段が温厚ですからね。十二代目が本気で謝るくらいには怒りますね」
「そなの?!」
鵺の言葉に思わず立ち上がれば、お湯がザバァと音をたてる。
「そんなに驚くところです? 坊っちゃん、十三代目の息子でしょうに」
時間ですよ、と言った鵺が、手に持っていたタオルをこちらに向けながら俺を呆れたように見やる。
「サンキュ。いや、俺、父さんに怒られたことないし。いつもぽやんとしてんじゃん。それに父さん、どっちかといえばド天然だし」
「ド天然なのは同意ですね。まあ昔はもっとでしたが……大人になって少し収まったというか……すみれさんがしっかりとしているからどうにかなっているというか」
「ああ……うん。母さんは……すごい」
うん、と普段の二人の様子を思い浮かべながら頷けば、「ええ」と鵺も関心したようにうなずいている。
「何というか、絶妙にバランス取れてるんだよな、うちの両親」
「バランスが取れているかどうかは分かりませんが、十三代目がいまの今まで現代で生きていられているのは、確実にすみれさんのおかげでしょうね」
「そなの?」
「あんなにも強運な女性は、あまりお見かけしたことはありませんね」
「でも、俺ん家、億万長者とかじゃ無いじゃん。宝くじとか当たらないし」
「そりゃそうでしょうね。すみれさん自身が買わないですから」
「えー」
受け取ったタオルで全身の水滴をふきとり、用意をしておいた着替えに袖を通し、まだ少し濡れたままの髪はそのままに、首元にタオルをひっかけて風呂場から出る。
「坊っちゃん、まだ髪が乾いてませんが」
「ご飯食べてる間に乾くって」
「知りませんよ? 怒られても」
「ダイジョーブだいじょーぶ」
ひらひら、とタオルの裾を振りながら言えば、鵺がまったく、と小さなため息をともに呟く。
「そういえばさ、さっきのやつさ」
「さっきのとは?」
「うちの家系は焦ると失敗しがち、のやつ」
「ああ、あれですか。聞きたいのですか?」
「うん。聞きたい。呪術関係で父さんはあんまり自分の話してくれないし」
「まあ、十三代目は不要なプレッシャーというものを背負いこんでいましたしね」
「やっぱり爺ちゃんが関係してる?」
「そりゃあしてますよ。力も微弱な弱小の人間で血の繋がりしか持たぬ者たちからも、色々と言われてきましたからね」
「なるほど……」
「ですが、まあ腐ってもあの十二代目の息子ですから。十三代目は、呪術の力が弱い代わりに、頭脳や人脈でカバーをしてきたのですよ」
「そなの?」
「ええ。むしろ知略の面で言えば、当代きっての能力かもしれませんね」
「え、意外」
ふふ、でしょう? と愉快そうに鵺は笑う。
「まあ、ですが、もしかすると少しくらいは坊っちゃんにも伝わっているんじゃないですかね。多分ですけど」
「……たぶん」
「それに、教わっていたとしてもそれを活かすも殺すも坊っちゃん次第でしょう?」
「……言われてみれば確かに」
たとえ教わっていたとしても実践できるかどうかは別。
それは現在進行形で俺が痛感している真っ最中で、鵺は絶対にそれを分かった上で言っている。
その証拠に、隣の美男子は、でしょう? と言わんばかりの表情をしている。
「坊っちゃんの、のんびりとしている性格は確実に十三代目譲りですし、特別なおさなくてはいけない部分でもないでしょうし。イチからやり直し、とでも思って頑張るしか無いですね」
「…………伸びしろがある! って思っておくことにしとく」
「はいはい」
ぽすぽす、と俺の頭を撫でながら言う鵺の表情を見上げて言えば、鵺は目尻をさげながら笑った。
残りいくらかになった階段の上を目指してひたすら走る。
時刻は午前5時すぎ。
身体は暑いし、足は重たい。
人通りなんてないし、起きているケモノだって少ない、そんな朝。
クラスメートの桂岐に保健室に運び込まれた翌日から一週間。
すでに日課になりはじめた体力作りの階段登りをこなしてはいるも、のの。
「も、無理っ」
ぜえはあ、ひゅう、と喉から変な音を出しながら、登りきった階段の上で両手をひろげて寝転がる。
冷たくて気持ちーー……
整わない呼吸のまま、空を見上げても、まだ少し暗い。
はぁぁぁぁ、と肺の中にたまった息を吐き出せば、トテトテ、よろよろ、と見慣れた自分の水筒が、前後左右へと揺れながら顔の横へと近づいてくる。
地面すれすれを、ゆらゆらよろよろと歩く水筒は、黄色と水色の配色が気に入って買ったものだ。
そして、そんな水筒の両脇には小さな白い色が見える。
「ありがとな」
水筒に触り、白色へと声をかければ、白色が水筒から離れる。
ピシッ、とその場で止まったのは、人型へと切り抜いた式神のひとつ。
一つの仕事を終えた式神が片手をあげ、くるり、と身体の向きをかえ、母屋に向かって歩き出す。
その後ろ姿を眺めながら、式神に運んでもらった水筒に口をつけた。
「ある程度、使えるようにはなってきましたね、坊っちゃん」
朝のランニングを終え、風呂に浸かっていれば、顔を覗かせた鵺が、満足そうに言う。
「なんとなく、こんな感じっていうのが見えた気がする」
「それは何よりです」
広い浴室の入口に寄りかかって立ちながら話す鵺の言葉に、「お、褒められた?」と聞けば、ただただ鼻で笑われる。
桂岐に保健室に運びこまれたあの日。
自分の中にいた遠い遠いご先祖様、吉備真備さんと話したあの日。
自分の中の、なにか、に「早くしろ」と急かされている、ような。
突き動かされている、みたいな感覚になった。
全くもって慣れてもいない式を使った術を駆使して、俺はその日に二回目の立ち眩みを起こして、じいちゃんにも、鵺にも白澤にも怒られたんだけど。
「急いでやらなきゃいけない気がするんだよ」
そう告げた俺を、誰も笑うこともなく。
じいちゃんに至っては「焦ってもいいことは全くないからのう。これは儂の経験談じゃよ、真備」とけらけら笑っていた。
「焦ってもいいことはない、ねぇ……」
じいちゃんの言葉を反復した俺に、鵺が「そうでしょうね」と頷く。
「十二代目といい、坊っちゃんといい、何故だか貴方たちは焦ると失敗することが多いですからね。十三代目を見習って欲しいところですよ」
「父さん?」
「ええ。まあ肝が座っているのは先祖代々とも、いえますが」
「へえぇ。あんまり想像つかないけど。怒ってるとこすら見たことないし」
「十三代目もちゃんと怒りますよ? 普段が温厚ですからね。十二代目が本気で謝るくらいには怒りますね」
「そなの?!」
鵺の言葉に思わず立ち上がれば、お湯がザバァと音をたてる。
「そんなに驚くところです? 坊っちゃん、十三代目の息子でしょうに」
時間ですよ、と言った鵺が、手に持っていたタオルをこちらに向けながら俺を呆れたように見やる。
「サンキュ。いや、俺、父さんに怒られたことないし。いつもぽやんとしてんじゃん。それに父さん、どっちかといえばド天然だし」
「ド天然なのは同意ですね。まあ昔はもっとでしたが……大人になって少し収まったというか……すみれさんがしっかりとしているからどうにかなっているというか」
「ああ……うん。母さんは……すごい」
うん、と普段の二人の様子を思い浮かべながら頷けば、「ええ」と鵺も関心したようにうなずいている。
「何というか、絶妙にバランス取れてるんだよな、うちの両親」
「バランスが取れているかどうかは分かりませんが、十三代目がいまの今まで現代で生きていられているのは、確実にすみれさんのおかげでしょうね」
「そなの?」
「あんなにも強運な女性は、あまりお見かけしたことはありませんね」
「でも、俺ん家、億万長者とかじゃ無いじゃん。宝くじとか当たらないし」
「そりゃそうでしょうね。すみれさん自身が買わないですから」
「えー」
受け取ったタオルで全身の水滴をふきとり、用意をしておいた着替えに袖を通し、まだ少し濡れたままの髪はそのままに、首元にタオルをひっかけて風呂場から出る。
「坊っちゃん、まだ髪が乾いてませんが」
「ご飯食べてる間に乾くって」
「知りませんよ? 怒られても」
「ダイジョーブだいじょーぶ」
ひらひら、とタオルの裾を振りながら言えば、鵺がまったく、と小さなため息をともに呟く。
「そういえばさ、さっきのやつさ」
「さっきのとは?」
「うちの家系は焦ると失敗しがち、のやつ」
「ああ、あれですか。聞きたいのですか?」
「うん。聞きたい。呪術関係で父さんはあんまり自分の話してくれないし」
「まあ、十三代目は不要なプレッシャーというものを背負いこんでいましたしね」
「やっぱり爺ちゃんが関係してる?」
「そりゃあしてますよ。力も微弱な弱小の人間で血の繋がりしか持たぬ者たちからも、色々と言われてきましたからね」
「なるほど……」
「ですが、まあ腐ってもあの十二代目の息子ですから。十三代目は、呪術の力が弱い代わりに、頭脳や人脈でカバーをしてきたのですよ」
「そなの?」
「ええ。むしろ知略の面で言えば、当代きっての能力かもしれませんね」
「え、意外」
ふふ、でしょう? と愉快そうに鵺は笑う。
「まあ、ですが、もしかすると少しくらいは坊っちゃんにも伝わっているんじゃないですかね。多分ですけど」
「……たぶん」
「それに、教わっていたとしてもそれを活かすも殺すも坊っちゃん次第でしょう?」
「……言われてみれば確かに」
たとえ教わっていたとしても実践できるかどうかは別。
それは現在進行形で俺が痛感している真っ最中で、鵺は絶対にそれを分かった上で言っている。
その証拠に、隣の美男子は、でしょう? と言わんばかりの表情をしている。
「坊っちゃんの、のんびりとしている性格は確実に十三代目譲りですし、特別なおさなくてはいけない部分でもないでしょうし。イチからやり直し、とでも思って頑張るしか無いですね」
「…………伸びしろがある! って思っておくことにしとく」
「はいはい」
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