盈月の約束    ー 陰陽師見習いの男子高校生には、吉備真備の魂に刻まれている ー

渚乃雫

文字の大きさ
22 / 42
第一部

第22話 契約の意味

しおりを挟む
「……なんか、不思議な感覚だなぁ……」

 いつもの街だけど、目を凝らせば違うものに視えてくる。
 それと、なぜだかわからないけど、ぬえの足の間に座らせられ、肩には鵺の顎がのせられている。

「慣れればそれが普通の感覚になるそうですよ。っちゃんたちでも」
「俺たちでも……? ってことは鵺は普段から視えてる?」
「むしろどれが視えていて、どれが視えていないものなのかが分かりにくいとも言えますが。坊っちゃんに関しては何となく分かりますけど」
「そなの?」
「そりゃあ、坊っちゃんが生まれた時から一緒にいますし」
「……というと?」
「視線を追いかけていれば何となく分かりますね」
「なるほど」
「……まあ……でも」
「?」

 でも、と言ったあと、鵺の言葉が止まる。

「鵺?」

 頭を少し動かして、顔を見ようとするも、思った以上に動かない。

「貴方は、本当はもっと力があるんですよ。坊っちゃん」
「……どういうこと?」

 ぼそり、と呟いた鵺の言葉に、思わず問いかければ、鵺の手が俺の手を掴む。

「坊っちゃん、私を誰だと思っているんです?」
「え、鵺じゃなくて?」
「そうです。人間が言う伝説の妖怪、ってやつですね。強いですよ。私」
「うん?」

 何が言いたいのか。
 話の意図がつかめずに、無理やりに顔を動かせば、少しだけ鵺が不機嫌そうな顔をしている。

「この私が、弱い人間につくと思っているわけでは無いでしょう?」
「でも」

 そう問いかけられた言葉に、『あの人』の存在が頭をよぎって、言葉が止まる。
 そんな俺に、鵺の片手が俺のおでこをペシリ、と叩く。

「まったく。坊っちゃんは自分を過小評価しすぎなんです」
「……って言われてもなぁ……」

 実感も実績もない。
 今の俺は中級妖怪も立ち向かえない見習い陰陽師なわけで。
 ついさっきも倒れかけたばかりだし、これで自信を持てと言われても。

 その意味をこめて、そう呟けば、おでこの当てられていた鵺の手が、俺の頭を少し後ろに倒す。

「坊っちゃん。妖かしと陰陽師との契約の意味は、覚えていますよね?」
「うん。真名を交わし、その者に仕え、その者の力となり、その者と共に生きる。そのモノ本当の名、真名を聞き、真名で契約を結ぶ、だろ?」
「……まあ、合っているといえば合っていますが……」
「違うの?」
「力の授受、という意味もあるんですよ」
「力のジュジュ?」
「主の力を借りる、主に力を貸す、って意味です」
「護る、護られる、ってこと?」
「そうとも言いますね。極端に言えば妖かしを支配下におくもの」
「支配下……」

 鵺の言葉を、小さく繰り返せば、「そうです」と鵺が答える。
 陰陽師の呪力によって、妖かしを支配下におく。
 それは、自由を好む彼らには、とてつもなく、不快なものなのでは。
 その考えに行き着いた俺に、「坊っちゃん」と鵺の声が聞こえる。

「私も白澤はくたくも、決して嫌々あなたと契約したわけではありませんよ」
「でも」
「それに、まあ嫌だったら全力で拒みますし」

 それでもダメだったら?

 その問いかけを、声に出せずにいた俺に、鵺の手がおでこから離れ、俺の手に触れる。

「それなら、真名を教える前に選びます」
「選ぶ?」
「ええ。自分が死ぬか、相手を殺すか、ですね」
「……思った以上に物騒だった」
「それはそうでしょう? では、坊っちゃんは、自分の憎む相手に、自身の生死を握られるとなったら、どうします?」
「それは……」
「坊っちゃん」
「なに」
「皆がみな、心優しき者ではない。貴方ならこの意味は分かるでしょう?」
「ん」

 すべての人間が正しいわけでは無い。優しいわけでもない。それは人の世界に生きる自分も身に沁みて知っていることだし、強すぎる力が、破滅の道を切り開くことも、幼い頃から幾度となく聞かされてきた。

「ですから、私も白澤も、貴方だから選んだんです。自分の、あるじとなる人間を」

 するり、と鵺の少し大きい両手が、俺の両手をすっぽりと包む。

 でも、本当は。
 そう言いかけた言葉が止まる。

『俺』ではなく、俺の中に眠る『あの人』と契約したはずだったのではないか。
 本当は、あの人を護るためだったのでは。
 本当は、俺じゃないほうが

「坊っちゃん」
「……なに」

 きゅ、きゅ、と握られる鵺の手の温かさに、自分の体温が下がっていたことに気がつく。

「私は強欲な妖かしなんです」
「……うん?」
「なので、どちらか片方なんて選びませんよ」
「それって」
「なので」
「なので?」

 鵺の言葉に、落ちていた視線を動かせば、鵺の少し切れ長な目が俺を見る。

「少しでも私が楽ができるように、坊っちゃんも修行がんばってくださいね」
「なんだそれ」
「当たり前でしょう? いくら坊っちゃんの力が本当はもっと強いとはいえども、私は不要な労力も苦労も御免ですね」
「……ふはっ、鵺らしい」

 口は悪いけど、自分で自分の身を守れるように頑張れ、とそう言った鵺の目元は、ほんの少しだけ優しい。
 ふくく、と小さく笑い声をこぼせば、「坊っちゃん」と穏やかな鵺の声が続く。

「私は、っちゃんだから、契約をしたのですよ」
ぬえ……」
「もう言わないですからね。しっかりと覚えておいてくださいね」

 じい、と見つめられる瞳は、揺るがない。

「それに、坊っちゃん。そろそろ本気を出さないと、マジで死にますよ?」

 さらりとそう言った鵺に、「……うそぉ」と呟けば、鵺はただただ、ニコリといい笑顔を浮かべた。


「じゃ、試しにやってみましょうか」
「え」
「何事も実践あるのみ、と言うじゃないですか」
「え、待って、失敗したら」
「失敗したら私が薙ぎ祓えばいいだけの話です」
「物理攻撃?!」

 祓詞がダメならそりゃ物理でしょう、とさも当たり前のような顔をして言う鵺に、そういや鵺は、基本めんどうくさがりだった、と思い出す。

「大丈夫です、って。これくらいなら坊っちゃんでも出来ます」
「……本当かなぁ……」
「疑り深いですねぇ」
「や、だって、やったこと無いし」

 はい、と手渡されたのは、小さな酒瓶と、昨日の夜、白澤に出された宿題、というか祓詞用の札。
 どうやらバイクの荷台に積んでいたらしい。

「ここの澱みは、あの黒い靄、あれが原因?」
「ええ。放っておけばあれは拡がり、人へモノへと伝染うつる。それを祓うのが、陰陽師や、宮司、僧侶たちの仕事です」
「……でも俺、見習いでは……」
「大丈夫ですよ。坊っちゃんですし。それに十二代目と十三代目からもゴーサイン出てますし」
「めちゃくちゃ外堀埋まってる」
「人間追いつめられたほうが良いって言うじゃないですか」
「言わないだろ?!」
「ほらほら。早くしないと夕飯に間に合わないですよ」
「ああ、もう!!」

 ぐいぐいと背中を押してくる鵺に、「出来なくても怒るなよ?!」と半ばヤケクソになりながら言えば、鵺は笑顔でひらひらと片手を振ってくる。

 そんな鵺に、はああ、と大きくため息を吐いたあと、瞬きを一回だけ、繰り返す。

 前を向き、息を吸い。
 願うは、この場所の、穢れを祓うこと。

「掛けまくも、畏きイザナギの」

 ー 「手遅れになる前に祓うのは、坊っちゃんたち、視えるものたちにしか、出来ないことです」

 幼いころから聞いていた、父さんや、爺ちゃんたちの声が、重なっているような気がする。

 パキッ、と開けた小瓶の蓋の音が、やけに耳に残った。

























しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

月華後宮伝

織部ソマリ
キャラ文芸
★10/30よりコミカライズが始まりました!どうぞよろしくお願いします! ◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――? ◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます! ◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...