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第二部
第31話 この始まりは騒がしい。
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「……身体、おっも……」
「大丈夫ですよ。坊っちゃんならすぐに慣れますって」
「……ねぇ普通、こういうのって、うわ! 俺の身体じゃないみたい! 超軽い! みたいになるんじゃないの……」
「まぁある意味で自分の身体じゃないみたいでしょう?」
「……いやまあ……うん」
のしかかる見えない重力、というか呪力? に、息をするのすら気怠くて、だらり、と床へと手足を放り出せば、近くに座った馨結がハタハタと扇で風を送ってくれる。
「主、気怠い以外には何か不調はありますか?」
「んや……」
心配、と思い切り顔にだしながら、俺の顔を覗き込む滉伽の額から、目尻に、この前同様に、蔦のような紋様が赤く光を帯びた模様が見える。
じい、とその模様に目をとられていれば、「主?」と滉伽が不安そうな顔と声色で俺を呼ぶ。
「やはり何処か具合が」
「……んーん。身体は大丈夫。それよりも」
重たい腕をなんとか動かして、滉伽の模様のあたりに手を寄せれば、滉伽が手に寄ってきてくれる。
「前も思ったんだけど」
「はい」
「……コレ、綺麗だよね」
つつ、と指先で少し模様をなぞれば、滉伽がくすぐったそうに笑う。
「幼い頃の貴方もよく、この模様に触れていたんですよ」
「……そなの?」
「ええ」
ふふ、と嬉しそうに笑う滉伽に、覚えてないなぁ、とぼんやりと考えれば、それすらも彼はお見通しのようで、くすくす、と静かな笑い声をこぼす。
「それに、馨結の目元にも、よく触れてました」
「……なるほど」
たぶん、この影響だろうなぁ。
俺が朱色と赤色が好きなのって。
そんなことを考えながら、ふたりを見ているとふと、目の端にふよふよと何かが浮かんでいるのが見える。
何だ、これ。
そう思い目で追いかけていれば、それはするすると形を変え、紐のようなカタチにかわる。
その先を目で追いかけていけば、それは馨結の扇から流れてきているようで、視線がそこで止まった。
「坊っちゃん」
「ん?」
「視え方が変わったみたいですね」
ふふ、と笑いながら言った馨結に、「そうかも」と呟けば、馨結は楽しそうに笑う。
「同じかどうかは分かりませんが、大体は十二代目と同じ視え方になっていると思いますよ」
「じいちゃんと?」
「はい。ああ、でも、真備のほうが近いかもしれません」
「……そうなんだ」
ぽふ、ぽふ、と扇から送られてくるたんぽぽの丸い綿毛みたいなものをぼんやりと眺めながら、あの人のことを少し考える。
同じ名前を持つ人。
大昔に、大陸へ遣唐使として渡った人。
真備さんの、あの声。
「慣れるまでに時間はかかるでしょうが、じきに気にならなくなるだろう、と十二代目が」
「あー……うん、なるほど」
つらつらと考え出した俺を見透かすように、馨結がさらに綿毛もどきを投げてくる。
どうやら妖かしが視えることにプラスして、妖力の流れ的なのも視えるようになった、らしい。
その上、それも見慣れてしまえば気にならない、と。
「ま、視えてるだけじゃ、視えてないのと同じですけどね」
「……どのみち努力は必須、と」
「当たり前でしょう?」
ぽすん、と小さな妖力の塊を俺に当てながら馨結は言う。
「じゃなければ、貴方たち人間は陰陽寮なんてものを作って、あーだこーだやったりしないでしょう?」
「ねぇそれ約千年前の話……」
「千年なんて我々にしたらちょっと昔、くらいですよ」
「おおぅ……」
妖かしと人間の体感時間は違うと、二人から何度も聞いてはいるけれど、千年がちょっと昔、ねぇ……
「あ、ねぇ、そういえばさ」
「はい」
「未来って、視えたりすんの?」
ふいに、頭に思いついた疑問を口にすれば、一瞬、馨結の動きが止まる。
「え、と……聞いちゃダメなやつ?」
「坊っちゃん」
「え、あ、はい」
「例え未来が視えたとしても、それは良いことであるとも限らないんですよ?」
ビクビクしながら問いかけた俺は、馨結の言葉に、「まぁ、確かに」と思わず頷く。
「もしかしたら坊っちゃんが定期テストで赤点を取る未来しか見れないかも知れませんし」
「え、それすげぇやなやつじゃん!」
「未来視なんて、見たいものが見れるわけでもないですし」
「そうなんだ?」
「ええ。ですから、勉強もちゃんとやってください」
「うぇぇ……」
ぺちん、と少し固くなった綿毛もどきが、おでこに当たる。
「ちぇー。じゃあ俺に彼女が出来るとか出来ないとか、そういうのも分かんないのかぁ」
ぶーぶー、と唇を尖らせながら言えば、「それは坊っちゃんの努力次第ですね」と馨結は笑う。
「いいじゃないですか。人にはモテないかもしれませんが、坊っちゃんは妖かしにはモテモテですよ? 選び放題じゃないですか。人にはモテないかもですが」
くっくっ、と笑いを噛み締めながらいう馨結に、「良くないし! てか2回も言うなよ!」と返せば、馨結はさらに笑う。
「主」
ふいに、黙って話を聞いた滉伽が俺を呼ぶ。
「ん?」
「無抵抗に視えてしまったものは、どうにもなりませんが、わたしも馨結同様どうかは、未来視については、おすすめできません」
少し悲しそうな顔をしながら、滉伽は言う。
「過去の人間たちと、主は違う。けれど、それを、未来視を出来ること、万が一にも悪い人間たちに利用されてしまったら、主は心を痛めるでしょう? ですから」
「ま、わるぅーい人間なんて、私たちからしてみれば一捻りですけどね」
「馨結……まぁ……そうですけど、そうではなくて」
軽いノリで怖いことを言い出した馨結を、滉伽がたしなめる。
「でもまぁ」
「なんです?」
「未来なんて何が起こるか分からない。だから面白いのです。そうでしょう? 坊っちゃん」
にやり、と笑いながら問いかけてきた馨結に、まぁそうかもなぁ、なんて思いながら、未来視について考える。
考える、けど。まぁ、ぶっちゃけ何も分からないから思い浮かばないというか。
「ま、今日の夕飯も分かんないほうが、楽しみではあるもんね」
夕飯が何か、なんて分かってしまったらつまらない日もある。
そんな事を思いながら言った俺に、馨結と滉伽はきょとんとした表情を浮かべたあと、ふたりとも笑い声をこぼす。
そんな風に、穏やかにゆるやかに過ごした翌日の早朝。
やけに早くに目が覚めて、水を飲みに行こうかと部屋の扉をあけた瞬間。
「主!!」
突然、姿をあらわした滉伽が、グンッ、と俺を引き寄せる。
「おわッ?!」
何なになに?!
驚きのあまりに、声をあげた次の瞬間。
ーー ドォォォン
大きな爆発音とともに、ぐらり、と地面が揺れた。
「え、な、何なに?!」
何事?!
滉伽に抱きかかえられたまま、あたりを見回すものの、特に何かが倒れたりした様子はない。
けれど。
ぬめ、と足元に走った悪寒に、ひゅ、と息を吸い込めば、瞬間に滉伽と馨結の気配があたりに広がる。
「主、術を」
「え、あ、うん」
この気持ち悪いのを散らすもの。
空気清浄機のような機能を思い浮かべ、パッ、と印を組む。
まだ覚えたてだけど、俺が確実に使えるもの。
それを頭の中で組み立て、口を開く。
「水式――清冽」
「木式――疾風」
ーー 冽風!
言葉にした瞬間に、ぶわり、とひんやりとした風があたり一面に広がる。
と同時に、足元に走った悪寒の元が、ジュッ、と音をたてて消える。
気配をさぐってみても、あの気持ち悪い感覚はこのあたりにはもう感じない。と思う。
「……成功、だよね?」
自信がなくて、恐る恐る滉伽を見上げれば、「ばっちりです」と滉伽は笑う。
その様子に、ホッと息をつけば、「坊っちゃん」と馨結の声が聞こえた。
「あ、おかえり」
「十三代目も奥様もご無事ですよ。もちろん十二代目も」
「……良かった」
真っ先に聞こうとしたことを、馨結が先に答えてくれて、大きく息を吐き出す。
俺の力の制限を外すときに、馨結と滉伽にお願いをしたこと。
それは、父さんと母さん、それからじいちゃんの身を護って欲しいということ。
ふたりとも「俺が最優先」であることは譲らないらしく、だいぶ渋ってはいたけど、どちらかが必ず俺につくこと。ください。とにかく早く一つでも多く、俺が術を身につけることを条件に、了解してもらった。
ある日突然、お前は凄いんだ、なんて言われたって困惑しかないし、本当に実感もないけども。
それでも、
馨結と滉伽のふたりに、ずっと、ずっと護ってもらってきたことを、俺は誰よりも何よりも知っているから。
俺が一人前の陰陽師になることが、ふたりのためになるなら、
死ぬ気で頑張ろう。
そう決めたのだ。
決めたのだけども。
「一体なにが……」
「分かりません。ですが、坊っちゃん。ひとまずは、十二代目のところへと向かいましょうか」
「……うん」
「あ、お待ちください、主」
「うん?」
「せめて、着替えてからにしましょう」
「え、あ、うん」
歩きだそうとしていた馨結が、滉伽の言葉に、ああ、そういえば、と言わんばかりの顔で立ち止まる。
「では、私は先に行ってますね」
「うん、分かった」
「滉」
「ええ」
言葉少なめに、馨結と滉伽が視線をかわす。
その様子に、ほんの少しだけ、胸の中に、嫌なざわつきが広がった。
「大丈夫ですよ。坊っちゃんならすぐに慣れますって」
「……ねぇ普通、こういうのって、うわ! 俺の身体じゃないみたい! 超軽い! みたいになるんじゃないの……」
「まぁある意味で自分の身体じゃないみたいでしょう?」
「……いやまあ……うん」
のしかかる見えない重力、というか呪力? に、息をするのすら気怠くて、だらり、と床へと手足を放り出せば、近くに座った馨結がハタハタと扇で風を送ってくれる。
「主、気怠い以外には何か不調はありますか?」
「んや……」
心配、と思い切り顔にだしながら、俺の顔を覗き込む滉伽の額から、目尻に、この前同様に、蔦のような紋様が赤く光を帯びた模様が見える。
じい、とその模様に目をとられていれば、「主?」と滉伽が不安そうな顔と声色で俺を呼ぶ。
「やはり何処か具合が」
「……んーん。身体は大丈夫。それよりも」
重たい腕をなんとか動かして、滉伽の模様のあたりに手を寄せれば、滉伽が手に寄ってきてくれる。
「前も思ったんだけど」
「はい」
「……コレ、綺麗だよね」
つつ、と指先で少し模様をなぞれば、滉伽がくすぐったそうに笑う。
「幼い頃の貴方もよく、この模様に触れていたんですよ」
「……そなの?」
「ええ」
ふふ、と嬉しそうに笑う滉伽に、覚えてないなぁ、とぼんやりと考えれば、それすらも彼はお見通しのようで、くすくす、と静かな笑い声をこぼす。
「それに、馨結の目元にも、よく触れてました」
「……なるほど」
たぶん、この影響だろうなぁ。
俺が朱色と赤色が好きなのって。
そんなことを考えながら、ふたりを見ているとふと、目の端にふよふよと何かが浮かんでいるのが見える。
何だ、これ。
そう思い目で追いかけていれば、それはするすると形を変え、紐のようなカタチにかわる。
その先を目で追いかけていけば、それは馨結の扇から流れてきているようで、視線がそこで止まった。
「坊っちゃん」
「ん?」
「視え方が変わったみたいですね」
ふふ、と笑いながら言った馨結に、「そうかも」と呟けば、馨結は楽しそうに笑う。
「同じかどうかは分かりませんが、大体は十二代目と同じ視え方になっていると思いますよ」
「じいちゃんと?」
「はい。ああ、でも、真備のほうが近いかもしれません」
「……そうなんだ」
ぽふ、ぽふ、と扇から送られてくるたんぽぽの丸い綿毛みたいなものをぼんやりと眺めながら、あの人のことを少し考える。
同じ名前を持つ人。
大昔に、大陸へ遣唐使として渡った人。
真備さんの、あの声。
「慣れるまでに時間はかかるでしょうが、じきに気にならなくなるだろう、と十二代目が」
「あー……うん、なるほど」
つらつらと考え出した俺を見透かすように、馨結がさらに綿毛もどきを投げてくる。
どうやら妖かしが視えることにプラスして、妖力の流れ的なのも視えるようになった、らしい。
その上、それも見慣れてしまえば気にならない、と。
「ま、視えてるだけじゃ、視えてないのと同じですけどね」
「……どのみち努力は必須、と」
「当たり前でしょう?」
ぽすん、と小さな妖力の塊を俺に当てながら馨結は言う。
「じゃなければ、貴方たち人間は陰陽寮なんてものを作って、あーだこーだやったりしないでしょう?」
「ねぇそれ約千年前の話……」
「千年なんて我々にしたらちょっと昔、くらいですよ」
「おおぅ……」
妖かしと人間の体感時間は違うと、二人から何度も聞いてはいるけれど、千年がちょっと昔、ねぇ……
「あ、ねぇ、そういえばさ」
「はい」
「未来って、視えたりすんの?」
ふいに、頭に思いついた疑問を口にすれば、一瞬、馨結の動きが止まる。
「え、と……聞いちゃダメなやつ?」
「坊っちゃん」
「え、あ、はい」
「例え未来が視えたとしても、それは良いことであるとも限らないんですよ?」
ビクビクしながら問いかけた俺は、馨結の言葉に、「まぁ、確かに」と思わず頷く。
「もしかしたら坊っちゃんが定期テストで赤点を取る未来しか見れないかも知れませんし」
「え、それすげぇやなやつじゃん!」
「未来視なんて、見たいものが見れるわけでもないですし」
「そうなんだ?」
「ええ。ですから、勉強もちゃんとやってください」
「うぇぇ……」
ぺちん、と少し固くなった綿毛もどきが、おでこに当たる。
「ちぇー。じゃあ俺に彼女が出来るとか出来ないとか、そういうのも分かんないのかぁ」
ぶーぶー、と唇を尖らせながら言えば、「それは坊っちゃんの努力次第ですね」と馨結は笑う。
「いいじゃないですか。人にはモテないかもしれませんが、坊っちゃんは妖かしにはモテモテですよ? 選び放題じゃないですか。人にはモテないかもですが」
くっくっ、と笑いを噛み締めながらいう馨結に、「良くないし! てか2回も言うなよ!」と返せば、馨結はさらに笑う。
「主」
ふいに、黙って話を聞いた滉伽が俺を呼ぶ。
「ん?」
「無抵抗に視えてしまったものは、どうにもなりませんが、わたしも馨結同様どうかは、未来視については、おすすめできません」
少し悲しそうな顔をしながら、滉伽は言う。
「過去の人間たちと、主は違う。けれど、それを、未来視を出来ること、万が一にも悪い人間たちに利用されてしまったら、主は心を痛めるでしょう? ですから」
「ま、わるぅーい人間なんて、私たちからしてみれば一捻りですけどね」
「馨結……まぁ……そうですけど、そうではなくて」
軽いノリで怖いことを言い出した馨結を、滉伽がたしなめる。
「でもまぁ」
「なんです?」
「未来なんて何が起こるか分からない。だから面白いのです。そうでしょう? 坊っちゃん」
にやり、と笑いながら問いかけてきた馨結に、まぁそうかもなぁ、なんて思いながら、未来視について考える。
考える、けど。まぁ、ぶっちゃけ何も分からないから思い浮かばないというか。
「ま、今日の夕飯も分かんないほうが、楽しみではあるもんね」
夕飯が何か、なんて分かってしまったらつまらない日もある。
そんな事を思いながら言った俺に、馨結と滉伽はきょとんとした表情を浮かべたあと、ふたりとも笑い声をこぼす。
そんな風に、穏やかにゆるやかに過ごした翌日の早朝。
やけに早くに目が覚めて、水を飲みに行こうかと部屋の扉をあけた瞬間。
「主!!」
突然、姿をあらわした滉伽が、グンッ、と俺を引き寄せる。
「おわッ?!」
何なになに?!
驚きのあまりに、声をあげた次の瞬間。
ーー ドォォォン
大きな爆発音とともに、ぐらり、と地面が揺れた。
「え、な、何なに?!」
何事?!
滉伽に抱きかかえられたまま、あたりを見回すものの、特に何かが倒れたりした様子はない。
けれど。
ぬめ、と足元に走った悪寒に、ひゅ、と息を吸い込めば、瞬間に滉伽と馨結の気配があたりに広がる。
「主、術を」
「え、あ、うん」
この気持ち悪いのを散らすもの。
空気清浄機のような機能を思い浮かべ、パッ、と印を組む。
まだ覚えたてだけど、俺が確実に使えるもの。
それを頭の中で組み立て、口を開く。
「水式――清冽」
「木式――疾風」
ーー 冽風!
言葉にした瞬間に、ぶわり、とひんやりとした風があたり一面に広がる。
と同時に、足元に走った悪寒の元が、ジュッ、と音をたてて消える。
気配をさぐってみても、あの気持ち悪い感覚はこのあたりにはもう感じない。と思う。
「……成功、だよね?」
自信がなくて、恐る恐る滉伽を見上げれば、「ばっちりです」と滉伽は笑う。
その様子に、ホッと息をつけば、「坊っちゃん」と馨結の声が聞こえた。
「あ、おかえり」
「十三代目も奥様もご無事ですよ。もちろん十二代目も」
「……良かった」
真っ先に聞こうとしたことを、馨結が先に答えてくれて、大きく息を吐き出す。
俺の力の制限を外すときに、馨結と滉伽にお願いをしたこと。
それは、父さんと母さん、それからじいちゃんの身を護って欲しいということ。
ふたりとも「俺が最優先」であることは譲らないらしく、だいぶ渋ってはいたけど、どちらかが必ず俺につくこと。ください。とにかく早く一つでも多く、俺が術を身につけることを条件に、了解してもらった。
ある日突然、お前は凄いんだ、なんて言われたって困惑しかないし、本当に実感もないけども。
それでも、
馨結と滉伽のふたりに、ずっと、ずっと護ってもらってきたことを、俺は誰よりも何よりも知っているから。
俺が一人前の陰陽師になることが、ふたりのためになるなら、
死ぬ気で頑張ろう。
そう決めたのだ。
決めたのだけども。
「一体なにが……」
「分かりません。ですが、坊っちゃん。ひとまずは、十二代目のところへと向かいましょうか」
「……うん」
「あ、お待ちください、主」
「うん?」
「せめて、着替えてからにしましょう」
「え、あ、うん」
歩きだそうとしていた馨結が、滉伽の言葉に、ああ、そういえば、と言わんばかりの顔で立ち止まる。
「では、私は先に行ってますね」
「うん、分かった」
「滉」
「ええ」
言葉少なめに、馨結と滉伽が視線をかわす。
その様子に、ほんの少しだけ、胸の中に、嫌なざわつきが広がった。
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