13 / 16
第11話 物置部屋のメガネ姫
しおりを挟む
扉の先には、宮中が想像するよりも広い空間が広がっていた。
約7帖ほどあるこの部屋は、物置部屋であった面影を思い起こさせる。
倉庫などに置かれていそうな無機質なパイプ棚に、図工室によくある木製の長机。
清潔感はあるのにまだどこか埃臭さが感じられるのが、いかにも物置部屋であることを彷彿とさせる。
「…ここは一体」
「事務室?的な」
未だに扉の前で委縮している宮中に座れと言うかのように、長机のパイプ椅子を指さす。
促されるままギッと真新しい椅子に腰かける。
対面には、年季の入った長机とは似つかわしくないノートパソコンが、置かれていることに今更気づく。すると、パソコン画面の背からぬっと誰ともわからない頭が現れた。
「ど、ども」
一瞬、心臓が飛び跳ねたが平静を装い簡単な挨拶を条件反射で投げかける。
唐突に現れた頭の正体である男が、メガネのフレームを整え直す。
机に突っ伏して寝ていたのか顔の右頬はほんのり赤くなっている。
細いメガネのフレームから見える切れ長な目と目が合う。目の前のメガネ男はにこりともせず、軽く会釈を返す。
「なんだ、いたの」
「お前が来る前からいた。毎回同じこと言うの面倒だからそろそろやめろ」
藤代は特段驚いた様子はなく、初めからいたのは知っていたらしい。
2人は互いに目を合わせて会話を交わすことはなく、藤代は窓際のデスクの引き出しの中を漁っている。
「あった」
なんとなく目の前にいるメガネ男とも目が合わせられずにいた。沈黙が苦しくなって冷や汗が出てくる。すると、横から唐突に朱肉とA4用紙が滑ってきた。
見覚えのある紙切れに、宮中は契約書の存在を思い出す。
「名前を書いたら、この印ってところに何を押せばいいんですか?」
「親指を朱肉につけてハンコみたいに押す」
そんなことも知らないのかと、小言を吐いてくる藤代を受け流し、丁寧に右手の親指全体を朱肉につける。やったことのない一連の動作に変に緊張したのか、宮中はまたゆっくり丁寧に左手で右手首を支え、紙に親指を強めに押し付ける。
「おめ」
なんとか押し終えて、ため息をふっとこぼす。
そんな宮中とは裏腹に藤代は、拇をし終えたばかりの紙を素早く奪うように取る。
きちんと書けているかどうか手を腰に当てながら偉そうに確認している。
「あざ」
先ほどのぶっきらぼうな発言に苛立ちを覚えた宮中は、お返しに舐め切った返事を返してやる。
「お前ハンコを押してやったとでも思ってるんだろ」
「思ってない思ってないです」
こめかみ辺りを人差し指でぐりぐりとされる。
宮中は指から避けようとして、後ろに大きくのけぞった。
「んじゃ、改めて」
メガネ男の隣の席にすとんと腰を下ろし、手を横の男の方に向け促す。
宮中はこめかみをさすっているのに、我関せずといった感じだ。
「政策学部2年の白木雪次、よろしく」
「よろしくって?」
つい先ほど書いた契約書を含め、今一つ理解できてない宮中。
真ん前にいる2人を交互に見やる。
「こういうのなんて言えばいいんだ?同僚?」
「会社じゃないんだから違うだろ」
「それじゃあ姫は案あんのかよ」
「…メンバーとか」
「ありきたりじゃん」
「あのぉ」
やいのやいのと姦しく言い合っているのにそろそろ飽きてきたので、控えめに会話を遮る。
「昨日先輩が説明していた内容は何となく覚えてます。ここで学生相談をしてるって」
「うーん、概ねそんな感じ。主に電話で匿名相談を受けてるけど、直接相談をしに来る人もいる」
「先輩はこの活動をボランティア精神でやってるわけじゃなく、面白い奴を見つけるためだと言ってましたけど、あんましピンときてないっていうか」
「そうだな、自分でもよくわかってない」
「俺は知ってる、気が合うと――」
「うるさいな、姫の目的言うぞ」
腕を組んでそっくり返っていた藤代は、ものすごい剣幕で隣の白木をきつく睨みつけ言葉を被せる。
白木は全く動じなかったが、その先は喋らなかった。
「別に俺は真っ当な目的だから恥ずかしくない。政策学部では社会科学系全般を学んでいるんだが、その中でも経営学中心に研究をしてる」
宮中の目をまっすぐと見据えて、真剣な面持ちで話す。
「実家の事業を拡大するという目標がある。卒論も”顧客需要傾向”を主題にしてるし、その為にもデータが欲しいからここに所属しているといった感じ」
「こいつの実家、惣菜屋なんだよ。んで、ここに来る相談者に自分で作ったアンケートフォームサイトに色々記入させてんの」
「協力してもらってるって言え、人聞きの悪い。できるだけ多くのデータを取るためにSNSを利用したり、街頭で直接声かけてアンケート取ったりする方法もあるけど、それはそれで面倒だから…」
「ただ単にコミュ障だからじゃん」
せっかく白木が言葉を濁しているのに、お構いなしに建前を壊す。
「…精神的負担も考慮していい方法であるし、尚且つ俺は藤代と違ってボランティア精神も多少なりともあるから」
白木はわざとらしく咳払いをし、仕返しのつもりで憎まれ口をたたく。
「人聞きの悪いのはどっちだよ」
「要するに、志が高いか高くないかってことですね」
「話聞いてた?」
正直、宮中は途中から2人の目的などどうでもよくなっていた。
話半分に聞いてた節があるので、適当にまとめる。
「合ってる」
白木は大きくうなずき、心なしか嬉しそうだ。
「巷では意識高い系っていうんだぞこれ」
これ、と言って白木の肩を揺らす。
「藤代先輩の目的は曖昧で未だに全くわかりませんが、白木先輩は筋が通っててより多くのデータを取るために、自分なりに頑張っているってことじゃないですか。ちょっと尊敬しちゃいました!」
「あー、はいはい。もう白木の方が立派でいいよ」
投げやりに話題の流れを止める。
――子供っぽいな、割かし。
今までの会話を聞いてて十分に感じていたが、改めて藤代の意外な一面を見てくすっと笑う。
「…さっそくだけど」
どうやら、話題の流れを止めたのは次の話題を話したかったからのようだ。
約7帖ほどあるこの部屋は、物置部屋であった面影を思い起こさせる。
倉庫などに置かれていそうな無機質なパイプ棚に、図工室によくある木製の長机。
清潔感はあるのにまだどこか埃臭さが感じられるのが、いかにも物置部屋であることを彷彿とさせる。
「…ここは一体」
「事務室?的な」
未だに扉の前で委縮している宮中に座れと言うかのように、長机のパイプ椅子を指さす。
促されるままギッと真新しい椅子に腰かける。
対面には、年季の入った長机とは似つかわしくないノートパソコンが、置かれていることに今更気づく。すると、パソコン画面の背からぬっと誰ともわからない頭が現れた。
「ど、ども」
一瞬、心臓が飛び跳ねたが平静を装い簡単な挨拶を条件反射で投げかける。
唐突に現れた頭の正体である男が、メガネのフレームを整え直す。
机に突っ伏して寝ていたのか顔の右頬はほんのり赤くなっている。
細いメガネのフレームから見える切れ長な目と目が合う。目の前のメガネ男はにこりともせず、軽く会釈を返す。
「なんだ、いたの」
「お前が来る前からいた。毎回同じこと言うの面倒だからそろそろやめろ」
藤代は特段驚いた様子はなく、初めからいたのは知っていたらしい。
2人は互いに目を合わせて会話を交わすことはなく、藤代は窓際のデスクの引き出しの中を漁っている。
「あった」
なんとなく目の前にいるメガネ男とも目が合わせられずにいた。沈黙が苦しくなって冷や汗が出てくる。すると、横から唐突に朱肉とA4用紙が滑ってきた。
見覚えのある紙切れに、宮中は契約書の存在を思い出す。
「名前を書いたら、この印ってところに何を押せばいいんですか?」
「親指を朱肉につけてハンコみたいに押す」
そんなことも知らないのかと、小言を吐いてくる藤代を受け流し、丁寧に右手の親指全体を朱肉につける。やったことのない一連の動作に変に緊張したのか、宮中はまたゆっくり丁寧に左手で右手首を支え、紙に親指を強めに押し付ける。
「おめ」
なんとか押し終えて、ため息をふっとこぼす。
そんな宮中とは裏腹に藤代は、拇をし終えたばかりの紙を素早く奪うように取る。
きちんと書けているかどうか手を腰に当てながら偉そうに確認している。
「あざ」
先ほどのぶっきらぼうな発言に苛立ちを覚えた宮中は、お返しに舐め切った返事を返してやる。
「お前ハンコを押してやったとでも思ってるんだろ」
「思ってない思ってないです」
こめかみ辺りを人差し指でぐりぐりとされる。
宮中は指から避けようとして、後ろに大きくのけぞった。
「んじゃ、改めて」
メガネ男の隣の席にすとんと腰を下ろし、手を横の男の方に向け促す。
宮中はこめかみをさすっているのに、我関せずといった感じだ。
「政策学部2年の白木雪次、よろしく」
「よろしくって?」
つい先ほど書いた契約書を含め、今一つ理解できてない宮中。
真ん前にいる2人を交互に見やる。
「こういうのなんて言えばいいんだ?同僚?」
「会社じゃないんだから違うだろ」
「それじゃあ姫は案あんのかよ」
「…メンバーとか」
「ありきたりじゃん」
「あのぉ」
やいのやいのと姦しく言い合っているのにそろそろ飽きてきたので、控えめに会話を遮る。
「昨日先輩が説明していた内容は何となく覚えてます。ここで学生相談をしてるって」
「うーん、概ねそんな感じ。主に電話で匿名相談を受けてるけど、直接相談をしに来る人もいる」
「先輩はこの活動をボランティア精神でやってるわけじゃなく、面白い奴を見つけるためだと言ってましたけど、あんましピンときてないっていうか」
「そうだな、自分でもよくわかってない」
「俺は知ってる、気が合うと――」
「うるさいな、姫の目的言うぞ」
腕を組んでそっくり返っていた藤代は、ものすごい剣幕で隣の白木をきつく睨みつけ言葉を被せる。
白木は全く動じなかったが、その先は喋らなかった。
「別に俺は真っ当な目的だから恥ずかしくない。政策学部では社会科学系全般を学んでいるんだが、その中でも経営学中心に研究をしてる」
宮中の目をまっすぐと見据えて、真剣な面持ちで話す。
「実家の事業を拡大するという目標がある。卒論も”顧客需要傾向”を主題にしてるし、その為にもデータが欲しいからここに所属しているといった感じ」
「こいつの実家、惣菜屋なんだよ。んで、ここに来る相談者に自分で作ったアンケートフォームサイトに色々記入させてんの」
「協力してもらってるって言え、人聞きの悪い。できるだけ多くのデータを取るためにSNSを利用したり、街頭で直接声かけてアンケート取ったりする方法もあるけど、それはそれで面倒だから…」
「ただ単にコミュ障だからじゃん」
せっかく白木が言葉を濁しているのに、お構いなしに建前を壊す。
「…精神的負担も考慮していい方法であるし、尚且つ俺は藤代と違ってボランティア精神も多少なりともあるから」
白木はわざとらしく咳払いをし、仕返しのつもりで憎まれ口をたたく。
「人聞きの悪いのはどっちだよ」
「要するに、志が高いか高くないかってことですね」
「話聞いてた?」
正直、宮中は途中から2人の目的などどうでもよくなっていた。
話半分に聞いてた節があるので、適当にまとめる。
「合ってる」
白木は大きくうなずき、心なしか嬉しそうだ。
「巷では意識高い系っていうんだぞこれ」
これ、と言って白木の肩を揺らす。
「藤代先輩の目的は曖昧で未だに全くわかりませんが、白木先輩は筋が通っててより多くのデータを取るために、自分なりに頑張っているってことじゃないですか。ちょっと尊敬しちゃいました!」
「あー、はいはい。もう白木の方が立派でいいよ」
投げやりに話題の流れを止める。
――子供っぽいな、割かし。
今までの会話を聞いてて十分に感じていたが、改めて藤代の意外な一面を見てくすっと笑う。
「…さっそくだけど」
どうやら、話題の流れを止めたのは次の話題を話したかったからのようだ。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる