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「何か手があるというの」
「それは、来てからのお楽しみということで」
「……何の用事でこの家に来たの。個人的な用事って?」
「改めてあなたに求婚をしに。ついでにご両親に挨拶をしに来ました」
「あの人たちと会ったの!?」

 昨日の今日でしょ。行動が早すぎる。しかも、あれってけっこう本気のお誘いだった??

「考えさせてって言ったわよね」
「一晩の時間をあげたでしょう」
「短すぎるわ」
「時間は限られています。悩んでいる暇はありません。そんなことに時間を取っていたら、いつまで経ってもあなたの望みは叶いませんよ」
「だとしても、結婚はする必要無いじゃない。……そうよ、必要ないことをわざわざする必要ないじゃない!何を今まで悩んでいたのかしら。その求婚はお断りしますわ。帰って」
「どうしてそこまで結婚を拒むのですか」
「あなたが本当のことを言わないからよ」

ギルバートが口をつぐむ。

ギルバート・セバークという貴族も、爵位を持つ家もどこにもない。家庭教師にきっちり貴族に情勢を叩き込まれているがそんな名前を聞いたことがない。そしてこの男は、昨晩のパーティの参加者ではない。

男と別れたあと、私は会場に戻って他の令嬢たちと会話をし、ギルバートのことをこっそり探った。しかし、彼の名前を知っているものはいない。それどころか、男の見た目の特徴を言ってみても、そんな男はこの会場にいなかったと皆口を揃えて言う。

つまりあの男はこっそりあの屋敷に入り込んだ、正体不明の部外者だということだ。彼は招待状なんてもらっていない。

「自分から言わないなら、あててあげましょう。あなたは魔族……魔王軍の手先ですね」
「…………」
「瞳の色が赤色だった。赤目は魔王軍の象徴よ。必死に魔術で隠していたようだけど、甘かったわね。嘘は今後の信頼に関わるわ。私と長い付き合いをしたいなら、今すぐ白状して。……嘘じゃないと言い張りたいなら、納得できるだけのものを見せて」
「……あの一瞬で……。行動がお早いですね。あの時は大変ショックを受けていらしたのに」
「私を舐めないでちょうだい」

 まあ、牢屋の中にいる女が言っても説得力ないだろうが。

ツンと顔を背けて、相手の出方を待つ。遠くから聞こえてくる水の音がやけに大きく聞こえた。

「やはりあなたは」という小さい呟きを耳が拾う。

「あなたの言う通り、私は魔族の手先です。先日のパーティには、王族に同行を探るために潜入していました」
「…………」
「私が信じられませんか」
「逆に聞きたいわ。どうして私にそこまで拘るの」
「あなたの知識、情報……そして、王家の血筋がほしい」
「なぜ」
「…………」

ギルバートは一息つくと、再び口を開く。

「王族であるあなたが表立って魔族の味方をしてくだされば、王国に大きな影響を与えるでしょう。これまでの調査で、王国の一番の毒はグランド・デューク大公であることがわかりました。次にたちが悪いのが、あなたのお父様です。私はこの二人の失脚を狙っています」

なるほど。たしかにその二人はこの王国を左右するほどの権力を持っている。

「この二人が政治から抜ければ、我々魔王軍にとって都合がいいことこの上ない。もしかしたら…必要以上に血を流さなくて済むかもしれない」
「自分の家を裏切れって言うの」
「もう捨てられた身みたいなものでしょう。どうせ何も守ってくれない家ならば、あなたから裏切ってやればいい」

冷酷な声色だった。だが、言っていることは間違っていない。

「一つ条件があるわ」
「何でしょう」
「出身、身分、性別、人種……全てにおいて人を平等に見ると、そう誓って」
「……ええ、もちろん」
「わかったわ。あなたと手を組みます。ここから出してください」

奴隷身分の使用人を酷く扱うな、と言外に含める。それを約束してくれるなら、手を取ってやれる。

私の質問に答えたギルバートは薄く笑みを浮かべ牢屋の鍵を外す。座り込んでいる私に差し伸べられた手を、躊躇いなく掴んだ。

「あなたは正義を信仰しているのですか?」
「いいえ。私が信じているのは自分だけです」
「ああ、良かった。綺麗事だけを並べるお嬢様なのかと思いました」
「勘違いしないで。今のこれは、私と私の使用人を守るためよ」
「承知いたしました」

そのまま当然のように抱き上げられ、地から足が離れる。肩にかけられていた布がふわりと舞い上がり、ところどころで痣がついた腕が顕になる。ギルバートが息を呑む気配がした。

普段はパウダーで隠している痣だ。いちいち治癒するのも面倒で、放置していたものばかり。

「……!」
「……好き好んで繋がれていたわけじゃない」
「はい……」

私の言葉に、ギルバートは従順に返事をした。




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