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『キジンの復活』編

第4話 ⑨

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 そういえば〈スラッシュ〉の斬撃は魔法攻撃扱いだったな。

「よし! 〈ヒロイック・スラッ──ぶっは!」

 オレが全部言い切る前に石が顔面に直撃。鼻がつぶれるっ!

「な、なんだよ! 剣の技も魔法攻撃扱いならダメなのかよっ」
「ちょっと油断しないで! 今、治してあげるから──」

 と、アスカはオレに〈ヒーリング・エール〉を使う。
 それには石は反応しなかった。アスカの技は魔法扱いじゃないようだ。

 オレはケガしてもアスカに回復してもらえるなら、ここはやっぱりオレがなんとかすべきなんだろう。でも、どうするかが問題だ。

 石は二個あるが、魔法で狙われた方だけが狙った人を攻撃していた。なら、勢いよく間に割り込めば、もしかしたら妨害ぼうがいできるかも。

「試したいことがある。お前、もう一回呪文を唱えてくれ!」
「なぜ俺が!?」
「シェルティだったら、もし失敗した時に体力がもたないんだよ!」

 全体的にステータスが高いサアルならHPに余裕がある──と、アスカからの助言じょげんを受けての判断だ。
 オレの狙いはただ一つ、〈ヒロイック・ステップ〉で加速して石の攻撃を受け止める。できるかできないかはやってみないとわからない。

 サアルは渋々しぶしぶうなずいて呪文を唱え始める。やはり石はすぐに動き出した。

「アスカ! 走れ!」
「ええ。うまくやってよね! ガウル!」

 アスカに体をそっちへ走らせてもらって、オレは〈ステップ〉を発動させる。
 すると、石は割り込んだオレの鳩尾みぞおちにめり込んだ。

「ぐえっ……って、今だ!」

 吐きそうになりながらもオレは叫び、アスカはオレに石が逃げないように片手でつかませた。いい判断だ。
 だが、待てよ? 今回もこれって仲間の魔法に巻き込まれるパターンでは? 

「──〈ディバイン・ブレイド〉!」
「ちょっ、待てぃ!」

 放たれた光の剣がオレの胸ごと石を貫いた。サアルの奴、オレを殺すつもりでこんな魔法をっ!
 って、貫かれた胸は痛みがないどころか一滴の血も出ていない。全く斬れていないようだ。

「うろたえるな。光魔法は標的しか攻撃できない。巻き込まれたとしても貴様に危害はない!」

 そうか。巻き込まれると水には流されるし、風には吹き飛ばされる。それは魔法でも自然の水や風と同じ特性があるからだ。
 光魔法もそうだとしても、自然の光には照らされるだけで害はない。せいぜいまぶしい程度だ。なるほど、光魔法って超便利。

 そんな光魔法に貫かれた石は半分に割れて地面に落ちた。どうやら倒せたようだ。残るはあとひとつ!

「じゃあ、もう一個の方も頼むぜ!」
「ちょっと待って、ガウル! 私の回復スキルがまだ使えないの。HPがもたないわ!」
「大丈夫。〈ステップ〉のあとに〈ガード〉を使えばいいんだよ」
「あ、そっか」

 同じ要領で〈ステップ〉で飛び込んだ瞬間、オレが〈ガード〉を使うと勝手に石を片手で受け止めた。
 痛みもほとんどない。〈ガード〉成功ということだろうか。
 そこへまたもサアルの魔法がオレの胸ごと石を貫いた。

「いかんな……〈ディバイン・ブレイド〉で貴様の体を貫くことに、なんだか快感を覚える……」
「待てぃっ! 痛くないってわかってても剣で体を貫かれるのは怖いんだぞっ!」

 変態気質へんたいきしつのサアルにつっこみつつ、周囲を見渡しても他に石は現れない様子。
 地面には割れた石の破片が四つ転がっているだけだ。

「これで勝ったのか? オレ達……」
「では、これでシェルティ殿の治療もできるな」

 と、サアルはシェルティの隣にひざを突いて呪文を唱え始める。

「でも、また動き出すと怖イ。粉々に砕いてしまおウ」

 リゼが石の破片に短刀を突き立てようとすると、緑色だった石の破片が赤く激しく光りだす。

「これはっ、しまッタ! 『自爆』かッ!!」

 いち早く察したリゼは、石の破片を誰もいない方へ蹴り飛ばしつつ、猫のようにしなやかに身をひねらせて後方に飛び退いた。直後に破片が爆発する。

「おいおい、自爆とか物騒だな……」
「ガウル! もう一個の方の破片がなくなってるわ!」
「え……」

 見れば、割れる前の勢いはないが、サアルの方に飛んでいく石の破片があった。しかも、色は赤く変色している。
 間違いなく、サアル達を巻き込んで自爆する気だ!

「まずい! アスカ、走れ!」
「ダメ! 全然、動かないの!」
「クソッ、そうか、〈ガード〉を使っちまったから……」

 〈ヒロイック・ガード〉はダメージを減らす代わりに身動きを制限されてしまう。今からじゃあ、もう間に合わない!

「自爆に巻き込まれたら、二人は……」

 隣で顔面を蒼白させるアスカ。いつも無責任だが、彼女はそういう奴だ。誰も失いたくないんだ……
 それはオレだって同じだ。英雄とか関係ない。オレが二人を守りたいんだ。できることがないって嘆いたままで終わらせたくない! そのための力が欲しいんだっ──

「シェルティ! サアルッ!」

 届かない手を差し伸べてオレは叫んだ──その瞬間だった。

 ドクン……と、何か再び胸の奥で震えた。
 熱く燃えるような感情。アスカに操られてるのとは違う力がオレの体を突き動かす。
 すると一瞬、視界が暗転し体が地面から離れたような妙な浮遊感を覚えると、直後、オレはシェルティとサアルの目の前に立っていた。

「へっ?」

 瞬間移動した?──と思った瞬間、背後で爆発が起きてオレは爆風に押し倒された。
 その勢いで、目を丸めて驚いていたサアルのひたいにゴツリと頭突ずつきした。

「──っ!!」

 その衝撃で英雄剣を手から取り落とし、悲鳴もあげられずに頭を押さえてのたうち回るオレとサアル。
 ああ、目の前に星が見える……

「〈ヒロイック・コンビネーション〉その二。〈ガード〉と〈ステップ〉で、仲間の元に瞬間移動してダメージを肩代かたがわりする技を覚えたみたいよ!」

 アスカはマイペースかつ無責任に瞬間移動の解説中。悪いけど、今は全然頭に入ってこないです……

「ガウルさん、助かりました。ありがとうございます。わたくし、足を引っ張ってばかりで……」
「い、いや。いいんだ、大丈夫だから。シェルティは大丈夫か?」
「はい! ガウルさんが不思議なバリアを張ってくださったみたいで、爆風すら感じませんでしたよ。今のも英雄の技ですか? すごいです!」
「今のは……そう〈ヒロイック・ディフェンダー〉っていうんだ」

 また即興そっきょうで技名を付けて、頭をさすりながらオレは笑った。
 それを神妙しんみょうな顔付きで眺めていたサアルと目が合う。

「なんだよ、また何か言いたそうだな?」
「いや……」

 そう言って目をそむけるサアルだが、言いたいことは絶対ある。顔に書いてるからバレバレだ。

「お前、言ったよな? オレの戦い方は無様ぶざまだって。
 確かにそうなんだよ、英雄の力って全然カッコよくねぇの。お前の方がよっぽど英雄っぽいぜ」

 サアルは何も答えない。でも、オレはオレを卑下ひげするつもりはなかった。

「英雄ってことにオレも必死になってたんだ。オレは英雄なんだから、英雄としてあるべき姿を見せようって。
 でも、アスカが言ってたんだ。『ガウルはガウルのままでいいんじゃないの』、『ガウルはガウルのできることをすればいいんじゃないの』ってな」

 片意地かたいじを張って悩めば悩むほど、英雄としてできることなんてわからなくなっていた。本当は悩む必要なんかなかったことなのに。

「アスカの言いたいことはよくわかってなかったけど、オレは今、お前達を守りたいって思ったし、守れて嬉しかった。
 それで気付いたんだよ、これがオレのできることだって。そのオレのできることが英雄としてできることだってな!」

 英雄になろうとしてもなれない。どんなに不思議な力を手に入れたって、ただ自分のできることを精一杯することしかできないんだ。

 とは言い切ってみたけれど、しんと場が静まる。
 うーん、さすがにカッコ悪すぎただろうか。皆から見れば、やっぱりオレはすでに英雄なんだろうし。

「とにかく! オレにはこういった泥くさい戦い方しかできないんだよ。
 英雄っぽく華麗に戦うのは、子供の頃から英雄になるために必死に努力してきたお前に任せるよ。それで勘弁しろよな?」

 サアルは英雄に憧れ、真面目に夢を見続けていた。どんなに気にくわない奴でも、その思いは本物だ。オレにそれを否定することはできない。だから、アスカもオレもサアルのことを守りたいって思えたんだろう。

「ガウル、無責任ねぇ。もう……」

 あきれて笑うアスカ。いや待て。お前に無責任って言われたら死にたくなるからヤメテ……
 すると、サアルがいきなり立ち上がる。

「……俺は貴様のことはまだ英雄だと思っていない。だが、無理と無茶は控えろ。皆が心配する。
 しかし、助けられたことは事実。だから、その……ありがとう、ガウル」
「お。初めて名前呼んでくれたな?」
「きっ、貴様が先に俺の名を呼んだからだ!」

 また猿のように顔を赤くして叫ぶサアルに、オレ達はそろって笑った。

「……デレたわね」
「これがデレか。嬉しくはないな……」
「何の話だっ! シェルティ殿やリゼ殿まで何を笑ってるんだ!?」

 必死に叫ぶサアルに再びオレ達が笑っていると、パキンと音を立てて開かずの扉の緑色の石も砕け、その扉がゴゴゴと重い音を響かせて勝手に開き始めた。




 ──洞窟の奥の遺跡の扉。開き放たれたその向こうでオレ達を待ち受けているものは……?
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