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『それゆけ!仲間達』編
サアル編 ③
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いなくなってたシロモフと再会したサアルは、突然酔っ払ったかのように顔中の筋肉をゆるませて、ニヤニヤしながら勢いよくシロモフを抱き締める。
「ああ、シロモフ! 一人で帰って来られたんでちゅねぇ、偉い偉い!」
「で、でちゅ?」
「でも勝手にいなくなっちゃダメでちゅよー?」
突然、赤ちゃん言葉でしゃべりだすサアル。問答無用でぶん殴りたくなったのは気の迷いか……
抱き締められているシロモフは窮屈そうにチウチウと鳴いている。嫌がってるようにしか見えないんだが。
「…………」
しばらくの沈黙。
サアルは幸せそうにシロモフに頬ずりしてるが、オレ達は状況が理解しきれてなくて、呆然とそれを眺めることしかできなかった。
「えっと……モンスターって飼えるノカ?」
ようやく、と言っていいほど時間が経ってリゼが口を開いた。
「いや、無理だろ。だってモンスターだぞ?」
オレは即座に否定する。
これまでいろいろな本を読んできたオレもモンスターを手なずける方法など知らない。
そもそも世間一般的にモンスターの生態すらよくわかっていない現状だ。
「大丈夫なんだ。危害はない」
と、いきなりいつもの口調に戻ったサアルは、シロモフの両脇に手を回して抱き上げる。
まん丸の毛玉だったそれは、まるでつきたてのモチのようにびよーんと楕円形に伸びた。
サアルの胸に宙吊り状態になったシロモフは、ピンク色の小さな手足をしばらくジタバタ動かしていたが、やがて落ち着いたのか、抱えられたままこちらをジッと見つめて動かなくなった。
「わぁ、本当に大人しいですね。毛並みも綺麗ですし、なでてみても平気ですか?」
「おい、シェルティ。やめとけよ、噛まれるぞ?」
「大丈夫だと言ってるだろう。シロモフは俺が子供の頃に偶然見付けた卵から孵って、それからおよそ二十年、ずっと一緒に暮らしているのだからな」
「ネズミなのに卵生なのかよっ!」
オレはつっこむが、シェルティは怖がることもなくシロモフのお腹をなでる。
くすぐったそうに手足をジタバタさせるシロモフを見て、シェルティは頬を赤らめる。
「フワフワしててかわいいですねぇ。ほら、皆さん、触っても大丈夫みたいですよ?」
「リゼはいい……ネズミ、苦手……」
リゼはオレの後ろに隠れ、アスカは笑顔でシロモフを見つめている。
「やっぱり大きなハムスターだったのね。ちょっと大きすぎるけど、かわいいじゃない」
「物好きだな、お前達……」
女は大抵かわいいもの好き、とは思うけど、大型の犬より大きいネズミをよく平気でなでまわせるな……
「なんじゃ、あんたら。『魔物調教師』って知らんの?」
「テイマー? そういう職業か? サーカスの猛獣使いなら知ってるけど」
「昔はモンスターを手なずけて戦わせる人間を魔物調教師って言うたんよ。モンスターは卵を孵した人間の言うことを聞くようになるらしいけんの」
「そんなモンスターの生態は初めて聞いたぞ」
オージンは二千年間も機界人と共に眠っていた。その間に世界の習慣や文化も変わりきってしまったのだろうか。魔物調教師なんか、存在どころか名前すら聞いたことがなかった。
「儂も詳しい生態は知らんけどな。この様子だと卵を孵らせた人間の言うことを聞くというか、凶暴性自体がなくなっとるようじゃの」
「確かに……サアル以外が触っても平気そうだしな」
「ほら。ガウルもシェルティみたいになでてみなさいよ。反応がかわいいわよ?」
「いや、誘われても……」
困るオレ。ラットは故郷の村にもよく姿を現していたが、畑を荒らして作物を食い散らかしたり、突進して人間に危害を加えるモンスターだった。
いくら凶暴性が消えてるといえど、そんなイメージが強くて触るのには抵抗がある。
しかし、戸惑ってるうちにシロモフと目が合った。潤んだつぶらな瞳を輝かせ、鼻とヒゲをヒクヒク動かしている。
……くそ。かわいいじゃねぇか……
「ちょっとだけなら触ってやるよ」
「ガウル。なんでそんな上から目線なのよ……」
オレがワクワクドキドキしながらシロモフの頭にそっと手を伸ばした瞬間、突然シロモフはサアルを見上げて、激しくチウチウと鳴き始めた。
「おわっ!? こいつ、仲間を呼び寄せてるんじゃねぇか!」
「大丈夫だ、これは俺を呼ぶ声。モンスターの仲間を呼び寄せる方法は知らないようだ」
ラットはすぐに仲間を呼び寄せる。本当に大丈夫なんだろうか。
まあ、二十年間なんともなかったなら平気なんだろうけど……
「シロモフ~。ひょっとしてお腹空きましたかぁ? すぐご飯にしてあげまちゅねぇ!」
「ガウル。なんか私、無性にサアルを殴りたくなったわ……」
「悪い、アスカ。オレはもうとっくにそう思ってる……」
ウザったいサアルに目を据わらせるアスカ。まさか気が合うとは。
オレとアスカににらまれてても気にせず、サアルはシロモフを抱えたまま歩きだす。
「すまないが、みんな。先にシロモフ達のお家に寄らせてもらうぞ」
「お家って、ネズミ小屋とかじゃないのかよ……って、シロモフ達?」
オレとアスカは顔を見合わせる。たぶん、同じことを思ったに違いない。
嫌な予感がする中、オレ達はサアルの後に続いた。
***
──庭の中の丘を越え、その向こうには白亜の館が見えた。三階建てで赤い屋根が鮮やかな大きなお屋敷。
サアルはあそこにお母さんと少しの使用人と暮らしていると言っていたが、オレが今まで暮らしてた騎士の寄宿舎と大差ないくらいの大きさじゃないか。
「まるでホテルみたいですねぇ」
「あれがサルの家か?」
「サアルだ! 語弊しかない言い方をするな!」
シロモフが見付かったからか、いつもの調子を取り戻してリゼをにらむサアル。
「で、ネズミ小屋はどっちなんだよ」
「シロモフのお家はネズミ小屋などではない! 改めたまえ!」
「ウザッ……。つーか、この前だって平気でブラック・ラットを倒してたじゃねぇか」
この前、とある洞窟でブラック・ラットの大群に襲われたオレは、みんなの手助けもあってなんとか窮地を脱していた。
サアルの奴、あの時は平気な顔でラットを銃で撃ち抜いていたはず。
「モンスターを倒すのは当然だろう」
「いや、ラットを抱えたまま真顔で即答されても……」
「シロモフは家族だっ!
シロモフ~、怖いお兄ちゃんは放っておいて行きましょうねぇ~」
真顔で答えてからすぐにデレデレ笑顔に切り替わり、サアルは胸に抱えたシロモフに話しかけながら家の裏の方へと歩きだす。
「……マジでぶん殴りたくなった」
「ガウルさん、抑えて抑えて」
シェルティになだめられながらオレはサアルを追って家の裏手にやってきた。
そこには、大きさは物置小屋くらいだったが、外装はサアルの家と何ら遜色のない家が建っていた。立派なミニチュアハウスだ。
「ホントにお家だな。どんだけ金をかけて作ったんだ……」
呆れてもう頭を抱えるしかない。
金持ちの考えることはよくわからんのが世の常だ。
「シロモフが帰って来まちたよ~」
とサアルがネズミ小屋の玄関を開くと、中にはもう二つの毛玉が転がっていた。
一方は真っ黒、もう一方は白地に黒い斑点模様がある。
「おい、ちょっと待て! シロモフ達って言ってたから一匹じゃないとは思ってたけど、それブラック・ラットにマーブル・ラットまでいるじゃんか!」
「ガウル。マーブル・ラットって何?」
やっぱり何も知らないアスカがのんきに首をかしげる。
「村の近くにいたラットの中じゃ一番獰猛で危険な奴なんだ。襲われたら大ケガじゃすまないぞ!」
昔、オレの故郷の村がマーブル・ラットに襲われて大変な目に遭った。まだ小さかったオレもよく覚えている。
この乳牛みたいな柄のもふもふ毛玉こそ、マーブル・ラット!
……いや、こんなに丸かったか? やっぱり太らせすぎだろ……
「紹介しよう。黒いのが『クロマフ』、斑模様のが『モコブチ』だ」
「満面の笑みで紹介されても困るわ!
というか、なんだよその残念なネーミングセンスッ!」
「ふたりともシロモフのオトモダチなのだ」
「なのだ、じゃねぇっ! オレの話を聞け!」
サアルの奴、ペットの前だと人格が崩壊してるぞ……
「ああ、シロモフ! 一人で帰って来られたんでちゅねぇ、偉い偉い!」
「で、でちゅ?」
「でも勝手にいなくなっちゃダメでちゅよー?」
突然、赤ちゃん言葉でしゃべりだすサアル。問答無用でぶん殴りたくなったのは気の迷いか……
抱き締められているシロモフは窮屈そうにチウチウと鳴いている。嫌がってるようにしか見えないんだが。
「…………」
しばらくの沈黙。
サアルは幸せそうにシロモフに頬ずりしてるが、オレ達は状況が理解しきれてなくて、呆然とそれを眺めることしかできなかった。
「えっと……モンスターって飼えるノカ?」
ようやく、と言っていいほど時間が経ってリゼが口を開いた。
「いや、無理だろ。だってモンスターだぞ?」
オレは即座に否定する。
これまでいろいろな本を読んできたオレもモンスターを手なずける方法など知らない。
そもそも世間一般的にモンスターの生態すらよくわかっていない現状だ。
「大丈夫なんだ。危害はない」
と、いきなりいつもの口調に戻ったサアルは、シロモフの両脇に手を回して抱き上げる。
まん丸の毛玉だったそれは、まるでつきたてのモチのようにびよーんと楕円形に伸びた。
サアルの胸に宙吊り状態になったシロモフは、ピンク色の小さな手足をしばらくジタバタ動かしていたが、やがて落ち着いたのか、抱えられたままこちらをジッと見つめて動かなくなった。
「わぁ、本当に大人しいですね。毛並みも綺麗ですし、なでてみても平気ですか?」
「おい、シェルティ。やめとけよ、噛まれるぞ?」
「大丈夫だと言ってるだろう。シロモフは俺が子供の頃に偶然見付けた卵から孵って、それからおよそ二十年、ずっと一緒に暮らしているのだからな」
「ネズミなのに卵生なのかよっ!」
オレはつっこむが、シェルティは怖がることもなくシロモフのお腹をなでる。
くすぐったそうに手足をジタバタさせるシロモフを見て、シェルティは頬を赤らめる。
「フワフワしててかわいいですねぇ。ほら、皆さん、触っても大丈夫みたいですよ?」
「リゼはいい……ネズミ、苦手……」
リゼはオレの後ろに隠れ、アスカは笑顔でシロモフを見つめている。
「やっぱり大きなハムスターだったのね。ちょっと大きすぎるけど、かわいいじゃない」
「物好きだな、お前達……」
女は大抵かわいいもの好き、とは思うけど、大型の犬より大きいネズミをよく平気でなでまわせるな……
「なんじゃ、あんたら。『魔物調教師』って知らんの?」
「テイマー? そういう職業か? サーカスの猛獣使いなら知ってるけど」
「昔はモンスターを手なずけて戦わせる人間を魔物調教師って言うたんよ。モンスターは卵を孵した人間の言うことを聞くようになるらしいけんの」
「そんなモンスターの生態は初めて聞いたぞ」
オージンは二千年間も機界人と共に眠っていた。その間に世界の習慣や文化も変わりきってしまったのだろうか。魔物調教師なんか、存在どころか名前すら聞いたことがなかった。
「儂も詳しい生態は知らんけどな。この様子だと卵を孵らせた人間の言うことを聞くというか、凶暴性自体がなくなっとるようじゃの」
「確かに……サアル以外が触っても平気そうだしな」
「ほら。ガウルもシェルティみたいになでてみなさいよ。反応がかわいいわよ?」
「いや、誘われても……」
困るオレ。ラットは故郷の村にもよく姿を現していたが、畑を荒らして作物を食い散らかしたり、突進して人間に危害を加えるモンスターだった。
いくら凶暴性が消えてるといえど、そんなイメージが強くて触るのには抵抗がある。
しかし、戸惑ってるうちにシロモフと目が合った。潤んだつぶらな瞳を輝かせ、鼻とヒゲをヒクヒク動かしている。
……くそ。かわいいじゃねぇか……
「ちょっとだけなら触ってやるよ」
「ガウル。なんでそんな上から目線なのよ……」
オレがワクワクドキドキしながらシロモフの頭にそっと手を伸ばした瞬間、突然シロモフはサアルを見上げて、激しくチウチウと鳴き始めた。
「おわっ!? こいつ、仲間を呼び寄せてるんじゃねぇか!」
「大丈夫だ、これは俺を呼ぶ声。モンスターの仲間を呼び寄せる方法は知らないようだ」
ラットはすぐに仲間を呼び寄せる。本当に大丈夫なんだろうか。
まあ、二十年間なんともなかったなら平気なんだろうけど……
「シロモフ~。ひょっとしてお腹空きましたかぁ? すぐご飯にしてあげまちゅねぇ!」
「ガウル。なんか私、無性にサアルを殴りたくなったわ……」
「悪い、アスカ。オレはもうとっくにそう思ってる……」
ウザったいサアルに目を据わらせるアスカ。まさか気が合うとは。
オレとアスカににらまれてても気にせず、サアルはシロモフを抱えたまま歩きだす。
「すまないが、みんな。先にシロモフ達のお家に寄らせてもらうぞ」
「お家って、ネズミ小屋とかじゃないのかよ……って、シロモフ達?」
オレとアスカは顔を見合わせる。たぶん、同じことを思ったに違いない。
嫌な予感がする中、オレ達はサアルの後に続いた。
***
──庭の中の丘を越え、その向こうには白亜の館が見えた。三階建てで赤い屋根が鮮やかな大きなお屋敷。
サアルはあそこにお母さんと少しの使用人と暮らしていると言っていたが、オレが今まで暮らしてた騎士の寄宿舎と大差ないくらいの大きさじゃないか。
「まるでホテルみたいですねぇ」
「あれがサルの家か?」
「サアルだ! 語弊しかない言い方をするな!」
シロモフが見付かったからか、いつもの調子を取り戻してリゼをにらむサアル。
「で、ネズミ小屋はどっちなんだよ」
「シロモフのお家はネズミ小屋などではない! 改めたまえ!」
「ウザッ……。つーか、この前だって平気でブラック・ラットを倒してたじゃねぇか」
この前、とある洞窟でブラック・ラットの大群に襲われたオレは、みんなの手助けもあってなんとか窮地を脱していた。
サアルの奴、あの時は平気な顔でラットを銃で撃ち抜いていたはず。
「モンスターを倒すのは当然だろう」
「いや、ラットを抱えたまま真顔で即答されても……」
「シロモフは家族だっ!
シロモフ~、怖いお兄ちゃんは放っておいて行きましょうねぇ~」
真顔で答えてからすぐにデレデレ笑顔に切り替わり、サアルは胸に抱えたシロモフに話しかけながら家の裏の方へと歩きだす。
「……マジでぶん殴りたくなった」
「ガウルさん、抑えて抑えて」
シェルティになだめられながらオレはサアルを追って家の裏手にやってきた。
そこには、大きさは物置小屋くらいだったが、外装はサアルの家と何ら遜色のない家が建っていた。立派なミニチュアハウスだ。
「ホントにお家だな。どんだけ金をかけて作ったんだ……」
呆れてもう頭を抱えるしかない。
金持ちの考えることはよくわからんのが世の常だ。
「シロモフが帰って来まちたよ~」
とサアルがネズミ小屋の玄関を開くと、中にはもう二つの毛玉が転がっていた。
一方は真っ黒、もう一方は白地に黒い斑点模様がある。
「おい、ちょっと待て! シロモフ達って言ってたから一匹じゃないとは思ってたけど、それブラック・ラットにマーブル・ラットまでいるじゃんか!」
「ガウル。マーブル・ラットって何?」
やっぱり何も知らないアスカがのんきに首をかしげる。
「村の近くにいたラットの中じゃ一番獰猛で危険な奴なんだ。襲われたら大ケガじゃすまないぞ!」
昔、オレの故郷の村がマーブル・ラットに襲われて大変な目に遭った。まだ小さかったオレもよく覚えている。
この乳牛みたいな柄のもふもふ毛玉こそ、マーブル・ラット!
……いや、こんなに丸かったか? やっぱり太らせすぎだろ……
「紹介しよう。黒いのが『クロマフ』、斑模様のが『モコブチ』だ」
「満面の笑みで紹介されても困るわ!
というか、なんだよその残念なネーミングセンスッ!」
「ふたりともシロモフのオトモダチなのだ」
「なのだ、じゃねぇっ! オレの話を聞け!」
サアルの奴、ペットの前だと人格が崩壊してるぞ……
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