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第一章
口約束
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それから1ヶ月が過ぎた。
世間を騒がせている【薬師襲撃事件】は今のところなりを潜めており、私達は警戒しつつも営業を続けている。
今日も朝から街へと出かけていた。
このひと月で、私は更に漢方への知識を高めた。
葉月さん専属の患者さんが依頼する薬であれば、ほとんどのものを薬学書なしに調合できる。
これはかなり優秀な方らしい。
大して私に興味を抱いてなかった万咲希くんが、私のことをライバル視するくらいには。
なんでも、万咲希くんは葉月さんのことをライバルとして見ているようで、その弟子である私もそう見られているのだとか。
完全なるとばっちりだ。
朔矢さんのことを崇拝していて、葉月さんと朔矢さんが仲良しなことに相当不満があるということも知った。
朔矢さんと接する時は気をつけようと、私は心にとめるのだった。
それから、タウフィークさんと連絡をとった。
事件のことを聞いてすぐに送った連絡符は長いこと音信不通となっていたのだが、ようやく今日の夕方にこちらへ届いたのだ。
因みに術はウサギの形をしていた。
「タウフィークさんはなんと仰っていました? 」
筆の入った風呂敷を取り出す葉月さんに、私は聞いた。
丁度お店の戸締りを終わらせたところで、店内はガランとしている。
葉月さんはこっちを一瞥したあと、肩を竦めた。
「ゆずさんの報告通り、アルミラージは皆、護衛に駆り出されているようです。予約も空きがないらしく、次に入れられるのは2か月後だそうです」
長い溜息をついて、葉月さんは返事を書き始めた。
「葉月さんは、何か予約を入れる予定があるんですか? 」
驚いて思わず口にしてしまった。
「……実は、黄泉の患者さんに薬を届けなくてはいけなくて。納入が1週間前でしたので、さすがにこれ以上はお待たせ出来ません。ですから半日ほど、タウに結奈さんの護衛をお願いしたかったのです」
「……他に薬を送る手段はないんですか? 」
正直なところ、お留守番はしたくない。
だけど葉月さんを困らせることもしたくない。
私は二つの想いと葛藤しつつ、尋ねた。
「あるにはあるのですけれど、かなり特例になってしまいます。普通は直接お渡しするので、かなり不審に思われるかと。今の桃源郷の情勢からして、そのような状況はなるべく避けたいのです」
そう。黄泉の妖である限り、いくら患者さんとはいえども信用はできない。
人間を匿っている妖が薬師だとバレたのなら、怪しまれる行動は慎むべきだろう。
葉月さんは耳をペタンと垂らして困り果てている。
(葉月さんが困っている原因は私。だから、私がちょっと勇気を出せば解決するはず。本当は怖いけど……ここは私から言い出すべきだよね)
私はぐっと拳を握り、葉月さんを見据えた。
「葉月さん。私、家でお留守番しています。大丈夫です。葉月さんの護符もありますし、狐姿になっていれば危険は少ないでしょう? 」
私の言葉に、葉月さんは僅かに目を見開いた。
驚き、ためらい、そして若干の不安が入り交じった表情でこちらを見ている。
一度目を閉じた後、葉月さんは私の手を取って、そっと握りしめた。
顔を伏せていて、表情は読めない。
それでも気持ちは痛いほど伝わった。
いつもより冷たい指先を握り返して、私はその想いを受け止める。
暫くして、葉月さんは顔を上げた。
何かを決意したような、そんな顔をしている。
「結奈さん。半日……いえ、一刻半ください。必ずその間に帰ります」
一刻半とは、現代の時間に直せば約三時間だ。
普通は移動に半日以上かかることは知っている。
だが同時に、葉月さんが嘘をつかない事も私は知っている。
だから私は、硬い表情の葉月さんにとびきりの笑顔を作った。
「大丈夫ですよ。もし仮にドアが破られても、きっと隠れきってみせますから。昔から隠れんぼは得意なんですよ、私」
茶目っ気たっぷりに笑ってみせると、葉月さんもつられて表情を和らげた。
他人は自分を映す鏡というが、逆も然り。
人を笑顔にしたかったら、まずは自分が笑うこと。
親戚に引き取られて、1番初めに学んだことだ。
世間を騒がせている【薬師襲撃事件】は今のところなりを潜めており、私達は警戒しつつも営業を続けている。
今日も朝から街へと出かけていた。
このひと月で、私は更に漢方への知識を高めた。
葉月さん専属の患者さんが依頼する薬であれば、ほとんどのものを薬学書なしに調合できる。
これはかなり優秀な方らしい。
大して私に興味を抱いてなかった万咲希くんが、私のことをライバル視するくらいには。
なんでも、万咲希くんは葉月さんのことをライバルとして見ているようで、その弟子である私もそう見られているのだとか。
完全なるとばっちりだ。
朔矢さんのことを崇拝していて、葉月さんと朔矢さんが仲良しなことに相当不満があるということも知った。
朔矢さんと接する時は気をつけようと、私は心にとめるのだった。
それから、タウフィークさんと連絡をとった。
事件のことを聞いてすぐに送った連絡符は長いこと音信不通となっていたのだが、ようやく今日の夕方にこちらへ届いたのだ。
因みに術はウサギの形をしていた。
「タウフィークさんはなんと仰っていました? 」
筆の入った風呂敷を取り出す葉月さんに、私は聞いた。
丁度お店の戸締りを終わらせたところで、店内はガランとしている。
葉月さんはこっちを一瞥したあと、肩を竦めた。
「ゆずさんの報告通り、アルミラージは皆、護衛に駆り出されているようです。予約も空きがないらしく、次に入れられるのは2か月後だそうです」
長い溜息をついて、葉月さんは返事を書き始めた。
「葉月さんは、何か予約を入れる予定があるんですか? 」
驚いて思わず口にしてしまった。
「……実は、黄泉の患者さんに薬を届けなくてはいけなくて。納入が1週間前でしたので、さすがにこれ以上はお待たせ出来ません。ですから半日ほど、タウに結奈さんの護衛をお願いしたかったのです」
「……他に薬を送る手段はないんですか? 」
正直なところ、お留守番はしたくない。
だけど葉月さんを困らせることもしたくない。
私は二つの想いと葛藤しつつ、尋ねた。
「あるにはあるのですけれど、かなり特例になってしまいます。普通は直接お渡しするので、かなり不審に思われるかと。今の桃源郷の情勢からして、そのような状況はなるべく避けたいのです」
そう。黄泉の妖である限り、いくら患者さんとはいえども信用はできない。
人間を匿っている妖が薬師だとバレたのなら、怪しまれる行動は慎むべきだろう。
葉月さんは耳をペタンと垂らして困り果てている。
(葉月さんが困っている原因は私。だから、私がちょっと勇気を出せば解決するはず。本当は怖いけど……ここは私から言い出すべきだよね)
私はぐっと拳を握り、葉月さんを見据えた。
「葉月さん。私、家でお留守番しています。大丈夫です。葉月さんの護符もありますし、狐姿になっていれば危険は少ないでしょう? 」
私の言葉に、葉月さんは僅かに目を見開いた。
驚き、ためらい、そして若干の不安が入り交じった表情でこちらを見ている。
一度目を閉じた後、葉月さんは私の手を取って、そっと握りしめた。
顔を伏せていて、表情は読めない。
それでも気持ちは痛いほど伝わった。
いつもより冷たい指先を握り返して、私はその想いを受け止める。
暫くして、葉月さんは顔を上げた。
何かを決意したような、そんな顔をしている。
「結奈さん。半日……いえ、一刻半ください。必ずその間に帰ります」
一刻半とは、現代の時間に直せば約三時間だ。
普通は移動に半日以上かかることは知っている。
だが同時に、葉月さんが嘘をつかない事も私は知っている。
だから私は、硬い表情の葉月さんにとびきりの笑顔を作った。
「大丈夫ですよ。もし仮にドアが破られても、きっと隠れきってみせますから。昔から隠れんぼは得意なんですよ、私」
茶目っ気たっぷりに笑ってみせると、葉月さんもつられて表情を和らげた。
他人は自分を映す鏡というが、逆も然り。
人を笑顔にしたかったら、まずは自分が笑うこと。
親戚に引き取られて、1番初めに学んだことだ。
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