常世と現世と月結び【第三章作成中】

杉崎あいり

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第一章

現状維持

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 ゆずきさん達が帰って行ったあと、私と葉月さんは夕飯を食べながら今後のことについて話していた。

「もし仮に黄泉の妖の狙いが結奈さんだったとしたら、まず疑問に思うのは、何故結奈さんが薬師と繋がっていることが露呈したか、ですね」
「確かに。それにもしバレていたとしたら、普通は真っ先に私を捕まえに来ますよね。こんな回りくどいことしていないで」

 お味噌汁を飲みながら、私は思考をめぐらせていく。
 向かいに座る葉月さんも深く考え込んでいることが分かる。
 どこを見るでもなく、じっと何かを探しているように彷徨さまよう瞳。

「……目? 」

 刹那、脳に雷に撃たれたような衝撃が走った。

(そうだった! なんで今まで気づかなかったんだろう。あったじゃない! 正体がバレそうになったこと!! )

 ガバッと顔を上げると、葉月さんと目が合った。
 ──考えていることは一緒だ。

「町で会った野妖」

 ぴたりと2人の声が重なる。
 天中に行った時に私がぶつかった鬼のことだ。
 私が霊狐では無いことに気づいていた。
 葉月さんの担いだ薬箱と、首から提げていた薬師の免許証。
 薬師に関わりがあると一目でわかったはず。
 私の中で確信めいたものへと変わっていく。

 しかし、葉月さんはまた思考の海へと沈んでしまった。
 食べる手も止まっている。
 しばらくして、葉月さんが呻くように言った。

「その野妖は、確実に結奈さんが霊狐ではないと気づいたでしょう。神力も妖力も持たない者は人間しかいない。彼は恐らく結奈さんを人間だと判断したはずです。ただ、そうだとしたらおかしいのです」
「おかしい? 」

 私は首を傾げた。
 人間だと判断されて、薬師である葉月さんと繋がりのあることがバレてしまった。
 だから薬師だけが襲われていて……

「……あっ! 」

 顔を上げた私に葉月さんは頷いた。
「そう。先程結奈さんが仰っていたように、あまりにもやり口が回りくどいのです。同じ羽織を着ていた時点で、私達が師弟関係であることは明白。天中に薬局を開いている薬師は片手で数えられる程しかいません。それなのに、薬師達は無作為に襲われています」

 葉月さんは大抵の薬師と顔見知りだと言っていた。
 今の言葉から察するに、朔矢さんの持っていた巻物には、天中で商売していた薬師以外にも被害が出ているということだ。

「……それって、必ずしもあの野妖が犯人だとは言えないということですか? 」
「ええ」

 一瞬、私の頭に双六の【振り出しに戻る】という文字が思い浮かんだ。

「とりあえず今は様子見としか言えませんね。アルミラージの一族が駆り出されてしまって、結奈さんにお留守番をして頂くことも出来ませんし」

 その言葉に私は少しほっとした。
 この話を聞いてから、いつか言われるのではと思っていたからだ。
 留守番していて欲しい、と。
 こんなこと言ったら不謹慎かもしれないが、アルミラージの皆さんが忙しくてよかった。
 私からしたら、家で一人恐怖に脅えているよりも、葉月さんの傍に居る方が安心する。

 そんな私の気持ちを知ってか知らでか、葉月さんは微笑んだ。

「町には警備員がいますし、いざとなれば私の術があります。大丈夫。結奈さんのことは私が守りますから」

 ハッキリとそう口にする葉月さん。
 初めて会った時に華奢に見えたその背中が、今ではとても大きく感じる。

 だが、頼りすぎてはいけない。
 それでは前と変わらないのだから。

「ありがとうございます。でも私、ずっと葉月さんにおんぶにだっこ状態は嫌です。だから、私に出来ることがあったら教えてください! 」 
「結奈さん……貴方はもう十分して下さっているではありませんか。家事だけでなく、薬師見習いとしてお手伝いしていただいています。おんぶにだっこだなんてありえません」

 ムッとした顔で反論されてしまったが、私はやはり納得できなかった。
 こうして住む場所と食べる物と働く場所を与えてもらって、その上とても親切にしてくれて。

 人間なんて、妖にとっては関わりたくない存在ではないのだろうか。
 黄泉の妖に転送されてしまった人間には、もれなく厄介事が付いて来る。
 そんな人間の私を、葉月さんは助けてくれた。

 ふと、私の中にある疑問が生まれた。

(なんで葉月さんは私を助けてくれたんだろう)

 今の今まで考えたことすらなかった。
 情けないことに、自分のことで手一杯だったのだ。
 だけど、これは最も考えるべきことではないだろうか。
 人間を匿うなんて命懸けだ。
 実際にこうして狙われている。
 助けてくれて、更に守るとまで言ってくれた。
 その理由はなんだろう。

「結奈さん? 」

 じっと見つめていたところを気づかれてしまった。
 不思議そうにこちらを見る葉月さん。
 私は視線をあちこちに飛ばしながら黙考した。

 その間、僅かに1秒足らず。

(これは、聞いていいことかな? それともだめ? どっちだろう。……よし、それとなく探ってみよう! )

「あっ、いえ。ただ、人間である私を助けてくれる葉月さんこそ、優しい妖だなぁって思って」

 上手く真意を隠せただろうか。
 ポイントは【人間】という単語だ。
 そこに違和感を覚えてくれたら、きっと葉月さんの方から話してくれる。
 ただし、話せる内容であれば。

 葉月さんは一瞬きょとんとしたが、すぐに何かを察したような顔つきになる。
 そして、ふっと何かを思い出すように目を細めた。

「……昔、私は人間に助けていただいたことがあるのです。だからこれは、ある意味恩返しのようなもの。優しくなんてありませんよ」

 私は「ああ」と心の中で呟いた。

(これは聞いちゃダメな話だ)

 昨夜の葉月さんの暗い表情が思い浮かぶ。
 だから私は目一杯の笑顔を向けることにした。

「それでも事実、私は助けて貰いました。私はどんな理由であっても、助けてくれた葉月さんには感謝しています! 」

 葉月さんは諦めたように頬を緩ませた。

「そういうところですよ、結奈さん」
 と呟きながら。
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