常世と現世と月結び【第三章作成中】

杉崎あいり

文字の大きさ
36 / 53
第一章

大切なもののために

しおりを挟む
 ……づき! おい、 ……りしろ! 

(誰かが……叫んでいる? )

 鉛のように重たい瞼と、水の中にいるかのように機能しない耳のせいで、その声の主を確認できない。
 やけに寒く感じる。
 眠い。
 このまま寝てしまおうか。
 そう思っているのに、声は私の微睡まどろみをかき乱す。

 次第に明瞭になっていく声がタウフィークのものであると判別できた、次の瞬間。

「結奈ちゃんがどうなってもいいのか!! 」

 その言葉に、私は反射的に目を開けた。

「……タウ? 」

 ほっと息を吐いたタウフィークが、安堵の表情で額に手の甲をつけた。
 その手が真っ赤に染っていて、私は気を失うまでの記憶を思い出す。
 不覚にも妖術に歩みを止められて、結奈さんが──

「……助けに行かないと」

 重たい体を起こそうとしたが、鬼のような形相で止められてしまった。

「馬鹿か! 助けるどころか、今のお前は歩くことさえ困難だぞ」

「でもっ! このままでは結奈さんが殺されてしまう! 」 

「落ち着けよ。お前らしくない。結奈ちゃんは今のところ大丈夫だ。直ぐには食べられない」

 応急処置の途中だったのだろう。
 腹部の傷を圧迫されて、私は痛みに歯を食いしばる。
 貧血からの眩暈がして、キツく目を瞑った。

 その間にも、タウフィークは淡々と話を続けていく。

「今の結奈ちゃんは、桃源郷の食べ物とお前の術のお陰で神力を帯びている。だから、完全に神力が消えるまでは結奈ちゃんは安全だ」

 それを聞いて、たしかに今の自分は冷静さをかいていると認めた。
 普段なら気がつくはずなのに、全く頭になかった。

「それより、むしろお前の方が危ないかもしれない」

「……それは、この切り傷の事じゃないね」

 タウフィークの言わんとすることがわかって、私は苦笑した。

「どうなっている? 」 

 単刀直入に尋ねれば、タウフィークは眉間に皺を寄せて、目を逸らした。
 言い難いことを言うときの、タウフィークの癖だ。

「神力が溢れ出ている。血を流しすぎて、神力が血の代わりになろうと働いたんだろう。呪いが……発動している」

「……そう」

 呪い。神様にかけられた呪い。
 私の罪を忘れないため、繰り返さないためにかけられた呪いが、なんの冗談か生きるために発動してしまうとは。
 皮肉極まりない。
 だが、今はそんなことどうでもいいのだ。
 すぐにでも体勢を立て直して、結奈さんを助けに行かなければ。
 サラサラとした栗色の髪と、好奇心に輝く瞳を思い、私は拳を握った。

「何があったのかは大体理解している。取り敢えず、道場へ向かうぞ」

「わかった。……そういうタウは? どうしてここへ? 」

 頭がぼんやりしていて動かない。
 考えることを放棄した私に、タウフィークは苦い顔をしつつ答えてくれた。

「道場でいくら待っていてもお前達が帰って来ないから、なにかあったのかと思っただけだ。見に行ってみれば、麓にはなにか引きづった跡があるし、血だらけでお前が倒れているし。本当に寿命が縮んだぞ」

「ご、ごめん」

 素直に謝れば、タウフィークは何てこともない、というように肩を竦めてみせた。

「別にいい。次からお前の薬が全て半額になるのならな」

「相変わらず、悪賢いね。私の生活を苦しくさせる気か? 」

「お前にだけは言われたくないな、腹黒狐め。お前は十分顧客がいるじゃないか」

 軽口を叩いて睨み合えば、私達は自然と笑みを漏らした。

 そうこうしているうちに辛うじて血が止まり、包帯が巻かれる。
 荒々しくも正確な手の動きは、さすが守り屋といったところか。

「歩け……ないよな。でもほぼ同じ身長のお前を担ぐのは無理だ。悪いけど、肩を貸すくらいしかできない」

「肩を貸してもらえれば十分だよ」

 鋭い痛みに耐えつつ起き上がると、面白いくらいに視界が揺れた。
 倦怠感が酷い。

「ゆっくり行くぞ。下手したら、折角の止血が無駄になる」

 その言葉に頷いて、私は立ち上がった。

 蝸牛かたつむりのような速度で歩きつつ、私はこれからの動きを考える。
 まずは道場で止血薬と鎮痛薬を作って、それから【セドリック・アッシャー】についての情報を集めよう。
 居場所を突き止めたら、建物の構造や警備の数を探って……

「誰だ! 」

 タウフィークの鋭い声にハッとして目を瞬かせる。
 いつの間にか、私の目の前に妖が立っていた。
 やはり耳が上手く機能していないようで、全く気づかなかった。
 私を支えつつ、タウフィークが素早く剣を抜く。
 そんな彼を、私は止めた。

「は? いや、明らかに怪しいだろ、コイツ」

 狼狽しているタウフィークに首を振って、私はじっとその妖と向き合う。
 黒光りする角と独特の瞳は、私にとって見覚えのあるものだ。

「あなたは、以前天中にいた鬼ですね? 」

 タウの剣から目を離さずに、野妖が頷いた。

「そうだ。俺は、お前に謝らなければいけないことがある。お前と……人間の娘に」

 ──やはり、情報を流したのはこの野妖か。
 私はそっと息を吐いて、着いてくるように言った。

「とりあえず道場まで行こう。話はそこで聞く」

「……お前がそう判断したのなら従うしかないな。鬼くん。ついでと言っちゃなんだけど、コイツを連れていくの手伝ってくれ。正直一人だとキツいんだ」

「わかった」 

 両側から支えられるようになって、蝸牛から牛車ほどまで速度が上がった。

 道場へ向かう道すがら、私達は無駄口を叩く余裕もなく歩いていた。
 散々周囲に細いだの女狐だのと言われていた私でも、やはり重いようだ。
 汗の滲む二人を見て、嬉しいような、申し訳ないような。
 日の傾き始めた空を見上げつつ、私は再び今後の動きについて思考をめぐらせるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

【完結】離縁など、とんでもない?じゃあこれ食べてみて。

BBやっこ
恋愛
サリー・シュチュワートは良縁にめぐまれ、結婚した。婚家でも温かく迎えられ、幸せな生活を送ると思えたが。 何のこれ?「旦那様からの指示です」「奥様からこのメニューをこなすように、と。」「大旦那様が苦言を」 何なの?文句が多すぎる!けど慣れ様としたのよ…。でも。

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちだというのに。 入社して配属一日目。 直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。 中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。 彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。 それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。 「俺が、悪いのか」 人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。 けれど。 「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」 あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちなのに。 星谷桐子 22歳 システム開発会社営業事務 中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手 自分の非はちゃんと認める子 頑張り屋さん × 京塚大介 32歳 システム開発会社営業事務 主任 ツンツンあたまで目つき悪い 態度もでかくて人に恐怖を与えがち 5歳の娘にデレデレな愛妻家 いまでも亡くなった妻を愛している 私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したことに気づいたアイナ・ネルケ。 だが彼女はヒロインではない――ただの“モブ令嬢”。 「私は観る側。恋はヒロインのもの」 そう決めて、治癒魔術科で必死に学び、気合いと根性で仲間を癒し続けていた。 筋肉とビンタと回復の日々。 それなのに―― 「大丈夫だ。俺が必ず君を守る」 野外訓練で命を救った騎士、エルンスト・トゥルぺ。 彼の瞳と声が、治癒と共に魂に触れた瞬間から、世界が静かに変わり始める。 幼馴染ヴィルの揺れる視線。 家族の温かな歓迎。 辺境伯領と学園という“日常の戦場”。 「……好き」 「これは恋だ。もう、モブではいたくない」 守られるだけの存在ではなく、選ばれる覚悟を決めたモブ令嬢と、 現実しか知らない騎士の、静かで激しい溺愛の始まり。 これは―― モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまでの物語。 ※溺愛表現は後半からです。のんびり更新します。 ※作者の好みにより筋肉と気合い…ヤンデレ落ち掛けが踊りながらやって来ます。 ※これは恋愛ファンタジーです。ヒロインと違ってモブは本当に大変なんです。みんなアイナを応援してあげて下さい!!

【完結】婚約者なんて眼中にありません

らんか
恋愛
 あー、気が抜ける。  婚約者とのお茶会なのにときめかない……  私は若いお子様には興味ないんだってば。  やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?    大人の哀愁が滲み出ているわぁ。  それに強くて守ってもらえそう。  男はやっぱり包容力よね!  私も守ってもらいたいわぁ!    これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語…… 短めのお話です。 サクッと、読み終えてしまえます。

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

処理中です...