常世と現世と月結び【第三章作成中】

杉崎あいり

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第一章

予想外の患者

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 ゆずさんの連絡符により、俺は師匠と共に月夜町の道場に来ている。
 天中でも食中毒が流行しているが、中心地なので薬師の数が足りていたこと、そして何より月夜町の気に食わない薬師とその見習いが手こずっているということで、仕方なく助けに来てやったのだ。

 こんな非常事態でも、師匠は威厳と慈愛を忘れずに、洗練された手際で仕事をこなしていく。
 もちろん俺も、師匠から賜った御下命は完璧にさばいていった。

(それにしても、何故ゆずさんは神桃楽から近い俺たちじゃなくて、わざわざ葉月何某とその見習いを呼び出したんだ? )

 ひたすら解熱薬と鎮痛薬を作りながら、俺は眉を寄せた。
 別に薬の調合が面倒な訳では無い。
 むしろ何度作っても勉強になるし、患者には悪いが、上達するいい機会だとも思っている。

 だが腑に落ちない。
 薬師襲撃事件について動くのなら、葉月某より断然師匠の方が向いているだろう。
 何しろ情報屋を副業としているのだ。
 副業といっても、師匠の種族である鎌鼬かまいたち一族の生業だが、師匠の情報収集力はかなりのものである。
 だが、先程ゆずさんから届いた連絡符によれば、葉月某の活躍により、原因が分かったと書いてあった。

「……解せない」

 ポツリと呟いたその言葉は、勢いよく開かれた扉の音にかき消された。
 間を置かずに、師匠が「葉月!? 何があった‼」という非常に珍しく驚嘆のお声を上げる。
 そちらへと目を向けて、俺はピシリと固まった。

 アルミラージと見知らぬ鬼の肩に、辛うじて引っかかっている状態で、血濡れの狐男が運ばれてきたのだ。

「まさか、あの事件の犯人の仕業か? だが、それにしては早すぎる……」

 ブツブツと独り言を落としつつも、師匠は薬師用にと用意されていた布団に狐を寝かせた。

「万咲希。止血と鎮痛の薬を調合してくれ。今のところ患者の容態は安定しているので、そちらは俺が一人で受け持つ。お前には葉月の治療を任せる。いいな? 」

「承知しました」

 これは敬愛する師匠からの指示だ。
 断る理由などない。
 そして、患者がいかに憎き相手であろうとも、適切な処置を施すことは薬師として当たり前のこと。
 俺はしっかりと計量した薬を持って、奴の元へと向かった。

 速やかに治療を始められるようにと、アルミラージが葉月某の着物を胸元から腹部まで大きく開かせる横で、鬼が所在なさげに立っている。
 桃源郷にいる鬼など、野妖か諜報員のどちらかしかいない。
 どういう経緯があって、どんな目的でここに居るのかは分からないが、あまり居心地のいいものでは無い。

(手早く終わらせるか)

 綺麗に巻かれた包帯を切り開き、蒲黄ほおうと呼ばれるガマの花粉を、布にまぶして患部を抑えた。
 ガマの花粉には止血効果があるのだ。
 完全に血が止まったことを確認し、付着した花粉を落とす。
 綺麗になった傷口を覗けば、予想より深い裂傷があった。

「……縫合が必要か」

 その言葉に、アルミラージが顔を上げた。

「できるのか? 」

「いや、無理だ。そういう守り屋の方こそ、外傷の手当ては得意だろう? 」

 護衛の仕事と怪我は付き物だし、アルミラージの一族は応急処置の道具を持ち歩いていると聞いたことがある。
 実際に、先程取り外した包帯は、このアルミラージのものだろう。
 アルミラージは少し考えたあと、頷いた。

「ある程度はできる。消毒液とガーゼを持ってきてくれ」

「わかった。麻酔は必要か? 」

「いや、意識のない今なら、必要ないだろう」

 準備が終わると、早速アルミラージは傷口を縫い始めた。
 ザックザックと大雑把に縫われる皮膚を見て、俺はそっと目を逸らした。
 見慣れていない光景に、何故だか縫われていないはずの自分の腹部がゾワゾワとして落ち着かない。
 意識があれば、常に悠然と構えているこの男でさえも、痛みに悶絶せざるを得ないだろう。

 ものの数分で縫い終わると、ガーゼで患部を覆い、その上から丁寧に包帯を巻き直す。
 それも終わったことを確認して、俺は調合した薬と水差しを枕元に置いた。

「目を覚ましたら食事を食べさせて、薬を飲ませてくれ」

 それだけ言い置いて、俺はさっさとその場を立ち去った。
 敵の弱った姿など見ていて面白いものでは無い。
 それに食中毒の原因が特定された今、研究にご尽力する師匠のためにも、患者達の看病はできるだけ引き受けたいのだ。

「師匠、終わりました」

「そうか、ご苦労。次は──」

 指示を出しながら、師匠の研究を進める手は止まらない。
 まだ教えて貰っていない手法を目一杯使っていることがわかった。
 やはり、師匠の膨大な知識と調合の手腕は、どの薬師と比べても秀でている。
 俺はこの師匠に出会えたことに、何億万回目かの感謝を神へ捧げるのだった。
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