37 / 53
第一章
予想外の患者
しおりを挟む
ゆずさんの連絡符により、俺は師匠と共に月夜町の道場に来ている。
天中でも食中毒が流行しているが、中心地なので薬師の数が足りていたこと、そして何より月夜町の気に食わない薬師とその見習いが手こずっているということで、仕方なく助けに来てやったのだ。
こんな非常事態でも、師匠は威厳と慈愛を忘れずに、洗練された手際で仕事をこなしていく。
もちろん俺も、師匠から賜った御下命は完璧に捌いていった。
(それにしても、何故ゆずさんは神桃楽から近い俺たちじゃなくて、わざわざ葉月何某とその見習いを呼び出したんだ? )
ひたすら解熱薬と鎮痛薬を作りながら、俺は眉を寄せた。
別に薬の調合が面倒な訳では無い。
むしろ何度作っても勉強になるし、患者には悪いが、上達するいい機会だとも思っている。
だが腑に落ちない。
薬師襲撃事件について動くのなら、葉月某より断然師匠の方が向いているだろう。
何しろ情報屋を副業としているのだ。
副業といっても、師匠の種族である鎌鼬一族の生業だが、師匠の情報収集力はかなりのものである。
だが、先程ゆずさんから届いた連絡符によれば、葉月某の活躍により、原因が分かったと書いてあった。
「……解せない」
ポツリと呟いたその言葉は、勢いよく開かれた扉の音にかき消された。
間を置かずに、師匠が「葉月!? 何があった‼」という非常に珍しく驚嘆のお声を上げる。
そちらへと目を向けて、俺はピシリと固まった。
アルミラージと見知らぬ鬼の肩に、辛うじて引っかかっている状態で、血濡れの狐男が運ばれてきたのだ。
「まさか、あの事件の犯人の仕業か? だが、それにしては早すぎる……」
ブツブツと独り言を落としつつも、師匠は薬師用にと用意されていた布団に狐を寝かせた。
「万咲希。止血と鎮痛の薬を調合してくれ。今のところ患者の容態は安定しているので、そちらは俺が一人で受け持つ。お前には葉月の治療を任せる。いいな? 」
「承知しました」
これは敬愛する師匠からの指示だ。
断る理由などない。
そして、患者がいかに憎き相手であろうとも、適切な処置を施すことは薬師として当たり前のこと。
俺はしっかりと計量した薬を持って、奴の元へと向かった。
速やかに治療を始められるようにと、アルミラージが葉月某の着物を胸元から腹部まで大きく開かせる横で、鬼が所在なさげに立っている。
桃源郷にいる鬼など、野妖か諜報員のどちらかしかいない。
どういう経緯があって、どんな目的でここに居るのかは分からないが、あまり居心地のいいものでは無い。
(手早く終わらせるか)
綺麗に巻かれた包帯を切り開き、蒲黄と呼ばれるガマの花粉を、布にまぶして患部を抑えた。
ガマの花粉には止血効果があるのだ。
完全に血が止まったことを確認し、付着した花粉を落とす。
綺麗になった傷口を覗けば、予想より深い裂傷があった。
「……縫合が必要か」
その言葉に、アルミラージが顔を上げた。
「できるのか? 」
「いや、無理だ。そういう守り屋の方こそ、外傷の手当ては得意だろう? 」
護衛の仕事と怪我は付き物だし、アルミラージの一族は応急処置の道具を持ち歩いていると聞いたことがある。
実際に、先程取り外した包帯は、このアルミラージのものだろう。
アルミラージは少し考えたあと、頷いた。
「ある程度はできる。消毒液とガーゼを持ってきてくれ」
「わかった。麻酔は必要か? 」
「いや、意識のない今なら、必要ないだろう」
準備が終わると、早速アルミラージは傷口を縫い始めた。
ザックザックと大雑把に縫われる皮膚を見て、俺はそっと目を逸らした。
見慣れていない光景に、何故だか縫われていないはずの自分の腹部がゾワゾワとして落ち着かない。
意識があれば、常に悠然と構えているこの男でさえも、痛みに悶絶せざるを得ないだろう。
ものの数分で縫い終わると、ガーゼで患部を覆い、その上から丁寧に包帯を巻き直す。
それも終わったことを確認して、俺は調合した薬と水差しを枕元に置いた。
「目を覚ましたら食事を食べさせて、薬を飲ませてくれ」
それだけ言い置いて、俺はさっさとその場を立ち去った。
敵の弱った姿など見ていて面白いものでは無い。
それに食中毒の原因が特定された今、研究にご尽力する師匠のためにも、患者達の看病はできるだけ引き受けたいのだ。
「師匠、終わりました」
「そうか、ご苦労。次は──」
指示を出しながら、師匠の研究を進める手は止まらない。
まだ教えて貰っていない手法を目一杯使っていることがわかった。
やはり、師匠の膨大な知識と調合の手腕は、どの薬師と比べても秀でている。
俺はこの師匠に出会えたことに、何億万回目かの感謝を神へ捧げるのだった。
天中でも食中毒が流行しているが、中心地なので薬師の数が足りていたこと、そして何より月夜町の気に食わない薬師とその見習いが手こずっているということで、仕方なく助けに来てやったのだ。
こんな非常事態でも、師匠は威厳と慈愛を忘れずに、洗練された手際で仕事をこなしていく。
もちろん俺も、師匠から賜った御下命は完璧に捌いていった。
(それにしても、何故ゆずさんは神桃楽から近い俺たちじゃなくて、わざわざ葉月何某とその見習いを呼び出したんだ? )
ひたすら解熱薬と鎮痛薬を作りながら、俺は眉を寄せた。
別に薬の調合が面倒な訳では無い。
むしろ何度作っても勉強になるし、患者には悪いが、上達するいい機会だとも思っている。
だが腑に落ちない。
薬師襲撃事件について動くのなら、葉月某より断然師匠の方が向いているだろう。
何しろ情報屋を副業としているのだ。
副業といっても、師匠の種族である鎌鼬一族の生業だが、師匠の情報収集力はかなりのものである。
だが、先程ゆずさんから届いた連絡符によれば、葉月某の活躍により、原因が分かったと書いてあった。
「……解せない」
ポツリと呟いたその言葉は、勢いよく開かれた扉の音にかき消された。
間を置かずに、師匠が「葉月!? 何があった‼」という非常に珍しく驚嘆のお声を上げる。
そちらへと目を向けて、俺はピシリと固まった。
アルミラージと見知らぬ鬼の肩に、辛うじて引っかかっている状態で、血濡れの狐男が運ばれてきたのだ。
「まさか、あの事件の犯人の仕業か? だが、それにしては早すぎる……」
ブツブツと独り言を落としつつも、師匠は薬師用にと用意されていた布団に狐を寝かせた。
「万咲希。止血と鎮痛の薬を調合してくれ。今のところ患者の容態は安定しているので、そちらは俺が一人で受け持つ。お前には葉月の治療を任せる。いいな? 」
「承知しました」
これは敬愛する師匠からの指示だ。
断る理由などない。
そして、患者がいかに憎き相手であろうとも、適切な処置を施すことは薬師として当たり前のこと。
俺はしっかりと計量した薬を持って、奴の元へと向かった。
速やかに治療を始められるようにと、アルミラージが葉月某の着物を胸元から腹部まで大きく開かせる横で、鬼が所在なさげに立っている。
桃源郷にいる鬼など、野妖か諜報員のどちらかしかいない。
どういう経緯があって、どんな目的でここに居るのかは分からないが、あまり居心地のいいものでは無い。
(手早く終わらせるか)
綺麗に巻かれた包帯を切り開き、蒲黄と呼ばれるガマの花粉を、布にまぶして患部を抑えた。
ガマの花粉には止血効果があるのだ。
完全に血が止まったことを確認し、付着した花粉を落とす。
綺麗になった傷口を覗けば、予想より深い裂傷があった。
「……縫合が必要か」
その言葉に、アルミラージが顔を上げた。
「できるのか? 」
「いや、無理だ。そういう守り屋の方こそ、外傷の手当ては得意だろう? 」
護衛の仕事と怪我は付き物だし、アルミラージの一族は応急処置の道具を持ち歩いていると聞いたことがある。
実際に、先程取り外した包帯は、このアルミラージのものだろう。
アルミラージは少し考えたあと、頷いた。
「ある程度はできる。消毒液とガーゼを持ってきてくれ」
「わかった。麻酔は必要か? 」
「いや、意識のない今なら、必要ないだろう」
準備が終わると、早速アルミラージは傷口を縫い始めた。
ザックザックと大雑把に縫われる皮膚を見て、俺はそっと目を逸らした。
見慣れていない光景に、何故だか縫われていないはずの自分の腹部がゾワゾワとして落ち着かない。
意識があれば、常に悠然と構えているこの男でさえも、痛みに悶絶せざるを得ないだろう。
ものの数分で縫い終わると、ガーゼで患部を覆い、その上から丁寧に包帯を巻き直す。
それも終わったことを確認して、俺は調合した薬と水差しを枕元に置いた。
「目を覚ましたら食事を食べさせて、薬を飲ませてくれ」
それだけ言い置いて、俺はさっさとその場を立ち去った。
敵の弱った姿など見ていて面白いものでは無い。
それに食中毒の原因が特定された今、研究にご尽力する師匠のためにも、患者達の看病はできるだけ引き受けたいのだ。
「師匠、終わりました」
「そうか、ご苦労。次は──」
指示を出しながら、師匠の研究を進める手は止まらない。
まだ教えて貰っていない手法を目一杯使っていることがわかった。
やはり、師匠の膨大な知識と調合の手腕は、どの薬師と比べても秀でている。
俺はこの師匠に出会えたことに、何億万回目かの感謝を神へ捧げるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
【完結】離縁など、とんでもない?じゃあこれ食べてみて。
BBやっこ
恋愛
サリー・シュチュワートは良縁にめぐまれ、結婚した。婚家でも温かく迎えられ、幸せな生活を送ると思えたが。
何のこれ?「旦那様からの指示です」「奥様からこのメニューをこなすように、と。」「大旦那様が苦言を」
何なの?文句が多すぎる!けど慣れ様としたのよ…。でも。
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
【完結】婚約者なんて眼中にありません
らんか
恋愛
あー、気が抜ける。
婚約者とのお茶会なのにときめかない……
私は若いお子様には興味ないんだってば。
やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?
大人の哀愁が滲み出ているわぁ。
それに強くて守ってもらえそう。
男はやっぱり包容力よね!
私も守ってもらいたいわぁ!
これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語……
短めのお話です。
サクッと、読み終えてしまえます。
わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
※完結しました。
離婚約――それは離婚を約束した結婚のこと。
王太子アルバートの婚約披露パーティーで目にあまる行動をした、社交界でも噂の毒女クラリスは、辺境伯ユージーンと結婚するようにと国王から命じられる。
アルバートの側にいたかったクラリスであるが、国王からの命令である以上、この結婚は断れない。
断れないのはユージーンも同じだったようで、二人は二年後の離婚を前提として結婚を受け入れた――はずなのだが。
毒女令嬢クラリスと女に縁のない辺境伯ユージーンの、離婚前提の結婚による空回り恋愛物語。
※以前、短編で書いたものを長編にしたものです。
※蛇が出てきますので、苦手な方はお気をつけください。
私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!
近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。
「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」
声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。
※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です!
※「カクヨム」にも掲載しています。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる