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第86回『不登校 いわし雲 病院通い』
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伸弥は畳の上で寝そべっていた。
上下真っ逆さまになった壁の時計を解読すると、現在10時40分。
3時間目の時間だ。
今頃みんなは教室で社会の授業をしているのだろうと思った。
先週はどこまでやったかと思い出そうとしたが、すぐにやめた。
頭痛がひどいからというわけではない。
なぜなら頭が痛いというのは、学校を休むためについた嘘だからである。
伸弥は今朝もいつも通り7時30分に布団から出て背伸びをした。
しかし黄色い朝の光を浴びながら、もし今日学校を休んだらどうなるんだろうという思いが横切った。
ちょうどそのとき母親が話しかけてきたのが、伸弥にとって決定的だった。
「頭が痛いから休む。」
伸弥の口からはよどみなくすらすらと出てきた。
なんとなく休んだのはいいが、学校へ行かないとこんなにも暇なのかと伸弥は驚いた。
勉強をしなくていいのはうれしいが、テレビを見ることもゲームをすることもできない。
薬を飲んで──これはこっそり捨てたので飲んでいないが──横になっているしかないのだ。
好きな漫画の続きを考えようと思ったが、伸弥の想像力ではすぐに行き詰まってしまった。
どうやって時間をつぶそうかと考えあぐねていると、母親はスーパーへと買い物に行った。
伸弥はこれはチャンスだと思った。
母親がスーパーにかかる時間はどれくらいだろうか、伸弥は考えを巡らせた。
日曜日にスーパーに行ったときは30分くらいだったような気がした。
つまり30分だけ遊べるチャンスだ。
どうやって過ごそうかと、伸弥はすばやくゲーム、テレビ、漫画へと目をやった。
だが次に伸弥が起こした行動は服に着替えて外へ出ることだった。
なぜならテレビもゲームも漫画も、学校から帰ればいつでもできることだ。
でも平日のこの時間に学校の外を歩くことは、そうそうできることじゃなかった。
伸弥は遠足で平日の町の様子を見たときの高揚感を思い出していた。
自分以外には子供は誰もいないと思っていたが、公園の前を通ったとき自分と同じくらいの男子がベンチに座っていることに気付いた。
なぜあの子がいるのだろうと思った伸弥はベンチへと近づいた。
男子は厚着をして空をぼんやりと眺めていた。
ジャリという靴底が砂利を擦る音に気付いたのか、男子が伸弥の方を向いた。
意図せず目が合ってしまったことに驚いた伸弥はあわてて口を開いた。
「何してるの?」
「お母さんを待ってるの。忘れ物したからって。」
「忘れ物? ランドセル?」
「ううん。僕病院通いだからランドセルは車の中。」
伸弥はそ、そうかと言うことしかできなかった。
そういえばクラスにもときどき病院に寄ってきて2時間目とかに登校してきた人もいたなと思い出した。
あのときは男子の一部は遅刻だ遅刻だとはやしたてたりもした。
「学校は?」
この質問にどきりとした伸弥は今朝母親に嘘をついたときとはまるで真逆のしどろもどろな回答をした。
「い、いや、俺、不登校で。学校がいやになっちゃって。」
学校がいやになったというのは嫌味に聞こえないだろうかと伸弥は後悔した。
だが男子はふーんと聞いているだけだった。
興味がないというのではなく、深くは追及しないという感じだった。
伸弥は話題を探した。
「布団で横になっててもテレビとか見れなくて暇でさー、今お前はベンチに座ってなに見てたの。」
伸弥は猛ダッシュした。
早く帰らないとお母さんにばれてしまう。
はずむ息を抑えそっとドアを開けると、幸いにも母親の靴はまだなかった。
伸弥は再び小走りで部屋に駆け込み、手早くパジャマに着替えた。
家を抜け出した痕跡を全て隠した伸弥は、コップに水を入れて一息で飲み干した。
一安心した伸弥は小声でぶつぶつと繰り返しながら机に座って漢和辞典を開いた。
そのあと理科の教科書をめくって天気のページを探した。
教科書に載っている写真に指を指した伸弥は体をひねり、窓から空を見た。
「あれ、いわし雲って言うんじゃねえか。どおりで変な雲の名前だと思った。魚偏に弱いって書いてイワシ。魚偏に強いって書くとロウニンアジ。知らねえよ、そんな魚。」
伸弥は男子との会話を思い起こしてくっくっくっと笑い出した。
「僕はロウニンアジ雲を見てた。」
伸弥は明日からはちゃんと学校に行こうと思った。
~・~・~・~・~
~感想~
不登校、病院通いというお題で暗い話にしないようにするのに苦労しました。
不登校は主人公の嘘によって消化することができましたが、病院通いは避けがたかったのでせめて前向きないたずらっぽさのあるオチにしました。
上下真っ逆さまになった壁の時計を解読すると、現在10時40分。
3時間目の時間だ。
今頃みんなは教室で社会の授業をしているのだろうと思った。
先週はどこまでやったかと思い出そうとしたが、すぐにやめた。
頭痛がひどいからというわけではない。
なぜなら頭が痛いというのは、学校を休むためについた嘘だからである。
伸弥は今朝もいつも通り7時30分に布団から出て背伸びをした。
しかし黄色い朝の光を浴びながら、もし今日学校を休んだらどうなるんだろうという思いが横切った。
ちょうどそのとき母親が話しかけてきたのが、伸弥にとって決定的だった。
「頭が痛いから休む。」
伸弥の口からはよどみなくすらすらと出てきた。
なんとなく休んだのはいいが、学校へ行かないとこんなにも暇なのかと伸弥は驚いた。
勉強をしなくていいのはうれしいが、テレビを見ることもゲームをすることもできない。
薬を飲んで──これはこっそり捨てたので飲んでいないが──横になっているしかないのだ。
好きな漫画の続きを考えようと思ったが、伸弥の想像力ではすぐに行き詰まってしまった。
どうやって時間をつぶそうかと考えあぐねていると、母親はスーパーへと買い物に行った。
伸弥はこれはチャンスだと思った。
母親がスーパーにかかる時間はどれくらいだろうか、伸弥は考えを巡らせた。
日曜日にスーパーに行ったときは30分くらいだったような気がした。
つまり30分だけ遊べるチャンスだ。
どうやって過ごそうかと、伸弥はすばやくゲーム、テレビ、漫画へと目をやった。
だが次に伸弥が起こした行動は服に着替えて外へ出ることだった。
なぜならテレビもゲームも漫画も、学校から帰ればいつでもできることだ。
でも平日のこの時間に学校の外を歩くことは、そうそうできることじゃなかった。
伸弥は遠足で平日の町の様子を見たときの高揚感を思い出していた。
自分以外には子供は誰もいないと思っていたが、公園の前を通ったとき自分と同じくらいの男子がベンチに座っていることに気付いた。
なぜあの子がいるのだろうと思った伸弥はベンチへと近づいた。
男子は厚着をして空をぼんやりと眺めていた。
ジャリという靴底が砂利を擦る音に気付いたのか、男子が伸弥の方を向いた。
意図せず目が合ってしまったことに驚いた伸弥はあわてて口を開いた。
「何してるの?」
「お母さんを待ってるの。忘れ物したからって。」
「忘れ物? ランドセル?」
「ううん。僕病院通いだからランドセルは車の中。」
伸弥はそ、そうかと言うことしかできなかった。
そういえばクラスにもときどき病院に寄ってきて2時間目とかに登校してきた人もいたなと思い出した。
あのときは男子の一部は遅刻だ遅刻だとはやしたてたりもした。
「学校は?」
この質問にどきりとした伸弥は今朝母親に嘘をついたときとはまるで真逆のしどろもどろな回答をした。
「い、いや、俺、不登校で。学校がいやになっちゃって。」
学校がいやになったというのは嫌味に聞こえないだろうかと伸弥は後悔した。
だが男子はふーんと聞いているだけだった。
興味がないというのではなく、深くは追及しないという感じだった。
伸弥は話題を探した。
「布団で横になっててもテレビとか見れなくて暇でさー、今お前はベンチに座ってなに見てたの。」
伸弥は猛ダッシュした。
早く帰らないとお母さんにばれてしまう。
はずむ息を抑えそっとドアを開けると、幸いにも母親の靴はまだなかった。
伸弥は再び小走りで部屋に駆け込み、手早くパジャマに着替えた。
家を抜け出した痕跡を全て隠した伸弥は、コップに水を入れて一息で飲み干した。
一安心した伸弥は小声でぶつぶつと繰り返しながら机に座って漢和辞典を開いた。
そのあと理科の教科書をめくって天気のページを探した。
教科書に載っている写真に指を指した伸弥は体をひねり、窓から空を見た。
「あれ、いわし雲って言うんじゃねえか。どおりで変な雲の名前だと思った。魚偏に弱いって書いてイワシ。魚偏に強いって書くとロウニンアジ。知らねえよ、そんな魚。」
伸弥は男子との会話を思い起こしてくっくっくっと笑い出した。
「僕はロウニンアジ雲を見てた。」
伸弥は明日からはちゃんと学校に行こうと思った。
~・~・~・~・~
~感想~
不登校、病院通いというお題で暗い話にしないようにするのに苦労しました。
不登校は主人公の嘘によって消化することができましたが、病院通いは避けがたかったのでせめて前向きないたずらっぽさのあるオチにしました。
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