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第4章

見知らぬ王国

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ここから先は、見知らぬ土地だ。それでも、ライアンのため。そして、愛するマリーのため。たくさんの想いが重なり、フランソワを後押しした。

そして、速足で南へと歩を進めたフランソワは、地平線の向こうに、立派な城を捉えた。王国? それとも帝国?

それを知らなくても、今まで困る事は無かったが、今回ばかりは、無知であることを後悔した。

あのお城に住んでいるのは、どんな人だろう? そして、この灰色の世界で、何故か、あの王国だけが色彩豊かに見える。それが、余計不気味に見えた。

まるで、沼へと誘うように、明るい城。そして、城下町の風景も見えた。人々が、マネキンではなくなっている!

フランソワは、慌てて時計を見た。まだ、4時間も経っていない。そうなると、もう答えは1つだ。

「ここに、何かある!」

罠かもしれない。それでも、行かなければいけない。フランソワは、勇気を振り絞り、歩を進めた。町に入ったところで、意外な人物に、声を掛けられた。

「ここよ! あなた。遅かったわね」
「マリー! 確か君は、お店で待っているはずでは?」
「何を言っているの? すぐそこがお店じゃない」

そこには、確かに、いつもと同じお花屋「Sunsevery」があった。マリーと二人で築いてきたお店。入口には、フランソワが愛用しているミニトラックも止まっていた。

フランソワは、めまいを覚えた。初めてやってきた知らない土地に、自分の店があるはずがない。これは罠だと見抜きつつ、マリーに手を引かれ、偽物の店に入っていった。

そこには、いつもと変わらない風景。そして、いつもよく喋る、愛するマリーも含めて、何も変わらない。

今日も、ご近所さんの話をしている。フランソワは、その話に乗りながら、情報を得ることにした。

「お隣さん。店を閉めるらしいわよ。うちは、大丈夫かしらね」
「大丈夫だよ。今までも、ちゃんとやってきたじゃないか」
「いつも思うけど、貴方は度胸があるわね。頼りにしているわ」

「ああ。それより、ライアンはどうだ?」
「ライアン? ああ、今日も友達と外を駆け回っていますよ。彼が気になるの?」
「いや、何でもないんだ。ちょっと、仕入れに行ってくる」
「さっき行ってきたばかりじゃない。もうちょっと、ゆっくりしたら? まだ、店を開けたばかりよ」
「マリー。悪いが、今日は店を閉めよう。俺についてきてくれ」

フランソワは、この時、この先に進むには、マリーが必要な気がした。まだ、状況がのみ込めていないマリーは、困惑しながらも、店のシャッターを下ろし、鍵をかけた。

マリーが店を閉めたことを確認したフランソワは、彼女を助手席に誘い、ミニトラックを発進させた。

「あなた。どこへ行くの?」

不安そうなマリーの声が聞こえた。だが、フランソワも、応えられるほどの情報を持っていなかった。代わりに、質問で返した。

「マリー。あの大きな城には、誰がいるんだ?」
「王様よ。まさか、会いに行くつもり?」
「そうだ。あそこに答えがある気がする」
「私たち庶民では、謁見すら、させてもらえないわ。どうしちゃったの? 今日のあなた、変よ。何があったの?」
「ああ。ちょっとね」

そう言いながらも、城へと車を走らせる。特に作戦は無いが、行かなければいけない気がした。何せ、一つの村を壊滅させ、強盗である2人組を、平気で殺した軍団の終着点がここだからだ。

まずは、マリーに、この国の事を聞いた。
「マリー。北の村が壊滅したのを知っているか?」
「ええ。今は戦時中だから、色々な所で戦争をしているものね」
「じゃあ、北の村もこの国が?」
「そうよ。こないだの新聞には、そう出ていたけど」

事態は、想像以上に悪かった。それに、何故、マリーやライアンたちが、こんな野蛮な国に住んでいるのか? 

灰色の世界で、花束を探して走り回っていた頃が、とても懐かしく思えた。

「マリー。この国は、どこと戦争をしているんだ? あの小さな村を、滅ぼしてしまう必要はあったのか?」
「どうしたの? いきなり。もう、戦争は何年も続いているじゃない」
「うむむ・・・」

どうやら、行動範囲を広げたことで、とんでもない世界に入り込んだようだ。しかし、今から、全てをマリーに話す時間はない。

「この国は、何ていう名前だっけ?」
「シュラーデン王国よ。貴方、記憶喪失にでもなったの?」
「実は、そうなんだ。色々教えて欲しい」
「うそでしょ!」

マリーは、狼狽していた。だが、目を閉じて深呼吸をすると、全て受け入れた様子で、語り始めた。

「まず、この国と戦っている相手は、ゼータ帝国。
最初は、4カ国による領土の取り合いだったんだけど、いつの間にか、力を付けてきた私たちの王国と、ゼータ帝国の覇権争いになってしまって・・・。

どちらも徹底抗戦の構えを見せているから、こうして、何年も戦争が続いているの。
でも、正直なところ、国民はとっくに疲弊している。もう、限界なの」

フランソアは、予想以上に厳しい現実を突きつけられ、言葉が出てこなかった。何という、むごい世界だろう? 自分が、この国にすんなり入れたのは、「顔パス」だったというわけか。

正直、花束が綺麗な状態で戻ってくれば、もう、元の世界に帰りたい。まさか、戦火の町に放り込まれるなんて・・・。

そこで、ようやく王様に謁見しても、何の意味もないことが分かった。ミニトラックを止めて考え込んだが、アイデアは出てこなかった。

その上、マリーが、とても心配そうな表情で、こちらを見ている。

何故? どうして、こんなことになったのだろう? ここへ来るとき、一度は覚悟を決めたはずだが、これは、想定外だったといっても良いだろう。

「クソッ神様は、何を考えているんだ?」

今まで、敬虔(けいけん)な信者だったフランソワは、人生で初めて神を罵(ののし)った。隣では、マリーがびっくりした表情で、こちらを見ていた。彼女も、熱心な信者だ。

だが、彼女やライアンに、元の世界で起こったこと。そして、どこかで別世界に迷い込んだなどとは、いえない。おまけに、時間の猶予は、残り20時間を切っている。

こんな状態で戦争を止め、特製の花束を取り戻して、元の世界に帰る。気の遠くなるような条件だった。だから、神は24時間も与えたのか。こうなったら、今まで通り、足で稼ぐしかない。


「マリー。販売用の花を沢山積んで、城へ向かおう!」
「え? いきなりどうしたの? お花を献上しても、王様に謁見なんかできないわよ。戦争で忙しいもの」
「王様に会う必要はないよ。ただ、城に入りたいだけなんだ」
「そりゃあ、時々、お城からのお花の注文はあるけど、今は注文が来てないから、無駄足になると思うわ・・・」
「じゃあ、花束にして、持っていこうか!」
「どうして、お城に入りたがるの? 今は戦争でピリピリしているから、失礼なことがあったら、収監されるかもしれない。お願いだから、やめて」


そう言って、強く肩を掴まれたフランソワは、やるせない気持ちになった。マリー。君の為でもあるのに・・・。
ミニトラックを停め、マリーの手を握り返したフランソワは、ポツリ、またポツリと現状を話し始めた。

自分はこの世界のフランソワではないこと。そして、元の世界でのライアンの悲劇。マリーの危機。そのために、一刻も早く戻らなければならない。勿論、稀少な花たちの挿し木で作った花束を手に。

黙って聞いていたマリーは、
「そんな・・・」
と、愕然として、口元を抑えた。うっすらと、目に涙を浮かべている。

フランソワは、
「もう、時間が無いんだ。マリー。すぐに、あの花束を取り戻し、僕が元の世界に帰らないと、君が死んでしまうし、ライアンも悲しむ。だから、協力してほしい」

どうやら、この世界のマリーも、理解してくれたらしい。口を覆った手に沿って、涙がぽろぽろと、こぼれ落ちている。

「私、死ぬの?」
思わず、マリーが問いかけた。

フランソワは、「そうならないように、力を貸してほしい」
と、力強くマリーの肩をつかんだ。力の抜けたその肩は、驚くほどに、反発力がなかった。

数分後、ようやくマリーは立ち直り、二人で知恵を出し合っていた。いわゆる、「作戦会議」である。

フランソワの案は、統一された沢山の花束を献上し、お代を頂かない代わりに、あの花束を取り戻す。

沢山の花束は、謁見の間や、廊下に飾ってもらえばよい。戦時中なのに、王国から花の注文があるという事は、王様は、日々の戦争で荒廃した心を、お花で癒しているのではないか? と提案した。

それに対して、マリーの意見は違った。確かに、奉仕でお城にお花を献上することもある。

しかし、巷の噂では、それらを相手国であるゼータ帝国に贈り、毒を盛る。
そんな用途に使われており、逆に、こちらから勝手に納品すると、ゼータ帝国の回し者だと警戒され、門前払いを受ける可能性が高い。

「代案は、思い浮かばないのだけど・・・」
そう言って、マリーは頬杖をついた。

外を見ると、青と白を基調としたこの国に雨が降り、空は、再び灰色に覆われた。ふと、フランソワは、二人組の強盗を思い出した。彼らは、ここの軍隊に殺されたんだったな。

そして、花束と現金を奪われた。とんでもない奴らだが、もしかすると・・・。

そこで閃いた。今は、自分とマリーの二人がいる。殺された強盗も、二人組だった。だから、二人で目出し帽を被り、化けて出て、花束を持つ者を怖がらせて、あの花束だけを取り返し、トンズラする。

その作戦をマリーに話すと、始めは難色を示したが、他に有効な手立てもない。 

遂に、作戦が決まった。いつも明るくて、とげのない優しいマリーに、目出し帽を被らせる羽目になったフランソワは心が痛んだが、背に腹は代えられない。

目下、戦時中であり、城の中は、てんてこまいだ。まずは、お花を届けに来た「業者」として裏口から侵入し、警備体制を確認。

同時に、あの花束の捜索を進め、必要とあらば、目出し帽を使用する。そして、基本的に、効率が悪くても、二人で行動する。

真夜中、二人は、作戦に着手した。「いつものように」裏口にミニトラックを停めて、門番に挨拶。しかし、門番は顔をしかめた。大丈夫。想定内だ。

「こんな真夜中に、花屋だと? 聞いていないぞ」
「すみません。お昼に納品したかったのですが、少し遅れてしまって」

そう言って、フランソワは、偽の納品書を門番に手渡した。納品書に、一通り目を通した門番は、
「よし! 入れ」
と、簡単に入城を許可した。

二人は、沢山のお花を抱え、さも、納品の遅れを取り戻そうとしているかのごとく、城の中へ入っていった。

戦時中の真夜中。やはり、城内の警備は手薄で、二人は時々、廊下の花と手持ちの花を差し替えながら、ぐんぐんと、上の階へ進んでいった。

そして、古い花は、誰もいない食堂で、処分した。勿論、心は痛んだが。

時々、廊下や大広間で、巡回中の兵士と出会ったが、手にいっぱいお花を抱えているため、どの兵士も、気にも留めなかった。

そのおかげで、自由に城の中を行き来できたが、謁見の間と、お偉いさんの個室だけは、厳重な警備が敷かれていた。

大体調べられる範囲には、例の花束はなかった。あとは、もう個室のドアを無理やりこじ開けて、目出し帽に加えて、包丁を突き付けて、花束を取り返す。
或いは、どこに保管されているかを聞き出す。これしかない! と二人で決めた。

王様の寝室前には、一番と言っても良いくらいに、護衛が居た。やはり、敵国が暗殺者を送りこむ事は、既に想定済みなのだろう。手っ取り早いのは、将軍の部屋を襲うことか?

二人は、決心した。警備が来なくなったタイミングを見計らい、目出し帽を被り、フランソワが体当たりでドアの蝶つがいを壊し、将軍の部屋に侵入した。

真っ暗な部屋の中に押し入ると、寝ていた将軍らしき人物は、慌てて飛び起きようとして、ベッドから落ちたまま、茫然としていた。

フランソワは、
「命が惜しければ、声を出すな! ケケケ、あの時は、よくも裏切ってくれたなあ。盗んだものを、全て返してもらおうか!」
と、一芝居打ってみた。

将軍らしき人物は、みるみる顔が青ざめていき、お漏らしをしていた。そう。この二人が、亡霊だと信じ込んだのだ。

慌てて財布を取り出すと、フランソワは財布ごとひったくり、
「貴様! 花束はどうした? 捨てたなんて言ったら、ただじゃおかねえぞ!」
と、包丁を突き立てて脅した。

今のフランソワは、もう思いやりを持ったお花屋さんではない。完全なる強盗だ。マリーは、止めるべきか、迷っていた。

将軍は、
「何で花なんか・・・。それなら、王様の寝室に飾ってあるよ・・・。あんた達、そんなことの為に、強盗を?」
と、力の抜けた声で呟いた。

どうやら、この状況に慣れてきたらしい。

「うるさい! さっさと着替えて、王の寝室へ」

その時、部屋に、警備兵がなだれ込むように押しかけてきた。どうやら、フランソワの怒鳴り声で、気づかれたようだ。

既にマリーは拘束され、フランソワも包丁を捨てるしかなかった。こうして、花束の奪還計画は、失敗に終わった。
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