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第5章

収監

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二人は、朝まで収監されることになった。

フランソワは、つい感情的になり、大声を出してしまった事。そして、マリーを巻き添えにして、日の当たらない地下牢へ閉じ込められた事を詫びようとしたが、中々切り出せない。

信頼関係のできている夫婦なのに、あまりに辛い思いをさせてしまった自分を責めていた。事実、マリーのいたたまれない表情を見ると、パニックを起こしそうになるフランソワが、そこにいた。

それだけではない。神の啓示を受けてから、24時間以内にあの花束を取り戻す必要がある。そんな中、こうして時間をロスしてしまうことに、焦りも覚えた。

そんな、フランソワのもがき、苦しむ姿を観察していたマリーは、優しく肩を抱き、
「大丈夫よ」
と、優しい言葉をかけた。

フランソワは、思わず感極まり、
「マリー。君をこんなことに巻き込んでしまって、本当にすまない・・・。本当に」
と、マリーの手を握った。

マリーは、柔和な微笑みを浮かべ、
「もう、その話は、終わりにしましょう。こういう時は、楽しい話をするの。でないと、希望の光も見えてこないでしょう?」
「マリー。君が居てくれてよかった。こんな僕を、許してくれるなんて」
「いいからいいから。じゃあ、向こうの世界の私とは、どういう縁で結ばれたの?」
「馴れ初めかい?」

フランソワは、マリーが頷く仕草を見せたことを確認し、ポツリ。またポツリと語り始めた。

「僕。昔は、町工場で車の修理工をやっていたんだ。そこで、お昼になると、いつも近くのパン屋さんへと、足しげく通っていた。

ある日、君がそのパン屋さんで働き始め、一躍、看板娘として、人気を集めた。いつも、元気で明るくて。それでいて、誰に対しても、態度を変えない。分け隔てなく、接してくれたんだ。

僕達労働者は、時に、油や汗の嫌な臭いをさせながら、それでも、パンを買い求めていた。周囲に、他に店が無かったものだから・・・。

だけど、君はそんな僕達を、いつも眩しい笑顔で出迎えてくれたんだ。

当然、君のハートを掴もうと、色目を使う連中も多かった。おつりは要らない、と見栄を張る者もいた。チップの額は、どんどんうなぎのぼりだ。

勿論、僕も君の気を惹こうとした。だけど、ライバルたちが手ごわくて、資金力からいっても、当然、君は他の労働者に取られるものだと思っていた。

ある日、僕は仕事中にケガをしてしまい、入院した。全治1か月。退院するころには、もう、君は僕のことを忘れているだろう。

そして、もう、ライバルのところへ、嫁いでいっているのではないか? そう、悲観していた。

だけど、君は違った。仕事終わりに、僕の入院している病院にお見舞いに来て、心配してくれたんだ。差し入れは、勿論、焼き立てのパンだった。

僕の好みまで覚えていてくれて、本当に優しくて、記憶力もよい。気配りもできる、最高の女性だと思ったよ。

お陰で、予定より早く退院できた。真っ先に君の元へ報告に行くと、我がことの様に喜んでくれた。

僕は、何かお返しがしたいと思い、赤いバラの花束を贈った。そして、お見舞いのお礼に、焼き菓子も手渡した。

でも、勘違いしないでほしい。あの時、僕の中では、下心より、君への尊敬の念の方が強かった。君は、そういう人だったんだ。いつも、あったかい人。
僕の人生の中で、こんな素晴らしい人は、初めてだった。

その頃には、みんなが君に、猛烈に、そして露骨にアタックしていた。中には、群衆の目の前で告白して玉砕する人もいたよ。

君は、丁重にお断りをしていたが、沢山の男に言い寄られ、誰かに射止められるか、パン屋さんを辞めて、遠くへ行ってしまうか。時間の問題だと、僕は思った。

だから、僕もアタックしたんだ。またしても、花束を持ってね。最初は、マリーゴールドにしようと思ったんだ。君の名前も入っているし。

しかし、僕は、名前で君を好きになった訳じゃない。だから、向日葵(ひまわり)の花束を買ってきて、君に愛の告白をした。

「あなたは、太陽の光を浴びて輝く、この向日葵のような人だ」とね。

君は、一日だけ待ってほしいと言った。家族と、相談してみると言ってね。

翌日、君は、トランクケースを二つも持って、僕の前に現れた。昨日のことを話したら、家族から勘当されたとね。

僕は、愕然とした。責任を感じた。だが、それよりも、こんなに素敵な人を、家から追い出す人がいる事に、怒りを覚えた。

僕なら、そんな事は、絶対にしない。

僕は、そんな、君に冷たい家族のそばから離れて、二人で暮らそう、と提案した。僕も、沢山の人達を敵に回してしまった。

だから、車の修理工を辞めた。その時に、親方からもらった餞別(せんべつ)が、今のミニトラックなんだ。

そして、できるだけ離れた所で、お店を開こう。そんな話をしていた時に、君がお花屋さんをしよう。そう、提案してくれたんだ。

僕も、ノウハウは無かったけれど、君がしっかりと管理する。そう言って、僕らは、お花屋さんを開くことになったんだ。お店の名前のSunseveryは、君をみて、浮かんだ言葉だ」

そこまで言い切って、マリーの方をみると、うっすら涙を浮かべ、微笑んでいた。こういう時は、何と声をかければ良いのだろう?

困惑していると、マリーに強く抱き寄せられた。そして、
「私も、そうだった。やはり、違う世界で暮らしていても、あなたは、私の大事なフランソワだったのね。ありがとう。話してくれて」 

フランソワは、こんなに素晴らしい人に、こんなにも愛されていいのかと、心の中で神に問うた。

自分は、半ば無理やり、マリーをこの城に連れてきて、こうして、地獄の様な地下牢に、一緒に収監されている。

それなのに、まだ愛されている。せめて、マリーだけでも、こんな日の射さない所から、出してあげたい。それが叶うなら、自分は一生、この地下牢に閉じ込められても良い。

心から、そう思った。

そんな時に、マリーに、
「今、何を考えているの?」
と聞かれたものだから、心臓が飛び出しそうになった。その狼狽ぶりから、マリーは、フランソワの考えていることを読み取り、
「変な気を起こさないでね」
と、抱きついたまま、耳元でささやいた。

フランソワは、そんなマリーの優しさ、温かさに触れ、見失いかけた目標を取り戻した。

マリーの為、そして、ライアンのために、一刻も早くここを抜け、挿し木で作った花束を取り戻し、元の世界に帰らなければ!

そのためには、どうしたら良いだろう?

王様とやらに事情を話し、理解してもらえれば、すぐに解決する問題だ。
しかし、こちらは、深夜に強盗に入って、収監された身だ。命を取られなければ、ラッキーな方かもしれない。

いや、それだけではだめだ。24時間が過ぎてしまうと、この世界にまで足を踏み入れた意味がなくなる。絶対に、あの花束でないと、ダメなのだ。それ故、この世界に来てまで、あの花束を、取り戻そうとしている。

フランソワが頭を抱えていると、看守がやってきて、
「おい、お前たち。謁見の間に来い。今から、王が裁きをくだす」
そう言って、看守と兵士数名に連れられ、フランソワとマリーは、地下牢から連行されていった。
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