実家を追放された名家の三女は、薬師を目指します。~草を食べて生き残り、聖女になって実家を潰す~

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 ミラは機材を準備して、宿の自室で麻痺用の低級ポーションを作成することにした。

 麻痺回復ポーションは温度を一定にすることが大事だ。
 温度管理や溶液に使う魔法の出力や精度が変わってくる。

 ミラは上級魔法が使えないため、普通の風の魔法を使うが、それでは温度が下がりきらない。
 そこで、低級の氷結魔法で水から氷に変える温度降下を利用した。
 ミラは、上級魔法が使えない分を工夫してメリエラとの差を埋めるしかなかった。

 指先に液を垂らして温度を確認し、問題なければ溶液との調合を始める。
 このとき、帰りに購入しておいた中和剤を入れた。
 低温抽出のために魔法で溶液を空気で圧迫。圧力を高めていく。
 このときの圧力変化による温度管理が難しい。

 こまめに温度を管理しながら、抽出を終えると、魔法で回転を加えた。
 そして、不純物の分離、除去を繰り返す。
 出来上がったものを瓶に入れて、麻痺回復用の低級ポーションが完成した。

 温度と圧力で何度か失敗したため、結構な数の薬草を無駄遣いしている。

「完成だわ! 色もちゃんと紫に」

 日は暮れかけていたが、ミラはそのポーションを持ってメリエラの工房に向かった。



 ミラがメリエラの工房を訪れて扉を開けると、忙しそうにポーションを作成している姿が見えた。

「お邪魔します」

 声だけでメリエラに入るように言われた。
 忙しくて手が離せなかったのだろう。

 ミラは革袋からポーションを取り出す。

「ポーションができたので持ってきました」
「もうできたのね」
「はい、私のほうでもポーションを作成しようかと」
「そういうことね。人出が増えるのは助かるわ。どれだけ作成しても追いつかないもの」
 メリエラはポーションを鑑定して、問題ないと太鼓判を押した。

「この品質なら、ギルドにそのまま出せるわ。ただ、このポーション、ちょっと品質が高すぎるわね。1本作るのにすごく時間がかからない?」
「はい、最初のポーション作りよりもかなり時間がかかりました。失敗も多かったです」
 ミラが作るポーションは、本来、低級ポーションとして量産するような品質ではなかった。
 最低限の薬効があるなら、多少、品質は落ちても量を作る。今回のような場合、1本に時間がかかりすぎるから、このやり方は非効率的だった。

「メリエラ様、こういう量を優先する場合はどうしているのですか?」

「そうねぇ、とりあえず、複数のポーションを同時に作っているわ。魔法で同時に管理してね。けど、初級魔法でこの方法は難しいから、ミラには真似できないのよ」
「そうなんですね。では、私なりに1本ずつ作ってみます」
「あ、だったら、師匠の工房を使ってみる?」
「え? 師匠というのは……」
「私の師匠で、すでに引退していたんだけど、この前、亡くなったのよ。だから、工房だけは空いているの。鍵はあるから使って頂戴」

 ミラは鍵と地図を受け取った。

「いいんですか?」
「ええ、ミラは宿暮らしよね? 夜に調合魔法であまり騒音立てるわけにはいかないでしょ?」
「はい」
「本当はもっと後で『弟子の見習い卒業祝い』とか言って渡そうかとも考えていたんだけど、丁度いい機会だわ」

 ミラは鍵とメリエラを見比べて、鍵を握り込んだ。

「ありがとうございます。すぐに行ってみます」

 ミラが訪れたのは、メリエラの工房からほど近い石造りの古めかしい工房だった。
 機材もきちんと置かれていて、部屋の中は少し散らかっているが、書籍などもたくさんある。

 ミラは本を手にとって読み始める。
 その中には、『調合応用』のギルドにはなかった書籍や成分の処理を記録したメモなどが大量に保管されていた。
 その内容が全て理解しながら、ミラの頭の中に記憶されていく。

「これって、かなり大事な資料よね?」

 その中には日記も含まれていた。

(日記は勝手に読んでもいいのかしら? でもこれ、順番に誰かに読ませるような位置取りよね……)

 読むか迷ったが、ここにもなにか大事なことが書かれているかも知れない。
 何より、読めと言っているような気がした。
 開くことにした。

 そこには、師匠様が調合工程の研究の成功と失敗の記録について書かれていた。
 要約すると、弟子に伝授した技術は、その中の成功した技術だという。

 だが、そのメリエラの師匠様がした研究の中には、失敗もあった。
 未知の技術に、調合をさらに効率化する技術が含まれていたのだ。

 結局、師匠様は死ぬまでにその研究を完成させられず、途中で終わったことが記されていた。

「どうして成功しなかったのかしら?」

 日記の後半までさらっと見ると、かなりの年月を研究に費やしていたはずだ。
 読んでいる途中のページに戻す。

 ミラは考えてみるが、答えは出なかった。


 そこで読み進めるとあるページで目が止まった。

 それは、古い外国の言語で記述された技術書の文献についてだ。これらを最後まで読み解けなかったことが記されていた。
 しかも、解読の途中で文字がぼやけて見えなくなり、解読もその研究も調合作業さえ難しくなったことは日記に書いてあるようだ。
 これだけは薬でもどうにもならなかったという。

 そして、奥の棚には、その解読する途中の古い外国の技術書や学術書の文献があった。
 集めるのも大変だっただろうに、結局解読されずに読まれることもなく残ってしまった。


 ミラはその本を手に取り、次々とのだ。

 メリエラの師匠も予想していなかった。手にとって古代の外国言語をすぐに読める人間が、この資料にたどり着くことなど。
 この古い文献は、古い言語で書かれていて、内容も専門的だ。薬師の知識をもった、古代の外国言語も読み解ける人でないと内容がわからない。

「うん、これ、すごい。質を高めて調合の効率も上げる方法が書かれてる……」

 ミラは姉に言われて学んでいた膨大な言語や古い言語も理解し、記憶し続けていた。この先、意味があるのかもわからない知識だった。

(複雑な気持ちだわ……)

 ミラはどんどん読み進めて最後まで、読み終えた。
 最後の資料を閉じて棚に戻す。

 ミラにとって、一度読んだ書物は再び開かれることはない。
 すでに記憶の中にあるためだ。

(師匠様は、もしかして……)

 ミラは手前から順に読んでいっただけで、この未解読の文献とその意味にたどり着いた。
 整理して、順に読んでいくと、この研究に行き着くようになっているのはどう考えても不自然だ。
 ということは、弟子に研究を引き継がせるために、わざとわかりやすく資料をまとめてあったのだ。

 研究でただ雑に保管していただけではない。
 メリエラかルーベックにこの研究の先を読み解くことを期待した。

 しかし、ルーベックはあまり技術継承に興味がないと言っていたし、メリエラも弟子を取らないまま、調合の研究も婚活の時間でなくなった。

 誰も解読しないまま、この工房に埋もれるだけだったかも知れない日記と資料たち。

 ミラは今日、これを見つけられてよかったと思った。


 とりあえず、工房内の資料を少し片付けてから、ポーションの作成を開始することにした。
 だが、その前にやることがあった。
 ミラは、一度メリエラの工房に戻って、古い文献のことを話し、事の顛末を語ったのだ。

 メリエラはそれを聞いて、寂しげな顔をした。

「そう……」

 それだけいうと、必要な材料を集めて渡してくれた。

 ミラは師匠の工房に戻ると、材料を並べた。

 麻痺回復ポーションの材料の他に、『白い結晶の岩石材』と『ラビッティアという魔物の角』、『森の雫』という樹木から取れる溶液を並べた。

 ラビッティアは角から魔法を放つ、魔法の伝導率を高める効果がある角だ。
 これを混ぜることによって、魔法調合の効率が上がる。

 試してみると、麻痺回復ポーションの場合に15分以上かかっていた魔法調合が、1分以内で完了した。
 
  白い結晶の岩石材は山で取れるものらしいが、この欠片を砂くらいの1粒入れるだけで、分離効率が上がる。
 回転させる時間も短くなり、除去に必要な作業も減った。

 森の雫は、溶液と最初に混ぜておいたので、親和性が高くなり、短時間で抽出した薬草の成分を取り出しやすくなっていたのだ。
 
 ――1本のポーションがこれほどにも早く完成した。
 
 あの研究資料はもしかすると、この国の調合技術の根幹を揺るがすかも知れない。この書物を巡って薬師たちによる技術の奪い合いが起きてもおかしくない、とても貴重なものだった。
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