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第3章 絶望の獣と対峙するミニャ

#23 人間嫌いの集落

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 ルーヤー川を下って自由都市エスペラントへ、俺達の船旅ならぬ筏旅いかだたびは順調に進んでいた。ロゼによれば川の流れの速さは場所にもよるが時速にして3キロから4キロほどらしい。

「川に漕ぎ出したのが10時くらいで今が3時過ぎ…、少なくとも15キロは川を下った訳か」

 周りの風景は漕ぎ出したあたりとまだあまり変わっていない。野山の間を縫うように流れる川から眺める風景そのものだ。

 モンスターや危険な獣に出会う事もなく、時々流れが曲がりくねった場所で筏の位置を川の中央に維持しようとミニャが棒を使って調整するくらいで平穏そのものだ。しかし、まったく問題が無い訳ではない。

「日が暮れる前に安心して寝泊まりできる場所を確保したいところだな」

 そう、あと1時間か2時間かすれば日暮れだ。そうなると上陸して野営の拠点とする場所を探すのが難しくなる。

「ニャ~、川で移動するのは良い考えだけど同時に悩みもあったのニャ。モンスターにしても獣にしても水を飲みにくるもんね」

「生物に水は不可欠、川はまさにその水場。危険性の無い…、あるいは少ない場所を選定する必要性あり…」

 ミニャとロゼが川が近くにある事による危険性を示唆している。ミニャにせよロゼにせよ戦う術を持っている。しかし、一晩中警戒するのは骨が折れるだろう。

 そんな訳で早く寝泊まりするのに適した場所を見つけ出したいところだ。ミニャもそれを痛感しているのか船頭のように長い棒を扱い川底を突いて筏の速度を上げようと頑張っている。俺も俺でボートを漕ぐのに使うオールを創造し、微力ながらミニャに加勢する。一時間に3キロしか進めないよりもスピードを上げて仮に5キロ進めればその分だけ川岸を物色できる。その方がより安全に寝泊まり出来そうな場所を確保しやすくなるだろう。

「前方1キロ余り…左岸、生体反応複数…」

 ロゼが伝えてきた。

「何かいるって事か?」

「生体反応の形状、大きさから人型生物。体の大きさは我々とそう変わらない」

「…って事はゴブリンのたぐいじゃないニャんね。アイツらの体格、人と比べたら一回り小さいニャ」

「うーん、それじゃなんだろうな?人の住んでいる所なら危険性は少ないか?」

「人が住んでるから安全…、そうとは限らないニャ」

 ミニャが真面目な口調で言った。

「そこが盗賊や山賊の根城だったりする場合もあるのニャ。油断は禁物ニャ」

 なるほどなあ、そういう可能性もあるか。

「じゃあ、ゆっくり近づいてみよう。安全そうなら上陸だ」

 俺はそう言って陸に上がる準備する事にした。



 筏を止めやすそうな石混じりの砂地になっている川岸を見つけた。泥の土地だとぬかるんだりして足を取られたりする可能性もある。その点では運が良かった。

 上陸したそこはロゼが探知した複数の人型生体反応とやらがある地点から100メートルほど手前である。今まで流れ流れてやってきたルーヤー川を本流として左側方からも川が流れ込んでくる合流地点。日本人的感覚で上空からこの場所を見たら片仮名カタカナの『ト』の字を鏡に映したような感じか…、その合流する場所の左手前の岸に筏を接岸けた。

 時刻は午後3時半を過ぎ、まだ明るいができれば再びの川下りは避けたいものだ。暗くなっては思わぬ不覚をとるかも知れない、そうでなくとも不慣れな屋外。おまけに異世界ときたもんだ、モンスターとかに出会わなくて済むならばそれにこしたことはないのだ。

「カヨダ~!ロゼ~!」

 俺とロゼに対して先行する形で様子を探りに行ったミニャが戻ってきた。

「ここは狼の部族の集落ニャね」

「狼の部族?」

 よく分からない単語に俺は鸚鵡返おうむがえしにミニャに言葉を返した。

「ああ、カヨダのような人間から見たら狼の獣人って言った方が分かりやすいかニャ」

 なるほど、ミニャは猫の獣人。わざわざ自分を獣人とは言わない。だけど同じ獣人だとしても猫にまつわる人もいれば犬という人もいる。聞けば狐とか蛇の人もいるって言うし、もしかすると俺が思いもしないようなルーツを持つ部族の人がいるのかも知れない。

「彼らは主に狩猟を生業なりわいにしている部族ニャんだけど…」

「ん?」

 何やらミニャが言いにくそうな雰囲気を出している。直感的に何か良くない事があったのかと予想する。

「なるほど、猫の部族の娘よ。確かにお前が言っていた通りであるな」

 ミニャの後をついてきた一見して年寄りだと分かる白髪だらけで背中が丸まった男が声をかけてきた。そしてその右斜め後ろと左斜め後ろに控えるような形で二人の男が後に続いている。三人とも色黒の肌に毛皮の服を身につけた典型的な狩人スタイルである。

人族じんぞくが…、それも冒険者でもない人族が行動を共にしているとはな…。そこの男…、商人と聞いたが…まことか?」

 白髪だらけの男が俺をまっすぐに見ながら言った。

「そうだ。俺の天職ジョブはよろず屋…、まあ雑多な品物を扱う商人だな」

「なんと…、信じられん。商人が猫の部族の者と行動を共にしているなど…」

「本当ニャ!カヨダは、そしてロゼも昨日の雨の時にボクを迎え入れてくれたのニャ!今日だって力を合わせていかだを作って一緒に川を下ってきたんだニャ!」

 ミニャが声を大にして狼の獣人達に訴えかける。

「それが信じられんというのだ。根本的に人族は我ら獣の民を下に見る。ましてその男は商人…。その者の利益の為にお前はいいように使われているだけなのではないか?猫の部族の娘よ」

「そんな事はないニャ!」

 なんだろう…この疎外アウェイ感、そしてこの白髪頭の男が俺を見る視線は…。ミニャに対してはともかく、俺に対してはとにかく突き放すような感じだ。初対面なのに嫌悪感すら抱かれているようだった。

「猫の部族の娘よ。お前一人なら今夜一晩、集落の片隅にでも寝泊まりするのは構わん。だが、残る人族の二人がこの集落に立ち入る事は許さん。立ち去るがよい」

 俺達に対応している年配の男はハッキリとそう口にしたのだった。




 次回、「迫りしスタンピート的な何か」

 お楽しみに。

 

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