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第6章 商売を始めよう
第68話 突如現れた名も無き名店
しおりを挟む翌日…。
「もう30分もすれば昼時って感じか…。コッペパンは切れ目も入れてある、後はサモンを揚げるたげにしておけば…」
衣を付けたサモンの切り身、揚げ油はいつでも調理が始められるよう温めてある。
「お客人ッ、お客人ッ!」
バンズゥの下で働く職人達が息を切らしてやってきた。
「どうしたんだ?昼休みにしちゃ少し早いようだが…」
「へへへ…、午前の分を早いトコ終わらせて戻って来たんですよ」
「そりゃまたどうして?」
「だってこんなウマい物、行列になるに決まってるじゃありやせんか!?だからそうなる前に…」
「なるほど、すぐに作るから待っててくれ」
そう言って俺はサモンを揚げた。揚がったサモンフライをミニャがトングで掴み揚げ物ソースにサッと浸ける。それをコッペパンに挟んでやれば…。
「へへっ、これこれ!」
職人達が手を伸ばしウメーウメーとたべ始めた。そうこうしていると裏庭にチラホラと人がやってくる。
「ここかい?親分さんトコの若い衆が美味いモンを作ってるってのは?」
「そうだ、コレだよォ!」
職人の一人がサモンフライサンドを掲げて見せた。
「な、なんだい?それは?」
見た事もないとばかりにやってきた人々が不思議がっている。
「昨夜言ったじゃねえかよォ!柔らかいパン、良い魚に美味い味付け!」
「そんなんで分かるか!」
うん、確かに分からない。そうは言うものの好奇心が買ったのか最初にやってきた猫獣人の男が近付いてくる。
「いらっしゃいだニャ。ひとつ、1000ゴルダだニャ!」
ミニャが元気良く声をかけた。
「1000だぁ?ずいぶん高いな、おい!そこらで買う倍…、いや場合によっちゃあそれ以上だ」
「細けえコタあ良いから食ってみなよ、分かるから。お貴族サマでもなきゃ口に出来ねえようなパンだぜ!どーせカネを余らせてもお前は博打でスッキリちまうんだからウマいモン食った方が良いぜ」
1000ゴルダの価格設定に戸惑っている猫獣人に先に食べていた職人が言った。
「勝つ事だってあらァな。ま、良いか、一個くれや」
そう言うと男は大きめの銅貨、…1000ゴルダを支払った。金を管理するロゼが受け取る。
「はい、サモンフライサンドだニャ!」
トレーに乗せてミニャが商品を渡す。男はそれを手に取るとクンクンと匂いを嗅いだ後、ガブリと齧りついた。
「こ、これはァ~ッ!!」
ぷるぷる…、パンに齧りついた猫獣人の男がその身を震わせている。尻尾は毛を逆立てて膨らみ、まるで天を衝かのようにピンと上を向いている。
「う…」
わずか一音、呟いた後に男は数秒ためて再び口を開く。その声は大きく、もはや絶叫に近い。
「美ー味ーいーぞォォーッ!!」
目からビームを出す勢いで男がサモンフライサンドの感想を吐き出していく。
「むううッ、これがあのサモンなのか!?食べた事はある、食べた事は!だがこんな味わいは初めてだ!歯触りも違う、煮た物ならこんなしっかりした食感にはならない!暑い湯よりも高温、それで一気に熱を通したから煮崩れも起こさずしっかり火が通っている!」
「なんだって?アジノー、ちょっと大げさなんじゃないの?煮崩れさせないだけなら焼いたって良いんじゃないの?しっかり火は通るんだから」
別の中年と思われる男、ちょっと甲高い声の猫獣人が最初にサモンフライサンドに齧りついた男に尋ねた。
「トミー、それは違う!焼きサモンは確かに煮崩れはしない、だが表面から水分は抜けパサパサになりがちだ。しかしこれは衣を付けて揚げる事でパサつきを防ぎ、かッ中身はふっくらと仕上げている!」
「はあ?ふっくらしていてしっかり歯応え、だけど煮崩れもパサ付きもしないなんて…」
「それが出来ている、それがこの料理法だ!さらにはこの味付けの見事さよ、ただ甘味があるとか良い塩加減だとかでは言い表せない深い味わい!これは果物か?甘みに酸味、香りまで加えてサモンに絡みつく!」
ばくばくっ!!
アジノーは見事な食レポをしながら器用に食べ進めていく。
「そしてこのパンの柔らかさはなんだ!王侯貴族や大神殿の聖職者が口にできるという雲のような柔らかいパン…、きっとコレがそうだ!いや、それ以上かも知れん!柔らかさの事は噂に聞いた事があるが、この鼻に抜けるようなパンの香ばしい香りの事は聞いた事が無いッ!!舌だけじゃない、匂いまでが美味い、美ー味ーいーぞォォー!!」
食べながら語り、語りながら食べる…器用な事をしながら最後にアジノーは天に向かって大声で吠えた。まさに仁王立ちの姿勢で…。
「そ、そんなに美味いのか…」
ごくり…誰かの生ツバを飲み込む音がしたか。
「お、俺は買うぞ!」
野次馬の一人が大銅貨を握り締めながら駆け寄ってくる。
「あっ!俺もッ!」
「待て待て、俺もだ!」
そんな声をきっかけに猫獣人達が押し寄せてくる。
「順番に並ぶニャ!並ばないと売ってあげないニャんよ!」
早速ミニャがピシャリと言った。
「そうだ、ここはウチの庭だ。勝手なマネはさせないぜ!」
猫獣人達の顔役でもあるバンズゥも睨みを効かせると彼らは大人しく列を作り始めた。さすがに親分の言う事は彼らにとって絶対であるらしい。
「ようし、お客人。ハラを減らしたみんなにそれを作ってやってくれや。きっとみんな喜ぶぜぇ…」
「ありがとう、親分」
そう言って俺は再びサモンを揚げ始めた。行列は昼時を過ぎてもなお途切れる事を知らず夕方近くまで続くのであった。
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