石長比売の鏡

花野屋いろは

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 午後1時を過ぎた。待ち合わせた彼は、まだ来ない。まぁ、いつものことだし、樹里は彼が現れるであろう方向に目を向けた。

--10分過ぎた、そろそろ現れてもいい頃だけど……

 スマホに連絡が入っているか見てみる。ついでに、待ち合わせの時間と場所も確認する。
どうしたんだろう、メッセージ入れてみようか、もう少しまとうかと逡巡していると、着信が入った。コイビトの孝彦からである。慌ててでると、孝彦が一方的にまくし立ててきた。

「樹里か、俺だ。悪い、今日は行けない。いや、今日だけじゃなく、もう、無理だ。俺やっぱりあいつののこと、諦められない。だらか、ほかの女じゃだめだ。」
 樹里は、孝彦が何を言っているのか理解できなかった。
「おい、樹里、聞いてんのか」
イライラしたように、電話の向こうで孝彦がいう。頭の中で孝彦が言ったことを反芻した。樹里は、深く息を吸って短く答えた。
「わかった」
「えっ、おい、樹里、わかったって…?」
孝彦は、なぜか、焦ったように聞き返す。
「だから、孝彦が言いたいことはわかった。私たちは、もう終わりってことだよね。もう連絡しない、だから、そちらからもしないで。それじゃ、さよなら。」
樹里は、精一杯、落ち着いて聞こえるように声を振り絞る。
「おい、待て、樹里っ!」
電話の向こうで、もう会わないという樹里に対して、焦ったように話しかける孝彦の声が聞こえる。でも、それを無視して、樹里は、電話を切った。

今日、樹里は、8ヶ月付き合ったコイビトと別れた。
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