石長比売の鏡

花野屋いろは

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6.

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 10月1日付けと言われていた営業3課の係長一条晃の営業部次長就任は、中途半端な7月15日付け発令となった。
「怪しい…。」
ランチのパスタをつつきながら理砂はいう。
「そうなの?でも一条係長…次長は、やり手なんでしょ、課長すっ飛ばしぐらいはあり得る人事なんじゃない?」
とのんきに樹里は言う。しかし、理砂は
「怪しいのは、すっ飛ばしたことではなく、時期よ。」
別に、10月1日付けて問題ないのになんで、早めたのかしらねとブツブツと腑に落ちないようだ。
 その時、店内に数人の客が入ってきた。内一人は、噂の主の一条で、他3名は営業事務の女子社員だった。それをチラリとにた理砂は、人の悪い笑顔を浮かべた。あっ、また悪いこと考えているなこいつと親友の腹の内を見透かしながら樹里は、パスタに意識を集中した。
 新次長一行は、樹里達のテーブルから少し離れたところに通された。新次長は、樹里側に座ったので、樹里から次長は見えないが次長の向かいに座った営業事務職の女子社員達は見えた。その女の子の一人を見た樹里の頭の中に
『営業事務の咲紀ちゃん、可愛いんだよね。』
という孝彦の言葉が浮かんだ。
 そうだ、あの子、営業事務の鈴木咲紀さん、孝彦のお気に入り。小柄で、愛嬌があってって私とは正反対の可愛い子。樹里は、ちらと次長一行をみた。高橋さんは、嬉しそうに次長を見上げ何か話している。まぁ、嬉しそうなのは、高橋さんだけじゃない、その隣の女の子もだ。恐らく次長の隣に座っている子も、テンションマックスだろう。なにせ、課長すっとばして次長に就任した、若手エリート。就任早々を捕まえて、一緒にランチとなればそれは嬉しいだろう。
--あれが、”普通の女の子”なんだよねぇ…
私には絶対できない甘えた仕草、ふんわり笑顔。全部孝彦が好きで望んでいたもの。私には、似合わない。
「こら!」
理砂の声が降ってきた。
「あっ…」
「また、しょーもないこと考えてたでしょ。」
お見通しだ。流石、親友、悪達。理砂はやれやれといった顔をしたが、
「でよう。」
といっただけだった。
 パスタ屋を出ることを提案してくれた親友に樹里は感謝した。二人が店を出たのと入れ違いに、孝彦が同僚とその店に入ったのだ。樹里は孝彦に気がついたが、あちらはどうかはわからない。孝彦は、樹里の方へはチラリとも視線を動かさなかった。多分気づかなかっただろう、孝彦には他に考えることがあったみたいだから。孝彦達はこういっていた、
「咲紀ちゃん達ここにいるかな?」
 
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