石長比売の鏡

花野屋いろは

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小話:総務の田中元同僚に絡まれる

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 フロアの半分の什器が運び去られた営業部フロアで田中は、打ち合わせ
ルームが設置されるのを見ていた。オフィスレイアウト変更に伴い移動した
企画部の場所には、小規模な打ち合わせスペースを複数、フリースペース
対応のキャビネ等を設置することになっている。
 
 ポーン

 エレベーターが到着した音が聞こえた。オフィスレイアウト変更のため、
あちらこちらが開け放たれているせいか、通常では聞こえるはずのない音が
フロアに響いた。
 程なく、一人の男がフロアに入ってきた。

「田中、お疲れさん。」

田中は、声を掛けられた人物に顔を向けた。

「お疲れ様です。小出さん、どうしたんですか?」

「いや、レイアウトがどう変わってるのかなって思って、ちょっと覗きに
きたんだ。」

「ついでに仕事って事は?」

「ないない。」

「そうですか。じゃあ、本当は、何です?」

「本当って、なんだ?」

「小出さんが、オフィスのレイアウトが変わるだけで、わざわざ休日なのに
会社にでてくるとは思えないんですけど。」

孝彦は、田中の素っ気ない口調に驚いた。

ーー こいつ、こんな奴だったか?

孝彦が何も言えずに黙っていると、田中が続けていった。

「ただの好奇心で覗きに来ただけでしたら、退社していただいた方が
いいですね。作業している方の邪魔になりますし、俺も、お相手できません。」

「お前、何故だ?」

田中のとりつく島もない態度に孝彦はむっとしたようにいった。

「何故とは、何がです?」

「何故異動した。どうして総務部なんだ? 一条さんが昇進して、持っていた
得意先を担当するのは、俺か、お前かっていわれてた。課の奴らだって、
皆思っていたはずだ、一条さんの後任はお前だって。」

「それは、買いかぶりではないですか。それに、もし、俺がそのまま残っても
一条さん担当の得意先を俺一人で引き受けるのは無理ですよ。」

「だが、課長達はそう考えてはいなかったようだ。俺だってそう思った。
一条さんの後、営業成績を競うのは、お前だって。」

「それは、小出さんの思い込みでしょう。」

田中は、孝彦の言葉を途中で遮った。

「異動は、僕の私的都合です。あまり言いたくなかったのですが、学生時代、
陸上部で痛めた膝の調子が悪くて、内勤を希望したからです。」

「そう…なのか。」

「ええ、そうです。雨の日の外出とか結構きついんですよ。」

「悪かった…。」

「納得いただければ結構です。できれば、そろそろ…。」

田中は、孝彦に退室を促した。

「あっ、ああ。帰るよ。」

孝彦は、片手を上げて、田中に背を向けるとエレベーターホールに向かった。
その後ろ姿を田中はしばらく見送っていた。








 
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