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第4章 大学生、みいちゃんと出会った。
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明くる日曜日、泥のように眠っていた周は、けだるさと共に目を覚ます。昨夜は結局電車に乗って帰ったが、動かしなれていない体で一日中歩き回ったツケが回ってきたらしい。全身の筋肉が
痛い。寝ぼけた頭で時計を見ると、まだ朝の6時を回った頃合いだった。
『おい、さっさと起きろ。』
自分よりも早く起き、1限の講義がある度に降ってくる、呆れたような声の主は、もうこの部屋にはいない。
痛む体に鞭打ちながらベッドの外に這い出ると、暖かな日差しが窓から降り注ぐ。すやすやと気持ち良さそうに眠るみいちゃんも、もうそこにはいなかった。
昨日までとは様相を変え、がらんとした空っぽの部屋の中で、周はただ一人、ベッドに腰掛ける。やけに広く感じる部屋の中に、自分以外の気配は、もうない。
二度寝は十八番の筈なのに、今日はなぜか、目がよく冴えている。
「……」
部屋の景色がぐにゃりと歪む。自分が泣いているのだと気が付くのに、そう時間はかからなかった。
涙でぐしゃぐしゃになった顔を洗い、いつもはその辺に放っている筈の服を、普段使っていない箪笥から取り出す。
「よし。」
帰った時のまま放置されたナップザックを雑に背負い、玄関のドアを開ける。身体中は痛いが、その足取りは軽い。周は自転車に乗って、早朝の街に繰り出した。
まず最初に辿り着いたのは、飲み会の帰り道、言わずもがな、初めてみいちゃんに出会った場所だ。
ーー初めは怖かったなあ……
酔っ払って帰った夜、出会った女の子はそれはもう不気味だった。脱兎のごとく逃げたことを、朧気に覚えている。
次はファーストフード店。みいちゃんから逃げて、ようやく駆け込んだ場所だった。たまたまバイトしていた琉依、嬉しそうにこっちをみるみいちゃんーー今思えば、それが短い旅の始まりだった気がする。いつも賑やかな店内は、朝の空気にさらされて、今はとても寂しく見える。
今度は、家から学校に繋がる道。いつもは一人で通る道を、秀人やみいちゃんと一緒に歩いた。いつもと、同じ道。無表情な秀人と表情がころころ変わるみいちゃん。噛み合わない二人は、なぜだか兄妹のように見えた。同じ道は、朝露に覆われて、しん、と静まり返っている。
最後は学食。普段は学生の熱気に包まれ、賑わいを見せるそこに、今は誰もいない。いつも、ここで会う二人。今でもふと思う。あの二人がいなければ、あの二人に相談していなければ、あの二人が信じてくれなかったらーー同じ世界を見て理解してくれた秀人と、見えない世界を知ろうとしてくれた琉依ーーかけがえのない友人達に、周は心から感謝した。
朝の空気で肺を満たすと、周はまた、自転車を漕いでいく。ただただ丁寧に、思い出を一つ一つ刻んでゆくように。
日曜日、学食は昼間だけ開いている。平日ほどではないといえ、それなりに人出は多い。
「あれ、秀人くんも来てたんだ。」
無意識にいつもの場所に目をやった琉依の目は、日曜日には珍しく定位置に座る友人を捉えた。
「ああ。そっちも珍しいな。」
読んでいる本から顔を上げず、秀人はこれまた日曜日には珍しい友人に返事をする。いつもよりも空いているからか、鞄を隣の席に置いて、秀人は平然と読書を続ける。
「筋肉痛になっちゃった……」
そんな秀人に構わず、琉依は続ける。
「そうか。」
やはり、本に視線を落としたままの秀人の言葉はそっけない。
ふと、琉依は秀人の隣の席に視線をやる。鞄に隠れて、コンビニの袋の取っ手が見えた。
「来ないね、周くん。」
慌てて本から顔を上げた秀人は、悪戯に微笑む琉依の顔を見た。
みいちゃんとの思い出を巡り、周が自宅のアパートに帰りついた時、太陽はすっかり高いところまで昇っていた。
「え……?」
うっすらと汗ばむ額を袖で拭い、顔を上げると、そこには見慣れた二つの顔があった。
コンビニの袋を手にぶら下げなから本を読む秀人と、階段に座ってスマホを覗き込む琉依ーー
「二人とも……」
じんわりと、目の奥に込み上げてくるものを押さえながら、周はそちらに向かって駆けてゆく。
「やっと帰ったか。」
「もう、遅いよー」
真顔の秀人、どこか楽しげに笑う琉依ーー
「……ただいま。」
ふと見た秀人の手には、いつも周が常備していた酒とツマミが詰め込まれている。
「床に落ちたパンツを拾うのはもうこりごりだ。」
「えー?」
「それは言わない約束だろ!?」
袋の中身に気づいた周に礼を言う隙を与えずに皮肉る秀人、その言葉に、信じられないとでも言いたげな表情で笑う琉依、赤面する周ーーいつもの日常、変わらない応酬ーーそこは、少しこそばゆい気もするが、暖かい居場所……
そんな、ありきたりな幸福に、周は思わず笑みを溢す。そこに、みいちゃんは、『い』ない。
「とりあえず上がりなよ……」
照れを隠すように、周は二人の背中を押す。花を咲かせる優しい春風が、微笑みながら、そっと、三人を撫でた。
痛い。寝ぼけた頭で時計を見ると、まだ朝の6時を回った頃合いだった。
『おい、さっさと起きろ。』
自分よりも早く起き、1限の講義がある度に降ってくる、呆れたような声の主は、もうこの部屋にはいない。
痛む体に鞭打ちながらベッドの外に這い出ると、暖かな日差しが窓から降り注ぐ。すやすやと気持ち良さそうに眠るみいちゃんも、もうそこにはいなかった。
昨日までとは様相を変え、がらんとした空っぽの部屋の中で、周はただ一人、ベッドに腰掛ける。やけに広く感じる部屋の中に、自分以外の気配は、もうない。
二度寝は十八番の筈なのに、今日はなぜか、目がよく冴えている。
「……」
部屋の景色がぐにゃりと歪む。自分が泣いているのだと気が付くのに、そう時間はかからなかった。
涙でぐしゃぐしゃになった顔を洗い、いつもはその辺に放っている筈の服を、普段使っていない箪笥から取り出す。
「よし。」
帰った時のまま放置されたナップザックを雑に背負い、玄関のドアを開ける。身体中は痛いが、その足取りは軽い。周は自転車に乗って、早朝の街に繰り出した。
まず最初に辿り着いたのは、飲み会の帰り道、言わずもがな、初めてみいちゃんに出会った場所だ。
ーー初めは怖かったなあ……
酔っ払って帰った夜、出会った女の子はそれはもう不気味だった。脱兎のごとく逃げたことを、朧気に覚えている。
次はファーストフード店。みいちゃんから逃げて、ようやく駆け込んだ場所だった。たまたまバイトしていた琉依、嬉しそうにこっちをみるみいちゃんーー今思えば、それが短い旅の始まりだった気がする。いつも賑やかな店内は、朝の空気にさらされて、今はとても寂しく見える。
今度は、家から学校に繋がる道。いつもは一人で通る道を、秀人やみいちゃんと一緒に歩いた。いつもと、同じ道。無表情な秀人と表情がころころ変わるみいちゃん。噛み合わない二人は、なぜだか兄妹のように見えた。同じ道は、朝露に覆われて、しん、と静まり返っている。
最後は学食。普段は学生の熱気に包まれ、賑わいを見せるそこに、今は誰もいない。いつも、ここで会う二人。今でもふと思う。あの二人がいなければ、あの二人に相談していなければ、あの二人が信じてくれなかったらーー同じ世界を見て理解してくれた秀人と、見えない世界を知ろうとしてくれた琉依ーーかけがえのない友人達に、周は心から感謝した。
朝の空気で肺を満たすと、周はまた、自転車を漕いでいく。ただただ丁寧に、思い出を一つ一つ刻んでゆくように。
日曜日、学食は昼間だけ開いている。平日ほどではないといえ、それなりに人出は多い。
「あれ、秀人くんも来てたんだ。」
無意識にいつもの場所に目をやった琉依の目は、日曜日には珍しく定位置に座る友人を捉えた。
「ああ。そっちも珍しいな。」
読んでいる本から顔を上げず、秀人はこれまた日曜日には珍しい友人に返事をする。いつもよりも空いているからか、鞄を隣の席に置いて、秀人は平然と読書を続ける。
「筋肉痛になっちゃった……」
そんな秀人に構わず、琉依は続ける。
「そうか。」
やはり、本に視線を落としたままの秀人の言葉はそっけない。
ふと、琉依は秀人の隣の席に視線をやる。鞄に隠れて、コンビニの袋の取っ手が見えた。
「来ないね、周くん。」
慌てて本から顔を上げた秀人は、悪戯に微笑む琉依の顔を見た。
みいちゃんとの思い出を巡り、周が自宅のアパートに帰りついた時、太陽はすっかり高いところまで昇っていた。
「え……?」
うっすらと汗ばむ額を袖で拭い、顔を上げると、そこには見慣れた二つの顔があった。
コンビニの袋を手にぶら下げなから本を読む秀人と、階段に座ってスマホを覗き込む琉依ーー
「二人とも……」
じんわりと、目の奥に込み上げてくるものを押さえながら、周はそちらに向かって駆けてゆく。
「やっと帰ったか。」
「もう、遅いよー」
真顔の秀人、どこか楽しげに笑う琉依ーー
「……ただいま。」
ふと見た秀人の手には、いつも周が常備していた酒とツマミが詰め込まれている。
「床に落ちたパンツを拾うのはもうこりごりだ。」
「えー?」
「それは言わない約束だろ!?」
袋の中身に気づいた周に礼を言う隙を与えずに皮肉る秀人、その言葉に、信じられないとでも言いたげな表情で笑う琉依、赤面する周ーーいつもの日常、変わらない応酬ーーそこは、少しこそばゆい気もするが、暖かい居場所……
そんな、ありきたりな幸福に、周は思わず笑みを溢す。そこに、みいちゃんは、『い』ない。
「とりあえず上がりなよ……」
照れを隠すように、周は二人の背中を押す。花を咲かせる優しい春風が、微笑みながら、そっと、三人を撫でた。
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