夏色の物語たち

神崎漓莉

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夕立の空を割るように

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「わっ、急にきた!」
「あ、あそこ空いてますよ!」
「ほんと、行こ行こ!?」

 夏休み中の登校日ってほんとに何なんだろう……とか思ったのはまだいい。決まりだし、百歩譲って受け入れますよ、うん。
 友達と会えるの、けっこう楽しみだったりもするしね。
 でもさ、よりによってその帰り道でいきなり降ることなくない?
 だって帰ったら彼氏と会うつもりだったし、なんか気分ってものがさ?

 きっと天気の神様がいるとしたら、本当に性格が悪いに違いない。いや、もちろん雨が降ってきたことに対してもそれ思うし、何より。

「おかしいですね、天気予報だとこんなに降るなんて言ってなかったんですけど……」

 何より、よりによって藤井ふじいとふたりっきりでバス停に閉じ込められることになったこと。ほんと、何かしらの意図を感じずにはいられない。
 家から近い場所だし、無理すれば帰れなくもないけど、なんとなく藤井を置き去りにするみたいで気分悪いし。
 で、当の藤井はそんな私の非難めいた視線なんて気付いてないみたいな顔して、スマホの予報アプリを見て、「うーん、しばらくまなそうですね」と言っている。

「そっかぁ……」

 そう答えたまま黙っていていいならそうしたいけど、たぶんそうもいかないだろう。

 藤井 あおい
 うちのクラスの委員長で、性格はすごく真面目、成績はそれなりによくて、運動も勉強ほどじゃなくてもそれなりにできて、まぁ、責任感のある性格だからか先生たちからの覚えもいい優等生――簡単に言ったら、私があまり好きではないタイプ。
 普段は話しかけもしないし、もし話さなきゃいけないことがあったとしても、本当に必要最小限の会話しかしない……みたいな。たぶん、藤井にとっても私なんてただのクラスメイトAみたいなものに違いない。

 そんな藤井とふたりで帰っていた理由はと言えば、体育の授業中に私が足を怪我したこと。家が近いということで藤井が代表して選ばれて、何やかんやで一緒に帰ることになった。

「なんか悪かったね、ウチの怪我でこんなことになっちゃって。あとはもう、」
「いえいえ、たまには木浪きなみさんと一緒に帰るのも楽しそうだな、と思っていたので」

 あっ、そうですか。
 こういう見え見えの嘘をつくやつとか、ほんとにない。
 思わずため息まで漏れてしまっていたかも知れない。すると、耳敏くそれを聞き付けたのか、それかよっぽど私の顔がうんざりしていたのか、「あれ、信じてないですか?」と不思議そうに尋ねてきた。

「藤井はどう思う?」
「うーん、たぶん木浪さん信じてないですよね……」
「よくわかってるじゃん」
「えー、嬉しくないです」

 あからさまに不満そうに顔を曇らせてから、藤井はバス停の時刻表を見始めた。

「あと15分みたいですね」
「おー、じゃあ、それ来たらお別れだね」

 学校から家まで、自転車で15分弱かかるところにあるということで登下校はいつもバスにしている。今回はあまり使わなくなったのに、この雨のせいだ、仕方がない。

「あと15分、怖い話をしてあげましょうか?」
「え、随分いきなりだけど、うん。まぁ、いいよ」
「ふふっ、ありがとうございます。木浪さんって、何だかんだ言いながら優しいですよね」
「伊達にお姉ちゃんやってないからね……っていうかそれ言わなければ最高だったなあ」

 以下は、藤井の話。

 * * * * * * *
 あるところに、ひとりの女の子がいた。その子は真面目で努力家で、それに応じて成績だって伸びたし、それで女の子も満足していた。
 けれど、それはとてもストレスのかかることで。
 彼女がストレス解消に選んだのは、愛のない行為だった。初めてのときも近所で有名な不良グループのリーダー格とだったし、そこからの繋がりで何人もの異性と行為に没頭していった。

 完璧な自分を、徹底的に踏みにじって、蹂躙して、穢し尽くす。
 彼女は、いつしかそれなしではいられなくなっていた。

 それが、高校進学を機に変わってしまう。
 彼女は同じクラスになった、ある女の子に出会ってしまうのだ。自分よりも奔放で、けれど周りを見ることに長けていて、安易な優しさを向けない優しさを持っていて……有り体に言うと「自分と違う完璧さ」だった。
 天性のもの?
 それを思うと、彼女の中にはその女の子への興味ばかりが渦巻いていた。
 そうなると、どんな人と何をしていても、楽しくない。
 前ならおかしくなれていたことをしても、頭が覚めている。
 ぐちゃぐちゃになるなら、あの子と一緒に。
 そんなことばかり思ってしまう。

 満たされない、満たされない、虚しい、寂しい、痛い、悲しい、もどかしい、欲しい。

 あらゆる感情をリセットされた気分だった。
 彼女の中に溜まっていたおりは洗い流されて、全ては出会ってしまった新しい気持ちへの真摯な高ぶりだけに。

 その気持ちにつけるべき名前は、きっと。

 * * * * * * *

「四六時中その相手のことばかり考えてしまう、時には相手の幸福をないがしろにしてしまいたくなる、自分と同じところまで引き摺り堕としたくなる……、そんな気持ちを知らずに育ってきた女の子にとって、この気持ちはあまりに恐ろしいものなんですよね。責任のひとつでもとってもらいたいくらい」

 ふふっ、と笑った藤井の声と同時に、バスが近付く雨音が聞こえた。
 何も言えずにいる私にもう一度笑ってから、「名残惜しいですね」と呟いてから、私を置いてバスに乗っていく。

「それじゃ、また2学期に」
「う、うん……」

 その手を掴もうか、迷ったのはどうして?
 降り続ける雨と、曖昧な暖色に染まる夕方の空は、何も答えてはくれない。
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