日々、清水家は。

永遠みどり

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-柚希6才-幾日経った今更は(4/4)

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──リビングに入ってすぐ。 当然家具や小物は8年前と違うが、雰囲気はさほど変わっていないように見える。 100インチはあるであろうテレビの前のローテーブルを囲むように置かれたソファーの端に座る。

 そんな僕の左隣に大体2人分のスペースを開けて座る次葉と母。 柚希と父は少し離れたダイニングテーブルでお菓子を広げている。僕はそんな2人から正直目が離せない。特に柚希にアレルギーは無いからその点は心配していないけど。ただ何となく僕が不満なだけである。

「祖父は僕のこと何か言ってましたか」

 反対の壁を見つめつつ、ふと誰に問いかけるでもなく呟けば母から答えが返ってきた

「最期まで樹が泣いて寂しがってないか心配してたわよ……」

 当たらずとも遠からず。泣いて泣いて泣きながら日々を一生懸命生きているから。不器用な笑顔で一緒に茶をすすってた時もよく静かに笑いながら僕のことを「泣き虫坊主」と言ってからかって来ていたのを思い出した。 縁を切った時には既に祖父は隠居していたのもあったが、少しくらい会いに行っておけば良かった。 もしかしたら祖父なら当時でも里奈のこと理解してくれていたのでは無いだろうか? どちらにせよ当時の僕も僕でどこまでも広くて狭い世界で勝手に足掻いていただけなのだろう。

「兄さん」
「樹さんと呼ばないんだ」

 ふと弟がツンケンした状況を維持したまま声をかけてきたが、樹さんと呼んでいたのに兄さん呼びになっていたから思わず突っ込むとキッと強く睨まれた。 弟をからかいたくなるのは兄の性なんだよ……ってね。

「兄さんはいま幸せか?」
「うーん、そうだね。幸せだよ……どうして?」
「あっそ。 不幸とか言い出したらぶん殴れたのに……幸せならいいよ」

 次葉が何を言いたいか分かっていて僕はそっと目を逸らした。 結果的に、僕は家の責任から逃げる形になったのも事実。本当なら父の跡を継ぐのは僕だったけど、必然とそれは弟になったのだろう――弟との確執は全てここにある。

 ……だけど、僕は謝らない。ここでいま僕が謝るのは違うと分かっている。彼は彼で今の質問をもって恐らく自分の中の何かに落としどころ一先ずつけたらしい。 そっと立ち上がってコーヒーを取りに歩いて行った。

「おと~」
「ん、?」

 頼もしくなった次葉の背中をさり気なく見つめていると、ダイニングテーブルの方から僕を呼ぶ声が聞こえたからはっと振り返る。 そして僕は驚愕する。

「おと~きゃびあってなあに」
「ッッッげほっ……きゃっきゃび、?え?」

 ガタンとソファーから勢いよく立ち上がって、柚希のいる方まで向かう。そこにあるのは紛うことなき瓶に入ったキャビア。

「柚希には早いんじゃないかな」
「そーなの」
「昔からパクパク食べてたお前が何を」

 父に横槍を入れられて頭を思わず抱えてしまう。結果として柚希を猫可愛がりしてくれるのは幸いだったが、もしキャビアの美味しさに柚希が目覚めたとて、次に食べたいと言われたときに与えられる財力が僕には無いのだ。

「おと~もすきなの!?じゃーぼくもすきっ」
「そっかぁ……」

 純粋無垢な満面の笑顔でそんな事を言われてしまったら仕方がない。 きゅっと唇を三角に結びつつ柚希から離れる。 父は早くしろと言わんばかりにキャビアの小瓶に入っていた小さな銀のスプーンでそれを1杯すくって、柚希の口にはむっと食べさせた。

「どうだ、柚希。 頂きものの高級なキャビアは美味かろう?」

──ほんの一瞬の沈黙の後、柚希の表情が一変した。

「…………………………うげぇぇぇぇ」

 思わず僕はサッと後ろを振り向いて手の甲を口元に急いであてた。それでもぶふっと少しだけ空気が漏れたのは、許して欲しい。
 だって、キャビアを口に入れた柚希が数秒固まったかと思えば、顔の中心にシワを寄せて真っ黒な舌をべぇーっと出したのだから。本当はすぐにでも駆け寄ってティッシュで片付けてあげたいが、今回ばかりは面白さの方が勝ってしまった。すまない柚希。

「樹!はやく何とかしてあげないか!」

 どうして僕が急かされなければいけないんだ、と思いつつ、柚希の口元に(常にポケットに常備している小さな)ウェットティッシュを1枚あててやる。

「柚希には早かったなぁ……ふふ」
「うんっはやがっだぁ~……べっ。 なんで、おどーわらぁっでるの」

 とりあえず、人差し指で柚希の額をコツんっと揺らしてその場を凌ぎつつ、頬の内側を奥歯でかんで片付けを続行した。

──それからキャビア事件も一通り終わって暫く。朝から大忙しだったのもあって、久しぶりに柚希は僕の膝を枕にスゥースゥーと気持ちよさそうにお昼寝をしている。

 父は、さっきまでの甘ったるい顔は何処へいったのか、すんっとした顔で僕の対面の椅子に座って僕のことをじっと見てきている。 いったい今度はなんだと(さっきの猫なで声を聞いてから怖く無くなっていた父のことを)目を少し合わせると、今度は逸らしてきてボソッと 「あの節は酷いことをしたな」と謝ってきた。なんだ、そんな事か。

 怒りで震えている、未熟な僕の心を表している手を膝に摩り付けながら深呼吸をして、僕は改めて父と目を合わせるように答えた。

「……えぇ。 でも本当に謝って欲しい人はここにいないので謝らないで大丈夫です、本当に。 柚希と遊んで頂いた事は感謝していますから」

 謝れば全てが許される訳じゃない。 例え里奈が許していたのだとしても、それを僕が代弁できる権利などあるわけが無いから。

「お茶も美味しかったです……今日はもう予約していたホテルに戻ってまた明日、祖父の家で。それでは」

 特にこの後はもう、大事な話し合いという話し合いはないのだと分かりきってしまった僕はそっと立ち上がってから3人と目を合わせ、玄関へ。

 それから「開」ボタンをタップしてゆっくりとエレベーターの中へと入り込む。

 その際にチラッと見えた次葉。 彼が照れくさそうにちょっとだけ手を僅かに降ったのが見えてバレないように、扉がガコンッと閉まったのと同時にクスッと一つだけ笑った。 昔のようにアイスを分け合えるような簡単な関係ではなくなったけど、それでもやはりまだ弟に対して可愛い思う自分がどこかにいた。

「さて、明日の葬式に備えてスーツも準備しないとな」

 今日は柚希と二人で贅沢にファミリーレストランに寄ってもいいかもしれないな、と思いながら僕は地下駐車場行きのボタンを押すことにした。



【肩透かしを食らった邂逅だったけど、僕らはきっとそれで良かったのかもしれない。 そしてきっと祖父は君の元に菓子折りでも持って向かっている頃だろう】
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