彼は私を妹と言った薄情者

永遠みどり

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01エドワード

②私の贖罪

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――次に起きた時には家に戻ってきていたから。 隣町に住んでいる医者が居る事から既にあれから二日は経過してしまった事は分かった。 身体中は痛かったけど、それよりもレンに伝えなきゃ行けないと必死だった事は覚えている。

 傷むからだを何とか起こして、レンと目を合わせて言った。「記憶が戻った」と。 目を見開いたレンは「今は治療に専念しろぶぁぁか」と言ってデコピンをしてきた。 それに対して私も軽く笑いながら肯定をしてもう一度横になった。

 最初の頃は記憶を無くす前の自分と記憶を無くした後の自分との違いに眉をひそめてしまう事も多かった。自分の情報を整理するのでいっぱいだった。 記憶を無くす前の自分が正しい自分でもわかっているのに、この三年間の記憶に翻弄されている自分が居るのも事実だった。自分の正体を認めたくなかったって言い方の方が正しいかもしれない。

 そんな事を悶々と考え続けて一週間。気付けば立ち上がっても傷が開く心配も無くなるほど、順調に治っていっていた。 レンに限っては普段通りに接して貰いたいのに、怪我の事でかなりの責任を感じているのか暫く口を開けば謝罪の言葉ばかりだった。 私が目覚めた時の勢いはどうしたのか、と突っ込めば目を左右に泳がせながらまた謝ってくる。 それが聞きたいわけじゃないのに。

 それにしても、僕の怪我はレンとゴンチャンが獣から早く僕を引き剥がして適切な処置を直ぐに行ってくれたお陰らしい。医者も関心した様子でレンとゴンチャンを何度も褒めていた。

 その言葉を聞いて私は酷く安心したのを覚えている、真っ先にシュランが村の外に出ていて良かったと思ってしまったんだ。きっとこの事を彼女に知られていたら無駄に心配をかけてしまうだろうから。この調子で怪我も治っていけば帰ってくるまでには自然に接する事が可能だろう。

 そこまで考えて私は一つのことに気づいた。なぜシュランが戻ってくる必要があるのかと。いっそのこと帰ってくるまでに村を去る方が互いにとっても正しい選択なのかもしれないと、そう考える自分がいた。

 記憶を思い出した時に、今までの三年間の記憶も忘れられていたらどれほど良かったか。記憶を取り戻してから毎日のように考えている事だ。記憶を取り戻してもなお、私はシュランが好きだったから。

 それだけなら、きっと幸せだった。レンにも記憶を取り戻してもなお、シュランの事が好きならば告白もしても良いと言われていたから。 だから幸せになれるはずだった。けど、それを妨害するのは他でもない、私自身の本来の立場にある。

……そして今、私はレンに記憶の全てを話す時が来たと思っている。 レンがいつものように狩りから帰ってきて、獣の解体をしている時を見計らって声をかけた。

 「レン……」
 「本当に今で大丈夫なんだな……?」
 「なんだよ、それ」

 ただ名前を呼んだだけで、まるで分かってましたと言わんばかりの、返事が返ってきた事に少しだけくすぐったい気持ちになりながら首を縦に降って肯定した。

 急いでレンの前に移動して、向かいあって話せるように準備をした。 そのままでも良いと言われたけど何となく自分がそうしたかった。メリハリを付けるために。

 「じゃあ、モグリ。 名前を教えてくれるか」
 「ん。 エドワード。 エドワード・サン・グラウィール。それが僕の本当の名前」
 「え、?えどわーどさんぐらうぃーる? 随分と長い名前なんだな。似合わねぇ。 このままモグリって呼ばせてくれ 」
 「それは良いけど少し、いやだいぶ失礼じゃないかい……まぁ良いけどさ」

 レンも最初は真剣な顔をして聞いてくれようとしたけど、後半になる頃にはいつも通りのお調子者な様子に戻っていた。 うん。それでこそ私の知る最高の親友の顔だよ。

 「それで、モグリ。お前の住んでいた場所は思い出せたんだろ?やっぱり中央か?」

……そこでやっと僕は何かを察した。 名前を言った時に気付いた上で笑い飛ばしたのかと思ったけれど、もしかしなくてもレンは私の身分に気が付いて居ない?え、グラウィールって国の名前なんだけどなぁ。そうかぁ。少し悲しいな。

 「ねぇ、レン。少しおかしなこと聞いてもいい?」
 「ん」
 「国の名前わかる?」
 「は?バカにしてんのか、モグリ、こら」
 「い、いふぁいいふぁいよ!」

 その途端に、汚れてない拳を使って私の頭をグリグリとやってきたものだから痛いと抵抗していれば鼻で笑ってから自信満々に答えていた。

 「えーと。ほら、あれだよ。グランドール、じゃなくてグリフィンじゃなくて、そうそう!グラウィール。グラウィールだった気がする」

 その回答に少しだけ苦笑いしながらもこれでもまだ気付かないのかと、ちょっとした驚きも感じていた。 ひとつため息をついてレンに言った。

 「それが僕の住んでいた答えだよ。エドワード……サン……グラウィール。エドワードが僕の名前。サンが僕のミドルネーム。そしてグラウィールは僕の家名。もう分かっただろ?」
 「王様……?」
 「ちょっと違うかなぁぁ!! レン!」
 「悪い。流石に冗談だよ。 モグリ若いから。 えーと王様の子どもって事だよな。 確かに貴族では無いな。 なーんか悔しいけど、うん。 納得はできる」

 理解してもらうまでに少しだけ時間はかかったけど、それでもレンに伝えた事でなにがいちばん嬉しいかって……態度を変えない事だと思う。城では私よりも何歳も何十歳も歳上の人も変わらず私に対して跪くような人たちに囲まれていたから嬉しくて仕方ない。

 そしてもう一つだけ、レンに言わなきゃ行けない事があった。頼まなきゃ行けないことがあった。
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