彼は私を妹と言った薄情者

永遠みどり

文字の大きさ
15 / 15
02エドワード

③茨道へと思い馳せ

しおりを挟む
――色々と彼に対して聞きたいことはあった。しかし私のどこをどう見たら魔物に見えるのか、という点にばかり気を取られて上手く思考が回らないのだ。

……この私が、あの下賎な魔物共と一括りにされたと言う事実にかなりショックを受ける。そんなに私の顔は醜いだろうか?

「私は……魔物、なのか?」
「へ、?」

 思わず、若干涙目になりながらも目の前で腰を抜かしながらもジリジリと後ろに下がる男の肩を両掴みにして聞いてみると、彼の目が見開かれた。

「す、少なくともグラウィールの人間でねぇのは確かだろ!?だ、だって俺たちの暮らす村はグラウィールの最北端だ。隣国から来るには正規のルートが必要らしいが、ここより奥は森だらけだし、ここから近い隣国は海だし、ここよりも西の方の海から出た方がちげえし、そもそも正規のルートもこっち方面にゃあるって聞いたこともないし!!」

 するとあんまりにも凄い勢いで捲し立ててくるものだから、今度は私が目を見開いてしまう。それにしても、長い間あの村にいたが反対方面に海があるなんて聞いた覚えも無いが……川はあったからきっと何処かにはあるのだろう。

――その時、少し遠くから女の子の声が聞こえてきた。

「ハーバエからはなれんじゃぁああい!」

 思わずそっちの方を振り返ると、まだ幼いであろう女の子がこちらに向かって走ってきている。恐らく木の枝であろうものを必死に握り締めながら。

 するといつの間にか鼻水やら涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた男が大声で叫ぶ「こっちに来んなァ!おめぇは」

 男は未だに腰が抜けて動けないようだが、それでも必死に走ってくる女の子に手を伸ばして来るなと叫ぶ。それに対して女の子は言葉にならない言葉を叫び、構わずに私の方に突進をしようとしてきているようだが。

――そんな光景を他人事のように見つめつつ、同時に私はあの日の光景がフラッシュバックしてしまっていた。そのせいで思わず体勢を崩してしまう。

 胸があまりにもズキズキと痛んで、服ごと鷲掴みにして荒い呼吸を繰り返す。自分自身に今は今だと何度も何度も言い聞かせて冷静になろうと努力する。気づけば地面まであと数センチの距離で、私の顔から吹き出る汗が次から次にポタリポタリと落ちていた。

 魔物の襲撃にあった日、ただ、ただ妹を守ろうと必死だった。自分と妹、どちらが国にとって価値があるかなんて分かりきっていたことだ。だけど、そこは家族。母上の命と引き換えに産まれた大切な妹。大切な家族。そんな彼女を見捨てるなんて、どう考えたって出来るわけがなかった。

 過去と現在の行き来が激しい中、歯を食いしばって勢いよく上を向いた。地面に着いた手のひらに何とか力を入れて体勢を直す。

「ハァッッ……私を、私をッ魔物なんぞと一緒にしないで頂こうか」

 余りの苦しさに、若干涙目になりつつも何とか目の前の男としっかり視線を合わせて訴える。本当はもう少し格好をつけたかったが、少し声が上擦ってしまったのは仕方ないだろう。すると男の方もようやく冷静になってきたらしい。

「本当に魔物じゃ……ないのか?」
「ハーバエのばぇぇぇか!まもにょの言葉をしんじゆな!!っていわれてんじゃん!!」
「おわっ」

 そして何とか向こうもしっかりと私と視線を合わせて、聞き返してきた時だった。女の子が私と彼との合間に勢いよく突っ込んできて、私は情けなくもあっという間に尻もちを付いてしまった。

 その女の子は震えながらも一生懸命に、自分の大切な人を守ろうと必死な様子だった。どこか幼い頃の妹の姿と重ね合わせてしまいながらも、安心させるように笑顔を向ける。

 「まもにもはそうやっって!いつも私たちをだます!!そんちょーもいってた!あたしのままもぱぱもあたしの真似をした、まももに!殺されたッって!」

 しかしまるで取り付く島もない様子に、若干のお手上げを感じていると先程まで震えていた男が立ち上がった。そりゃそうだよね。男たるもの、いつまでも幼女の背中に隠れるんじゃありません。

 「急に驚かせた私も悪かった……これが魔物じゃない証だ。信じてほしい」

 そう言って私は、懐に入れていた針で自分の親指の腹を軽く切ってぷくりと血を出す。真っ赤な血を、だ。他にも色々な方法はあるが今この場で手っ取り早いのは血を見せる事だった。

 魔に侵された生き物は皆等しく神に嫌われ、赤く尊い生命の液体は汚れ、緑色になるのだ。色々な本はあれど、私も小さい頃から聞かされてきたほど有名な話である。とは言っても魔物なんてそもそも人の形をしているもの自体見た事もないし聞いたことも無いから、本当に今の今まで忘れていた神話の一部でもあるが。

 だからこそ、なぜ私を見てこの男が、私を初めから魔物だと断定したのか気になるし、それこそ女の子が言っていた意味を知りたい。人間の真似をする魔物とはどういうことか、と。

 「緑じゃあ、ない……そ、それじゃあ本当に人間なのか?」
 「えぇ……これでどうか少しでも話を聞いて貰えないですか?」

 そして親指を軽く口に加えて止血をする。 きっとこんな光景を城の者にでも見られでもしたら、阿吽絶叫どころじゃ無くなるだろう。昔の私だったらあまりの汚さに顔を歪めると思うが、モグリとして生活を送る上で、そんな些細なことを気にする余裕すら無かった。

 「……分かった。魔物じゃないなら、まぁ。 だ、だけど!村に着いたら後は村長の言う通りにしろよ!着いてこい!案内しちゃる……だけど前はお前が歩いてくれ」

 その言葉に一安心して、深呼吸をする。 男はいつの間にか女の子を抱っこしていた。その女の子はと言えば、これでもかと言わんばかりに私に対して威嚇をしてきているが。

 目をガン開きにして、歯をイーッと見せてきている。あまりの可愛らしさに少し微笑んでいると、舌まで出されてしまう。

 恐らく、寝首をかかれることでも恐れているせいか、その男の条件通りに彼らの前に立った私は後ろから聞こえてくる案内を元に歩いていくとにした。

一悶着あったものの、これは一歩前進と受け取っても良いはずだ。とりあえず今は色々な人と交流を持って、様々な情報を集めていくことが先決だろう。

 まだ見ぬ村に対して、ほんの少しの期待を背に頬を叩いて笑った。昔どこかのほんで見たきりだが、笑う門には福来る、と言うらしいじゃないか。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~

桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜 ★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました! 10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。 現在コミカライズも進行中です。 「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」 コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。 しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。 愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。 だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。 どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。 もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。 ※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!) 独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。 ※誤字脱字報告もありがとうございます! こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔

しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。 彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。 そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。 なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。 その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。

氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。 しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。 「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」 屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え―― 「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。 「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」 愛なき結婚、冷遇される王妃。 それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。 ――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。

処理中です...