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Episode2:No spice,No life
2-11 クソダサいぞうな上にポンコツ勘違い野郎【才造視点】
で、まんまと風邪を引いたというわけだ。
今朝以降のことは断片的な記憶しかない。
仕事を休むと上司に連絡を入れた後、どうやって行ったかはよく覚えていないが近所の内科を受診したらしい。ウイルス検査のため、鼻に綿棒をグリグリ突っ込まれたことは覚えている。帰宅後は冷蔵庫かどこかにあったゼリー飲料を無理矢理流し込んで横になり、昼過ぎにかろうじて仕事の引き継ぎ連絡をした。気を張るということが不可能だったので、雑に扱って構わないあのサンドバッグ野郎に。少ない言葉数で伝わるから、というのもある。
そういうのを俗に信頼感と言うって? いや違ぇし。
そして莉子に一言、体調不良を知らせるSINEを送った。後日履歴を読み返すと、『ねつでたしんどい』とだけ送っていて、その後莉子からの着信があって何やら話した形跡があった。早めに帰る、と言われたような気がする。
それを済ませて一段落し、自室のベッドで眠った。
莉子と同棲ではあるが、各自の部屋を設けた。それぞれ一人になれる空間がある方がいいと、周囲のアドバイスを取り入れた。
今のところ週の半分くらいはどちらかの部屋で一緒に寝ているが、別々で眠る日もあることでストレスを感じることなく過ごしている。少なくとも俺は。
莉子とケンカをする前の日は一緒に仲良く眠ったこのベッドで、熱に浮かされながらしばらく眠った――
◇
やがて、どのくらい時間が経ったかは分からないが、ピンポーンという音で俺は目を覚ました。
まだ頭が重いが、どうにか起き上がることができたので、インターホンで応じた。
『……郡です。大崎さんの代理でUSBをお届けに上がりました』
そう。この時、俺はまだ頭がぼんやりしていた。だから来訪者の言葉が断片でしか届いておらず、相手の名前を聞き取れなかった。おまけにコンタクトもしていないので、目もよく見えない。ましてや、会社の後輩というだけの間柄の人間が来るなどとは夢にも思っていない。
そういうわけで、とんだ思い違いをした。
――あぁ、そうか。大崎がUSBを持ってきてくれたのか。そういえば頼んであったな。
気だけは妙に利くから、ついでにスポーツドリンクのひとつくらい買って来ただろう。すげー喉乾いた。
普段俺一人の時なら追い返すところだが、この際背に腹は代えられない。
「……中の鍵も開けるから勝手に入ってくれ」
そう伝えてオートロックをボタンで開け、さらに体を引きずるようにして玄関の鍵も開け、リビングに戻って床に崩れ落ち、ソファに突っ伏す形で倒れ込んだ。
やがて玄関のドアが開く音がして、アイツが入ってきた。
「お邪魔いたします。ご依頼のUSBをお持ちしましたが、その前に草田主任、そんな姿勢ではお体が休まりません。どうぞ横になってください」
何だ。普段から言葉遣いは丁寧だが、いつも以上に堅いな。おまけに棒読みだ。アイツの喋り方なんぞどうでもいいがな。
ぼんやりそう思いながらその相手に介助されて俺はソファの上に横たわり、手近にあったブランケットを掛けられた。
「なんか……飲むもんない?」
「こちらでよろしければお持ちしました」
そう言って差し出されたスポーツドリンクを奪い取るようにしてゴクゴク飲み干したが、俺の好みのものと味が違った。ラベルを見ると、やはりいつも飲んでいるものと違うメーカーのものだった。しかもキンキンに冷えている。俺はすぐ腹を下すから常温のやつがいいのに。
何だよ。普段気色悪いくらい俺の好みに敏感なくせに、肝心な時に使えねぇな。
この時、俺はまだ気付いていなかった。
「何か少しでも召し上がりましたか?」
「昼前にゼリー食って以降食ってない……食いたくもねぇ」
「少しでも栄養を取っていただかなくては。キッチンをお借りします」
淡々とそう言って、その相手は何やら食事の支度を始めたらしい。
――莉子に会いたい。
無性にそう思った。体が弱っているせいで、心まで弱っている。
もう一度謝ってちゃんと仲直りして、あの声で「さいぞー」と呼ばれたい。そんなことを思うと、なぜか勝手に涙が出た。熱のせいだ。
ソファの上でうつらうつらしていると、やがて部屋の中にいい香りが立ち込めてきた。ほどなくして、キッチンからアイツが出てきて俺の横までやって来た。
「おかゆをお作りしました。召し上がれますか?」
「……少しなら」
またその相手に介助されながら起き上がり、ソファにもたれるように腰掛ける。すると、そいつは作ったおかゆをスプーンですくってフゥフゥと冷まし、俺の口元へ運んできた。
「どうぞ」
言われるがまま口を開け、一口含む。鶏ガラのダシと卵が入っていることは分かるが、味が薄すぎると思った。
それをゆっくり飲み込み、一息ついたその時――俺はようやく違和感に気が付いた。
裸眼視力0.03の目を凝らし、相手の顔をじっと見た。
全体的にほっそりとしたフォルムに、肩下くらいまでの黒い髪――――パッと見は大崎……? いや、何か違うような――
「主任、どうかなさいましたか?」
その声も、大崎とはやはり違う。やや低いが、これは女性の声――
普段、会社で眼鏡をかけて髪を結った姿しか見たことがないが、この声、そして細い目、縦に長い鉤鼻は――
「…………郡さん?」
「はい、郡ですが」
全身から、一気にサッと熱が引いたような気がした。途端に頭も回り始めた。
「え………なん……郡さんが、なんでここに……?」
「ですから、大崎さんの代理です」
俺は間抜けに開けた口を閉じることができなくなった。てっきり、その大崎だとばかり思っていた。こんなことが起こり得るのか。
その時だった。最悪なタイミングで、最悪なことが起こった。
「ただいま~。さいぞー、起きてるの~? 誰か来てる?」
玄関から物音とそんな声が聞こえた。
――やべェ。莉子帰って来た。この状況で。
さっきまで全身が熱かったのに、一気に熱が下がった気がした。
今朝以降のことは断片的な記憶しかない。
仕事を休むと上司に連絡を入れた後、どうやって行ったかはよく覚えていないが近所の内科を受診したらしい。ウイルス検査のため、鼻に綿棒をグリグリ突っ込まれたことは覚えている。帰宅後は冷蔵庫かどこかにあったゼリー飲料を無理矢理流し込んで横になり、昼過ぎにかろうじて仕事の引き継ぎ連絡をした。気を張るということが不可能だったので、雑に扱って構わないあのサンドバッグ野郎に。少ない言葉数で伝わるから、というのもある。
そういうのを俗に信頼感と言うって? いや違ぇし。
そして莉子に一言、体調不良を知らせるSINEを送った。後日履歴を読み返すと、『ねつでたしんどい』とだけ送っていて、その後莉子からの着信があって何やら話した形跡があった。早めに帰る、と言われたような気がする。
それを済ませて一段落し、自室のベッドで眠った。
莉子と同棲ではあるが、各自の部屋を設けた。それぞれ一人になれる空間がある方がいいと、周囲のアドバイスを取り入れた。
今のところ週の半分くらいはどちらかの部屋で一緒に寝ているが、別々で眠る日もあることでストレスを感じることなく過ごしている。少なくとも俺は。
莉子とケンカをする前の日は一緒に仲良く眠ったこのベッドで、熱に浮かされながらしばらく眠った――
◇
やがて、どのくらい時間が経ったかは分からないが、ピンポーンという音で俺は目を覚ました。
まだ頭が重いが、どうにか起き上がることができたので、インターホンで応じた。
『……郡です。大崎さんの代理でUSBをお届けに上がりました』
そう。この時、俺はまだ頭がぼんやりしていた。だから来訪者の言葉が断片でしか届いておらず、相手の名前を聞き取れなかった。おまけにコンタクトもしていないので、目もよく見えない。ましてや、会社の後輩というだけの間柄の人間が来るなどとは夢にも思っていない。
そういうわけで、とんだ思い違いをした。
――あぁ、そうか。大崎がUSBを持ってきてくれたのか。そういえば頼んであったな。
気だけは妙に利くから、ついでにスポーツドリンクのひとつくらい買って来ただろう。すげー喉乾いた。
普段俺一人の時なら追い返すところだが、この際背に腹は代えられない。
「……中の鍵も開けるから勝手に入ってくれ」
そう伝えてオートロックをボタンで開け、さらに体を引きずるようにして玄関の鍵も開け、リビングに戻って床に崩れ落ち、ソファに突っ伏す形で倒れ込んだ。
やがて玄関のドアが開く音がして、アイツが入ってきた。
「お邪魔いたします。ご依頼のUSBをお持ちしましたが、その前に草田主任、そんな姿勢ではお体が休まりません。どうぞ横になってください」
何だ。普段から言葉遣いは丁寧だが、いつも以上に堅いな。おまけに棒読みだ。アイツの喋り方なんぞどうでもいいがな。
ぼんやりそう思いながらその相手に介助されて俺はソファの上に横たわり、手近にあったブランケットを掛けられた。
「なんか……飲むもんない?」
「こちらでよろしければお持ちしました」
そう言って差し出されたスポーツドリンクを奪い取るようにしてゴクゴク飲み干したが、俺の好みのものと味が違った。ラベルを見ると、やはりいつも飲んでいるものと違うメーカーのものだった。しかもキンキンに冷えている。俺はすぐ腹を下すから常温のやつがいいのに。
何だよ。普段気色悪いくらい俺の好みに敏感なくせに、肝心な時に使えねぇな。
この時、俺はまだ気付いていなかった。
「何か少しでも召し上がりましたか?」
「昼前にゼリー食って以降食ってない……食いたくもねぇ」
「少しでも栄養を取っていただかなくては。キッチンをお借りします」
淡々とそう言って、その相手は何やら食事の支度を始めたらしい。
――莉子に会いたい。
無性にそう思った。体が弱っているせいで、心まで弱っている。
もう一度謝ってちゃんと仲直りして、あの声で「さいぞー」と呼ばれたい。そんなことを思うと、なぜか勝手に涙が出た。熱のせいだ。
ソファの上でうつらうつらしていると、やがて部屋の中にいい香りが立ち込めてきた。ほどなくして、キッチンからアイツが出てきて俺の横までやって来た。
「おかゆをお作りしました。召し上がれますか?」
「……少しなら」
またその相手に介助されながら起き上がり、ソファにもたれるように腰掛ける。すると、そいつは作ったおかゆをスプーンですくってフゥフゥと冷まし、俺の口元へ運んできた。
「どうぞ」
言われるがまま口を開け、一口含む。鶏ガラのダシと卵が入っていることは分かるが、味が薄すぎると思った。
それをゆっくり飲み込み、一息ついたその時――俺はようやく違和感に気が付いた。
裸眼視力0.03の目を凝らし、相手の顔をじっと見た。
全体的にほっそりとしたフォルムに、肩下くらいまでの黒い髪――――パッと見は大崎……? いや、何か違うような――
「主任、どうかなさいましたか?」
その声も、大崎とはやはり違う。やや低いが、これは女性の声――
普段、会社で眼鏡をかけて髪を結った姿しか見たことがないが、この声、そして細い目、縦に長い鉤鼻は――
「…………郡さん?」
「はい、郡ですが」
全身から、一気にサッと熱が引いたような気がした。途端に頭も回り始めた。
「え………なん……郡さんが、なんでここに……?」
「ですから、大崎さんの代理です」
俺は間抜けに開けた口を閉じることができなくなった。てっきり、その大崎だとばかり思っていた。こんなことが起こり得るのか。
その時だった。最悪なタイミングで、最悪なことが起こった。
「ただいま~。さいぞー、起きてるの~? 誰か来てる?」
玄関から物音とそんな声が聞こえた。
――やべェ。莉子帰って来た。この状況で。
さっきまで全身が熱かったのに、一気に熱が下がった気がした。
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