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選択の夜、夢見ヶ丘駅にて
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時計は午後17時30分を指していた、神谷蓮斗が働く株式会社スカイフロントジャパンは定時の時間だったが、誰一人としてデスクを離れるものはいない。
「蓮斗、今日中にクライアント向けのプレゼン資料修正して反映させといてくれ」
「え、これ今日中ですか?」
菅原勇 部長の緊迫し圧のある言葉に思わず声を上げてしまった、修正案がまとまったのは、定時のほんの20分前の事だったからだ。
「あぁ、頼んたぞ」
そう言い残し菅原部長は腕時計をちらりと見て他の社員の方に視線を向けた、
「蓮斗、これは今日も23時コースだな、ほかのタスクも終わってないんだろ?」
声をかけてきたのは同期の中浜亮だった。のんきな口調と裏腹に亮のデスクの上には蓮斗以上に未処理の書類であふれていた。
「うん、始業時間はきっちりしてるくせに終業時間がガバガバすぎるんだよ.......」
蓮斗は深いため息をつき、パソコンに向き直った。
22時50分蓮斗はなんとかすべての業務を終え、深いため息と共にデスクの上の冷めきったコーヒーを飲み干した、椅子を引き、疲れ切った体を立ち上げる。
「亮、先上がるは、」
「おう.......」
振り返った亮は、もはや目に光がなく、机に突っ伏しそうな姿勢でキーボードを叩いていた。手伝うべきか迷ったが、亮のタスクは別案件だ。蓮斗は逃げるように職場を後にした。
スーツの襟元は緩め、夜風に当たり、地下鉄へ向かう足取りも重く、思考が鈍い。
ホームで流れるアナウンスすらまともに聞き取れないほどだった。電車に乗り込むと深く座席に沈み込んだ、閉じた瞼の裏に浮かぶのは、繰り返された日常だった。
(今日も何のために働いてるんだろう……)
そんな問いが、最近は頭を離れない。答えは出ないし、考える気力もない。ただ、体が会社と家を往復しているだけだ。夢も、希望も、遠い昔に置き忘れてきた気がする。
そんなことを思っていると、眠ってしまっていた。
どのくらい寝てしまっただろうか.......車内アナウンスが蓮斗の耳をかすめる。「次は、夢見ヶ丘|、夢見ヶ丘です。」
聞きなれない駅名に蓮斗はハッとし目を開けた、慌ててジャケットからスマートフォンを取り出すが疲れきった指は言うことを聞かない。路線図を確認する気力も湧かず、ただ不安に押しつぶされそうになりながら、電車の揺れに身を任せた。
やがて電車が止まると、蓮斗はふとした衝動で降りていた。ホームは薄暗く、静まり返っている、前を見上げると、白くぼんやり光る駅名が目に飛び込んできた。
【夢見ヶ原】
「……こんな駅、あったか?」
独り言をつぶやきながら周りを見渡すと、人影はなく遠くから聞こえるはずの足音、話し声もまるで聞こえず静まり返っていた、線路の先は霧に包まれどこにも続いていないように見える。
足元で響く自分の足音だけが、この状況を現実なのか虚構なのかを分からなくさせる。この異様な静けさそして、水滴のしたたり落ちる音に、蓮斗は思わず拳を握りしめた。
恐る恐る改札を抜けた蓮斗は、目の前の光景に息をのんだ。そこにはネオンの光が輝き華やかさを纏った街並みが広がっていた――が、違和感が拭えない。目に入る建物の大半は古びた木造建築で、瓦屋根やひび割れた柱が不気味に影を落としている。それは、ネオンの近未来的な輝きと全く噛み合わず、どこか異質で不自然だった。店の看板は古びた木板に手書きの文字が歪んで書かれており、読み取るのも困難だ。中にはかすれて何が書かれているかも分からないものもある。それらを照らすネオンの光だけが妙に鮮明で、木造の街並みに影を落としていた。だが、その影は奇妙に揺れ、まるで生き物のように蠢いているように見える。
「……こんな場所、東京にあるわけないだろ。」
蓮斗は震える声で呟いたが、誰も返事をする者はいない。人の姿が一人として見えないのだ。それどころか、街全体が異様なまでに静まり返っている。風も、音も、全てが消え去ったかのようだ。
背筋を冷たい何かが這い上がるような感覚に襲われた蓮斗は、いてもたってもいられず、踵を返して改札に戻ろうとした。ここを離れなければいけない――そう思ったのだ。
だが、改札を目前にして、蓮斗の足は止まった。そこには、いつの間にか一人の駅員が立っていた。駅員は古びた制服を身にまとい、帽子のつばが深く顔を隠している。蓮斗は動揺しながら声を上げた。
「すみません、ここはどこですか?」
「終電はまだ・・・・」
駅員は蓮斗の問いを遮るようにゆっくりと顔を上げた。その目は虚ろで、どこか遠くを見つめているようだった。そして低い声で一言だけ告げた。
「電車は終わりました・」
その言葉だけを残し、駅員は蓮斗の視線を無視するように改札の奥へと消えていった。蓮斗が慌てて追おうとした時には、すでにその姿は闇に溶け込むように消えていた。
改札の向こうに目をやると、ホームは霧に包まれ、電車の影すら見えない。振り返った街並みも、先ほどより暗さを増しているように見えた。ネオンの光だけが異様に浮かび上がり、木造の建物に揺れる影を落としていた。
「……なんだよ、ここ……」
蓮斗の声は虚空に吸い込まれるようで、答えを返す者はいなかった。冷たい汗が背中を伝い、逃げ場のない不安が蓮斗を押しつぶそうとしていた。
蓮斗はジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出し、地図アプリを開いた。画面に表示された現在位置は東京の「新宿駅」。信じられない思いで画面を見つめた。確かに新宿駅を示しているが、目の前の景色と一致する部分など一つもない。蓮斗は苛立ちを抑えつつ、アプリを再起動しようと試みたが、反応は同じだった。
「.......完全にバグっている。」
自分に言い聞かせるように呟き、スマホをポケットにしまい込むと、震える足で再び歩き出した。
どこを見ても、やっぱり人の気配はない。
ネオンの光だけが木造建築に緊要な影を落とし、街全体が静寂に包まれていた。何か音があればそれだけで安心できそうだったが、それすら叶わない。
その時、蓮斗の目に一つの看板が飛び込んできた。周囲に並ぶ看板はどれも見覚えのない文字だらけだったが、唯一そこだけは違った。英語で「HOTEL」と書かれている、ネオンの青い光がその文字をぼんやりと浮かび上がらせていた。
「.......ホテルか。」
蓮人は迷ったが、明日も仕事があるし、このまま街をさまようわけにもいかない。こんな時でも蓮斗は仕事のことが頭にあった。
不安を抱えながらも足を動かし、ホテルの入り口へと向かった。
扉は年代物の木製で。黒ずんだ金属製の取っ手が重工感を放っている、恐る恐る取っ手を回すと、ギィ……と低い音を立てて扉が開いた。
中に足を踏み入れた瞬間、蓮斗は外とは違った異様な雰囲気にのみ込まれた。ホテルの内装は古い洋館のようで、床は艶のある黒い木材、壁にはひび割れた緋色の壁紙が貼られている。
天井には大きなシャンデリアが降ら下がっていたが、電球のいくつかが切れており、不規則に明滅を繰り返している。その明かりが空間全体を不気味に照らしていた。壁の大きな時計は針が止まっていて何時を示しているのかもわからない。
フロントデスクは奥まった場所にあり、古びたベルがポツンと置かれている。だが、カウンターの向こうには誰もいない。
蓮斗は遠慮気味にベルを鳴らし人を呼んだ。
「……誰かいますか?」
だが、返ってくるのはやはり静寂だけだった、心臓が早鐘を打つ中、蓮斗は周囲を見回す。足元に視線を落とすと、床の木目が波打つように見えた。一歩踏み出すたびに、床がきしむ音が不気味に響く。蓮斗は立ち止まり、再び呼びかけた。
「すみません、泊まれる部屋はありますか?」
すると、奥の暗がりから足音が聞こえてきた。ゆっくりと、規則的に、こちらへ近づいてくる。その足音は確かに人の足音だが、リズムが奇妙で人間とは思えない何かを感じ蓮斗は一瞬最悪な想像をしてしまった。
蓮斗は緊張で身体が硬直し、ただじっと暗がりを見つめていた。
その時フロントデスクの奥からゆっくりと一人の人物が姿を現した。
それは中年の男性だった、髪は整えられ、古めかしい制服に身を包んでいる。その表情は柔らかく、穏やかな笑みを浮かべていた。
思わず蓮斗は胸をなでおろした。人がいる、それだけで、圧迫されるような静寂から解放された気がした。
「いらっしゃいませ。」
低く落ち着いた声が響いた、男性は憂鬱な仕草で一礼をした。その動きには古い映画の登場人物のような趣があり、不自然なほど整っている。
「失礼します、ここ、泊まれますか?」
蓮斗は緊張を押し殺しながら声を絞り出した。フロントの男性はおだやかに頷いた。
「ええ、お部屋はご用意できます。どうぞご安心ください」
その言葉に蓮斗はさらに肩の力を抜いた、ここまで不安を抱えていた自分が馬鹿らしくなるような気さえしてくる。
だがその安心感に水を差すように、蓮斗の頭に一つの疑問を思い出した。この街並み、このホテル、どれも異様で現実味がない。果たしてここは一体どこのなのか――。
「それより........すみません、ここって、どこなんですか?」
蓮斗は自分でも驚くほど真っすぐな声で訪ねた。男性はその質問を聞くと、一瞬だけ顔に影を落としたように見えた。しかし、すぐに笑みを浮かべなおす。
「ここは、どこでもあり、どこでもない場所です。」
曖昧で掴みどころのない答えだった、蓮斗はさらに突っ込もうとしたが、男性はその前に言葉を続けた。
「お疲れのご様子ですね。まずはお部屋でお休みになってはいかがでしょうか?」
その提案に逆らいたい力があった。蓮斗は納得していないものの、疲労感が一気に押し寄せてくるのを感じた。
「........わかりました、お願いします。」
男性は満足そうに微笑むと、カウンターの引き出しから古びた鍵を取り出し、丁寧に蓮斗に手渡した。
「こちらが、鍵になります。お部屋は二階です。どうぞごゆっくり。」
鍵には小さな金属製のプレートが付いており、「201」と刻まれている、蓮斗それを受け取りながら、再びフロントの男性に目を向けた。その笑顔は穏やかだが、なにか奥底に隠されたものを感じさせるような気がした。
蓮斗は再び不安を抱えながらも、部屋へ向かうためエレベーターを探し周りを見渡した、すると、フロントの男性が口を開いた
「大変申し訳ございません、只今エレベーターの点検中でして、あちらの扉の向こうの階段でお上がりください。」
申し訳なさそうに案内をするフロントの男性の顔から笑顔は消えていなかった。
フロントの男性の案内通りに、蓮斗は指さされた古い扉へ向かった。その扉は木製で、表面には無数の傷やひび割れが刻まれている、取っ手は黒ずんだ真鍮製で触れるとひんやりと冷たい。蓮斗は躊躇しつつも、意を決して取っ手を回した。
扉がギィ……と重々しい音を立てて開くと、目の前には錆つた古い螺旋階段が現れた。足を踏み入れると、ボイラー室のような低い唸り音がどこからともなく聞こえてきた、階段を見上げると、暗がりに続く螺旋が終わりを見せず、まるでどこまでも続いているようだった。
「..........大丈夫、ただの古い建物だ」
自分にそう言い聞かせながら、一歩、また一歩と足を進めた。階段は冷たく。足音が金属に響いて耳障りな音を立てる、上がるにつれて息が詰まるような重圧感が増していく、たかが2階のはずなのに、なかなかつかない
やがて2階へたどり着くと、薄暗い廊下が広がっていた、廊下の両側にはいくつもの扉が並んでおり、それぞれに部屋番号が書かれた古いプレートがかけられている。廊下を照らすランプの数が少なく、その明かりはぼんやりとして頼りない。廊下に漂う空気はひどく冷たく、かすかに湿った匂いが鼻を刺した。
蓮斗は震える目でプレートを追い、目的の部屋を探す。
「...........201号室。」
廊下の奥、右手側に目当ての部屋の扉を見つけた、扉はほかの部屋と同様に古びており表面には無数の傷跡が残っている。
蓮斗は手に持っている鍵を部屋のプレートと見合わせて、立ち止まった、喉が渇き、緊張で手が少し震えている、息を整え鍵を鍵穴に差し込むと、ギリギリと擦れるような重い音を立てて回った。
部屋の扉をそっと開け、部屋の中に足を踏み入れた瞬間、蓮斗は思わず立ち止まった。
廊下の荒れ果てた様子とは対照的に、部屋の中は異様なまでに整えられていた。天井には大きなシャンデリアが吊下がり、ガラスのカットが光を柔らかく反射している。床は磨き抜かれた寄木細工のフローリングで、中央には赤と金を基調にした豪華なペルシャ絨毯が敷かれていた。壁には幾つかの箇所に古びた肖像画がかけられている、人物の顔はどれも穏やかな表情を浮かべているが、その目はどこか鋭く蓮斗を追っているようにも感じられた。
蓮斗は恐る恐る部屋の中へ足を進めた、壁際には古風なデスクがおかれており、その上には真鍮製のスタンドランプが淡い光を灯している、その隣には年代物の電話機が鎮座しており、受話器は妙に誇りをかぶっている。
全体として調和の取れた高級感が漂う内装だったが、どこか現実離れしていた。すべてが「完璧すぎる」のだ。部屋の空気は妙に静かで、息をするたびにわずかに湿り気を感じた。
蓮斗は鍵を壁にあるフックにかけた、そして大きく息を吐き出しながら、四柱式の大きなベッドに腰を下ろした。
「・・・・・・すごい部屋だな。でも...........」
ここに入った瞬間から感じている違和感を振り払おうと、頭を振る。ふと、視線の先に小さな手紙袋が置かれていることに気づいた。
それはデスクの上に整然と並べられた古びた花瓶の隣に置かれていた。小さな封筒のような形をしており、表面には「神谷蓮斗様へ」と、確かに自分の名前が書かれている、見間違えではなかった。
「なんで、俺の名前が?あの爺さんに言ってないよな?」
蓮斗は思わずつぶやき、胸の鼓動が早くなっているのを感じた。震える手で封筒を手に取り、慎重に開く、中には一枚のカードが入っていた。それは上品な厚紙で、手書きの文字が整然と並んでいる。
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「神谷蓮斗様へ」
「お越しをお待ちしておりました。冷蔵庫には、あなたがこれまでに選ばなかったものが用意されています。それぞれの言葉が、あなたに問いかけることでしょう。
しかし、この部屋で過ごす夜が、全ての答えを与えるわけではありません。夜が明ける頃、扉の向こうを覗いてください。その先に、あなたが手にするべき“もう一つの選択肢”が待っています。」
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読み終えた瞬間、蓮斗はのどの奥がひりつくような感覚に襲われた。
「..........なんだこれ。」
思わず呟く声が震える。机にカードを置きなおし、両手で頭を抱えた。単なる偶然なのか――だが、ここまでの出来事を思い返すと、そのどれもが「偶然」で片付けられる範囲を超えていると感じざるを得なかった。
「冷蔵庫って。」
蓮斗は恐る恐る冷蔵庫に目を向けた。カードに書かれている事が事実だとしたら、中に何かが用意されていると言うことなのだろうか、そう思い蓮斗は開けてみようと冷蔵庫に手をかける。
冷蔵庫を開ける手を止めて、一度深く深呼吸をして、自分に落ち着くよう言い聞かせた。
「落ち着け、ただのホテルの演出かもしれないだろ」
声に出しても、その言葉は自分に対する、説得力を持たなかった。覚悟を決め冷蔵庫の扉を勢いよく開けた。
中には3本の飲み物が整然と並べられていた。だが、ラベルに目をやった瞬間、蓮斗の胸に冷たい何かが走った、そこに書かれている言葉それぞれが、自分に問いかけているように感じられたのだ。
ミネラルウォーターのような透明のペットボトルには
「If only you had chosen differently.(もし違う選択をしていれば)」
ビールのような缶には
「Do you still regret it?(まだ後悔しているか?)」
小さな小瓶には
「Some doors can never be reopened.(二度と開けられない扉もある)」
「これって..........」
蓮斗は何か、思いだせないが心当たりがあるように感じ声を上げながら後ずさった。
デスクに戻り、再びカードを手に取りにらみつけた、「扉の向こうを覗いてください」という言葉が頭に響く。
「扉って、どの?..........一体どうなってるんだ」
蓮斗はカードをデスクに置きなおすと、デスクの隅に置かれた古びた電話に目を向けた。
「そうだ、フロントにに聞けば..........」
そう呟きながら、受話器を取り、ダイヤルを回す。フロントの番号らしきものダイヤルを合わせ、耳に当てた受話器からは不規則な電子音のようなものが流れた。普段聞きなれた「呼び出し音」とは明らかに違う。蓮人は眉をひそめ、何度か試みるが結果は同じだった。
「..........つながらないのか?」
受話器を元に戻し、深いため息をつく。直接フロントに行くべきか・・・・・そんな考えが頭をよぎったが、あの螺旋階段の薄暗さを思い出すと、足がすくむような感覚に襲われた。あの階段を再び降りるのはどうも気が進まない。
「..........どうしたら。」
蓮斗スマホを取り出し、時間を確認しようと画面をタップした。しかし、そこに表示されたのは「0時00分」だった。
「そんな、。。。」
電車に乗ったのが23時頃だ、そこから電車で眠り、この街についてホテルまで歩いた、ホテルについてからも、しばらく経っていた、確実に時間が経っているはずだった。それなのにスマホの時計は止まっているのか、時間がゆっくり進んでいるのか、とにかく動きがおかしかった。
ふと顔を上げて部屋を見回すが、時計がなく時間を確認する手段は見当たらない・
蓮斗はスマホのアラームをセットしながら再び深いため息をついた。
「朝7時にセットしておけば、何とかなるだろう。。。。」
スマホを枕のそばに置き、 不安と疑問が渦巻く中で風呂にも入らずベットに潜り込む、疲労が蓄積していはずなのに、どうしても目がさえてしまう。暗い天井を見つめながら、先ほどのカードや冷蔵庫のラベルの言葉が頭のなかでぐるぐると回っていた。
「こんな事してても、寝れるわけないか・ってかこんなところで寝れるわけないか。」
蓮斗はベットから体を起こし、冷蔵庫の方に目を向けた。飲み物のラベルに書かれた不気味な言葉が脳内に蘇る。
「選択..........か。」
自分に言聞かせるようん呟きながら、冷蔵庫へ向かい扉を開けた。中には変わらぬ姿で並ぶ3本の飲み物、冷たい空気が肌に触れ、かすかな冷蔵庫の音が耳に響いた。
のん..........でみるか、なぜだか、これを飲む為にここに来たかのような使命感にかられた。
「どれから..........だ?」
蓮斗は震える手を伸ばし、最初にミネラルウォーターの様なボトルを取り上げた。「If only you had chosen differently.(もし違う選択をしていれば)」というラベルが視界に入る。
「..........俺の選択..........か。」
蓮斗は唾を飲みこみ、ボトルのキャップを慎重に回し始めた。肩の力を抜き、呼吸を整えてた
「いくぞ、、、」
そう言い、一気に飲み始めた。
「なんだ、だたの水じゃないか、」
蓮斗は今までの緊張が解け喉が渇いた気がした、その後ももう一口、もう一口と飲み進め、ボトルの中身が半分ほど減ったところで一度口を話した。
「やっぱり、何も起きないのか」
蓮斗はそう呟きながら肩を落とし、デスクにボトルを置いた。
その瞬間だった。視界が不意に揺らぎ始めた、まるで地震が起きたかのように足元が崩れる感覚に襲われる。
「なんだ。これ」
蓮斗は立っていられなくなり、その場に膝をついた。頭が重く、意識が遠のいていくようだった。冷蔵庫の音が次第に遠ざかり、周囲の景色がゆがみ始める。目の前に広がる景色が霧のようにぼやけ、すべてが混ざり合っていく。
「..........」
蓮斗の体はそのまま床に倒れ込んだ。だが、硬い床の感触は感じられない、代わりに、どこか温かく柔らかな風が肌を撫でた。
そして気が付くと、蓮斗はどこか懐かしい場所に立っていた。
「…ここは?」
目の前には見覚えのあるベンチがあった、日々の仕事の疲れで忘れかけていた大事な記憶がだんだんと懐かしい記憶がよみがえってくる、遠くから聞こえる生徒の笑い声、部活中の掛け声、そうここは蓮斗が中学時代を過ごした中学校だった。
「なんで……ここに……?」
驚きと困惑が入り混じ中、不意に背後から声がした。
「おい、蓮斗、ないしんだよ、そんなところ突っ立て。」
驚きと共に振り返ると、この声、頬の傷、懐かしさと嬉しさで涙があふれる蓮斗の目に映った人物は、今は亡き親友の柳詩音だった。
「詩音..........?なんで、お前が、」
そう言う蓮斗の震えていた声は叫び声に近かった。
「なんだよ、神谷? ほら、ちょっと付き合えよ。」
詩音は蓮斗の腕を引っ張り、校庭の恥にあるベンチに腰を下ろした、その動きがあまりに自然で抵抗することはできなかった。
ベンチに座った瞬間蓮斗はハッとした、(そうだ、今は810月28日、詩音と話した最後の日だ.......今日の俺の答えのせいで、詩音は、)
「なぁ、蓮斗。お前覚えてるか? 中学卒業したら、俺たちでバンドやろうぜって話したの。」
その言葉を遮るように話したいことがあったが、突然蓮斗の口は言うことを聞かなくなった、言いたい事が言えない、焦りで頬を汗がつたるのが分かった。
「覚えてるに決まってるだろ。。」
無意識で勝手に口が動くように小さく答えた。
そしてその夢が詩音がいなくなったことで全て終わる、それを蓮斗はわかっていた。
「なぁ、俺たち、結構いい線いくんじゃね? 俺、最近ちょっと新しい曲とかも考えててさ……。」
その笑顔が眩しかった。だが、それがすぐに曇ることも、蓮斗は知っていた
「でもさ、最近きついんだよな。」
案の定詩音の顔は影を落とし、曇っていた。
(あぁ.......知ってるよ、俺は何も力になれなかった、それどころか、俺は見て見ぬふりをした)心の中で思い返すと蓮斗は申し訳なさと自分の情けなさで涙が止まらなくなったが、今の蓮斗は涙を流すことができなかった。心とは裏腹に体は恐ろしく平然としている。
「クラスのやつらが……まぁ、色々言ってきてさ。最近ひどくなってるし」
詩音は制服で隠れている腕の傷を抑えながら震えた声で言った。
「どうしたらいいかな?あ、別に庇っほしいとかじゃないぞ、そんな事した次は蓮斗がやられかねないし、」
その瞬間蓮斗は息をのんだ。この瞬間がどれだけ大事なものだったのか、今の蓮斗には痛いほどわかる、だが、過去の自分が答えた言葉が、もう口から漏れていた。
「そんなん気にするなよ。お前、別に悪いことしてるわけじゃないんだしさ。気にしなければ、そのうち飽きるだろ。」
どこか遠くを眺めながら発した瞬間、蓮斗は自分の胸を殴りたくなるほどの後悔し、心の中で喉が潰れるほど、唸り、叫んだ、(止めろ、俺の口動け……!頼む、もっとちゃんと……違う言葉を言わせてくれ!)
けれど口は動かなかった、詩音は本当に求めていた言葉が言えなかったあの日がそのまま再現されてしまった。
詩音はほんの一瞬だけ寂しげな顔をしたが、すぐに柔らかい笑顔を取り戻した。
「そっか、蓮斗がそう言うなら、そうするよ。」
その笑顔が追い打ちをかけるように、蓮斗の胸をしつけた。そして、詩音の目が何かを諦めたように感じた。
「じゃあ、また明日な、蓮斗、俺たち絶対バンドやろうな」
そう言って立ち上がった瞬間とても小さな声で呟いた、「蓮斗お前は強く生きろよ、ずっと見守ってる」、その呟きは当時の蓮斗には聞こえていなかったが、今ははっきりと聞こえていた。
(待って、待って、違う違うんだ、詩音待って)
その言葉は出ず、体が思い通りにならず、ただ歩く詩音の背中を見つめる事しかできなかった。
次の日詩音はこの世を去る選択をした
その瞬間、視界がブラックアウトした。まるでスイッチを切られたように、目の前の光景が闇に飲みこまれていく。
「はっ.......詩音!」
ようやく口が開き叫んだ、だが声はどこにも届かない詩音の背中がまるで砂のように風に散り、ホテルの部屋の床に座り込んでいた。
冷たい冷蔵庫の風が背中を突き刺すよだったが、それよりも心の奥底から湧き上がる苦しみが蓮斗を押しつぶしていた。
「……くそ……。」
震える手で顔を覆った。蓮斗の頬を伝う涙が止まらない、唇をかみしめる音が部屋の静寂に響いた。
「詩音.......ごめんな。」
その言葉は声にならなかった。詩音の最後の笑顔が目の前に浮かび、それと共に最後の言葉が頭をめぐる。「蓮斗、お前は強く生きろよ、ずっと見守ってる。」
「.......お前はすっと俺を思っててくれたのに…」
蓮斗は拳を固く握り、床を叩いた。
蓮斗は涙でぼやける視界の中で、冷蔵庫の扉が開いていることに気づいた。冷蔵庫のそばには飲み干したミネラルウォーターのボトルが転がっている。
「また、ここか」
蓮斗はゆっくりと息を吸い、乱れた呼吸を整えようとした。しかし、涙は止まらない。詩音との記憶が、心に深い爪痕を残している。
「何なんだよ、この飲み物、これで終わりなのか?他のやつは。」
蓮斗は拳をほどき、冷蔵庫の中に手を伸ばそうとする。しかし、体はまだ動かない。床に崩れ落ちたまま、深く息を吐き出した。
「詩音……俺はどうすればいい?」
そう問いかけ、冷蔵庫の中を見つめたまま動けずにいた。詩音との記憶が頭を巡り、胸が重く苦しくなる。
「まだ…終わってないんだよな」
そう呟いた瞬間、冷蔵庫の中の缶が目に飛び込んできた。それは先ほどからずっと視界の隅にあったはずなのに、今になって急に存在感を増したように感じられた。
「Do you still regret it?(まだ後悔しているか?)」
蓮斗は思わず声に出してラベルを読んだ。その言葉もまた、自分に語りかけているように思えた。
「まだ、後悔してるかって。」
詩音のことは後悔してる、それは間違いない。だが詩音の事は先ので十分思い出した。これはまた、違う、事が胸の奥深くにある気がした。親友を失った、詩音の事はそれだけではない、だがそれが何なのか、蓮斗は思い出せずにいた。
「またこれを飲めば」
肩のに力を入れ、手を伸ばした、が途中で一度動きを止めた、缶に触れるべきか、それともここでやめるべきか、詩音の記憶が胸に残斗る中で再び同じような記憶に飛び込む事への恐れが蓮斗を躊躇させた。
それでも、やるしかない、いや、やらなければならないそう思い、肩の力を抜き、冷蔵庫の中の缶を握ると、冷たい缶の感触が指先に伝わる、取り出した缶は手の中でずっしりと重みを持っていた。
蓮斗は缶のラベルを再び見つめた。Do you still regret it?
缶のプルタブに指をかけ、深呼吸を一つ冷たい空気が肺の中に満ち、蓮斗は決意を固める。
「.......行くぞ」
プルタブを引くと、缶の中の液体がかすかな音を立てて蓮斗を誘う、唇をつけ、一口、また一口と飲み始めた。
すると先と同じように体が揺れ、足元が崩れ、視界がぼやけ、倒れ込んだ。
目を開けるとそこは音楽室だった
「中学の音楽室か.......いや違う、ここは高校だ、」
状況を理解しようと、周りと自分の服装を見たとき、音楽室に置かれた、古びたアンプ、ピカピカのストラトキャスタータイプのギター、何より自分の制服を見てすぐにピンときた。
「うあ!なつかしい、このギターお年玉とお小遣い貯めて買ったやつだ!、あ、いや、違う、詩音.......」
懐かしさに浸る暇などなく、心に真っ先に浮かんだのは、あの時いなかった詩音の姿だった。詩音と一緒にバンドをやる夢、それは蓮斗は一人で叶えようとしていた。がメンバー集めはやっぱり、詩音以外考えられなくいた。
すると音楽室の重いドアが開き3人に生徒が入ってきた。蓮斗の同級生だった。
「お、神谷、まだやってのかよ?」
一人がギターを持つ詩音の顔を覗き込みながら笑った。蓮斗はギターの弦を押さえる指が僅かに震えた。
「ああ、ちょっと練習してたんだ。」
やはり昔に戻って少ししたら、蓮斗は自分の思うままに話せなかった、あの頃のままの言葉しか話せなかった。
「でもさ、神谷、正直言ってバンドで売れるなんて夢見すぎじゃね?だってお前ギターは上手いけど、歌は微妙じゃん?それに、何だっけ、亡くなった親友との夢がどうとかって、もういいじゃん?のんびり生きていこうぜ」
別の友人が冗談めかして笑った。
(あぁ、そっか、俺何も言い返せなったんだ)昔の自分を見る今の蓮斗は呆れていた。
「まあ、趣味で続けるないいんじゃね?がんばれよ」
軽く肩を叩き、音楽室を出る3人の背中を見て、心の中で悔し涙を流した。
(あれ、俺いつギター弾くのやめたんだっけ?大学?)蓮斗はいつギターを手放したのか忘れていたが、微かに大学時代の一人暮らしのアパートでギターを弾いている記憶があった。
その瞬間だった、視界がぼやけブラックアウトした様だった、またホテルの戻るのかと思ったが目を開けると、そこはホテルではなく、懐かしのアパートだった。
「このアパート、」
薄汚れた壁ギターが立てかけられたスタンド、小さな机の上に散らばった楽譜の束、床に放り投げられたエフェクターボード、蓮斗が大学時代暮らしていた部屋だと分かった。
「ここ、ホテルじゃない、俺の部屋だ。」
部屋の隅に置かれたアンプと机の上のパソコン画面に映るDTMソフトが目に入り、かつての情熱を思い出した。
アパートの窓の外から蓮斗を呼ぶ声が聞こえた
「レンレンーー早くしろースタジオ間に合わないぞー」
その呼び声に蓮斗は心が躍った、レンレンとは蓮斗の大学時代のあだ名だった、懐かしさに浸っていると体が勝手に動いていた、ギターをケースに入れ、エフェクターボードを持ち、アパートから出ていた。
また、昔の行動を再現するだけか、と思いながら、不安な気持ちで自分を見ていた。
「お待たせ、」
「レンレン、メジャー目指すって言ったのお前だろ、気合入れろよ」
アパートの外にいたのは当時のバンドメンバー3人だった、当然その中に詩音はいない、死んでいるので、居るはずはないと分かっていながらも、心の中の蓮斗は残念そうにため息をついた。
蓮斗達はスタジオに集まり、練習をした。曲を作り、数人の客の前でライブを重ね、少しずつファンも増えた、それでもメジャーデビューの道は遠かった。
「やっぱり、俺ら程度じゃ無理なんじゃね?」
スタジオでベースを手に持つ川崎栄治がため息をつく
「おい、何言ってんだ!少しずつファンも付いてきたろ」
ドラムに佐野勇人が声を荒げるがその言葉にも力がなかった。
(あぁ、そうだ、こんな言い合いがあったな)心の中で思っていた。
当時の蓮斗はメンバーの事を考えずに口を開いていた。
「詩音とだったら…」
「おい、レンレンまたそれかよ、俺たちじゃダメだっていうのかよ、だったら詩音とか言う自殺した達とあの世で仲良く、バンドやっとけよ!」
ボーカルの深井風雅が声を荒げた瞬間蓮斗は風雅に殴り掛かっていた。
「何だと!」
(何やってんだ、詩音との夢叶える為にバンドやってるのに、詩音の事で喧嘩して.......)
「おい、やめろよ、」
「落ち着けよ!」
栄治と勇人が必死で二人の殴り合いを止めてくれた、そしてその日はそれ以上の会話がなく、4人は無言のまま帰った。
大学3年になる頃には、バンド活動は自然消滅し、メンバーとも連絡は取らなかった。
蓮斗もバンドをやめ就職する判断をしたとき、心のどこかで、詩音の事は一旦端に置こうと決めしまった。
(そうだ、俺これから詩音は死んだんだって、心のどこかで折り目をつけて、考えないようにしてたんだ、今も仕事中感じる夢も、希望もどこか遠くへ置いてきた気がするのは、これだったんだ。)
思い返していると、視界が暗くなり、ブラックアウトした、今度がやはり、ホテルの部屋の床に横たわっていた。冷たい床が背中を冷やす感触が、現実へと引き戻していく。
「……俺はこんな事すら、忘れてるなて、」
蓮斗はゆっくりと体を起こし手を震わせながら、気の抜けた表情をしていた。床に転がるDo you still regret it?の缶を見て、呟いた。
「詩音の夢、そして俺の夢を詩音との約束を…完全に諦めたんだ…後悔してない訳ないだろ。」
詩音を救えなかっただけではない――詩音と一緒に描いた夢を、自分自身で捨てたこと。それが、蓮斗の人生にずっと影を落としていた。そのことにようやく気が付いた。
そして、空きっぱなしの冷蔵庫の中を見つめて呟いた
「詩音、俺もう無理だよ、俺こんなに情けない奴だったんだな、」
「Some doors can never be reopened.(二度と開けられない扉もある)」
蓮斗の胸に、また、一つ重い痛みが走った。今までの2つとは違って、この言葉には待ったく心あたりがなかった。
「これもまた、俺の過去に何つながるんだろ、でも、何だ、」
蓮斗は慣れた手つきで冷蔵庫の中の小さな小瓶を取り出した、今まで通り、冷たい小瓶の感触が指先に走ったが、違和感を感じる、
「あれ?、これって」
小瓶の蓋をける前に、軽く振ってみると、カラカラと液体ではなく、硬い物が入っているのが分かった。
恐る恐る蓋を開け、手のひらに中身を取り出した。
「鍵?」
そのカギを見た瞬間はっとし、デスクの上のカードを取り、読み直した、
「夜が明ける頃、扉の向こう覗いてください…あ、扉だ!ってか」
慌てて、スマホを探すと、ベットの上でアラームが鳴った、まさかと思い、慌てて画面を見ると、7時00分になっていた
「あ、やばい仕事!.......まぁ、それどころじゃないか。」
仕事の事が一瞬頭によぎるも、そな事はすぐに、この部屋の出来事でかき消された。
深呼吸をして、部屋中の扉を開けた、風呂場の扉、トイレの扉、クローゼットの扉、とにかく全てをかけたが何もない、残る扉は部屋の入り口だけだった。
「ここか、」
一言呟き慎重手をかけ、ドアノブを回すも開かない、
「あ、そうか、この鍵」
蓮斗は自分で鍵を閉めた記憶はないため、すぐに小瓶の鍵が部屋の鍵だと気づいた。
鍵を片手に、ドアノブ鍵穴に差し込んだ、冷たい金属の感触が指先を通じて伝わる、鍵を回すたびに金属音が静かな部屋に響いた。
「…これで」
心臓が高鳴るのを感じながら、蓮斗は深呼吸をした。一度目を閉じ、心を落ち着ける。だが、手の震えは止まらない。
そして、ドアノブを押し下げる、ゆっくりと扉を開けた瞬間、蓮斗の体は凍り付いた。
扉の向こうには一人の青年が立っていた。
成長し、大人びた青年だったが見た瞬間すぐに分かった。
「…詩音?、詩音なのか?」
その名前が蓮斗の口から震えるようにこぼれた。
目の前に立っているのは、確かに柳詩音だった、見慣れた中学時代の制服姿ではない、初めて会った、小学生でも、蓮斗が覚えているどの時期の姿でもない。詩音がもし生きていた今の年齢であるはずの姿で立っていた。だが、穏やかな笑顔からすぐに分かった。
「久しぶりだな、蓮斗。」
詩音は静かに口を開いた、その声は声変わりした声とはいえ、懐かしく、そして優しかった。
「なんで…なんでお前がここにいるんだよ!」
蓮斗は喉の奥から絞り出すように叫んだ、詩音の姿を目にした瞬間から胸が締め付けられるような痛みに襲われ、呼吸が浅くなった。
「お前は、死んだはずだろ.......」
詩音は静かに笑った、その笑顔が蓮斗の胸をさらに苦しめた。
「死んだ?そうだな、俺は確かにもういない。でも、お前は覚えていてくれたんだろ?」
やはり発する言葉のすべてが懐かしく、蓮斗は涙を抑えられなかった。
「ごめん…ごめんな、詩音、俺お前に何もしてあげられなかった、詩音がこんなに辛い思いしていたのに、」
蓮斗は足元に崩れ落ちた、拳を握りしめ、詩音の方を見上げる。
「それに、お前との夢も俺は捨てた.......」
詩音は蓮斗のそばにゆっくりとしゃがみ込んだ、そして、その手を蓮斗の肩に優しく置いた。
「蓮斗ありがとうな、俺の事はもういいよ」
「いいわけないだろ!俺はお前の事を仕事の疲れを理由に考えないようにしてたんだぞ!だから怒って出てきたんだろ?」
蓮斗が言うと、詩音は昔のように優しく笑ってくれた
「違うよ、そんなオバケみたな事しないよ、」
優しく笑った後、真面目な顔に変わった。
「俺はもう、過去の存在だ、でも、お前は.......お前には未来がある。だから俺に縛られるな、昔蓮斗がした選択。俺にかけてくれた最後の言葉、二人の夢、きっと後悔してると思って、もしお前が今幸せじゃない理由が過去の俺だったら、頼む、もう後悔しないでくれ、俺は蓮斗と生きた時間、俺が死んでから、蓮斗俺らの夢を叶えようとバンドを組んでくれた事、全部がうれしかったんだ」
詩音は立ち上がり、部屋の向こうを見つめた。その先には、暗闇の中に微かに光が差し込む道が見えた。
「俺が伝えたかったのは一つだけだ蓮斗」
「え、」
「もう一度歩き出せよ!自分の為に、死んだ俺の為に夢を追うんじゃなくて、自分の為に選択してちゃんと自分の為に歩き出せよ」
詩音の笑顔は穏やかで優しかった。
「俺はずっとお前を見てる。だから、ちゃんと自分のために生きろ。」
蓮斗は立ち上がり、震える足で詩音に向って一歩近づいた。
「詩音.......おまえ。」
手を伸ばそうとした瞬間、詩音の姿がゆっくり淡くなっていく。
「蓮斗これがお前の為の人生の最初の選択だ.......俺と来るか、それともお前の人生を歩き出すが、決めろ神谷蓮斗!」
詩音の真面目で真剣な眼差しの中に優しい声がした気がした。
その問いに蓮斗は少しの間沈黙しゆっくり口を開いて答えた。
「柳詩音、ありがとう、俺は俺の人生を行くよ!見ててくれ俺の幸せを」
その蓮斗の顔は涙が溢れて笑顔だった。
「あぁ、ずっと見守ってる、じゃあな、あんまり早くこっち来るなよ」
詩音の姿は光の粒となり、部屋の暗闇に消えて至った。
「蓮斗、今日中にクライアント向けのプレゼン資料修正して反映させといてくれ」
「え、これ今日中ですか?」
菅原勇 部長の緊迫し圧のある言葉に思わず声を上げてしまった、修正案がまとまったのは、定時のほんの20分前の事だったからだ。
「あぁ、頼んたぞ」
そう言い残し菅原部長は腕時計をちらりと見て他の社員の方に視線を向けた、
「蓮斗、これは今日も23時コースだな、ほかのタスクも終わってないんだろ?」
声をかけてきたのは同期の中浜亮だった。のんきな口調と裏腹に亮のデスクの上には蓮斗以上に未処理の書類であふれていた。
「うん、始業時間はきっちりしてるくせに終業時間がガバガバすぎるんだよ.......」
蓮斗は深いため息をつき、パソコンに向き直った。
22時50分蓮斗はなんとかすべての業務を終え、深いため息と共にデスクの上の冷めきったコーヒーを飲み干した、椅子を引き、疲れ切った体を立ち上げる。
「亮、先上がるは、」
「おう.......」
振り返った亮は、もはや目に光がなく、机に突っ伏しそうな姿勢でキーボードを叩いていた。手伝うべきか迷ったが、亮のタスクは別案件だ。蓮斗は逃げるように職場を後にした。
スーツの襟元は緩め、夜風に当たり、地下鉄へ向かう足取りも重く、思考が鈍い。
ホームで流れるアナウンスすらまともに聞き取れないほどだった。電車に乗り込むと深く座席に沈み込んだ、閉じた瞼の裏に浮かぶのは、繰り返された日常だった。
(今日も何のために働いてるんだろう……)
そんな問いが、最近は頭を離れない。答えは出ないし、考える気力もない。ただ、体が会社と家を往復しているだけだ。夢も、希望も、遠い昔に置き忘れてきた気がする。
そんなことを思っていると、眠ってしまっていた。
どのくらい寝てしまっただろうか.......車内アナウンスが蓮斗の耳をかすめる。「次は、夢見ヶ丘|、夢見ヶ丘です。」
聞きなれない駅名に蓮斗はハッとし目を開けた、慌ててジャケットからスマートフォンを取り出すが疲れきった指は言うことを聞かない。路線図を確認する気力も湧かず、ただ不安に押しつぶされそうになりながら、電車の揺れに身を任せた。
やがて電車が止まると、蓮斗はふとした衝動で降りていた。ホームは薄暗く、静まり返っている、前を見上げると、白くぼんやり光る駅名が目に飛び込んできた。
【夢見ヶ原】
「……こんな駅、あったか?」
独り言をつぶやきながら周りを見渡すと、人影はなく遠くから聞こえるはずの足音、話し声もまるで聞こえず静まり返っていた、線路の先は霧に包まれどこにも続いていないように見える。
足元で響く自分の足音だけが、この状況を現実なのか虚構なのかを分からなくさせる。この異様な静けさそして、水滴のしたたり落ちる音に、蓮斗は思わず拳を握りしめた。
恐る恐る改札を抜けた蓮斗は、目の前の光景に息をのんだ。そこにはネオンの光が輝き華やかさを纏った街並みが広がっていた――が、違和感が拭えない。目に入る建物の大半は古びた木造建築で、瓦屋根やひび割れた柱が不気味に影を落としている。それは、ネオンの近未来的な輝きと全く噛み合わず、どこか異質で不自然だった。店の看板は古びた木板に手書きの文字が歪んで書かれており、読み取るのも困難だ。中にはかすれて何が書かれているかも分からないものもある。それらを照らすネオンの光だけが妙に鮮明で、木造の街並みに影を落としていた。だが、その影は奇妙に揺れ、まるで生き物のように蠢いているように見える。
「……こんな場所、東京にあるわけないだろ。」
蓮斗は震える声で呟いたが、誰も返事をする者はいない。人の姿が一人として見えないのだ。それどころか、街全体が異様なまでに静まり返っている。風も、音も、全てが消え去ったかのようだ。
背筋を冷たい何かが這い上がるような感覚に襲われた蓮斗は、いてもたってもいられず、踵を返して改札に戻ろうとした。ここを離れなければいけない――そう思ったのだ。
だが、改札を目前にして、蓮斗の足は止まった。そこには、いつの間にか一人の駅員が立っていた。駅員は古びた制服を身にまとい、帽子のつばが深く顔を隠している。蓮斗は動揺しながら声を上げた。
「すみません、ここはどこですか?」
「終電はまだ・・・・」
駅員は蓮斗の問いを遮るようにゆっくりと顔を上げた。その目は虚ろで、どこか遠くを見つめているようだった。そして低い声で一言だけ告げた。
「電車は終わりました・」
その言葉だけを残し、駅員は蓮斗の視線を無視するように改札の奥へと消えていった。蓮斗が慌てて追おうとした時には、すでにその姿は闇に溶け込むように消えていた。
改札の向こうに目をやると、ホームは霧に包まれ、電車の影すら見えない。振り返った街並みも、先ほどより暗さを増しているように見えた。ネオンの光だけが異様に浮かび上がり、木造の建物に揺れる影を落としていた。
「……なんだよ、ここ……」
蓮斗の声は虚空に吸い込まれるようで、答えを返す者はいなかった。冷たい汗が背中を伝い、逃げ場のない不安が蓮斗を押しつぶそうとしていた。
蓮斗はジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出し、地図アプリを開いた。画面に表示された現在位置は東京の「新宿駅」。信じられない思いで画面を見つめた。確かに新宿駅を示しているが、目の前の景色と一致する部分など一つもない。蓮斗は苛立ちを抑えつつ、アプリを再起動しようと試みたが、反応は同じだった。
「.......完全にバグっている。」
自分に言い聞かせるように呟き、スマホをポケットにしまい込むと、震える足で再び歩き出した。
どこを見ても、やっぱり人の気配はない。
ネオンの光だけが木造建築に緊要な影を落とし、街全体が静寂に包まれていた。何か音があればそれだけで安心できそうだったが、それすら叶わない。
その時、蓮斗の目に一つの看板が飛び込んできた。周囲に並ぶ看板はどれも見覚えのない文字だらけだったが、唯一そこだけは違った。英語で「HOTEL」と書かれている、ネオンの青い光がその文字をぼんやりと浮かび上がらせていた。
「.......ホテルか。」
蓮人は迷ったが、明日も仕事があるし、このまま街をさまようわけにもいかない。こんな時でも蓮斗は仕事のことが頭にあった。
不安を抱えながらも足を動かし、ホテルの入り口へと向かった。
扉は年代物の木製で。黒ずんだ金属製の取っ手が重工感を放っている、恐る恐る取っ手を回すと、ギィ……と低い音を立てて扉が開いた。
中に足を踏み入れた瞬間、蓮斗は外とは違った異様な雰囲気にのみ込まれた。ホテルの内装は古い洋館のようで、床は艶のある黒い木材、壁にはひび割れた緋色の壁紙が貼られている。
天井には大きなシャンデリアが降ら下がっていたが、電球のいくつかが切れており、不規則に明滅を繰り返している。その明かりが空間全体を不気味に照らしていた。壁の大きな時計は針が止まっていて何時を示しているのかもわからない。
フロントデスクは奥まった場所にあり、古びたベルがポツンと置かれている。だが、カウンターの向こうには誰もいない。
蓮斗は遠慮気味にベルを鳴らし人を呼んだ。
「……誰かいますか?」
だが、返ってくるのはやはり静寂だけだった、心臓が早鐘を打つ中、蓮斗は周囲を見回す。足元に視線を落とすと、床の木目が波打つように見えた。一歩踏み出すたびに、床がきしむ音が不気味に響く。蓮斗は立ち止まり、再び呼びかけた。
「すみません、泊まれる部屋はありますか?」
すると、奥の暗がりから足音が聞こえてきた。ゆっくりと、規則的に、こちらへ近づいてくる。その足音は確かに人の足音だが、リズムが奇妙で人間とは思えない何かを感じ蓮斗は一瞬最悪な想像をしてしまった。
蓮斗は緊張で身体が硬直し、ただじっと暗がりを見つめていた。
その時フロントデスクの奥からゆっくりと一人の人物が姿を現した。
それは中年の男性だった、髪は整えられ、古めかしい制服に身を包んでいる。その表情は柔らかく、穏やかな笑みを浮かべていた。
思わず蓮斗は胸をなでおろした。人がいる、それだけで、圧迫されるような静寂から解放された気がした。
「いらっしゃいませ。」
低く落ち着いた声が響いた、男性は憂鬱な仕草で一礼をした。その動きには古い映画の登場人物のような趣があり、不自然なほど整っている。
「失礼します、ここ、泊まれますか?」
蓮斗は緊張を押し殺しながら声を絞り出した。フロントの男性はおだやかに頷いた。
「ええ、お部屋はご用意できます。どうぞご安心ください」
その言葉に蓮斗はさらに肩の力を抜いた、ここまで不安を抱えていた自分が馬鹿らしくなるような気さえしてくる。
だがその安心感に水を差すように、蓮斗の頭に一つの疑問を思い出した。この街並み、このホテル、どれも異様で現実味がない。果たしてここは一体どこのなのか――。
「それより........すみません、ここって、どこなんですか?」
蓮斗は自分でも驚くほど真っすぐな声で訪ねた。男性はその質問を聞くと、一瞬だけ顔に影を落としたように見えた。しかし、すぐに笑みを浮かべなおす。
「ここは、どこでもあり、どこでもない場所です。」
曖昧で掴みどころのない答えだった、蓮斗はさらに突っ込もうとしたが、男性はその前に言葉を続けた。
「お疲れのご様子ですね。まずはお部屋でお休みになってはいかがでしょうか?」
その提案に逆らいたい力があった。蓮斗は納得していないものの、疲労感が一気に押し寄せてくるのを感じた。
「........わかりました、お願いします。」
男性は満足そうに微笑むと、カウンターの引き出しから古びた鍵を取り出し、丁寧に蓮斗に手渡した。
「こちらが、鍵になります。お部屋は二階です。どうぞごゆっくり。」
鍵には小さな金属製のプレートが付いており、「201」と刻まれている、蓮斗それを受け取りながら、再びフロントの男性に目を向けた。その笑顔は穏やかだが、なにか奥底に隠されたものを感じさせるような気がした。
蓮斗は再び不安を抱えながらも、部屋へ向かうためエレベーターを探し周りを見渡した、すると、フロントの男性が口を開いた
「大変申し訳ございません、只今エレベーターの点検中でして、あちらの扉の向こうの階段でお上がりください。」
申し訳なさそうに案内をするフロントの男性の顔から笑顔は消えていなかった。
フロントの男性の案内通りに、蓮斗は指さされた古い扉へ向かった。その扉は木製で、表面には無数の傷やひび割れが刻まれている、取っ手は黒ずんだ真鍮製で触れるとひんやりと冷たい。蓮斗は躊躇しつつも、意を決して取っ手を回した。
扉がギィ……と重々しい音を立てて開くと、目の前には錆つた古い螺旋階段が現れた。足を踏み入れると、ボイラー室のような低い唸り音がどこからともなく聞こえてきた、階段を見上げると、暗がりに続く螺旋が終わりを見せず、まるでどこまでも続いているようだった。
「..........大丈夫、ただの古い建物だ」
自分にそう言い聞かせながら、一歩、また一歩と足を進めた。階段は冷たく。足音が金属に響いて耳障りな音を立てる、上がるにつれて息が詰まるような重圧感が増していく、たかが2階のはずなのに、なかなかつかない
やがて2階へたどり着くと、薄暗い廊下が広がっていた、廊下の両側にはいくつもの扉が並んでおり、それぞれに部屋番号が書かれた古いプレートがかけられている。廊下を照らすランプの数が少なく、その明かりはぼんやりとして頼りない。廊下に漂う空気はひどく冷たく、かすかに湿った匂いが鼻を刺した。
蓮斗は震える目でプレートを追い、目的の部屋を探す。
「...........201号室。」
廊下の奥、右手側に目当ての部屋の扉を見つけた、扉はほかの部屋と同様に古びており表面には無数の傷跡が残っている。
蓮斗は手に持っている鍵を部屋のプレートと見合わせて、立ち止まった、喉が渇き、緊張で手が少し震えている、息を整え鍵を鍵穴に差し込むと、ギリギリと擦れるような重い音を立てて回った。
部屋の扉をそっと開け、部屋の中に足を踏み入れた瞬間、蓮斗は思わず立ち止まった。
廊下の荒れ果てた様子とは対照的に、部屋の中は異様なまでに整えられていた。天井には大きなシャンデリアが吊下がり、ガラスのカットが光を柔らかく反射している。床は磨き抜かれた寄木細工のフローリングで、中央には赤と金を基調にした豪華なペルシャ絨毯が敷かれていた。壁には幾つかの箇所に古びた肖像画がかけられている、人物の顔はどれも穏やかな表情を浮かべているが、その目はどこか鋭く蓮斗を追っているようにも感じられた。
蓮斗は恐る恐る部屋の中へ足を進めた、壁際には古風なデスクがおかれており、その上には真鍮製のスタンドランプが淡い光を灯している、その隣には年代物の電話機が鎮座しており、受話器は妙に誇りをかぶっている。
全体として調和の取れた高級感が漂う内装だったが、どこか現実離れしていた。すべてが「完璧すぎる」のだ。部屋の空気は妙に静かで、息をするたびにわずかに湿り気を感じた。
蓮斗は鍵を壁にあるフックにかけた、そして大きく息を吐き出しながら、四柱式の大きなベッドに腰を下ろした。
「・・・・・・すごい部屋だな。でも...........」
ここに入った瞬間から感じている違和感を振り払おうと、頭を振る。ふと、視線の先に小さな手紙袋が置かれていることに気づいた。
それはデスクの上に整然と並べられた古びた花瓶の隣に置かれていた。小さな封筒のような形をしており、表面には「神谷蓮斗様へ」と、確かに自分の名前が書かれている、見間違えではなかった。
「なんで、俺の名前が?あの爺さんに言ってないよな?」
蓮斗は思わずつぶやき、胸の鼓動が早くなっているのを感じた。震える手で封筒を手に取り、慎重に開く、中には一枚のカードが入っていた。それは上品な厚紙で、手書きの文字が整然と並んでいる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「神谷蓮斗様へ」
「お越しをお待ちしておりました。冷蔵庫には、あなたがこれまでに選ばなかったものが用意されています。それぞれの言葉が、あなたに問いかけることでしょう。
しかし、この部屋で過ごす夜が、全ての答えを与えるわけではありません。夜が明ける頃、扉の向こうを覗いてください。その先に、あなたが手にするべき“もう一つの選択肢”が待っています。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
読み終えた瞬間、蓮斗はのどの奥がひりつくような感覚に襲われた。
「..........なんだこれ。」
思わず呟く声が震える。机にカードを置きなおし、両手で頭を抱えた。単なる偶然なのか――だが、ここまでの出来事を思い返すと、そのどれもが「偶然」で片付けられる範囲を超えていると感じざるを得なかった。
「冷蔵庫って。」
蓮斗は恐る恐る冷蔵庫に目を向けた。カードに書かれている事が事実だとしたら、中に何かが用意されていると言うことなのだろうか、そう思い蓮斗は開けてみようと冷蔵庫に手をかける。
冷蔵庫を開ける手を止めて、一度深く深呼吸をして、自分に落ち着くよう言い聞かせた。
「落ち着け、ただのホテルの演出かもしれないだろ」
声に出しても、その言葉は自分に対する、説得力を持たなかった。覚悟を決め冷蔵庫の扉を勢いよく開けた。
中には3本の飲み物が整然と並べられていた。だが、ラベルに目をやった瞬間、蓮斗の胸に冷たい何かが走った、そこに書かれている言葉それぞれが、自分に問いかけているように感じられたのだ。
ミネラルウォーターのような透明のペットボトルには
「If only you had chosen differently.(もし違う選択をしていれば)」
ビールのような缶には
「Do you still regret it?(まだ後悔しているか?)」
小さな小瓶には
「Some doors can never be reopened.(二度と開けられない扉もある)」
「これって..........」
蓮斗は何か、思いだせないが心当たりがあるように感じ声を上げながら後ずさった。
デスクに戻り、再びカードを手に取りにらみつけた、「扉の向こうを覗いてください」という言葉が頭に響く。
「扉って、どの?..........一体どうなってるんだ」
蓮斗はカードをデスクに置きなおすと、デスクの隅に置かれた古びた電話に目を向けた。
「そうだ、フロントにに聞けば..........」
そう呟きながら、受話器を取り、ダイヤルを回す。フロントの番号らしきものダイヤルを合わせ、耳に当てた受話器からは不規則な電子音のようなものが流れた。普段聞きなれた「呼び出し音」とは明らかに違う。蓮人は眉をひそめ、何度か試みるが結果は同じだった。
「..........つながらないのか?」
受話器を元に戻し、深いため息をつく。直接フロントに行くべきか・・・・・そんな考えが頭をよぎったが、あの螺旋階段の薄暗さを思い出すと、足がすくむような感覚に襲われた。あの階段を再び降りるのはどうも気が進まない。
「..........どうしたら。」
蓮斗スマホを取り出し、時間を確認しようと画面をタップした。しかし、そこに表示されたのは「0時00分」だった。
「そんな、。。。」
電車に乗ったのが23時頃だ、そこから電車で眠り、この街についてホテルまで歩いた、ホテルについてからも、しばらく経っていた、確実に時間が経っているはずだった。それなのにスマホの時計は止まっているのか、時間がゆっくり進んでいるのか、とにかく動きがおかしかった。
ふと顔を上げて部屋を見回すが、時計がなく時間を確認する手段は見当たらない・
蓮斗はスマホのアラームをセットしながら再び深いため息をついた。
「朝7時にセットしておけば、何とかなるだろう。。。。」
スマホを枕のそばに置き、 不安と疑問が渦巻く中で風呂にも入らずベットに潜り込む、疲労が蓄積していはずなのに、どうしても目がさえてしまう。暗い天井を見つめながら、先ほどのカードや冷蔵庫のラベルの言葉が頭のなかでぐるぐると回っていた。
「こんな事してても、寝れるわけないか・ってかこんなところで寝れるわけないか。」
蓮斗はベットから体を起こし、冷蔵庫の方に目を向けた。飲み物のラベルに書かれた不気味な言葉が脳内に蘇る。
「選択..........か。」
自分に言聞かせるようん呟きながら、冷蔵庫へ向かい扉を開けた。中には変わらぬ姿で並ぶ3本の飲み物、冷たい空気が肌に触れ、かすかな冷蔵庫の音が耳に響いた。
のん..........でみるか、なぜだか、これを飲む為にここに来たかのような使命感にかられた。
「どれから..........だ?」
蓮斗は震える手を伸ばし、最初にミネラルウォーターの様なボトルを取り上げた。「If only you had chosen differently.(もし違う選択をしていれば)」というラベルが視界に入る。
「..........俺の選択..........か。」
蓮斗は唾を飲みこみ、ボトルのキャップを慎重に回し始めた。肩の力を抜き、呼吸を整えてた
「いくぞ、、、」
そう言い、一気に飲み始めた。
「なんだ、だたの水じゃないか、」
蓮斗は今までの緊張が解け喉が渇いた気がした、その後ももう一口、もう一口と飲み進め、ボトルの中身が半分ほど減ったところで一度口を話した。
「やっぱり、何も起きないのか」
蓮斗はそう呟きながら肩を落とし、デスクにボトルを置いた。
その瞬間だった。視界が不意に揺らぎ始めた、まるで地震が起きたかのように足元が崩れる感覚に襲われる。
「なんだ。これ」
蓮斗は立っていられなくなり、その場に膝をついた。頭が重く、意識が遠のいていくようだった。冷蔵庫の音が次第に遠ざかり、周囲の景色がゆがみ始める。目の前に広がる景色が霧のようにぼやけ、すべてが混ざり合っていく。
「..........」
蓮斗の体はそのまま床に倒れ込んだ。だが、硬い床の感触は感じられない、代わりに、どこか温かく柔らかな風が肌を撫でた。
そして気が付くと、蓮斗はどこか懐かしい場所に立っていた。
「…ここは?」
目の前には見覚えのあるベンチがあった、日々の仕事の疲れで忘れかけていた大事な記憶がだんだんと懐かしい記憶がよみがえってくる、遠くから聞こえる生徒の笑い声、部活中の掛け声、そうここは蓮斗が中学時代を過ごした中学校だった。
「なんで……ここに……?」
驚きと困惑が入り混じ中、不意に背後から声がした。
「おい、蓮斗、ないしんだよ、そんなところ突っ立て。」
驚きと共に振り返ると、この声、頬の傷、懐かしさと嬉しさで涙があふれる蓮斗の目に映った人物は、今は亡き親友の柳詩音だった。
「詩音..........?なんで、お前が、」
そう言う蓮斗の震えていた声は叫び声に近かった。
「なんだよ、神谷? ほら、ちょっと付き合えよ。」
詩音は蓮斗の腕を引っ張り、校庭の恥にあるベンチに腰を下ろした、その動きがあまりに自然で抵抗することはできなかった。
ベンチに座った瞬間蓮斗はハッとした、(そうだ、今は810月28日、詩音と話した最後の日だ.......今日の俺の答えのせいで、詩音は、)
「なぁ、蓮斗。お前覚えてるか? 中学卒業したら、俺たちでバンドやろうぜって話したの。」
その言葉を遮るように話したいことがあったが、突然蓮斗の口は言うことを聞かなくなった、言いたい事が言えない、焦りで頬を汗がつたるのが分かった。
「覚えてるに決まってるだろ。。」
無意識で勝手に口が動くように小さく答えた。
そしてその夢が詩音がいなくなったことで全て終わる、それを蓮斗はわかっていた。
「なぁ、俺たち、結構いい線いくんじゃね? 俺、最近ちょっと新しい曲とかも考えててさ……。」
その笑顔が眩しかった。だが、それがすぐに曇ることも、蓮斗は知っていた
「でもさ、最近きついんだよな。」
案の定詩音の顔は影を落とし、曇っていた。
(あぁ.......知ってるよ、俺は何も力になれなかった、それどころか、俺は見て見ぬふりをした)心の中で思い返すと蓮斗は申し訳なさと自分の情けなさで涙が止まらなくなったが、今の蓮斗は涙を流すことができなかった。心とは裏腹に体は恐ろしく平然としている。
「クラスのやつらが……まぁ、色々言ってきてさ。最近ひどくなってるし」
詩音は制服で隠れている腕の傷を抑えながら震えた声で言った。
「どうしたらいいかな?あ、別に庇っほしいとかじゃないぞ、そんな事した次は蓮斗がやられかねないし、」
その瞬間蓮斗は息をのんだ。この瞬間がどれだけ大事なものだったのか、今の蓮斗には痛いほどわかる、だが、過去の自分が答えた言葉が、もう口から漏れていた。
「そんなん気にするなよ。お前、別に悪いことしてるわけじゃないんだしさ。気にしなければ、そのうち飽きるだろ。」
どこか遠くを眺めながら発した瞬間、蓮斗は自分の胸を殴りたくなるほどの後悔し、心の中で喉が潰れるほど、唸り、叫んだ、(止めろ、俺の口動け……!頼む、もっとちゃんと……違う言葉を言わせてくれ!)
けれど口は動かなかった、詩音は本当に求めていた言葉が言えなかったあの日がそのまま再現されてしまった。
詩音はほんの一瞬だけ寂しげな顔をしたが、すぐに柔らかい笑顔を取り戻した。
「そっか、蓮斗がそう言うなら、そうするよ。」
その笑顔が追い打ちをかけるように、蓮斗の胸をしつけた。そして、詩音の目が何かを諦めたように感じた。
「じゃあ、また明日な、蓮斗、俺たち絶対バンドやろうな」
そう言って立ち上がった瞬間とても小さな声で呟いた、「蓮斗お前は強く生きろよ、ずっと見守ってる」、その呟きは当時の蓮斗には聞こえていなかったが、今ははっきりと聞こえていた。
(待って、待って、違う違うんだ、詩音待って)
その言葉は出ず、体が思い通りにならず、ただ歩く詩音の背中を見つめる事しかできなかった。
次の日詩音はこの世を去る選択をした
その瞬間、視界がブラックアウトした。まるでスイッチを切られたように、目の前の光景が闇に飲みこまれていく。
「はっ.......詩音!」
ようやく口が開き叫んだ、だが声はどこにも届かない詩音の背中がまるで砂のように風に散り、ホテルの部屋の床に座り込んでいた。
冷たい冷蔵庫の風が背中を突き刺すよだったが、それよりも心の奥底から湧き上がる苦しみが蓮斗を押しつぶしていた。
「……くそ……。」
震える手で顔を覆った。蓮斗の頬を伝う涙が止まらない、唇をかみしめる音が部屋の静寂に響いた。
「詩音.......ごめんな。」
その言葉は声にならなかった。詩音の最後の笑顔が目の前に浮かび、それと共に最後の言葉が頭をめぐる。「蓮斗、お前は強く生きろよ、ずっと見守ってる。」
「.......お前はすっと俺を思っててくれたのに…」
蓮斗は拳を固く握り、床を叩いた。
蓮斗は涙でぼやける視界の中で、冷蔵庫の扉が開いていることに気づいた。冷蔵庫のそばには飲み干したミネラルウォーターのボトルが転がっている。
「また、ここか」
蓮斗はゆっくりと息を吸い、乱れた呼吸を整えようとした。しかし、涙は止まらない。詩音との記憶が、心に深い爪痕を残している。
「何なんだよ、この飲み物、これで終わりなのか?他のやつは。」
蓮斗は拳をほどき、冷蔵庫の中に手を伸ばそうとする。しかし、体はまだ動かない。床に崩れ落ちたまま、深く息を吐き出した。
「詩音……俺はどうすればいい?」
そう問いかけ、冷蔵庫の中を見つめたまま動けずにいた。詩音との記憶が頭を巡り、胸が重く苦しくなる。
「まだ…終わってないんだよな」
そう呟いた瞬間、冷蔵庫の中の缶が目に飛び込んできた。それは先ほどからずっと視界の隅にあったはずなのに、今になって急に存在感を増したように感じられた。
「Do you still regret it?(まだ後悔しているか?)」
蓮斗は思わず声に出してラベルを読んだ。その言葉もまた、自分に語りかけているように思えた。
「まだ、後悔してるかって。」
詩音のことは後悔してる、それは間違いない。だが詩音の事は先ので十分思い出した。これはまた、違う、事が胸の奥深くにある気がした。親友を失った、詩音の事はそれだけではない、だがそれが何なのか、蓮斗は思い出せずにいた。
「またこれを飲めば」
肩のに力を入れ、手を伸ばした、が途中で一度動きを止めた、缶に触れるべきか、それともここでやめるべきか、詩音の記憶が胸に残斗る中で再び同じような記憶に飛び込む事への恐れが蓮斗を躊躇させた。
それでも、やるしかない、いや、やらなければならないそう思い、肩の力を抜き、冷蔵庫の中の缶を握ると、冷たい缶の感触が指先に伝わる、取り出した缶は手の中でずっしりと重みを持っていた。
蓮斗は缶のラベルを再び見つめた。Do you still regret it?
缶のプルタブに指をかけ、深呼吸を一つ冷たい空気が肺の中に満ち、蓮斗は決意を固める。
「.......行くぞ」
プルタブを引くと、缶の中の液体がかすかな音を立てて蓮斗を誘う、唇をつけ、一口、また一口と飲み始めた。
すると先と同じように体が揺れ、足元が崩れ、視界がぼやけ、倒れ込んだ。
目を開けるとそこは音楽室だった
「中学の音楽室か.......いや違う、ここは高校だ、」
状況を理解しようと、周りと自分の服装を見たとき、音楽室に置かれた、古びたアンプ、ピカピカのストラトキャスタータイプのギター、何より自分の制服を見てすぐにピンときた。
「うあ!なつかしい、このギターお年玉とお小遣い貯めて買ったやつだ!、あ、いや、違う、詩音.......」
懐かしさに浸る暇などなく、心に真っ先に浮かんだのは、あの時いなかった詩音の姿だった。詩音と一緒にバンドをやる夢、それは蓮斗は一人で叶えようとしていた。がメンバー集めはやっぱり、詩音以外考えられなくいた。
すると音楽室の重いドアが開き3人に生徒が入ってきた。蓮斗の同級生だった。
「お、神谷、まだやってのかよ?」
一人がギターを持つ詩音の顔を覗き込みながら笑った。蓮斗はギターの弦を押さえる指が僅かに震えた。
「ああ、ちょっと練習してたんだ。」
やはり昔に戻って少ししたら、蓮斗は自分の思うままに話せなかった、あの頃のままの言葉しか話せなかった。
「でもさ、神谷、正直言ってバンドで売れるなんて夢見すぎじゃね?だってお前ギターは上手いけど、歌は微妙じゃん?それに、何だっけ、亡くなった親友との夢がどうとかって、もういいじゃん?のんびり生きていこうぜ」
別の友人が冗談めかして笑った。
(あぁ、そっか、俺何も言い返せなったんだ)昔の自分を見る今の蓮斗は呆れていた。
「まあ、趣味で続けるないいんじゃね?がんばれよ」
軽く肩を叩き、音楽室を出る3人の背中を見て、心の中で悔し涙を流した。
(あれ、俺いつギター弾くのやめたんだっけ?大学?)蓮斗はいつギターを手放したのか忘れていたが、微かに大学時代の一人暮らしのアパートでギターを弾いている記憶があった。
その瞬間だった、視界がぼやけブラックアウトした様だった、またホテルの戻るのかと思ったが目を開けると、そこはホテルではなく、懐かしのアパートだった。
「このアパート、」
薄汚れた壁ギターが立てかけられたスタンド、小さな机の上に散らばった楽譜の束、床に放り投げられたエフェクターボード、蓮斗が大学時代暮らしていた部屋だと分かった。
「ここ、ホテルじゃない、俺の部屋だ。」
部屋の隅に置かれたアンプと机の上のパソコン画面に映るDTMソフトが目に入り、かつての情熱を思い出した。
アパートの窓の外から蓮斗を呼ぶ声が聞こえた
「レンレンーー早くしろースタジオ間に合わないぞー」
その呼び声に蓮斗は心が躍った、レンレンとは蓮斗の大学時代のあだ名だった、懐かしさに浸っていると体が勝手に動いていた、ギターをケースに入れ、エフェクターボードを持ち、アパートから出ていた。
また、昔の行動を再現するだけか、と思いながら、不安な気持ちで自分を見ていた。
「お待たせ、」
「レンレン、メジャー目指すって言ったのお前だろ、気合入れろよ」
アパートの外にいたのは当時のバンドメンバー3人だった、当然その中に詩音はいない、死んでいるので、居るはずはないと分かっていながらも、心の中の蓮斗は残念そうにため息をついた。
蓮斗達はスタジオに集まり、練習をした。曲を作り、数人の客の前でライブを重ね、少しずつファンも増えた、それでもメジャーデビューの道は遠かった。
「やっぱり、俺ら程度じゃ無理なんじゃね?」
スタジオでベースを手に持つ川崎栄治がため息をつく
「おい、何言ってんだ!少しずつファンも付いてきたろ」
ドラムに佐野勇人が声を荒げるがその言葉にも力がなかった。
(あぁ、そうだ、こんな言い合いがあったな)心の中で思っていた。
当時の蓮斗はメンバーの事を考えずに口を開いていた。
「詩音とだったら…」
「おい、レンレンまたそれかよ、俺たちじゃダメだっていうのかよ、だったら詩音とか言う自殺した達とあの世で仲良く、バンドやっとけよ!」
ボーカルの深井風雅が声を荒げた瞬間蓮斗は風雅に殴り掛かっていた。
「何だと!」
(何やってんだ、詩音との夢叶える為にバンドやってるのに、詩音の事で喧嘩して.......)
「おい、やめろよ、」
「落ち着けよ!」
栄治と勇人が必死で二人の殴り合いを止めてくれた、そしてその日はそれ以上の会話がなく、4人は無言のまま帰った。
大学3年になる頃には、バンド活動は自然消滅し、メンバーとも連絡は取らなかった。
蓮斗もバンドをやめ就職する判断をしたとき、心のどこかで、詩音の事は一旦端に置こうと決めしまった。
(そうだ、俺これから詩音は死んだんだって、心のどこかで折り目をつけて、考えないようにしてたんだ、今も仕事中感じる夢も、希望もどこか遠くへ置いてきた気がするのは、これだったんだ。)
思い返していると、視界が暗くなり、ブラックアウトした、今度がやはり、ホテルの部屋の床に横たわっていた。冷たい床が背中を冷やす感触が、現実へと引き戻していく。
「……俺はこんな事すら、忘れてるなて、」
蓮斗はゆっくりと体を起こし手を震わせながら、気の抜けた表情をしていた。床に転がるDo you still regret it?の缶を見て、呟いた。
「詩音の夢、そして俺の夢を詩音との約束を…完全に諦めたんだ…後悔してない訳ないだろ。」
詩音を救えなかっただけではない――詩音と一緒に描いた夢を、自分自身で捨てたこと。それが、蓮斗の人生にずっと影を落としていた。そのことにようやく気が付いた。
そして、空きっぱなしの冷蔵庫の中を見つめて呟いた
「詩音、俺もう無理だよ、俺こんなに情けない奴だったんだな、」
「Some doors can never be reopened.(二度と開けられない扉もある)」
蓮斗の胸に、また、一つ重い痛みが走った。今までの2つとは違って、この言葉には待ったく心あたりがなかった。
「これもまた、俺の過去に何つながるんだろ、でも、何だ、」
蓮斗は慣れた手つきで冷蔵庫の中の小さな小瓶を取り出した、今まで通り、冷たい小瓶の感触が指先に走ったが、違和感を感じる、
「あれ?、これって」
小瓶の蓋をける前に、軽く振ってみると、カラカラと液体ではなく、硬い物が入っているのが分かった。
恐る恐る蓋を開け、手のひらに中身を取り出した。
「鍵?」
そのカギを見た瞬間はっとし、デスクの上のカードを取り、読み直した、
「夜が明ける頃、扉の向こう覗いてください…あ、扉だ!ってか」
慌てて、スマホを探すと、ベットの上でアラームが鳴った、まさかと思い、慌てて画面を見ると、7時00分になっていた
「あ、やばい仕事!.......まぁ、それどころじゃないか。」
仕事の事が一瞬頭によぎるも、そな事はすぐに、この部屋の出来事でかき消された。
深呼吸をして、部屋中の扉を開けた、風呂場の扉、トイレの扉、クローゼットの扉、とにかく全てをかけたが何もない、残る扉は部屋の入り口だけだった。
「ここか、」
一言呟き慎重手をかけ、ドアノブを回すも開かない、
「あ、そうか、この鍵」
蓮斗は自分で鍵を閉めた記憶はないため、すぐに小瓶の鍵が部屋の鍵だと気づいた。
鍵を片手に、ドアノブ鍵穴に差し込んだ、冷たい金属の感触が指先を通じて伝わる、鍵を回すたびに金属音が静かな部屋に響いた。
「…これで」
心臓が高鳴るのを感じながら、蓮斗は深呼吸をした。一度目を閉じ、心を落ち着ける。だが、手の震えは止まらない。
そして、ドアノブを押し下げる、ゆっくりと扉を開けた瞬間、蓮斗の体は凍り付いた。
扉の向こうには一人の青年が立っていた。
成長し、大人びた青年だったが見た瞬間すぐに分かった。
「…詩音?、詩音なのか?」
その名前が蓮斗の口から震えるようにこぼれた。
目の前に立っているのは、確かに柳詩音だった、見慣れた中学時代の制服姿ではない、初めて会った、小学生でも、蓮斗が覚えているどの時期の姿でもない。詩音がもし生きていた今の年齢であるはずの姿で立っていた。だが、穏やかな笑顔からすぐに分かった。
「久しぶりだな、蓮斗。」
詩音は静かに口を開いた、その声は声変わりした声とはいえ、懐かしく、そして優しかった。
「なんで…なんでお前がここにいるんだよ!」
蓮斗は喉の奥から絞り出すように叫んだ、詩音の姿を目にした瞬間から胸が締め付けられるような痛みに襲われ、呼吸が浅くなった。
「お前は、死んだはずだろ.......」
詩音は静かに笑った、その笑顔が蓮斗の胸をさらに苦しめた。
「死んだ?そうだな、俺は確かにもういない。でも、お前は覚えていてくれたんだろ?」
やはり発する言葉のすべてが懐かしく、蓮斗は涙を抑えられなかった。
「ごめん…ごめんな、詩音、俺お前に何もしてあげられなかった、詩音がこんなに辛い思いしていたのに、」
蓮斗は足元に崩れ落ちた、拳を握りしめ、詩音の方を見上げる。
「それに、お前との夢も俺は捨てた.......」
詩音は蓮斗のそばにゆっくりとしゃがみ込んだ、そして、その手を蓮斗の肩に優しく置いた。
「蓮斗ありがとうな、俺の事はもういいよ」
「いいわけないだろ!俺はお前の事を仕事の疲れを理由に考えないようにしてたんだぞ!だから怒って出てきたんだろ?」
蓮斗が言うと、詩音は昔のように優しく笑ってくれた
「違うよ、そんなオバケみたな事しないよ、」
優しく笑った後、真面目な顔に変わった。
「俺はもう、過去の存在だ、でも、お前は.......お前には未来がある。だから俺に縛られるな、昔蓮斗がした選択。俺にかけてくれた最後の言葉、二人の夢、きっと後悔してると思って、もしお前が今幸せじゃない理由が過去の俺だったら、頼む、もう後悔しないでくれ、俺は蓮斗と生きた時間、俺が死んでから、蓮斗俺らの夢を叶えようとバンドを組んでくれた事、全部がうれしかったんだ」
詩音は立ち上がり、部屋の向こうを見つめた。その先には、暗闇の中に微かに光が差し込む道が見えた。
「俺が伝えたかったのは一つだけだ蓮斗」
「え、」
「もう一度歩き出せよ!自分の為に、死んだ俺の為に夢を追うんじゃなくて、自分の為に選択してちゃんと自分の為に歩き出せよ」
詩音の笑顔は穏やかで優しかった。
「俺はずっとお前を見てる。だから、ちゃんと自分のために生きろ。」
蓮斗は立ち上がり、震える足で詩音に向って一歩近づいた。
「詩音.......おまえ。」
手を伸ばそうとした瞬間、詩音の姿がゆっくり淡くなっていく。
「蓮斗これがお前の為の人生の最初の選択だ.......俺と来るか、それともお前の人生を歩き出すが、決めろ神谷蓮斗!」
詩音の真面目で真剣な眼差しの中に優しい声がした気がした。
その問いに蓮斗は少しの間沈黙しゆっくり口を開いて答えた。
「柳詩音、ありがとう、俺は俺の人生を行くよ!見ててくれ俺の幸せを」
その蓮斗の顔は涙が溢れて笑顔だった。
「あぁ、ずっと見守ってる、じゃあな、あんまり早くこっち来るなよ」
詩音の姿は光の粒となり、部屋の暗闇に消えて至った。
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