存在しないフェアリーテイル

如月ゆう

文字の大きさ
16 / 81
第二章 忌み者たちの出会い

第一話 彷徨う者を照らす朝

しおりを挟む
 朝の森特有の少し肌寒い空気に身体を震わせ、パチリと目が覚める。

 起き上がると、体を支えるためについていた手が朝露を含んだ草木を踏み、しとどに濡れた。暑くもないのに頬を水滴が伝い、濡れているのは手だけではないことに気がつく。

 どうやら空気中に含まれた多量の水蒸気が凝結し、このようになったと考えられる。日中と夜とで寒暖差が激しいのかもしれないな。

 枕代わりとして頭の下に敷いていたリュックを引き寄せると、俺は中からタオルを取り出して濡れた肌を拭きあげた。
 まるで洗顔したような感覚に陥るが、そこまで爽快なものでもない。

「……はぁ、今日も頑張りますか」

 起き抜けでローテンションな呟きをこぼし、朝ごはんの準備を始める。

「……しかし、慣れって怖いよなぁ。こうして頭は働いてないのに、手だけは勝手に動いて飯を作るんだもん」

 手馴れた作業で卵を割ると、牛乳を入れてかき混ぜ、下味をつける。熱した底の浅い鍋に流し込むと、半熟状態になるまでガっと卵液を掻き回し続けた。

「いやぁー、美味そう。やっぱり朝はこれだよなぁ。……いや、正直言うと米の方が食べたいんだけど……高い、手に入りにくい、調理が面倒、と3T揃ってるんだよなぁ」

 まだ頭が覚醒していないようで、普段は思考内で収まるような益体のない考えが口を滑る。

「ドワーフ語で3は確かThreeだったよな……? じゃあ、実質TTか。……なんだよ、TTって。訳わかんねー。エルフ語だと……Drei、DTか。……うっ、なんか胸が…………」

 全く聞き覚えのない言葉の筈なのに、何故か深く胸に刺さる。

「これが、前世の記憶とかいうやつなのかもしれない……」

 独り言にも熱が入ってきたところで、ちょうど良く料理も完成。最後に盛り付ければ――。

「――ねぇ、レス。……何を独りで言ってるの?」

 瞬間、急激に頭が冴える。だがその一方で、これでもかという程に顔が熱くなるのを感じた。
 今までの愚鈍さは何だったのかというくらいに即座に状況を認識すると、努めて平静に返事をする。

「…………おう、おはよう。よく眠れたか?」

 盛りつけの最中だから、という体で顔は向けない。
 ていうか、これは返事じゃないな。誤魔化しというやつだ。

「あっ……うん、おはよう。ぐっすり眠れた。……それでさっきのは――」
「ん? あー、悪い……うるさかったか? 次から気をつけるから、気にしないでくれ」

 ルゥの言葉をも遮り、矢継ぎ早に話を進める。
 その早さに困惑したのか、戸惑ったように頷き、この会話は終わりを迎えた。
 或いは、俺の心情を察して引いてくれたのかもしれない。賢い娘だ。その心意気は十二分にありがたかった。


 ♦ ♦ ♦


『いただきます』

 手を合わせ、二人分の声が森の中をこだまする。
 食卓には簡素ながらも良い匂いのする料理が置かれ、否応なくお腹を刺激した。

「……んんー、これ美味しいね! 卵がトロトロしてて、温かい。なんて名前なの?」

 お気に召したようで、パンと一緒にパクパクと平らげていくルゥ。先日の涙はなんだったのかというくらい遠慮がなかった。

「スクランブルエッグ。ドワーフ語で『掻き混ぜた卵』という意味だ」
「――――」

 ドワーフという単語に一瞬、慄く。それでも、俺に悟られないようにと先程と同じ動作でルゥは朝食を食んでいた。
 けれども変化というものは如実に現れるもので、先程までの会話はなりを潜め咀嚼音だけが響く。

「……パンに挟んで食べると、より一層美味しくなるぞ」

 水を煽りながら、そう伝えた。
 「……え?」と困惑の声があがるも、俺がそれ以上何も言わないと感じ取るや、言われたままに口に運ぶ。

 その瞬間、先程まで沈んでいた目が輝きを取り戻す。
 テンションが上がったようで、目を瞑り、行き場のない手をブンブンと縦に振りながら悶えていた。

「な? 美味いだろ?」

 得意げに告げると、ルゥは何度も頷く。それはもう、首が取れるかという程に。
 その姿を微笑ましく、そして安心したように俺は眺める。

「……だけど、こんなに美味しいものばかり食べてて良いのかな?」

 結局、殆どの量を食べ尽くしたルゥは、食後の一杯とも言うべく水で喉を潤し、そんなことを尋ねてきた。

「なんだ、急に? 食事の美味さに良いも悪いもないだろ」

 意図の読めない質問にそう答えてみるも、どうやらルゥの求めている回答ではないようで、首を傾けて唸っていた。

「んー、そうなんだけどそうじゃなくて……。レスの作るご飯って、美味しいの。食べたことないから分かんないけど、多分お店と同じくらいには」
「……なんだそりゃ。比較対象を知らないのに、比較すんなよ」

 僅かな微笑みを携え、俺は悪態をつく。
 自分の料理の腕に関して店の話題が出たのは、生涯で二度目だった。

「それが毎日出てくるのは、きっと凄い事なんだよ。……まるで、旅をしているとは思えないくらい」

 なるほど。つまりこの少女は、食事情の心配をしているのだ。
 大方、自分に気を使って無駄に料理を用意していると思っているのかもしれないな。

「勘違いしているようだから言うけど、ルゥの言う豪勢な食事が出来るのには主に二つの理由がある」

 俺は人差し指と中指を立て、掲げた。

「一つは言わずもがな、このリュックだ。食材を無制限に半永久的に持ち込める以上、日々の食事に彩りが出るのは当たり前のことだな」

 そう言って、傍らのリュックを叩く。
 これについては予想がついていたのか、ルゥは頷くだけにとどまった。

「二つ目も単純な話だ。ただ、俺が料理好きなだけ。それ以上でも以下でもないから、別に気にする必要はない」

 俺は、にべもなくそう言い放つ。
 聞きようによっては気遣ってついた嘘とも取れる発言だが、これは紛れもない本心だった。

 案の定、懐疑的な視線を向けてくる彼女であったが何かに納得したのか、それ以上は何も言ってこない。

「でもさ……じゃあ、レスはどうしてそこまで料理が上手なの?」

 食器類を片付けようと動いた矢先に、今度はそんな質問が飛んできた。
 ただ、片手間に答えられるような質問だったため、片付けと並行して口を動かす。

「別に、前まで住んでた孤児院での料理番が俺だっただけ。毎日三食、それを何年も続けてりゃ上達もするさ」

 水を切り、清潔なタオルで皿についた水分を拭き取るとリュックの中へと仕舞う。

「さて、今日も日が暮れるまで歩き回るか。運が良ければ、エルフの里に着くだろう」

 何気ないよう、さり気なく言った一言にルゥは目を剥いた。

「……えっ、もしかして無計画なの?」
「無計画じゃない。そもそもここに来る予定じゃなかったから、まだ計画が立ってないだけだ。言うなれば未計画」

 冷たい視線を背中に感じながら、俺はテントなどの野営道具も片付けていく。
 全てを綺麗さっぱり片し終え、立つ鳥跡を濁さない状態へと戻した俺はパンパンと手をはたいた。

「そう拗ねるな。なるようになるのが人生だ」

 岩の上に腰掛けていたルゥに手を伸ばすと、数瞬その手を見つめ、そっぽを向いて掴みとった。

 ――ガサガサッ!

 草をかきわける音が背後から鳴り、左手でルグールを抜くと照準を合わせる。それと同時に、右手でルゥの腕を引いて背後に庇った。

 音はどんどん大きくなり、ヒタヒタと足音さえ聞こえ出す。

 そうして現れた人物に、俺たちは瞠目した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

慈愛と復讐の間

レクフル
ファンタジー
 とある国に二人の赤子が生まれた。  一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。  慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。  これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。  だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。 大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。  そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。  そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。  慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。  想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...