存在しないフェアリーテイル

如月ゆう

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第三章 気高き戦士のもとに旗は翻る

第十三話 派閥の長らは拳で語る

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 妹らを連れて本部の外へと飛び出してみれば、そこには阿鼻叫喚の光景が広がっていた。

 皮膚を焼く熱気。軒並みあった住居には全て火がかけられて燃え盛り、一般の人々は倒れ込んでいる。

 また、逃げようとする獣人たちに過激派の奴らは危害を加え、それを止めようと交戦している仲間もいた。

 既に薬を使用しているのか、その動きには目を見張るものがあり、一人の猿族に対してこちらは二、三人で対処しなければまともな勝負になっていない。

 そして、明らかに手を施せないほどに暴れ散らしている奴らが二人。
 その周りには数十から百単位で仲間が転がっており、まるで相手になっていない。

「ウー、ヂー。お前らはあっちの男を。俺は頭を叩く」

「マジかー……。了解だぜ、兄様」
「私、あの方は苦手なんですのよね……」

 グチグチと文句が出るが、今はそんなことを言ってられる状況ではない。
 それが分かっているのか、口はともかく二人の雰囲気は完全に人を殺すソレである。

「じゃあ、任せた! …………無理はするなよ」

「おにぃこそね」
「兄様こそな」

 それだけを言い残し、俺たちは別れて各々の敵へと相対する。

「よう、ドウラン。獣人の裏切り者、人間に堕ちた恥が……!」

 仲間の頭を握り持っていた過激派のボスは、俺の姿を見るやいなや、そんな錯乱したことを言い出した。

「人間に堕ちたって……。お前は何を言ってるんだ?」

 種族に堕ちたも何もない。俺は正真正銘の獣人族だ。

「黙れ! 貴様らはもはや獣人ではない。人間を助け、そのために同胞を殺すような奴らが誇り高き獣人であるはずがない!」

 言葉には力が篭められており、それは持っている頭を握り潰さんばかりに腕へと伝達されている。

 嫌な音が鳴り響き、呻き声とともに腕の中にいる仲間が身動ぎをした。

 まだ息があることに驚きながらも、助けようと俺は駆け出す。しかし、その手を離させようと放った攻撃が間に合うことはなく、断末魔と血が辺りに降りかかった。

 グシャリと生理的に受け付けないような、だというのになんとも呆気ない音。

 助けるためとはいえ、無防備な姿を晒した俺には強烈な一撃が待っていた。

 ――重い!

 ただ無骨に振りかぶられた拳が防御しようと交差した俺の腕に突き刺さる。嫌な手応えを感じたかと思えば身体はそのまま吹き飛ばされ、上下する視界の中でなんとか受身を取った。

 幸いにも追撃はない。痺れの取れない腕は辛うじて動くものの、恐らくヒビが入っているだろう。

 インパクトの瞬間に『飛脚』を用い、後ろに衝撃を逃がしてこの様だ。
 まともに喰らえば簡単に折れていたに違いない。

「だがお前たちは今、関係のない獣人まで襲い、殺しているぞ。人のことは言えないんじゃないのか?」

 先程の会話に反論すべく、俺は口を開いた。

 ここに住んでいたのは何も革命派の連中だけではない。派閥を決めかねた無所属の奴らも少数だが確かにいたのだ。
 コイツらはその人らにも手をかけている。

「……何を言っている? 人間は悪だ。それに与する貴様らも悪だ。貴様らを匿う時点でここにいる奴らも全員悪だ。悪が俺たちを語るな。大人しく……殺されろ!」

 そんな怒鳴りとともに、猛烈な速さでこちらに迫ってきた。
 加速のために踏み抜かれた大地は割れ、後方に破片を振りまいている。

 もうコイツは駄目だ。構えた俺はそう感じた。
 会話が成り立っておらず、感情的な否定しか行っていない。都合の良い方向に物事を捉え、正当化しようとする支離滅裂な思考は狂信者のソレだ。

「――なら、殺すしか止める方法はないか」

「死ぬのは貴様だぁ!」

 対話が無理となれば、あとに残るのは肉体言語のみ。

 フェイントも何もなく振り上げられた拳を、冷静に観察し避ける。
 先程はかっこよく息巻いてみたが、相手の攻撃は一発一発が致命傷になりうるほどだ。まずは様子を見るのが先決。

 受けに徹すればそれほど躱すことは難しくなく、叩きつけ、横殴り、ボディブロー、どれも当たりはしない。

 ただし、地面に当たれば足場が崩れるほどに砕け、紙一重で避けても拳圧で皮膚が裂ける。冷や汗が止まることはなかった。

「……ちょこまかと姑息な真似を」

 苛立たし気に呟かれた一言。
 肩で息をする敵の両腕は血で真っ赤に染まり、どこから取り出したのか、例の薬を頻りに摂取している。

 その薬の効果についても、先程の攻防――とは言っても逃げていただけなのだが――を経ていくつかの推測を立てていた。

 まず顕著に見られるのは、あの急激な身体能力と治癒力の上昇だ。話にしか聞いたことはないが、その姿はかつての大戦で暴虐の限りを尽くした吸血鬼のよう。

 一般的な死に至るダメージを負えば素直に倒れてくれると信じたい。

 そして、その副作用なのだろうが思考が一辺倒になっている。
 俺に降りかかる攻撃は全てフェイントのない直線的なものばかりで、捌けさえすれば今まで戦ってきた誰よりも弱かった。

「クソ、当たりさえすれば……! 逃げるだけの貧弱のくせに!」

 耳に届くそんな言い訳は、戦う者として聞いていて痛ましい。

「……逆に聞くが、アレで当てられるつもりなのか?」

 煽りでもなんでもない、単純な疑問が俺の口をついた。
 けれど、その質問に答えは投げられない。聞いてさえいない。ただ、呪詛のごとく「クソが……クソが……」と吐き続けているだけだ。

「……今のアンタは弱い。以前の方がよっぽど強かったよ」

 以前からコイツとは何度か手合わせをしたことがあったのだが、その時とは違い俺が勝てなかった頃の面影はもうどこにもない。
 そんな思いが虚しさとして現れ、言葉へと変化した。

「弱い、だと……? 力も速さも増した俺が前よりも弱い? そんなわけがない! だったら、身をもって俺の強さを知れ!」

 そう言うと、またしても愚直に接近し握りしめた拳を放つ。

 確かに薬のおかげで基礎能力は上がったのだろう。
 けれど、その力に溺れては意味がない。力に飲まれるのなら必要ない。力に振り回されてはおしまいだ。

「……なら、それを教えてやろう」

 むしろ、そこが弱点だということを。

 迫り来る攻撃を左にすれ違うようにして避けると、そっと相手の肩へ右手を押し当てる。
 そうして力を込めれば、いとも簡単にその肩は外れた。

 当たり前だ。確かにあの薬は身体能力をこれ以上なく底上げしてくれるが、それに身体がついていけていないのだから。

 地盤を破壊してしまうほどの腕力も、腕の骨が耐えきれておらず攻撃が当たる度に砕けていた。動きの速さに皮膚がついていかず、張り裂けていた。

 そして、その度に薬がもたらす治癒力の向上で無理やり回復していたことに俺は気づいていた。
 だからこそ、こうやって押し当て、固定してあげるだけで力に流され骨が外れてしまう。

「――っ! クソが!」

 しかし、そんなことなどお構い無しに今度は左腕で殴りかかってくる。どうやら痛みを感じていないらしい。

 苦もなくしゃがんで躱せば、全力の素振りで生じた硬直の合間に足祓いをかける。そのまま崩れた体を目掛けて両手で握りこぶしを作ると、鳩尾に向かって渾身の力で振り下ろした。

 この男ほどではないにしろ、その一撃は相手の体を僅かに地面に沈みこませるだけの威力を見せる。
 多少なりとも効いたと思いたいが、先程みたいにいきなり反撃をされても困るのですぐさま距離をとった。

 その数瞬後には、俺の手を掴もうと伸びた敵の左腕が空を切る。それから、行き場をなくしたように何度も拳を開いたり閉じたりと繰り返した後には、再び握られ地面に振り下ろされた。

 亀裂は四方八方に広がり、割れた地盤が浮き上がる。

 苛立たし気に起き上がった敵はまたもや薬を飲み込むと、無事な左手で右肩をはめ直した。
 そんな簡単には治らなそうな悲惨な音がしたはずだが……そんなのは関係ないらしい。

「あー、うぜぇ。弱いくせに。逃げてるばかりの雑魚が。くそ、さっさと死ねよ」

 そんな恨み節が聞こえてくる。
 そうして右手を地面に突き刺すと、何やら力を込め始めた。

 僅かにだが、確かに揺れる大地。ビキビキと鳴る音とともに亀裂が広がり、地面の一部が持ち上がる。

 そう、それは紛うことなき地面。抉られたあとにはポッカリと空洞が生まれ、まるで土でも掬ったかのような気軽さだ。

 そのまま何をするかと思えば、上に放り、俺を狙って殴りつける。
 割れた破片は岩と呼べるレベルに大きく、それが無数に、物凄い勢いで襲ってきた。

 一々避けていてはジリ貧だと感じた俺は、岩石の弾幕地帯そのものを躱そうと横に飛ぶ。

 しかし、その行動は読まれていたようで、目の前には既に敵の姿が。
 振り下ろし、横振り、一撃一撃が致命傷となりうる攻撃を辛うじて避けた俺だったが、足を踏み潰さんとばかりに今度はスタンプを受ける。

 咄嗟にジャンプをするも、それが悪手だということにはすぐに気が付いた。
 相手は一度の動作で地を破壊するほどのパワーだ。踏み抜いた足は当然のように地盤を壊し、巻き上げる。

 そのせいで飛脚が使えず逃げ道を失った俺に、重い一撃が迫った。

 めいいっぱいに力の込められた渾身の利き腕。それはいつもの慣れで行った腕のガードを悉く突き破り、俺を紙のように吹き飛ばす。

 最初の攻防で既にヒビの入っていた左腕は完全に砕けた。むしろ、支えに立てておいた右腕が無事なことこそ運がいいというものだ。

 受身を取れず転がってしまうが、すぐに右腕を使って体勢を起こす。
 好機と思ったのだろう。すかさず敵は追随し、追い打ちとばかりに拳を振るった。

 一方の俺も、つま先の向きが直角になるように左足を引き、伸ばした足と一直線上になるように右手を突き出す。

 当たれば無事では済まなかったであろう一撃が俺の頬を掠め、切り裂いた。
 それと同時に構えておいた掌底は相手の胸へと突き刺さり、向かってきた勢いをそのまま――いや、零勁を加えることで更に増した力を返す。

 確かな手応えとともに吹き飛ぶ敵。
 地面を何度も跳ね、倒れ込んだ後もしばらく身動きがなかった。

 手を突き、必死に体を起こせば奴の口から血が吐き出される。
 骨を折った感触はあった。恐らく、砕けた肋骨が肺にでも刺さったのだろう。

 今回の攻撃ばかりはさすがに効いたようだ。

「く、薬……。俺の……俺の、薬…………どこだ?」

 所在なさげに彷徨う手が何かを探していた。しかし何も見つからない。
 どうやら薬を探しているみたいだがそれも切れたらしく、無い力に縋る姿は哀れみさえ覚える。

「あ、アレさえ……アレさえあれば、戦えるんだ。どこだ……どこにぁ…………うっ――!」

 すると、変化は唐突に訪れた。
 いきなり口元を抑え始めると、先程までとは比べ物にならない量の血を吐き出す。

 肺が傷ついたとか、そんなレベルではない。
 それは最早失血死するのではと疑うほどで、辺りは真っ赤な海で染め上がる。

 腕――いや、全身が急激にやせ細り、骨と皮だけになった。

 何度も咳き込むその体は、痙攣をし始める。

 一体何が起きているのか。
 事態についていけず、俺は見守ることしか出来ない。

 苦しげに俯かれていた顔が上がる。
 瞳は揺れ、瞳孔は開き、血が滲むのもふ構わずに頭を掻きむしっていた。

「あ……あぁ……あぁぁぁぁぁぁーーっ――っ――!」

 上げられた叫びは、終いには声のない狂歌へと変貌する。

 それは誕生を示す産声のようでもあった。
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