存在しないフェアリーテイル

如月ゆう

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第三章 気高き戦士のもとに旗は翻る

章末 とある手記、その筆を置いた先は――。

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 あと語りをしようと思う。

 今回の出来事は、その内容の割にあっさりと幕を引いてしまい、また、不可解な点も幾つかあった。
 なので、自身の考えをまとめる為にも、こうして書き綴っていくつもりだ。

 まずはみんなの容態から。

 狐姉妹――彼女らはそれぞれが重体ながらも、命に別状はなかった。両者ともに肋骨が数本折れており、片方は右手首の粉砕骨折、もう片方は右足首の骨折と内蔵を痛めているらしい。

 ドウラン――両手の粉砕骨折と両足の疲労骨折。その大半が、本来なら人が出せるはずではない限界の力を振るった際の反動によるものだ。このことからも後述する薬への見解は妥当なものと考えられる。

 続いて、例の薬について。

 出処元は不明。革命派・穏健派ともに今回の出来事で初めてその存在を認知したらしく、生け捕りにした過激派の下っ端連中も何も知らされていないと聞いた。また、現物は見つかっていないそうだ。

 実際に服用した経験、そして同じく飲んだことのある奴らに話を聞くことで、自分なりにその効果を推測してみる。

 まず誰に対しても共通して見られるのは、驚異的な回復力と圧倒的な力の高まりだ。

 前者については、即死や部位欠損を除いたあらゆる傷を完治させる反面、回数に限度があるのかその力は次第に低下していき、一定おきに薬を飲む必要がある。

 後者については体感であるが、通常時と比べて五倍程度の上昇値だと思われる。他に特筆すべきことはない。

 また、それに伴う副作用なのかは分からないが、皆一様に精神異常を起こしていることが確認できた。

 より具体的に書くならば、理性の崩壊である。俺自身もそうだったが冷静な思考を失い、本能の赴くままに行動する傾向が見て取れた。

 例の一つではあるが、薬を使用したとある狼の獣人は、対象の敵を殺すという真っ直ぐな殺人衝動に陥ったそうだ。その荒れようはかなりのものであり、俺が敵を打ち取った後、すでに死んでいるにも拘らず死体をひたすらに殴り、肉の一片さえも残すことなく全てを血に変えていた。
 俺の言葉など全く届いておらず、その後に目を覚まし体を引きずりながら説得に来てくれたそいつの妹たちがいなければ、どうなっていたことか。原因は妹らを傷つけられた怒りであり、その無事が確認できたために衝動が収まったと俺は考えている。

 そして、それ以上に記しておくべきことが、あの特異現象のことだ。
 発現条件は何も分からないが、薬を飲まなくても傷を回復するようになり、服用時以上に身体能力が上がることが確認されている。また、体毛が白くなる、という外見的特徴も見られた。

 対策は急所による即死。しかし、唯一の欠点とも言えた精神異常がその状態下では起こっておらず、討伐にはかなりの実力差が必要だろう。
 ダメージを与え続けることで倒すことも可能ではあるが、消耗戦となるためあまりお薦めはしない。

 総評。

 以上が用いられた薬の概要であるわけだが、副作用の性質からみても爆発的な身体能力の向上は脳のリミッターを解除したために起きたものだと推測できる。しかし、それでは半不死身と呼んでもいいあの回復力の説明にはなっておらず、まだ仮説の域を抜けてはいない。

 また、気になる点として獣人族はあのような薬の製造が不得手であることが挙げられる。どちらかと言えば、こういった工業的な代物はドワーフ族が得意としていたはずだ。であるならば、彼らはわざわざ他種族の戦力を増強していたということになるわけだが、それにメリットがあるとも考えにくい。
 提供相手が種族全体ではなく、人間と敵対していた過激派のみという点からドワーフ族と獣人族とで友好関係が結ばれたということもないだろう。一応、裏も取れている。だがしかし、交友関係にある人間族との間で軋轢を生みそうな出来事であることには変わりなく、その動向には注意が必要だ。

 そして最後に。

 結果論にはなるのだが、薬を服用した他の奴らとは違い、俺はその力をある程度まで制御できていた。
 この理由が単に精神の成熟性によるものなのか、それとも……種族の違いだろうか?


 ♦ ♦ ♦


 ――パタンッ。

 読み返していた手記を閉じると、その小気味の良い音に耳を傾ける。
 背もたれ代わりの木の柔らかさが丁度良く、照る日の光は暖かで、木陰の中を流れ吹く風は心地が良い。

 視線を前方へと向ければ、人差し指を立て何やら難しそうな顔で思案するルゥの姿があった。

「レスくん、レスくん! 何を読んでいたんだい?」
「少々興味深いですわね……」

 そして、そんな俺の視界を妨げるようにして瓜二つの顔が覗き込んでくる。
 どちらも医者から安静を言い渡されているだろうに、お転婆なことで。

「別になんでもない。怪我人はおとなしく療養所で寝とけ」

 俺は追い払うようにして手を払うと立ち上がり、手に持っていた手記をすぐそばの荷物の上に放り投げる。
 凝り固まった体をほぐすように背伸びをすれば、先ほどの会話でこちらの様子に気付いたようで、ルゥが手招きをしていた。

 しかし、そちらへ向かっている最中にその顔を少し曇りを見せ、俺の背後の様子を確認しようと体を傾け始める。

「……ねぇ、レス……」

「どうかしたか?」

 お互いの声が聞こえる位置。そこまで歩けばルゥは何かを気にしながら話しかけてきた。
 その呟きに対して俺は聞き返すと、同時に彼女の目線を追ってみる。

「中々に面白――もとい、興味深い内容でしたわね、シスター」
「だな。聞きたいこともできたし素直に戻るか、シスター」

 そうすれば、まるで何事もなかったかのような様子で怪我の身体を引きずりながら、双子はせっせと戻って行ってしまった。

「……うぅん、何でもない。狐師匠たちがレスの荷物を触ってたような気がして……でも、多分気のせい」

 思い違いだから、と先ほどの光景を忘れようと頭を振るルゥ。
 だが、それは気のせいではないと思うぞ。おそらく中身が気になって見たのだろうが、別に困るようなこともないから特に何も言わない。

「そうか。それより手招きをしていたみたいだが、何かあったか?」

「あっ、うん。魔法がね、まだ上手く扱えないの。あの炎を出したときにコツを掴んだと思ったんだけど……」

 そう言うと、しょんぼりと項垂れてしまう。

 確かに、あの時使用された魔法は魔法として成立していた。だが、まだまだ粗削りだ。魔力の制御がきちんと出来ていないために身体から漏れ出ていたし、そのせいで威力も不十分。それもこれも、偏に魔力の流れを感覚として感じ取れていないことが原因だ。とどのつまり、ルゥがさっきまでやろうとしていた練習は、まだルゥには早すぎる。

「――だからまぁ、ひとまずは素の状態でも魔力を感じ取れるようになれ。で、そのためにも俺の血を飲んで感覚を掴むんだ」

 そう説明してあげると、素直に頷いてくれる。
 やはり言い分を素直に飲み込んでくれる子は教えやすい。いずれ、学んだことを応用し、師からの教示を外れ、自分の道を突き進む必要があるとしても、そう思ってしまう自分がいる。

 お師匠さまもこんな感じだったのかねぇ……。

 昔を懐かしみ思い出に浸っていると、視界の隅でモジモジと動くルゥの姿が目に入った。

「……なに、今度はどした?」

「うん……あのね。今からその練習をしたいから……その……」

 モゴモゴと口篭もり、何やら言いにくそうだ。
 まぁ、しっかりと聞いてあげれば何が言いたいのかは理解できるけれど。

「血、だろ? 別にいいよ。ちょうどいいし、魔法の練習も一緒にするか」

 代わりにその意思を汲み取って上げれば、嬉しそうにはにかむ。
 しゃがんで、首筋を見せながら両腕を広げると、俺の胸に勢いよく飛び込んできた。

 鋭く、一瞬で過ぎ去る痛覚。
 それを感じながら、俺はそのままルゥを抱えて立ち上がる。

「……? ふぁにふふの?」

「おい、歯を立てながらしゃべるのは止めろ。くすぐったい」

 罰として、肩口に預けられた頭をこすりつけるようにワシワシと撫でつけると、「ふぁーー♪」と悲鳴が聞こえてきた。

 ……いや、これは悲鳴と違うな。お仕置きになってない。

「せっかく『飛脚』が使えるようになったからな。空中散歩と今後の予定確認を兼ね備えた、ルゥの特訓さ。取り敢えず、雲の手前くらいの高度まで昇るから、感じている魔力を利用して気圧の変化に耐えてくれ。山を登っているときにやったことと同じ内容だけど、あの時とは違ってすぐに気分が悪くなるだろうから、なるべく早く丁寧にな」

「……ん」

 揺れる髪とその声から頷いたことを把握すると、一足飛びに空へ駆け上がる。

 気圧と重力という見えない力が重くのしかかってくるが、歯を食いばって耐える。吹きすさぶ風の影響もあり、かなり気温が低い。

 だけども、そんな苦労など大自然の前ではちっぽけだった。
 俺たちはその広大な地上の雄大さに言葉を飲む。

「うわぁーー!」

 耳元でも感嘆の声が上げられた。
 どうやら、心配する事態にもなっていないようだ。

「大丈夫そうだな。じゃあ、あとは散歩と次の予定地の確認だ」

 手などが滑らないように改めてルゥを抱え直し、一歩一歩空中を進んでいく。

 すぐ上には雲。確かにそこに存在し、見るだけならば質感さえ感じられるのに触っても何も起こらない。
 手を何度も仰ぐルゥの姿を見ながら、俺はそんなことを思った。

「ルゥ、あれが見えるか?」

 テルミヌス山脈の奥。ここからではまるで小さく佇んでいる、円形の城壁で囲まれた土地が見えた。

「うん、見える。……でも、あれって――」

「そう、お前の故郷……と言ってもいいのか、ドワーフ国だ」

 その名前を口にすれば、あれだけ楽しそうだった横顔が僅かに曇る。
 人生の殆どを奴隷としてあの国で過ごしていたのだから、そうなっても仕方がないだろう。

「まぁ、そう気を落とすな。目的地はあそこじゃない。その奥だ」

「……奥?」

 俺の言葉に首を傾けると、身を乗り出しジッと目を凝らす。
 落とさないか、とこちらが気が気ではないので止めてほしいのだが……。

「……何もないよ?」

 ひたすらに純粋な顔で、何も見つからないと報告をしてきた。
 そこには「嘘を吐いたのか」という抗議の色は全くなく、出会った頃のようにもう少し俺のことを疑ってもよいのではないか、という心配が生まれてくる。

「もっとよく見てみろ。うっすらと高い山が見えないか?」

「……? …………っ――!」

 驚いた表情でこちらを向く姿に、俺の言ったものを見つけたのだと確信した。
 その麓部分を指差すと、こう告げる。

「あそこ――まぁ、見えないだろうが、あの場所にノーノ孤児院がある。前にも言ったが、俺が育った施設だ」

「あそこに……」

 指し示す先に目を向けたルゥだったが、そのせいで俺からは後頭部しか見ることができず、どんな表情で話しているのかは窺えない。

「それじゃ、そろそろ降りるか。目的地も見たし、戻って支度を済ませたらすぐに出発しよう」

 何気ない様子で放った言葉は驚かせるには十分な内容だったようで、クリクリとした丸い目が俺を捉えた。

「……もう行くの?」

 予期していた返答に俺はため息を吐く。

「……ルゥ、俺たちがお尋ね者だということを忘れていないか?」

 短い間に色々なことがあったことは認める。
 本来ならいがみ合う関係の奴らと仲良くなった。共闘し、ある意味では種族の危機を救った。

 だが、それだけだ。世間から――世界からは何も認知されていない。
 端から見れば敵種族の元に吸血鬼を連れていかれたという事実だけであり、騎士団も国の重鎮らも気が気ではないはずだ。

「あの戦いから一週間、もう十分に休んだ。体調は万全だし、目的地までも近い」

 「だから、分かるよな?」と、そう暗に伝える。

 これ以上に長居する必要がない。それどころか、今度はこちらの事情に巻き込んでしまう恐れがある。
 そんなことは、この少女なら理解しているだろう。

 ただ、長らく浸かることのできなかった、ぬるま湯のように暖かで心地の良い関係性を手放せないでいるだけ。

「…………うん」

 小さく、か細く、呟くような同意の声。

 地面に降り立った俺はその体を下ろすと、ポンと彼女の頭に手を乗せた。


 ♦ ♦ ♦


「――だぁ! もう、うっせいな! んなわけないだろ!」

 出発する前に一言声でもかけようと、兄妹たちが床に伏している仮説療養所へと赴いた俺たちは、その入り口に差し掛かったところで中が騒がしいことに気が付く。

「またまた、照れるなよ兄様。しっかし、知らなかったぜ。あんなに怒るくらいウチらのことを心配してくれてたんだな」
「死体を粉微塵にしていたくせに、私たちが声を掛けただけで素に戻るなんて……ちょっと可愛いですわね」

 顔を真っ赤にして憤慨するドウランをよそに、二人の姉妹はニヤニヤとした表情で話をしていた。

「……おい、お前らもう少し静かにしろよ。周りの人たちも困ってるじゃ――ゲフッ!」

 介護をしていた獣人も、治療を受けていた獣人も、皆一様に迷惑そうな顔を向けている。
 そのことに対して注意をしようと口を開けば、なぜか急に肩から体当たりをしてきたドウラン。

「――痛ぇだろ、アホ! いきなり、何するんだよ!」

「うぉぉおおお、骨がぁ! 固定している手足に衝撃がぁ……!」

 床にぶつけた頭をさすりながら文句を言えば、何故か俺以上に悶絶している人がいた。
 四肢を全て包帯で巻かれた男は、海老よろしく元気にのたうち回っている。

 ……ていうか、両手両足骨折しているくせに、どうやって動いたんだよ。

 些細な疑問と一緒にその場に立ち上がると、先ほどの惨状を見ていた介護人の一人が顔を青ざめさせながら駆け寄ってきた。

「もう、何をやっているんですか! 重体なんだから、おとなしくしていてください!」

 それは頭上に生えた真っ白な長い耳が特徴的な、客観的な視点から見れば可愛いと分類することのできる、スラリとした手足のウサギの獣人。

 ドウランの身体を労わるようにして支えてあげると、元居た寝床まで連れ添ってあげている。

「……なぁ、草食系の獣人って穏健派だったよな? こんな場所にいていいのか?」

 その様子を眺めていると二人の気配が近づくのを感じ、視線は逸らさずに尋ねた。

「あぁ、それは問題ないぜ。というより、今回の件に関しては穏健派の連中も仲間なんだ」

「……ん? どういうことだ? お前らって、三つの派閥で争ってたよな?」

 話が掴めず問い返せば、もう一方が返答をしてくれる。

「穏健派の方針は、今の関係を変えないこと。だけど、良い方向と悪い方向、どちらの側により変えたくないかと言えば当然後者。つまりは、そういうことよ」

 そして、合点がいく。
 なるほど、敵の敵は味方ということか。

「それより、何か用があったのではなくて?」
「だな。レスくんが手ぶらで見舞いなんて柄じゃないぜ」

 鋭いのか、バカにされているだけなのか。そんな言われように、苦笑が零れる。

「まぁな。……そろそろ行こうかと思う」

「……そう」
「んじゃ、頑張ってな!」

 簡素な返事。小さく交わされるハイタッチ。
 そんなあっさりとした別れがなんとも俺らしい。

 二人はそれからルゥの方へと向き直ると、それぞれが両腕を広げる。
 僅かに逡巡した素振りを見せるルゥだったが、最後にはその胸へと飛び込んだ。

「色々と教えてくれて、ありがとうございます……!」

「私も、人に教えるという良い経験ができたわ。ルゥさん、型の反復は忘れないようにね」
「ウチも楽しかったぜ。次に会うときは、ルゥちゃんの魔法も見せてくれよな」

 三人は抱き合うと、しばらくの間そのままの状態でいた。
 それと同じタイミングで俺はドウランの方を見やる。先ほどの看護の獣人と仲良く歓談をしていたかと思えば、俺の視線に気づき、相手もチラとこちらを向く。

 互いに拳を掲げ合い、それで終わりだ。
 俺は背を向け、あいつは会話に戻る。

 ゆっくりと歩いていると、背後から駆けてくる音。

「もう良いのか?」

 誰とも問わず、目もくれないままに俺は話しかけた。

「…………うん!」

 弾む声。握られる手。
 その表情は、この壮大なる空のように、一片の曇りもない澄み切った晴れ間なのだろう。
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