彼と彼女の365日

如月ゆう

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December

12月2日(月) 中間考査・一日目

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「しかし……つくづくお前も、よく頑張るな」

 無事、一日目のテストを乗り越えた今日。
 お昼前に学校は終わり、俺と翔真は珍しくも二人だけで附属大学のカフェテラスへと来ていた。

 しかし、辺りを見回しても人は殆ど見受けられない。
 食堂の方が大きく・安く・人気であることに加えて、まだ正午にも至っていないことが理由として挙げられるだろう。

 そんな中で、このカフェ手作りのチーズケーキを食べていた俺は、目の前でせっせとペンを動かしている親友に向けてそう告げた。

「まぁ……俺にはこれくらいしかできないからな」

 答える彼は、だがしかし、視線をノートに固定したまま。
 並べて置かれている問題集を捲っては解をノートに書き記し、捲っては式を綴り、時折悩むタイミングで買ったカツサンドを口に運んでいる。

「――なぁ、そら……ここの問題なんだけど……」

「あん……? どれ?」

 尋ねられ、少し身を前に持ち上げた。

「あぁ……それは、前の問題で出た関数を用いて、問題文の変域と照らし合わせて――」

 見たところ、数IIの問題を解いているらしい。
 ……まぁ、今日だけで英語表現・地理・数Bと終わってしまい、俺の教えられる内容がそれか化学しかないから仕方ないのだが。

「――で、最後に等式に合う変数の範囲を考えて、グラフを見れば答えが出る」

「あー……なるほど。サンキュー」

「別にいい。……というか、礼は既に貰ってるし」

「はは、確かに」

 解説を終えた俺は、食べ差しのケーキにフォークを通す。
 しっとりと柔らかいチーズケーキは抵抗なくその刃を受け入れると、底面のクッキー生地がサクリと音を立てて割れた。

 この甘味こそが、此度の俺の雇われ費用。
 解説料であり、アルバイト代であり、報酬なのだ。

 はぁー……それにしても、美味い……。

「ていうか、この問題難しすぎるだろ。試験対策とか、そんなレベルじゃないぞ。凄いな」

 セットの紅茶を一口飲み、次々に文字で埋まっていく様子を眺めながら、そう口にする。

 これは勘だが、多分模試とかどこかの過去問レベルだろう。それをよくもまぁ、演習代わりに使えるものだ。

「俺には、そんな問題を初見で、しかもスラスラと解いていくそらの方が凄いと感じるけどな。……やっぱり、憧れるよ」

 ともすれば、翔真はそんな風に言葉を返した。
 最後こそ、書き取りづらいくらいに小さな呟きだったけれど、店内の静けさ故に耳に届く。

 …………ふむ、なるほど。
 完璧超人であるコイツが事ある毎に俺を褒める姿には疑問を持っていたが、彼の過去を知った今、ようやく合点がいった。

「……別に、大したことじゃないぞ。ただ、人よりちょっとだけ覚えと理解が早いだけだ。そんなもの、褒められる事実でもなければ、持て囃されることでもない」

 むしろ、そのことに驕ってすべき努力をしていないのだから、本来は糾弾されるべきことなのだろう。

 ――そう肩を竦めれば、もう一口飲み物に手をつけた。
 十二月という冷える時期に、機能している暖房とはまた違った熱を身体の中からじんわりと伝えてくれる。

「だから、他人に憧れるな。理想の自分に憧れて、そこを目指して生きていけ」

 とはいえ、すでに俺とは比べ物にならないほどの域に達しているけどな。
 俺のできない文系科目も解けて、部活でもしっかりと成績を残せて、人気の加減と知名度なんて天と地ほどの差だ。

 見習うべきことこそあれど、俺に見習われるものなんて存在しない。

「――それに、毎日ケーキを貢ぎたくもないだろ?」

 俺なんかを敬えば、その関係性を利用して奢らせる――と暗に告げるてやると、俺の邪悪な笑みにつられて彼も微笑んだ。

「確かに、それは嫌だな」

 そうして互いに笑い合い、俺はフォークを、翔真はペンをそれぞれがとる。

 ……俺も、帰ったら見直しくらいはするか。

 口に運んだ最後の一欠片はどこまでも甘美で、もの寂しさを感じさせてくれた。
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