彼と彼女の365日

如月ゆう

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December

12月1日(日) 堕落へと誘うもの

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「さて……テスト前日だし、少しくらいは見直しておくか」

 予定も未定な、何でもない日曜日。
 そう一人で意気込んでいると、いつもの如くそいつは現れる。

「やほー、来たよ」

 いつもニコニコあなたの隣に這い寄る混沌、ニャルラトホテプ、です!

 とばかりに自然に、不自然なく、いつの間にかリビングへと我が幼馴染はやって来た。
 ……いや、別にニコニコな笑顔を浮かべているわけでも、ニャルラトホテプでもないんだけどな。

「……って、おー。コタツある」

 勝手知ったる様子で上着を脱ぎ置き、ついでに持ってきた荷物をソファへと放った彼女は、目敏くもウチに配備された子を見つける。

 暖かぬくぬく。
 毛布のようなカーペットの上に座って首までスッポリと覆い、普段なら座ったときにふくらはぎが当たるようなソファの下部分を背もたれ代わりにして、深夜アニメの録画を観ている俺を見ながら。

「私も入ろー」

 そう言うと、真似るように毛布をめくってかなたは自分の身体を突っ込んだ。
 掘り炬燵ではないため、互いに延ばした足が触れ、絡み合う。

「……ミカンもある。また、おばあちゃんから?」

「おう、今年も伊豆の別荘に行ったから――って送ってきてくれた」

 中央にこんもりと盛られたソレを手に取り、皮をむいて一房口に頬ばれば、甘くて優しい果汁がいっぱいに広がり、コタツの温もりと相まって多幸感で満たされた。

「うまうま」

「はぁー……美味ぇ。やっぱり冬は、コタツにミカンだな」

 一つ食べ始めれば、俺の手も口も胃袋も留まるところを知らなくなる。
 パクリパクリと一つ二つ……満足出来ずに三つ四つ……オマケにもう一つ手を伸ばして――。

「……ウチにもコタツ、欲しいなぁー」

 残骸が両の手の指を超える頃合いになって、かなたはポツリと呟いた。

「いや、お前の家は床暖房があるだろ……」

 こんな旧時代の遺物ではない、最新鋭のシステムを搭載しているくせに何て言い様だ。

「末端冷え性の俺からすれば、歩いても足が冷えないってのは結構羨ましいんだからな」

「うむ……アレは便利。いつでも暖かくて、エアコンがいらない」

 輻射熱、というやつか。
 エアコン特有のもあっとした空気を感じることなく、足元から頭まで全身で熱を感じられるとは……やはり素晴らしい。

「……けど、不思議とコタツを選んでしまう」

「……まぁ、その気持ちは分からなくもない」

 だけども、そんなかなたの一言に俺は頷く。
 何せ、今でもこうしてコタツを使っているのだから。

 この家を買った時、床暖房にすることもできたはずだ。でも、両親はそうしなかった。
 ……単にお金がなかっただけかもしれないけど。

 本当にそっちがいいのなら、リフォームすればいいだけである。
 ……単にお金がないだけかもしれないけれど。

 つまりは、そういうこと。
 その理由こそがコタツの持つ魅力であり、価値なのだろう。

 コタツ、凄い!
 コタツ、安い!

「――そういえば、その荷物は何なんだ?」

 改めて、コタツの美点に気付いたところで、ふと俺はあることを思い出した。

 家が隣同士ですぐに行き帰りができる俺たちは、それ故に手ぶらで訪れることが多い。
 そのため、珍しくも持参した中身が気になり尋ねてみれば、面倒そうに彼女は目線を向ける。

「……一応、明日に備えて勉強道具を持ってきた」

「あー……なるほどな。そういえば俺も、ノートの見直しくらいはしようと思ってたんだっけか……」

 などとは言いつつも、お互いに全く動く気配はない。
 ジッと身を固め、思考に耽り、静かな空間の中でテレビの音だけが響き渡る。

『…………でもまぁ、後でいっか』

 ハモる声。一致する意思。
 時間が経過するうちに、冬の寒さも厳しさも……何ならやる気さえをも解きほぐされてしまった。

 やはり、コタツは恐ろしい。
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