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カエ
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仕事終わりに家に帰って、一緒にご飯作って食べて別の部屋で寝て、たまにリビングなんかで寝たりもして。恋人でもなくて、結婚もしなくて。男とか女とか年齢とかどっちでもいい、どうだっていいからただ、一緒に生活をするパートナーがほしい。
いつの頃からか、そう思うようになった。それを口にしたことはなかったけれど、言わずにいて良かったと思う。
二十代後半になって、周りがどんどん結婚していった。親にも、いい人はいないのか散々聞かれた。恋人がいなかったわけではない。二十三歳から付き合っていた恋人は、居た。ただ、家族になることは考えていなかった。向こうもそうだったんだと思う。
自殺癖のある人だった。不安を抑える薬を常に持ち歩いていて、薬がないと眠れなくて「ごめん。」と「死にたい。」が口癖だった。特に夜中から明け方に、症状が酷くなるみたいで、よく電話がきた。
「死にたい。」
開口一番に言うのはいつもそれだった。泣いたあとなのか、またお酒でも飲んだのか声が枯れている。
「サク、電話くれてありがとう。」
サクとのやり取りは毎回電話だった。サクは、頭の中がぐちゃぐちゃになっていて文字を打とうにも打てないし、私は私で声を聞いた方が状態が分かるからお互いに良かった。電話をかけてはくるけれど、特に何か話すわけでもなくてお互い無言でいる。時間も時間だから私はいつも眠くて途中で寝てしまうけれど、サクは眠れずにずっと起きていることが多い。
「いつも寝ちゃってごめんね。」
一度だけ謝ったことがあるけれどサクは、電話するのはボクのわがままだし生活音があると少し安心するんだ。と微笑んでくれた。
サクと付き合っていることは、親には言えなかった。精神疾患を認知していなかったからだ。いや、実際には認知はしていたはずだけどそんなものは存在しない。という人たちだった。理解する、しない以前に理解したくない。という人たちだった。
サクとの結婚は考えていなかったけれど、サクのことは好きだったし少しでも元気になって欲しい。と本気で思っていた。
サクと付き合い初めて二年、私が二十五歳の春終わりにサクは死んだ。二十七歳だった。少し気温の高い日で、なんとなく体が怠い日だった。ちょうどその日は休みで、久しぶりに顔を見たいなとサクの家に行ったらロフトのベッドの縁にロープを結んで、首を吊っていた。遺書などは特になかったけれど、テーブルの上に私が置いていったピアスが転がっていた。
ドラマや漫画みたいに、人間は死を目の前にした時に叫べないのだとその時思った。
電話がかかってこない日が続いていて、本人も少し調子が良い。と言っていた。だから安心していたんだ。少しずつ回復しているんだと。
後で調べて知った。回復してきた時が一番自殺する可能性が高いんだと。少し動けるようになった時が、一番危険なのだと。
どうしてもっと早くに調べなかったのだろう。知っていたら、サクが死ぬのを防げたのではないか。私が、サクを繋ぎ止めるしかなかったのに。サクの両親は早くに他界していて、サクには私しかいなかったのに。それなのに私は。
私が、サクを殺したんだ。
私は、死んだサクを目の前にして泣いた。泣いて悔やんで、責めることしかできなかった。遺されてしまった私にはもう、何もできなかった。
それから日々が過ぎて、サクと似た子を見つけた。ただの、自己満足だったのかもしれない。過去の自分を、正当化したかったのかもしれない。あの時救えなかったから、今度はこの子のことを救いたいだなんて思ったのかもしれない。気がついたら私は、シナガちゃんの手を握っていた。死に攫さらわれそうな人の手を握ることの重さを、私は知っている。あの手この手で繋いでいる手を引き剥がそうとする相手の手を繋ぎ止めることの難しさも、私は痛いほど知っている。
シナガちゃんが玄関で座り込んでいた日、シナガちゃんが眠るまで見守っていた。帰ってきてシナガちゃんが起きていて、生きていてくれて泣きそうになった。
怖かった。また、手を離されてしまうんじゃないかと。
私たちは、お互いのことをほとんど知らなくて友達でも、ましてや恋人でもなくて。他人同士だけど、だからこそお互いに息のしやすい距離感が分かっていて、生活できているんだと思う。
「カエさん、おかえりなさい。」
この子の、おかえりなさい。をずっと聞いていたい。コンビニまでの道をグリコをしながら歩きたいし、パピコの片方をあげたい。
そういう二人暮しを、続けていきたい。
「ただいまーシナガちゃん。パピコあるよ、食べよーよ。」
二人で並んで、パピコを分け合う。誰かと食べるご飯は、何でも美味しい。
ベランダから入ってくる風が、気持ちのいい温度になった。もうすぐ、九月になる。
いつの頃からか、そう思うようになった。それを口にしたことはなかったけれど、言わずにいて良かったと思う。
二十代後半になって、周りがどんどん結婚していった。親にも、いい人はいないのか散々聞かれた。恋人がいなかったわけではない。二十三歳から付き合っていた恋人は、居た。ただ、家族になることは考えていなかった。向こうもそうだったんだと思う。
自殺癖のある人だった。不安を抑える薬を常に持ち歩いていて、薬がないと眠れなくて「ごめん。」と「死にたい。」が口癖だった。特に夜中から明け方に、症状が酷くなるみたいで、よく電話がきた。
「死にたい。」
開口一番に言うのはいつもそれだった。泣いたあとなのか、またお酒でも飲んだのか声が枯れている。
「サク、電話くれてありがとう。」
サクとのやり取りは毎回電話だった。サクは、頭の中がぐちゃぐちゃになっていて文字を打とうにも打てないし、私は私で声を聞いた方が状態が分かるからお互いに良かった。電話をかけてはくるけれど、特に何か話すわけでもなくてお互い無言でいる。時間も時間だから私はいつも眠くて途中で寝てしまうけれど、サクは眠れずにずっと起きていることが多い。
「いつも寝ちゃってごめんね。」
一度だけ謝ったことがあるけれどサクは、電話するのはボクのわがままだし生活音があると少し安心するんだ。と微笑んでくれた。
サクと付き合っていることは、親には言えなかった。精神疾患を認知していなかったからだ。いや、実際には認知はしていたはずだけどそんなものは存在しない。という人たちだった。理解する、しない以前に理解したくない。という人たちだった。
サクとの結婚は考えていなかったけれど、サクのことは好きだったし少しでも元気になって欲しい。と本気で思っていた。
サクと付き合い初めて二年、私が二十五歳の春終わりにサクは死んだ。二十七歳だった。少し気温の高い日で、なんとなく体が怠い日だった。ちょうどその日は休みで、久しぶりに顔を見たいなとサクの家に行ったらロフトのベッドの縁にロープを結んで、首を吊っていた。遺書などは特になかったけれど、テーブルの上に私が置いていったピアスが転がっていた。
ドラマや漫画みたいに、人間は死を目の前にした時に叫べないのだとその時思った。
電話がかかってこない日が続いていて、本人も少し調子が良い。と言っていた。だから安心していたんだ。少しずつ回復しているんだと。
後で調べて知った。回復してきた時が一番自殺する可能性が高いんだと。少し動けるようになった時が、一番危険なのだと。
どうしてもっと早くに調べなかったのだろう。知っていたら、サクが死ぬのを防げたのではないか。私が、サクを繋ぎ止めるしかなかったのに。サクの両親は早くに他界していて、サクには私しかいなかったのに。それなのに私は。
私が、サクを殺したんだ。
私は、死んだサクを目の前にして泣いた。泣いて悔やんで、責めることしかできなかった。遺されてしまった私にはもう、何もできなかった。
それから日々が過ぎて、サクと似た子を見つけた。ただの、自己満足だったのかもしれない。過去の自分を、正当化したかったのかもしれない。あの時救えなかったから、今度はこの子のことを救いたいだなんて思ったのかもしれない。気がついたら私は、シナガちゃんの手を握っていた。死に攫さらわれそうな人の手を握ることの重さを、私は知っている。あの手この手で繋いでいる手を引き剥がそうとする相手の手を繋ぎ止めることの難しさも、私は痛いほど知っている。
シナガちゃんが玄関で座り込んでいた日、シナガちゃんが眠るまで見守っていた。帰ってきてシナガちゃんが起きていて、生きていてくれて泣きそうになった。
怖かった。また、手を離されてしまうんじゃないかと。
私たちは、お互いのことをほとんど知らなくて友達でも、ましてや恋人でもなくて。他人同士だけど、だからこそお互いに息のしやすい距離感が分かっていて、生活できているんだと思う。
「カエさん、おかえりなさい。」
この子の、おかえりなさい。をずっと聞いていたい。コンビニまでの道をグリコをしながら歩きたいし、パピコの片方をあげたい。
そういう二人暮しを、続けていきたい。
「ただいまーシナガちゃん。パピコあるよ、食べよーよ。」
二人で並んで、パピコを分け合う。誰かと食べるご飯は、何でも美味しい。
ベランダから入ってくる風が、気持ちのいい温度になった。もうすぐ、九月になる。
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