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江戸編
第3話 筆は自分語りをする①
しおりを挟む――人になりたい。
化けるのではない。
人そのものとなりたい。
長く生きられないというのに、精一杯あがこうとする、
そのまばたきする間の彼らの一生が、まぶたに貼りついて消えてくれない。
自分は筆なので、目などないのだが。
自分もまた、彼らのような一瞬の光となってみたいものだ。
そんな想いを抱いて、もうどのくらい経ったか。
つくも神として生まれたてのあのときには、そんなことをまったく考えなかったこのわたしであるのに。
あれは、自我が生まれて間もない時、身の上話をしろと言われたときだっただろうか。
————――
室町の世が終わる時分、わたしは親方に人生最後の逸品として作られました。
この親方は奈良筆職人としてとても重宝されていたようで、幸せに世を去ろうとしておりました。
親方はもういまわの際で、老眼でかすむ目をかっと開き、震えながらもしっかりとした手で、わたしを作ってくださった。
人生で最高のできだ、これは代々残るものになると遠くで聞こえておりました。
親方の周りにはお弟子さんたちがいて、やれどこの武将が討たれただの、次の天下人は誰だだのと噂していました。
いつ戦が終わるやら、天下などよりも明日の飯がほしいなどと愚痴をこぼす者、少しでも平安な世になったらよいねと希望を持つ者、さまざまな人の思いをどこかで覚えています。
そんなお弟子さんたちを一喝しながらわたしをなで、満足そうにしている親方の手の感触を不思議と忘れたことはありません。
そのときのわたしはまだまだただの筆であり、自我はあるわけがないはずであったのに、なんでかそういう感じだけは憶えているのです。
今思い返しても、この世とは不思議なことで満ちあふれています。
あのとき親方が文字どおり魂をこめて作ってくださったからこそ、わたしがこうして生きていられる。
これだけははっきりとわかるのです。
——
作られたてのわたしはまだ自我すら芽生えておらず、ほんとうにただの筆でした。
筆として、いろいろな人に売られ、譲られ、わたしを使って文字を書く人間のさまざまな思いをただ感じて、ただ受け入れていた。
人間は生まれる前、母親の腹の中でゆらゆら、ゆらゆらと揺れながら、生まれるその時を待つと言います。
おそらくはわたしも同じようなものでした。
わたしを使うときの人の手のぬくもりや、悲しい知らせを書くときの激情。
恋しい人に贈る書を書くときの、あのじんわりとやさしい感情。
それらが波のようにこちらに届いては、また波のように引いていく。
赤子が母親の子守唄を聞いて生まれるのを待つように、わたしもまた、人の感情というものに揺られて漂っていたのです。
——
親方が仏さまになってしばらく、わたしは親方の奥方に譲られ、その跡取りである息子さんに継承されました。職人の家族らしい、きっぷのいい奥方と息子さんに、わたしはたいそう大事にされたものです。
わたしは、親方が亡くなって暖かな家族に穴がぽっかりと空いてしまったご家族にとって、親方が残した形見となりました。
奥方はわたしを使って親方が亡くなった旨を手紙に書き、それからまたすぐに跡を継いだ息子さんが、奥方が亡くなった知らせを書きました。
息子さんはその後、度々いろいろな人へ手紙を書き、やがてその頻度は減っていきました。
そして親方の息子さんの息子さんが、父の亡くなった知らせを書きました。
その息子さんの息子さん、つまり親方のお孫さんは頭のいい方ではありましたが、職人となるには体が弱く、親戚の方に工房を譲ってしまってからは、わたしと共に工房の経理や帳面をつける仕事をなさっていました。
「わたしが不甲斐ないばっかりに、おじいさまとおとっつぁんの店を継ぐことができなんだ。申し訳ない。申し訳ない。わたしの体がもっと強ければ。自分が情けなくてしょうがない」
と、お孫さんは部屋に一人でいるとき、よく祖父と父の形見であるわたしに向かって涙をこぼしていらっしゃった。
お孫さんはその後しばらくして、仕事中に血をたくさん吐いて、そのまま亡くなっておしまいになられました。
おそらくこのとき、お孫さんが吐いた血がわたしの体についてしまったのでしょう。
それが少なからず、わたしの今を作っていることに間違いありません。
人の血には、たくさんの力がこもっているといいますから。
お孫さんの血を取り込んだためかははっきりと存じません。
しかしわたしがあなたに声をかけられ、目覚めたときに最初に思い出したことが、
「申し訳ない。生きられず、申し訳ない。この身が強くあれば。どうあっても生きていたいものだ。生きて祖父と父の遺志を継ぎたいものだ」
というものでした。
わたしは親方の子どものようなものですから、もしかするとお孫さんに似ているのかもしれません。
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