神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

西根羽南

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22 読み書きは範囲外らしい

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「……とは言っても、やることは豆農家なのよね」
 翌日からすっかり元気を取り戻したあずきは、神の庭の畑で豆に水やりをしていた。

 神の庭にいる猫達ともだいぶ打ち解け、頭をひと撫でするくらいは許してくれる。
 夢のモフモフまであと少し。
 水やりの手も軽やかになるというものだ。

 神の豆だったという木に巻き付いた蔓はすっかり幹と一体化していて、床屋のサインポールのように斜めの模様を作り上げていた。
 畑に蒔いた豆も、順調に生育している。
 召喚した時には乾物状態だったのに、普通に発芽して育っているのだから、やはりあれは魔法の豆なのだろう。

 成長して実った豆は、クライヴにお願いして各所に振り分けてもらっている。
 何でも畑に蒔くと他の豆の実りも良くなるとかで、ちょっとしたお守りのような扱いらしい。
 豆以外も植えたらどうかとは思うが、役に立っているようなので、まあいい。

 ついでにあんこも出してみたが、こちらは持ち運びと日持ちの問題であまり広範囲に配るわけにもいかなかった。
 なので、時々ポリーと一緒におやつとして食べている。
 本当にこの魔法、何の意味があるのだろうか。


「やっぱり、あんこ屋になれってことかな」
 羊羹男ヨウカンマンはあんこの塊なわけだし、あんこを大量生産するのが豆の聖女ということかもしれない。
 ただ、あまりたくさんのあんこを出しても、消費が間に合わないので困る。
 粒あんとこしあんの二種類がランダムで出てきているが、そもそもあんこ以外を食べたいのだ。

「せめて、もっと他の魔法が使えればなあ」
 水やりを終えてジョウロを片付けながら、ぽつりと呟く。
「……そういえば、先代の聖女のことをまだ調べてなかったわね」
 特別書庫には入ったが、豆を出しすぎて眩暈がしたのだった。

「鍵は、メイナードが持っているのよね」
 ならば、それを借りるか扉を開けてもらって、先代の聖女について調べよう。
 運が良ければ、他の魔法についても情報を得られるかもしれない。

 ポリーに聞いてみたところ、メイナードはクライヴの執務室にいることが多いという。
 あるいは書庫にいるといわれたのだが、神の庭からなら書庫の方が近いので、まずはそちらに向かうことにした。
 途中何人かの使用人を見かけるが、やはり皆髪色は薄めで、黒髪はいない。

「ということは、街に行くなら髪色を隠さないと凄く目立つってことよね」
 あまり悪目立ちするのも良くないだろうから、フードでもかぶればいいだろうか。
 あるいは、カツラでもつけるか。
 どちらにしても、少し面倒だ。

「髪の色を変える魔法でもあればいいのに」
 考えごとをしている間に書庫の前に到着し、扉に手をかける。
 書庫の中には人影はなく、あずきはそのまま特別書庫の前まで行ってみた。
 試しに扉をノックしてみるが、反応はない。
 ということは、執務室の方だろうか。


「どうかなさいましたか?」
 背後から声をかけられて驚いて振り向くと、そこには使用人らしき女性が立っていた。
「あの、メイナード……じゃない、クリキントン公爵の……御令息? どこにいるか、知らない?」

「クリキントン?」
 怪訝な顔から察するに、どうやら名前を間違えたらしい。
 確かほぼ栗金団くりきんとんだと思ったのだが、何だっただろうか。

「ピルキントン、でしょうか?」
「そうそう、それ! どこにいるか、知らない?」
「どんな御用でしょう」
「特別書庫で調べたいことがあるから、鍵を開けてもらおうと思って」
 すると、女性がにこりと微笑んでポケットから緑の石がついた鍵を取り出した。

「ちょうど持っていますので、開けましょうか」
 そう言うなり、女性は書庫の鍵を開けて扉を開いてくれた。
 鍵がないと開かないとは言っていたが、一本だけではないのか。
 あるいは、この女性も鍵番というやつなのかもしれない。

「ありがとう。助かったわ」
「いいえ、豆の聖女様」
「あれ、知っているの?」
「稀な黒髪に小豆色の瞳。他にはない色彩ですから」

 なるほど、思った以上に髪が目立つらしい。
 別に悪いことをしているわけではないが、変に目立って街の様子を観察できないのは困る。
 街に行く際には、カツラとフードの二刀流にするくらいの手間をかけた方がいいだろう。

「本当にありがとう」
「いいえ。それでは、失礼いたします」
 女性は礼をすると、そのまま特別書庫の扉を閉めた。


「さて、と」
 とりあえず手近にあった本を手に取って開いてみる。
 そこには、日本語でも英語でもない、見たことのない文字と思しきものが並んでいた。

「わお。読めないとか、そんなのありなの」
 話す分には問題ないので油断していたが、ここは異世界だ。
 羊羹男ヨウカンマンの力で翻訳されているから話ができるだけで、そこに存在する文字までは変換してくれないらしい。

「でも、ここで諦めるのも悔しいわ」
 意地になってじっと見つめていると、不思議と意味が伝わってくるような気がしてきた。
 更に粘って文字を見ていると、どうにか単語が頭に浮かんでくるようになる。
 しばらくすると「私、朝、食べる、食事、パン」というような、英単語直訳の文のようになら、何とか読めるようになってきた。

「よし、いけるわ。あとは、先代の聖女の記録を探そう」
 そうして手当たり次第に本を開いてみるが、聖女の名が載っていても、聖女について書かれてない本も多い。

「豆魔法について、何か載っていないかな」
 あずきがつぶやいた瞬間、室内を照らすランプの明かりが揺れた気がした。
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