神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

西根羽南

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21 豆袋って、何ですか

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「――な、何?」
 見上げればすぐそこにクライヴの顔があるし、何だか体が近い。
 抱き上げられたのだと気付いた時には、既にクライヴは歩き始めていた。

「ちょ、ちょっと? 何で? おろして!」
「アズキを床に寝かせるわけにはいきません。部屋に戻りましょう」
 アズキが混乱している間に、メイナードは鍵を取り出して扉を開けた。

「いいよ、床で」
「駄目です」
「なら、歩く。自分で歩くから」
「無理はいけません」
 クライヴはあずきを抱えたまま特別書庫を出ると、書庫内を足早に進んでいく。

「無理じゃないし。――メイナード、ちょっと止めて!」
「いえ。殿下の命に背くことはできません」
 大人しくクライヴの後ろにつくメイナードに助けを求めるが、何故か満面の笑みを返された。

「何それ。何も命じられていないじゃない。さっさと止めて」
「私は、馬に蹴られる趣味はないのです」
「趣味の話は聞いていないわ」
 というか、誰だって蹴られたくはないと思うのだが。
 メイナードは被虐趣味があるのだろうか。

「ああ、うっかりしていました。急ぎの仕事が!」
 大袈裟に手を打つ仕草は、胡散臭い以外の何物でもない。
「嘘でしょう、それ。ちょっと、メイナード。メイナード!」
 あずきの必死の叫びも空しく、メイナードは笑顔のまま手を振ってどこかに行ってしまった。
 押し殺した笑い声が聞こえるので見上げてみると、クライヴが笑みを浮かべている。


「ねえ、クライヴ。もう平気だから、おろしてよ」
「いえ。アズキの身に何かあってはいけません」
 真剣な表情でそう答えられると、何だかあずきの方が間違っている気になるのだから恐ろしい。

「どれだけ豆の聖女が大切なのよ、豆王国民。……ねえ、重いでしょう? つらいでしょう? そろそろおろしてよ」
 重量を理由にするのは曲がりなりにも乙女として恥ずかしいものがあるが、実際に重いのは間違いない。

 ここまでまったくふらつくこともなくあずきを抱いているところを見ると、クライヴは見た目の割に力があるのだろう。
 だが、筋力があることと重さは別の問題だ。
 重いという切ない理由で落とされる前に、王子であるクライヴの腕を痺れさせる前に、どうにかこの体勢をやめてもらいたい。

「豆袋に比べれば、なんてことありません」
「比較対象がわからないわよ。褒められてるのか貶されてるのか、わからない」

 恐らくは米俵のようなものと推察されるが、仮に米俵だとすると一俵は六十キロだ。
 まったくもって、褒められているのか貶されているのかわからない。
 大体、何故王子が豆の袋を持っているのだろう。

「アズキを貶すはずがないでしょう」
 そう言ってクライヴは微笑むが、やはり抱き上げたままおろす素振りはない。
 書庫を出て歩いているので、時折使用人の姿を見かけるが、驚いたかと思うとニヤニヤしたり、視線を逸らしたりしている。
 だが、誰も声をかけたり助けてくれる人はいない。


「ねえ、凄い見られているんだけど。助けを求めてもいい?」
「駄目です。アズキを他の男に運ばせるわけにはいきません」
「何でそうなるの? 運ばなくていいのよ、自分で歩くの」
「なおさら、駄目です」

 取り付く島がないというのは、まさにこのことだ。
 結局あっという間に部屋まで運ばれたアズキを、ポリーが驚愕の表情で出迎えた。

「アズキが眩暈を訴えています。少し休ませてください」
「かしこまりました、殿下」
 ポリーの返答を聞く間もなく、寝室のベッドにそっと降ろされる。
 ようやく自由になった嬉しさと、ここまで話を聞いてくれなかった不満をぶつけようとクライヴを見ると、その手があずきの頬に触れた。

「顔色は戻っていますね」
 突然の行動に一瞬固まったが、クライヴの声ですぐに我に返る。
「だ、だから、平気だってば」

「でも、念のため少し休んでください。でないと、俺が抱えたままで眠ってもらいますよ」
「何それ。クライヴが疲れるだけじゃない」
「そうでもありませんよ? むしろ、役得……一石二鳥というやつです」
 そう言うと頬から手を放し、ミントグリーンの瞳が優しく細められた。

「アズキ様、お水はいかがですか? 果実水の方がよろしいでしょうか」
 水差しとコップを持ったポリーが来ると、それと入れ違うようにしてクライヴが寝室を出ていく。


「アズキ様、眩暈はまだ続いていますか?」
 水の入ったコップを受け取って口に含むと、思いの外冷たいそれが心地良い。
 すると、ポリーがあずきの額に手を当てる。

「顔色は……少し赤いですね。熱でしょうか。念のため、冷やすタオルをお持ちしますね」
 ポリーは手際良くあずきの靴を脱がせると、あっという間にベッドに押し込み、部屋を出て行った。
 美少年のお姫様抱っこに加えて、頬を撫でられ、抱えて眠ると言われるとは。

「いや、びっくりするから。イケメンがつらいから……」
 あんなに心配するほど、豆の聖女が大切なのだ。
 確か天候不良で困っていて、それで呼ばれたのが豆の聖女。
 豆への愛はともかくとして、国の困りごとを解決する存在が、豆の聖女なのだ。
 だからクライヴもポリーもあれだけ心配して、労わってくれる。

「ちゃんと、役目を果たさないと」
 この世界に来たこと自体は、あずきが直接望んだわけではない。
 だが聖女の役割を受け入れた以上、その仕事をまっとうする責任はあるはずだ。

 あずきはいずれ、この世界を去る。
 だからその間は、豆の聖女として頑張ろう。
 それが彼らの望みであり、あずきの仕事なのだ。
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