神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

西根羽南

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「い、いえ。その」
「あ、ごめん。手の上に乗ったあんこなんて、嫌よね」

 最近はポリーと一緒におやつとして食べていたから忘れがちだが、手づかみのあんこというのは負のインパクトが強い。
 もちろん手に触れていない部分を食べてはいるが、それにしたって王子であるクライヴに勧めるようなものではなかった。

「いえ。……すみません」
 申し訳なさそうに謝られると、こちらの方が悪いことをした気持ちになる。
 もしかすると、クライヴは潔癖な部分があるのかもしれない。

 そうだとしたら、他人の手の上に乗ったあんこなんて、おやつどころかただの拷問だ。
 お世話になっているのに、なんて酷いことをしてしまったのだろう。
 これ以上この話題を続けるのはクライヴも苦痛だろうから、話を変えなければ。


「ええと、さっきの神の言葉だとね。アズキは豆の名前で……英語でも、アズキなんだろうね。それからオファリングは、提供とか申し出とか。あとは神様へのお供え、捧げものかな。この場合は、お供えなんだと思うけど」
 以前、羊羹男ヨウカンマンは『心は日本語、言葉は英語で』と言っていた。
 あの時、あずきはお供え物をイメージしたので、たぶん間違いないと思う。

「つまり、英語の豆の名前ともう一つの単語で、神の言葉はできているみたいなの。空豆もそうだったから、何かヒントはないかなと思って」
「……なるほど。それは興味深いですね」

 クライヴは口元に手を当てて何やら考え込んでいる。
 この様子を見る限り、少なくともクライヴは神の言葉に関してよく知らないようだ。
 豆の聖女と契約した王子でこれならば、やはり一度神殿に行った方がいいのかもしれない。

「それでね。また、特別書庫で調べ物をしてもいい?」
 王宮でヒントになりそうなのは、特別書庫だろう。
 本を読むのはちょっと大変だが、空豆の魔法だってあそこに行ったから習得できたのだ。

「それは構いませんが、一人ではいけません。俺かメイナードがつきます」
「でも、忙しいでしょう?」
 一国の王子と鍵番かぎばんを務める公爵令息なのだから、暇を持て余しているとは思えない。
 あずきの読書スピードを考えると、待たせるのはあまりにも申し訳なさすぎる。

「鍵を閉めなければ閉じ込められないなら、そのままにしておいてくれればひとりでも平気よ?」
「それでは不特定多数が特別書庫に勝手に出入りする危険があります。管理上、安全上、許可できません」

 管理上というのは、中の本を勝手に見られては困るということだろうが、安全上というのがよくわからない。
 火事でも起きないか心配しているのだろうか。
 首を傾げるあずきの様子でそれを察したのか、クライヴが小さく息をついた。

「アズキひとりでいるところに、不逞の輩が入り込まないとも限りません」
「王宮の中にそんな変な人はいないでしょう? ……そう言えば、この間鍵を開けてくれた人は何だったの?」
 特別書庫の鍵は一本だけなのだから、あれは本物の鍵だったのだろう。
 となると、何故あの女性は鍵を持っていたのかが、わからない。


「あれはどうやら、ピルキントン公爵家のメイドだったようです。ただ問題の本人が里帰りしてしまい。遠方のために、未だに確認に手間取っています」
「そうなの」
 ということは、公爵に命じられてあずきを閉じ込めたのだろうか。
 あるいは閉じ込めることになると知らず、親切に開けてくれただけという可能性も……ないか。

「タイミングからして、逃亡した……いえ、させたのでしょう。この件に関しては、俺とメイナードがもう少し証拠をそろえるつもりです。陛下には既に報告してあります」
 何だか随分と大事になっている気がするが、豆を愛する豆王国民にとって、豆の聖女が閉じ込められたというのはそれだけのことなのかもしれない。

「今後は俺かメイナードが一緒に入りますから、心配しないでください」
「いや、別にそんなに気にしていないわよ?」
「してください」
「……はい」

 謎の圧に晒されて思わずうなずくと、クライヴは満足そうに微笑んだ。
 豆好きで物腰穏やかな印象が強いが、さすがは王子。
 自然と威圧する術を持っているようだ。


「じゃあ、いつなら邪魔にならないかな? 昼よりは夕方とか夜?」
「いえ、夜は……」
「ああ。確かに眠いわね」
 睡魔と戦う状況では、読書するのは厳しい。
 ここはやはり、脳が起きている時間帯に行きたいところだ。

「いえ、そうではなく」
「じゃあ、手が空いた時に声をかけてくれる? 私は大体、畑仕事をしているから」
 これなら、クライヴ達の都合に合わせる形なので、そこまで迷惑をかけずに済むだろう。

「わかりました。とりあえず、今からしばらくは大丈夫ですよ」
「本当? じゃあ、一緒に行ってくれる?」
 嬉しくなって目を輝かせるあずきを見たクライヴは、笑みを浮かべながらうなずいた。
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