神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

西根羽南

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27 豆の王子と豆への愛

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「アズキ、体調はどうですか?」
「よく寝たし、平気よ。……昨日は、ごめんなさい」
 すると、クライヴは優しい笑みを湛えたまま、首を振った。
「いえ。アズキのせいではありませんよ」
 そのまま神の庭を見渡したクライヴは、感嘆の息をつく。

「豆が生き生きしていますね。さすが、豆の聖女の力は凄いです。ここは普通の土よりは作物が育ちやすいのですが、それでも豆が育たなくなっていました。あの木も弱っていたのに、青々とした葉をつけて元気そうですね。――ありがとうございます、アズキ」

 麗しい王子が豆の生育を語っている。
 日本でこの光景を中継すれば、大勢の若い女性が豆農家になろうとするだろう。
 そう考えると、離農を防ぎ新規参入を促すのに、イケメンは有効かもしれない。
 何故か日本の豆農家の未来を考えつつ、あずきは首を振った。

「私は、たいしたことはしていないわ。昨日も迷惑かけちゃったし。次はもう少し役に立てるよう、頑張るわね」
 気合と共に拳を握ると、クライヴは困ったように微笑んだ。
「本当に、気にしないでください。それで、昨日の話をしたいのですが。今、大丈夫ですか?」

「うん。座って話そう」
 椅子に腰かけようと手を出しかけて、ずっと豆を握っていたことに気付く。
 とりあえずポケットに入れておこうとすると、その手首をクライヴに握られた。


「これは?」
「豆よ」
「それはわかります。今、出したのですか?」
 あずきがうなずくのを見ると、クライヴは小さくため息をついた。

「一度にたくさんの豆を出せば、疲労します。いけません」
「ちょっとくらいは大丈夫よ?」
「駄目です」
 遊びたいと訴える子供と止める母親みたいだなと思っていると、クライヴがあずきを手を包み込むように握った。

「あなたに何かあってからでは、遅いです」
 ミントグリーンの瞳にじっと見つめられると、さすがに動揺せざるを得ない。
 力が緩んだ手から豆が零れ落ちた音で我に返ると、慌てて豆を拾う。

 クライヴが心配してくれるのは、あずきが豆の聖女だからだ。
 顔面が麗しくて距離感がたまに狂っているから、動揺してしまうのは仕方ないだろう。
 だが、間違っても勘違いしてはいけない。

 クライヴは豆王国の王子様、あずきは日本の女子高生。
 まさに文字通り住む世界が違う存在なのだ。
 あずきは自身にそう言い聞かせると、笑みを浮かべた。

「大丈夫よ。ちょっと、豆魔法で色々できないか考えていたの」
「色々、ですか?」
 一緒にしゃがんで豆を拾いながら、クライヴが不思議そうにしている。

「うん。豆の聖女だっていうのなら、少しでも役に立ちたいし」
『豆』も『聖女』も、正直に言えば不本意というか、豆王国民ほどの愛情をもって受け入れることはできない。
 だが、どうせ豆の聖女としてこの世界で豆を育てるのならば、頑張った方が楽しそうな気がする。
 豆の聖女として豆三昧で豆々しく……違う、華々しくこの世界を去るというのも、悪くないだろう。


「そんな。アズキは十分頑張っています。神の豆も順調に成長していますし、天候も落ち着き始めました。おかげで豆の生育も回復してきたと報告が上がっています」

 豆の生育とかいうピンポイントすぎる報告が多少気にはなったが、ここは豆と猫とイケメンの王国。
 日本での豆の扱いとは異なるのだから、仕方がないのかもしれない。
 豆を拾うととりあえずテーブルに乗せ、再び椅子に腰かける。

「役に立てたなら良かったわ。でも、せっかくだしね。どうせなら楽しまないと。……そうだ。豆の名前、クライヴならわかる?」
 そう言ってテーブルの上の豆を指すと、クライヴが豆に視線を移した。

「サヤインゲンに、ひよこ豆、空豆、小豆。艶があって目が白い、いい小豆ですね」
「目?」
「小豆色ではない部分です。時間が経過すると、黄色や茶色になるんですよ」
「……へえ。詳しいのね」

 さすがは豆の王子様、豆情報も抜かりないようだ。
 豆を見る目に熱がこもり過ぎな気はするが、豆王子なのでこんなものなのだろう。
 この溢れる豆愛からすれば、豆の聖女を大切にするのもわからないでもない。

「それから、これは平豆ですね」
「平豆?」
 丸くて扁平な豆自体もあまり見たことがないが、名前にも馴染みがない。

「レンズ豆とも言いますね」
「あ、その名前は聞いたことがあるかも。でも、英語の名前がわからないのよね。レンズビーンでいいのかな?」
 平豆が和名だとすると、レンズ豆は英語なのかもしれないが、確証はない。


「エイゴ?」
「あっちの世界の言葉の一つね。豆魔法の神の言葉が英語なのよ。……まあ、ジャパニーズ向けに英単語並べている感じだけど」

 単純に単語二つで構成されているので、わかりやすいと言えばわかりやすい。
 これはつまり、歴代の豆の聖女が日本人だから、簡単に単語を並べているのだろうか。
 ありがたいにはありがたいのだが、肝心の豆の英単語の難易度が高すぎる。

「ジャパ?」
「例えば……小豆だと」
 そう言ってテーブルに転がる小豆を一粒手に取る。

「〈小豆のお供えアズキ・オファリング〉」
 手のひらの小豆が光を放って消え、そこにどっしりとしたあんこの塊が現れる。
「今回は粒あんね。……食べる?」
 何気なく聞いてみたのだが、その一言でクライヴの顔が露骨に引きつった。
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