神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

西根羽南

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40 豆ケースと豆の行進

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「今日はありがとう、クライヴ」
 王宮の部屋の前まで送ってもらったが、忙しい中案内してくれたクライヴには心からの感謝を伝える。

「いいえ。俺も楽しかったです。……アズキ、これを」
 そう言うと、あずきの手を取ったクライヴは何かを乗せた。
 それは手のひらサイズの缶のようなもので、黄緑色の豆の形をしている。

「これ、何?」
「豆ケースです」
「……豆」
 これはまた、新たなる謎の豆ワードが登場した。

「開けると、中に豆を入れられます」
 促されて缶の上部を持ち上げると、蓋が開いて中の空間が見える。
「確かに入りそうだけど。その前に、何で豆を缶に入れるの?」
「持ち運びに便利ですから」

「いやいや。豆を持ち運ぶ理由は何よ。豆で何をするのよ、豆王国」
「リスト王国です」
 今日も律儀に訂正されるが、問題はそこではない。


「え? もしかして、クライヴも豆を携帯しているの?」
「俺は、少しだけ……」
「しているのね。さすが、豆王子」
「クライヴです」
 わかりきっていることでも訂正するのは、クライヴの根が真面目だからだろう。
 豆を携帯というのは、豆成分補給用の豆だろうか。

「あ。でも、召喚した豆を入れておけば、豆魔法を使う時に便利かも。いつもポケットに突っ込んでいるから、探しづらかったのよね」
 最近ではクライヴに豆を届けているので、ポケット経由は衛生的に避けたいところだし、これはちょうどいいかもしれない。

「ありがとう、クライヴ。大切にするね」
「はい。喜んでもらえたなら、俺も嬉しいです」
 笑顔を交わして手を振ると、あずきは自室の扉を開けた。



「おかえりなさいませ、アズキ様」
 満面の笑みで出迎えたポリーは、帽子を受け取るとあずきをソファーに促す。
 あずきが座ると同時に、紅茶の用意を手早く始めた。

「街は楽しかったようですね」
「うん。ポリーが言っていた豆の串焼きを食べたわ。ホクホクして、美味しかった」
「ああ、ガルバンゾーですね」
 ティーポットにお湯を注ぎながら返された言葉に、あずきはきょとんとして首を傾げる。

「え? ひよこ豆じゃないの?」
 確かにクライヴはそう言っていたが、もしかして違う豆の串焼きを食べたのだろうか。
「同じですよ。ひよこ豆のことを、ガルバンゾーとも言います」
 それはつまり、英語名だろうか。
 あずきの瞳がきらりと輝いた。

「〈開け豆オープン・ビーン〉、〈開け豆オープン・ビーン〉、〈開け豆オープン・ビーン〉」
 手のひらに豆が転がる中、目当てのものを見つけたあずきは興奮しながらそれをつまんだ。

「ひよこ豆、出た出た。それじゃあ、他の豆は豆ケースに入れよう」
 こうしてみると、やはりなかなか便利だ。
 クライヴにもう一度、しっかりとお礼を言っておこう。


「殿下からのプレゼント、ですね? 豆ケースだなんて。本当に、お二人は仲睦まじくて」
 楽しそうに紅茶を注ぐポリーだが、何だかあずきと温度差があるような気がする。
「豆ケースって、豆王国民は普通に使っている雑貨じゃないの?」

「何ですか、豆王国というのは。……そうですね。思い出の豆や連絡豆、記念豆などを入れたりしますね」
 ティーカップをあずきの前に差し出すと、今度は何やら菓子を準備し始めている。

「記念豆って何? 何の記念が豆になるの?」
「恋人へのプレゼントとして、豆ケースは定番ですよ」
 定番になるほど入れる豆があることの方が凄いと思うのだが、豆王国では普通のことなのだろうか。

「……ん? 恋人?」
「はい」
「……ああ。そういう豆ケースもあるってことね」

 要はバリエーションが豊富ということか。
 新婚さんのピンクのハート形豆ケースとか、子供用のミニ豆ケースとか、色々あるのだろう。
 日本なら更にクリスマスやハロウィンに桜など、イベントごとのケースを販売しそうだ。

「いえ。豆ケースはそもそも、とても身近なものです。自分か家族か、あるいは恋人に贈るものなのですよ」
「え? でも私、クライヴから貰ったよ?」
 すると、ポリーは大きくうなずいた。

「はい。そういうことです」
「そうか」
「お気付きになりましたか?」

「うん。本当に、どれだけ豆の聖女が好きなのよ、豆王国。これはつまり、豆王子としての、クライヴの誠意ってことね」
 納得しながら紅茶を口にするあずきだが、それを見るポリーは何やら表情が険しい。

「ポリー、何だか酷い顔よ。どうしたの?」
「いえ。殿下の道は長く険しいな、と思っただけです」
 そう言いながら、焼き菓子をテーブルに並べる。


「ふうん? それより、ひよこ豆よ。さて、どんな魔法かしら」
 今までの経緯からして、豆の名前と何らかの英単語を並べれば魔法が発動すると思われる。
 そうなると、何の単語を選ぶべきなのか。

「……それにしても、豆の串焼き美味しかったな」
 いっそ、たくさんの串焼きが出てくるというのはどうだろう。

「出る、やって来る、歩いてくる……行進? ――〈ひよこ豆の行進ガルバンゾー・マーチ〉」

 あずきの言葉に従い、手のひらのひよこ豆が光って消える。
 次の瞬間、大量のひよこ豆が音を立てて床に散らばった。
 絨毯の柄が見えなくなるほどの量に、暫し言葉が出てこない。

「……うん。豆が、出たわ」
「あの。アズキ様、これは……?」
ひよこ豆ガルバンゾー行進マーチしてきた」
「はあ」

 ポリーは気の抜けた返答をしながら、足元の豆を集め始める。
 それにしても、一体何の意味があるのだろう。
 一粒万倍日という言葉があるが、それを体で表したのだろうか。
 確かに一粒の豆がこの量になるのだから、豆生産方法としてはかなり効率がいいと言える。
 何にしても、床を覆う豆をどうにかしなくては。
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