神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

西根羽南

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41 炒り豆に花が咲く

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「ごめんね、ポリー」
 あずきも一緒に豆を集め始めると、ポリーはどこからか取り出した籠に豆を放り込んだ。

「いいえ。神聖な豆の聖女のもたらす豆です。ありがたい豆ですよ」
「でも、使い道が」
「では、今夜のメニューに豆スープを入れてもらいましょうか。本来ならば床に落ちたものをアズキ様の口に入れるなど、とんでもありませんが。これは乾燥豆ですし、洗えば問題ありません」
 大量の食べ物が破棄されるのは心苦しかったが、それならば安心だ。

「ありがとう。楽しみだわ」
「それにしても。豆の聖女というものは、本当に愉快な存在ですね」
「何それ、苦情?」
 曲がりなりにも神聖とされる聖女に、愉快という言葉はどうかと思う。
 まあ、この場合は聖女というよりも、あずき個人に対する評価なのだろうが。

「まさか。退屈しないということですよ。殿下が気にかけるのも、わかります」
 手早く手で豆をすくい取りながら、ポリーが微笑む。


「……ポリー。さっきから、クライヴが私に好意がある方向にしようとしていない?」
「しようも何も。お気付きになりませんか?」
 一通りのひよこ豆を集めると、ポリーは籠を持って立ち上がる。
 あずきも立ち上がると、そのままソファーに腰かけた。

「殿下は紳士ですが、決まったお相手はおりませんし、愛想を振りまくということもありません。何せ、次期国王ですので、勘違いされないようにという意味もあるのでしょう。女性に笑みを向けることも、ほとんどありません」
 籠を置いたポリーは濡れた布巾を用意し、あずきの手を拭いた。

「それがアズキ様には惜しげもなく笑顔を振りまき、何かと一緒にお過ごしになる。殿下の変化に『炒り豆に花が咲く』と、王宮内ではもっぱらの噂です」
「何の豆?」
「例えです。とても珍しいということです」
 あずきはティーカップに口をつけると、小さく息をついた。

「それは、私が豆の聖女だからでしょう? クライヴは役目を果たしているだけ。私の感情に天候が関係するとか言っていたし。だから愛想がいいんじゃない?」
 今のところあずきの気分で天気が変わるような様子は見られないが、そう言い伝えられている以上、機嫌良く過ごしてもらおうとするのは不思議ではない。

「それは否定しませんが。でしたら出掛ける際にも護衛をつければいいだけで、自身が赴く必要はありません。ましてプレゼントをする必要もありません。しかも、豆ケースをあえて選んでいます。……少なくとも、アズキ様に好意があるものとお見受けします」
「まあ、嫌われてはいない気はするけど。単に世話好きなんじゃない?」
 すると、ポリーは盛大なため息をついた。


「アズキ様。私は、殿下の乳姉妹です」
「そうなんだ。乳母の制度があるんだね、この世界」
 現代の日本ではほとんどお目にかからない存在だが、王子様や貴族がいるこの国ならば、そういう制度があってもおかしくはない。

「幼少期からの殿下を拝見していますが、女性にプレゼントを贈ったのは、恐らく初めてです」
「ええ? 王子様なのに?」
 何なら花を背負って登場して、花を配り歩くくらいのことをしていてもおかしくないと思っていたが。
 どうやら本物の王子様というものは、意外と落ち着いた生活をしているらしい。

「……アズキ様の中の王子像はよくわかりませんが、殿下は真面目な方ですよ。公式な立場で必要なものを渡すことはあるかもしれませんが、私的に何かを贈ったという話を始めて伺いました」
「へえ」

 相槌を打ちながら用意された焼き菓子を手に取る。
 クッキーだと思うのだが、明らかに豆々しいものが入っている。
 この国は、お菓子も豆まみれだ。

 ナッツと言えば普通にアリなのだが、どう見てもナッツというよりは豆という雰囲気なので、何とも言えない気持ちになる。
 だが、口に入れれば甘みと程よい塩気が癖になる美味しさだ。

「それに、何かにつけてアズキ様のいるところに顔を出しますし。隙あらば手を繋ぎ、抱っこしていますよね?」
 確かにそうなのだが、隙あらばなんて言われるとクライヴが虎視眈々と抱っこを狙っているように聞こえるので、どうかと思う。

「あれは私が豆を出し過ぎたせいで……。止めているんだけど、豆の聖女が心配になるみたいなの」
 心配し過ぎだとは思うが、完全な善意なので申し訳なくなる。
 何よりも、原因はあずきの豆の出し過ぎなので、自業自得とも言えた。


「豆の聖女は、確かに重要な存在です。ですが、殿下だけが関わる必要はありません。アズキ様がどこで倒れようと、誰かに運ばせればいいのです。それを近衛騎士や使用人を止めて、自らが運ぶと言って譲りません。これはつまり、アズキ様に触れたいのです」

「あー。それね」
 なるほど、確かに客観的に見ればそう思われても仕方がないのかもしれない。
 だが実際はそんなロマンあふれる理由ではなく、もっと現実的な問題なのだ。

「クライヴね、私に触れて豆成分を補っているみたいなの」
「豆成分、ですか?」
 空になったティーカップにおかわりを注ぎながら、ポリーが首を傾げている。

「ええと、何だっけ。豆切れ? 豆断ち? 豆不足? ……とにかく、普通の豆じゃ足りないらしくて。豆の聖女に触って、豆の成分を補給しているみたい」
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