神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

西根羽南

文字の大きさ
48 / 79

48 特別なのは

しおりを挟む
「そう、上手ですよ」
 余裕のクライヴとは違って、あずきの方はかなり必死だ。
 時々バランスを崩しそうになるので、知らず知らずクライヴの手をぎゅっと握りしめていた。

「ダンスって、パートナーとだけ踊るの? 他の人とも踊る?」
「そうですね」
「えー、嫌だなあ。知らない人と、こんなにくっつくの」

 満員電車で隣にいるのとは違い、手を握るし腰や背中にも手を回される。
 シャイな日本人には、かなり心理的ハードルが高い。
 不満が吐息となって口からこぼれると、クライヴがそれにつられて笑った。

「俺は、いいんですか?」
「うん? クライヴは、まあ……嫌ではないかな。知らない人じゃないし」
「それは良かった。――安心してください。アズキを他の男に触れさせませんから」

 なるほど。
 豆の聖女は不特定多数と踊らなくてもいい、ということか。
 初めて聖女という肩書をありがたいと感じたかもしれない。

「じゃあ、クライヴが他の人と踊っている間、私は踊らずに待っていていいのね。良かった」
 断るのは失礼だとか、踊るのも聖女の仕事だと言われなくて助かった。
 今度は安堵の息をつくあずきに、クライヴが苦笑している。

「踊りませんよ。……アズキを放って他の人とは踊りません」
「え? でも、クライヴは王子様でしょう? それじゃ駄目じゃないの?」
「そうかもしれませんね」
「笑いごとじゃないでしょう。今からでも、他の人と踊った方が……」

 豆の聖女と契約者の王子としてはもう踊ったわけだし、問題ないだろう。
 ナディアとでも踊ってもらえれば、彼女の不満も和らぐだろうから一石二鳥な気がする。
 そう思ってクライヴから離れようとすると、腰に回された手に力が入り、一気に抱き寄せられた。


「な、何?」
「……次のステップです。右足を前に出して」
「え? ちょっと待って、待って」
 矢継ぎ早に出される指示にどうにか食らいつくと、クライヴが楽しそうに笑っている。

「上手ですよ、アズキ」
「ちょっと、話しかけないで。必死なんだから――ああ!」
 慣れないダンスとヒールの高い靴に、うっかりつまずいてしまう。
 クライヴが傾ぐあずきの体を抱きしめるように引き寄せると、周囲から悲鳴にも似た歓声が上がった。

「ご、ごめんなさい。ありがとう。……もう危ないから、戻ろう?」
 すると、あずきを抱きしめたままのクライヴが、髪が触れるほど顔を近付けてきた。

「俺が踊りたいのは、特別なのは――アズキだけです」


 耳元でささやかれ、くすぐったくて思わず首をすくめる。
 それと同時に、周囲から再び悲鳴のような歓声が上がった。
「――は?」
 何を言われたかわからず反射的に顔を上げると、ミントグリーンの瞳の美少年は優しい笑みを湛えている。

 これは、社交辞令だ。
 豆の聖女であるあずきに、契約者であるクライヴがお世辞を言っただけだ。
 そうわかっているはずなのに、何だか胸の鼓動が早まっていく。

 クライヴが美少年なのがいけない。
 イケメンから言われれば、お世辞だって威力が増すのだ。
 顔がどんどん熱を持っていくのがわかる。
 どうしたらいいのかわからなくなって、酸欠の金魚のように口をパクパクさせるあずきを見て、クライヴは更なる笑みをこぼす。

「戻りましょうか、アズキ」
「う、うん」
 差し伸べられた救いの手にすがるようにうなずくと、手を引かれてホールの中央を離れる。

 周囲の視線は痛いが、あずきの顔が熱いのはそのせいだけではない。
 ミントグリーンの瞳は優しくあずきを見つめていて、おかげでいつまで経ってもざわついた心は落ち着かなかった。



「昨夜は、殿下と仲睦まじく過ごされたようですね」
 舞踏会の翌日、朝の紅茶を淹れるポリーはご機嫌だ。

「何、それ?」
「アズキ様の手を取る殿下は、見たことのない笑みを浮かべていたともっぱらの噂です。しかも、一緒に踊った際には途中で抱きしめて、頬に口づけしたとかしないとか」
 歌いだしそうなほど楽しそうなポリーは、とんでもないことを言いながらティーカップをあずきの前に差し出した。

「そんなことしてないわ! 転びそうになったのを支えてくれただけよ。キスもしてないわ。ちょっと、耳元で……」
 そこまで言って、昨日のクライヴの言葉を思い出す。


『俺が踊りたいのは、特別なのは――アズキだけです』


 特別とは何だ、特別とは。
 もっと普通のお世辞にしてくれないと、こちらの心がもたないではないか。
 豆王子はそのあたりの加減をわかっていない。
 社交辞令だとわかっているのに、何だか頬が熱くなってきた。

「あら? あら、まあ。ようやく意識してくださるようになりました?」
 満面の笑みを浮かべるポリーが、何だか憎らしい。
「別に、そういうことじゃないわ」

「はいはい。そういうことにしておきましょうね」
「ポリー……」
 視線でたしなめると、ポリーはやれやれといった風に小さく肩をすくめた。

「はいはい。アズキ様、サイラス様からお手紙が届いていますよ」
「サイラス?」
 そういえば昨日の舞踏会では見かけなかったが、神殿が遠いからなのか、あるいは神官は浮ついた舞踏会には出ないということだろうか。
 渡された封筒を開けて中の手紙を開くと、そこにはこの国の文字が並んでいた。

「あ、これは読めそうだわ。良かった」
 特別書庫の本よりは、だいぶ読みやすい。
 ポリーのメモと一緒で、ひらがなの文という感じの難易度だ。
 ちょっと集中して読まないといけないし疲れるが、読むこと自体は問題ない。

 手紙は挨拶に始まり、豆の聖女の記録や豆魔法についての話に触れている。
 何でも、神殿の書庫を探せばもう少し詳しくわかるかもしれないという。
 だが、何せ時間がないのと書物が膨大なせいで、なかなか作業が進まないそうだ。
 良かったらあずきも来て実際に見てはどうか、暫く滞在してもらうのも歓迎するし、近々王都に行くので挨拶に行くと書いてあった。


「神殿かあ。最近は特別書庫でも収穫がないし、いいかもしれない」
 だが、豆の神殿は遠いとクライヴは言っていた。
 さすがに相談しないと駄目だろう。

「とりあえずお返事……書けるのかな」
 空気を読んで紙とペンを用意してくれたポリーに礼を言うと、さっそく文字を書いてみる。
 この国の文字は書けないので、もちろん日本語だ。
 だが、それを見せるとポリーの眉間にし皺が寄った。

「ちょっと……申し訳ありません。私には、まったく読めません」
「そっか。そうよね」
 会話は問題ないし、読むのも何とかなったが、さすがに文字を書くところまでは羊羹男ヨウカンマンもフォローしきれなかったらしい。
 神の祝福とやらも、万能ではないようだ。

 仕方がないので返事はポリーに代筆してもらうとして。
 あとはサイラスが王都に来た時に、直接話を聞いてみよう。
 結論が出ると、あずきは花の香りがする紅茶に口をつけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】後宮の片隅にいた王女を拾いましたが、才女すぎて妃にしたくなりました

藤原遊
恋愛
【溺愛・成長・政略・糖度高め】 ※ヒーロー目線で進んでいきます。 王位継承権を放棄し、外交を司る第六王子ユーリ・サファイア・アレスト。 ある日、後宮の片隅でひっそりと暮らす少女――カティア・アゲート・アレストに出会う。 不遇の生まれながらも聡明で健気な少女を、ユーリは自らの正妃候補として引き取る決断を下す。 才能を開花させ成長していくカティア。 そして、次第に彼女を「妹」としてではなく「たった一人の妃」として深く愛していくユーリ。 立場も政略も超えた二人の絆が、やがて王宮の静かな波紋を生んでいく──。 「私はもう一人ではありませんわ、ユーリ」 「これからも、私の隣には君がいる」 甘く静かな後宮成長溺愛物語、ここに開幕。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした

エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ 女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。 過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。 公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。 けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。 これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。 イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん) ※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。 ※他サイトにも投稿しています。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

処理中です...