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50 全部、演技です
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「大丈夫ですか、アズキ様。何を言われたのですか」
心からアズキを心配しているとわかる声に、何だか涙腺が緩みそうになってしまう。
「うん。謝られた。舞踏会で失礼しましたって」
あずきの説明を聞くと、それまで険しかったポリーの表情が少し和らいだ。
「あら。……それなら、いいのですが」
拍子抜けしたとばかりにため息をついたポリーは、ナディアのぶんのティーカップを片付け始める。
「ねえ、ポリー。私って、聖女なのよね」
「はい? そうですが」
「クライヴは契約者で王子なのよね」
「はい。……どうしたのですか?」
聖女だから。
契約者の王子だから。
だから、クライヴはあずきをもてなしている。
ならば、『特別』と言っていたのも、そういう意味なのだろう。
感情が天候を左右するという豆の聖女の機嫌を取るための、お世辞なわけだ。
わかっていたはずなのに、何だか胸の奥がモヤモヤしてくる。
「――ちょっと、クライヴのところに行ってくる」
あずきは立ち上がると、そのまま扉を出て執務室に向かって歩き出した。
何故、こんなにモヤモヤするのだろう。
クライヴに婚約者がいたからか。
それを阻んでいるのが自分だったからか。
クライヴがあずきをかまうのは聖女だからか。
……それはつまり豆の聖女としてではなくて、あずき個人をかまってほしいということではないのか。
あずきは回廊の途中で足を止め、口元を手で覆う。
「……やだ。私、クライヴのこと、好きなのかも」
だが、今更だ。
クライヴには既に婚約を考える人がいるのだ。
指輪を贈る、相手が。
……でも、今までの態度がすべて演技なのかはわからない。
あの『特別』という言葉が、どういう意味だったのかも。
藁にもすがる思いというのは、こういうことを言うのだろう。
我ながら諦めが悪いとは思うが、本人にちゃんと確認してから失恋したい。
回廊を抜けて執務室に近付くと、扉が少し開いている。
おかげで、中の声が廊下に漏れていた。
「だから、気にせずに言えばよろしいでしょう」
呆れたような声は、メイナードだ。
どうやら何か話している途中らしいが、何となく楽しい話ではなさそうである。
「それは、そうなのですが」
対してクライヴの声は少し弱々しい。
「嫌いなのは、殿下のせいではないでしょう」
「嫌いというわけではありません」
否定的な響きの言葉に、執務室まであと少しというところであずきの足が止まった。
「笑顔で取り繕ってはいますが、本当は苦手なのでしょう?」
「それは」
「神よりの贈り物と考えて頑張るのも結構ですが、いつまでそうして演技をするつもりですか」
苦手、演技……一体、何のことだろう。
盗み聞きするつもりはないのに、足が動いてくれない。
「まあ、お気持ちはわかりますよ。異世界からひとりで来て、頑張ってくれていますからね。無下にはできません」
「それは、そうですが」
「つらいのは、殿下の方でしょう?」
「……見たり、触れたりするぶんには、平気です」
「そんな状態で、関わるおつもりですか」
メイナードのため息が聞こえ、あずきは一歩後ずさる。
ゆっくりと後ろに進み、段々と二人の声が聞こえなくなっていく。
やがて何も聞こえなくなると、向きを変えて歩き出した。
異世界からひとりで来た……これは、あずき以外にはありえない。
そして、嫌い、演技、苦手。
――つまり、クライヴはあずきのことが、そんなに嫌だったわけか。
見たり触れたりするぶんには平気という程度には、あずきに関わるのは苦痛なのだ。
役割、責務……ナディアの言う通りだ。
「ずっとそばにいるとか、特別とか。……嘘つき」
回廊を抜けて豆の噴水のそばまで来たところで、足が止まる。
思わず言葉がこぼれたが、クライヴは嘘をついたわけではない。
確かにあずきのそばにいたし、契約者としての責務を果たしていた。
それもこれも、あずきが特別な豆の聖女だから。
……わかっていたはずだ。
あずきが勝手に勘違いしただけで、クライヴは立派に務めを果たしている。
豆の聖女の力となり、そばにいた。
自らの婚約者を公にできず、その目の前であずきと一緒にいるというつらい状況も、見事な演技で乗り越えていた。
そのまま自室に帰る気にもなれず、何となく噴水の傍らに腰を下ろす。
ここでクライヴと公爵のやり取りを見かけたときには、知りもしないことだった。
娘の婚約者が他の女をパートナーにすると聞いて、公爵は父親として怒ったのだろう。
はたから見れば、あずきの方が二人を引き裂く悪女ではないか。
豆の噴水は今日も元気に水を噴き出しているが、見上げれば空は雲に覆われている。
畑仕事をしているときには快晴だったが、雨でも降るのだろうか。
「……どうしようかな」
本当は直接話を聞いて、謝罪をするべきなのだろう。
だが『特別』な豆の聖女相手では、クライヴは演技をしてしまうのだろうから、あまり意味がない。
何より、わざわざ傷に塩を塗り込むようなことをする元気が、今のあずきにはなかった。
心からアズキを心配しているとわかる声に、何だか涙腺が緩みそうになってしまう。
「うん。謝られた。舞踏会で失礼しましたって」
あずきの説明を聞くと、それまで険しかったポリーの表情が少し和らいだ。
「あら。……それなら、いいのですが」
拍子抜けしたとばかりにため息をついたポリーは、ナディアのぶんのティーカップを片付け始める。
「ねえ、ポリー。私って、聖女なのよね」
「はい? そうですが」
「クライヴは契約者で王子なのよね」
「はい。……どうしたのですか?」
聖女だから。
契約者の王子だから。
だから、クライヴはあずきをもてなしている。
ならば、『特別』と言っていたのも、そういう意味なのだろう。
感情が天候を左右するという豆の聖女の機嫌を取るための、お世辞なわけだ。
わかっていたはずなのに、何だか胸の奥がモヤモヤしてくる。
「――ちょっと、クライヴのところに行ってくる」
あずきは立ち上がると、そのまま扉を出て執務室に向かって歩き出した。
何故、こんなにモヤモヤするのだろう。
クライヴに婚約者がいたからか。
それを阻んでいるのが自分だったからか。
クライヴがあずきをかまうのは聖女だからか。
……それはつまり豆の聖女としてではなくて、あずき個人をかまってほしいということではないのか。
あずきは回廊の途中で足を止め、口元を手で覆う。
「……やだ。私、クライヴのこと、好きなのかも」
だが、今更だ。
クライヴには既に婚約を考える人がいるのだ。
指輪を贈る、相手が。
……でも、今までの態度がすべて演技なのかはわからない。
あの『特別』という言葉が、どういう意味だったのかも。
藁にもすがる思いというのは、こういうことを言うのだろう。
我ながら諦めが悪いとは思うが、本人にちゃんと確認してから失恋したい。
回廊を抜けて執務室に近付くと、扉が少し開いている。
おかげで、中の声が廊下に漏れていた。
「だから、気にせずに言えばよろしいでしょう」
呆れたような声は、メイナードだ。
どうやら何か話している途中らしいが、何となく楽しい話ではなさそうである。
「それは、そうなのですが」
対してクライヴの声は少し弱々しい。
「嫌いなのは、殿下のせいではないでしょう」
「嫌いというわけではありません」
否定的な響きの言葉に、執務室まであと少しというところであずきの足が止まった。
「笑顔で取り繕ってはいますが、本当は苦手なのでしょう?」
「それは」
「神よりの贈り物と考えて頑張るのも結構ですが、いつまでそうして演技をするつもりですか」
苦手、演技……一体、何のことだろう。
盗み聞きするつもりはないのに、足が動いてくれない。
「まあ、お気持ちはわかりますよ。異世界からひとりで来て、頑張ってくれていますからね。無下にはできません」
「それは、そうですが」
「つらいのは、殿下の方でしょう?」
「……見たり、触れたりするぶんには、平気です」
「そんな状態で、関わるおつもりですか」
メイナードのため息が聞こえ、あずきは一歩後ずさる。
ゆっくりと後ろに進み、段々と二人の声が聞こえなくなっていく。
やがて何も聞こえなくなると、向きを変えて歩き出した。
異世界からひとりで来た……これは、あずき以外にはありえない。
そして、嫌い、演技、苦手。
――つまり、クライヴはあずきのことが、そんなに嫌だったわけか。
見たり触れたりするぶんには平気という程度には、あずきに関わるのは苦痛なのだ。
役割、責務……ナディアの言う通りだ。
「ずっとそばにいるとか、特別とか。……嘘つき」
回廊を抜けて豆の噴水のそばまで来たところで、足が止まる。
思わず言葉がこぼれたが、クライヴは嘘をついたわけではない。
確かにあずきのそばにいたし、契約者としての責務を果たしていた。
それもこれも、あずきが特別な豆の聖女だから。
……わかっていたはずだ。
あずきが勝手に勘違いしただけで、クライヴは立派に務めを果たしている。
豆の聖女の力となり、そばにいた。
自らの婚約者を公にできず、その目の前であずきと一緒にいるというつらい状況も、見事な演技で乗り越えていた。
そのまま自室に帰る気にもなれず、何となく噴水の傍らに腰を下ろす。
ここでクライヴと公爵のやり取りを見かけたときには、知りもしないことだった。
娘の婚約者が他の女をパートナーにすると聞いて、公爵は父親として怒ったのだろう。
はたから見れば、あずきの方が二人を引き裂く悪女ではないか。
豆の噴水は今日も元気に水を噴き出しているが、見上げれば空は雲に覆われている。
畑仕事をしているときには快晴だったが、雨でも降るのだろうか。
「……どうしようかな」
本当は直接話を聞いて、謝罪をするべきなのだろう。
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